過去と向き合って
その翌日、熱が引き完治したイヴァンと一緒に、辺境伯様の元を訪れた。
「話とは何だ、イヴァン」
辺境伯様の言葉に、私とイヴァンは顔を見合わせ頷くと、イヴァンから口を開いた。
「リディアと、これからのことを話し合いました。
そして、決めました」
イヴァンはそこで言葉を切ると、隣に座っていた私の手を握り言った。
「俺は、彼女と共に生きていきます。
そのために正式な婚約者として……、結婚を前提としたお付き合いをしたいと思います。
彼女を認めて頂けますでしょうか」
「お願い致します」
イヴァンと私は辺境伯様に向かって頭を下げた。
その言葉に、辺境伯様は「顔を上げなさい」と言うと、満面の笑みを浮かべて言った。
「二人が決めたことに異論はないよ。
私は心から君達二人を祝福する。
……それに、リディア嬢以上にイヴァンに相応しい素敵な女性はいないと思っているからね。 私も君達二人が結ばれて、とても嬉しく思う」
「「!」」
私達は顔を見合わせると、笑い合った。
その光景を見ていた辺境伯様もニコニコとしてくれながら、言葉を続けた。
「それで、結婚式はいつにするのか決めているのか?
私としては早いほうが良いと思うが」
結婚式、という言葉に私は顔に熱が集中するのが分かった。
(イ、イヴァンと結婚!? そ、そうだよね、これからもずっと一緒にいられるということは、結婚するということだものね……!)
当たり前のようで当たり前でない幸せに、内心身悶えていると、イヴァンは真剣な表情をして言った。
「そのことで一つお話があります、父上」
「何だ?」
辺境伯様の言葉に、私の手を握るイヴァンの手に力が入る。
どうしだんだろうと思ったのも束の間、その答えはすぐに分かった。
「母上と、話がしたいと思います」
「「!?」」
イヴァンの口から飛び出た母上という言葉に、私と辺境伯様は息を呑む。
イヴァンはそのまま言葉を続けた。
「父上はご存知なんですよね? 母上の居場所を」
「……あぁ」
「母上は……、今頃私と話したいとは思わないかもしれません。
ですが、もう一度許されるのならば母上と話がしたいのです。
母上に、お尋ね頂けませんか」
「……」
イヴァンの言葉に辺境伯様は黙ってしまった。
少しの沈黙の後、辺境伯様が口を開く。
「突然彼女と話がしたいだなんてどんな風の吹き回しなんだ?
今まで一度も話したいと言ったことなどないではないか」
辺境伯様の言葉に、イヴァンは私に目を向けた。
その視線にドキッとしてしまう私を見つめ、イヴァンは静かに告げた。
「リディアに、勇気をもらったんです。
……彼女の強さを、私も見習わなければと思いました」
「イヴァン……」
そう口にして真っ直ぐと辺境伯様を見据えたイヴァンに対し、辺境伯様も考え込むようにした後、やがて息を吐き言った。
「……そうか。 分かった。
彼女に取り合ってみよう」
「「!」」
「ただし、彼女が了承するかは分からない。
返事が届くまでの間少し待っていてほしい」
辺境伯様の言葉にイヴァンは「分かりました」と言って頷いたのだった。
辺境伯様との話が終わり、場所を応接室に移した私とイヴァンは、向かい合って座った後口を開いた、
「イヴァン、お母様と話すことを決めたのは、私のお陰って本当?」
そうおそるおそる尋ねれば、彼は「あぁ」と頷き、言葉を続けた。
「君の前世の話を聞いて、君がこうして強く生きていることを知って思ったんだ。
俺も、いつまでも過去から目を背けるわけにはいかないと」
「……無理、していない?」
先程握られた手が、微かに震えていることに気が付いていた私はそう尋ねれば、彼は驚いたように目を見開いた後、苦笑混じりに言った。
「やはり、君にはバレバレなんだな。
……でも、大丈夫だ。
君が隣にいてくれるだろう?」
「!」
イヴァンはそう言って私の隣に来ると、ギュッと私のことを抱きしめた。
大きな腕の中にすっぽりと収まりながら、私は「うん」と頷き、そっとその背中に手を回し、抱きしめ返す。
イヴァンは良かったと呟くように口にしてから言った。
「それに、母上に会いたかったのは、君を紹介したかったからだ」
「私を……?」
「あぁ。 君と生きていくことを、母上にも伝えられたらと思った」
「……そうだったのね」
その言葉に、心が温かくなる。
イヴァンは私から身体を離すと、私の瞳を見て言った。
「もしこれで、母上と話すことが出来たら……、いや、出来なくてももう君を手放すつもりはないが、その時はもう一度、改めてプロポーズさせてほしい」
「……!」
その言葉に、私は込み上げる思いがあって言葉が出てこなかった。
代わりに、涙を堪えながらしっかりと頷けば、彼は金の瞳を細めて柔らかく笑うと、もう一度、今度は大切なものを扱うようにそっと、優しく抱きしめてくれたのだった。
そして。
「ここが、辺境伯夫人がいらっしゃる場所……」
その言葉に、イヴァンは頷いた。
私達が向かった先は、邸から馬車で三時間ほどの場所に位置する、見晴らしの良いお邸だった。
そこは、辺境伯様が所有している別荘らしい。
「……こんな場所があるとは知らなかった」
そう呟くイヴァンに、私は繋いだ手に力を込めて言った。
「お話をする機会を頂けて良かったね、イヴァン」
「あぁ」
そう、辺境伯様を通して夫人にお願いしてもらったところ、答えは“はい”……、つまりイヴァンと話すことを許可して頂けた。
そして、夫人がいらっしゃるという邸に私とイヴァンの二人で今日足を運んだのだ。
(本当は辺境伯様もついてきて下さると仰ったのだけど、イヴァンが私を交えて三人で話がしたいと言ったのよね)
「でもイヴァン。 私が一緒にいても良いの?
二人で話をした方が、夫人も驚かないのでは」
「いや、君がいてくれた方が心強い。
……最後まで見届けてほしいんだ」
「! ……分かったわ」
イヴァンの言葉に頷くと、私達は色とりどりの花が咲き乱れる庭の中を、そっと歩み始めたのだった。




