明かされた真実
「勝手に貴方の過去の話を聞いてしまってごめんなさい」
イヴァンの部屋に戻ると、まだ少し熱があるイヴァンをベッドに押し込めるように入れて、そう話を切り出せば、彼は腕を目に押しつけるようにしながら口を開いた。
「別に。 言うほどのことではないと思ったから、口にしなかっただけだ」
「……」
その言い方に心が痛み、何も言えずに黙ってしまえば、イヴァンはそんな私を見て深くため息を吐いた。
「同情なんかするな。 あれはもう過去に起きた出来事だ」
「……嘘よ。 イヴァン、貴方は今もその過去が忘れられずにいるのではない?」
そう口にした私に対し、イヴァンはガバッと起き上がり怒ったように言った。
「じゃあ何だ? 俺は今でもそんなことを引き摺っていると?
ふざけるな。 お前に何が分かる!」
「そんなことなんかじゃないよ。
確かに、私には何も分からない。
貴方と過ごした時間だってずっと短いもの。
……だけど、イヴァンが辛そうだってことは分かる」
「!」
私はそう彼の頬に手を添えて、そっとその顔を覗き込んだ。
イヴァンは酷く驚いたように金の瞳を見開いた後、伸ばした私の手をするりと握って言った。
「……違う、俺は辛くなんか」
「じゃあ何で、そんな顔をするの?」
「!」
イヴァンが戸惑ったように瞳を揺らす。
その視線と交じり合わせ、静かに口にした。
「……私はただ、貴方が笑っていてくれればそれで良いの。
だから、そんな顔をしている貴方を放っては置けない。
ね、分かるでしょう? 私は、イヴァンが思っているよりずっとお節介だから。
貴方が私を傷付けようが何をしようが、貴方がそんな顔をしている限り、私は側を離れるつもりはないの」
「……! っ、お前は、馬鹿だ」
「え? ……!」
その刹那、私は彼に抱きすくめられていた。
この前のように、力強く、痛いくらいの力で私を腕に中に閉じ込める。
「……お前だけじゃない、俺の方がもっと大馬鹿者だ……っ」
「イヴァン……」
私はそっとその背中に腕を回すと、彼は言葉を続ける。
「俺のために、そんな隈まで作って看病するなんて……、お節介にも程がある」
「私に出来ることはこれくらいだもの。
全然苦じゃないわ」
「君は本当に自己評価が低すぎる。
もっと自分を大切にしろと何度言わせれば気が済むんだ」
「でも、その分イヴァンが大切にしてくれているからそれで良いの」
「!」
イヴァンはガバッと私から離れた……と思ったら、急に私の頬をつねった。
「!? 痛いよ、イヴァン! 何するの!?」
「それはこちらの台詞だ。
……お前は本当に、良くもそう自覚なく恥ずかしいことを言えるな」
「私、変なことを言った?」
「……はぁー」
イヴァンは頬をつねるのをやめると、もう一度ベッドに力なく横たわった。
「本当、リディアには驚かされてばかりだ。 俺の身がもたん」
「もう一度横になる?」
「……いや、このまま話をしよう」
イヴァンはそう言うと、身を起こした。
そして、私と目線を合わせると、静かに口を開いた。
「父上に粗方聞いたと思うが……、俺から誰かにこの話をするのは、クラウス以外にお前が初めてだ。
聞いて良い気持ちはしないと思うが……、聞いてくれるか?」
「無理、しなくて良いよ、イヴァン。
貴方が話したくないことなら、話さなくても」
「いや、君にだけは教えておきたい。
俺が今まで、どうして一人を好んだのか」
イヴァンの言葉に「分かったわ」と頷けば、彼は安心したような顔をしてから、ポツリポツリと静かに口にし出した。
―――……十年前
その日は、冷たい雨が降っていた。
いつものように眠ろうとしていた俺は、ベッドの中でうとうとと眠り始めたところだった。
その時、不意に窓の外でガタンという大きな音がした。
驚いて振り返れば、そこには深くマントを被った見知らぬ男の姿があって。
全身から血の気が引く間もなく、その男は窓ガラスを割って部屋の中へ入ってきた。
その目標を、俺に定めて。
「その男の手で、短剣が鈍く光を放っていたこと、今でも覚えている」
俺は恐怖に埋め尽くされ、目の前が真っ白になった。
このままでは殺されてしまう。
助けを呼んでも間に合わない。
頭の中で警鐘が鳴る中で、咄嗟に脇に置いておいた護身用の剣に手が触れた。
やらなければ、殺されてしまう。
だけど、今まで一度も人に真剣を向けたことなどなかった。
そんな一瞬の躊躇いが命取りだった。
『死ね……っ!』
その男はそう言って、俺に向かって短剣を振り上げた。
咄嗟に、俺の手は護身用の剣を構えていて……。
『……っ!!』
気が付けば、俺の剣はその男の心臓を貫いていた。
声もあげずに倒れるその男と、その周りに作られていく血溜まり、その生臭い匂いや手や顔についた真紅の生温い感触……。
「……俺が初めて人を殺した日だ」
「……!」
イヴァンの口から紡がれる真実に、私は言葉を失った。
彼はそのまま言葉を続ける。
「何が起きたのか、分からなかった。
完全に無意識で人を殺めた自分が、ただ恐ろしかった」
呆然と立ち尽くしていると、そこに現れたのは驚愕に目を見開く母親と父親の姿だった。
父親は状況を把握すると、俺に向かって駆けてきて何かを尋ねてきた。
無事か、怪我はないかとそんな感じだったと思うが、呆然としていた俺にはあまり記憶はない。
そんな中、母親は俺に近寄ってこなかった。
ただ呆然と、こちらを見つめて震えていた。
その姿を見て、俺は孤独と恐怖を感じた。
「これが辺境伯に生まれた俺の宿命なのだと。
血の繋がった家族でさえも怖がらせる、血がお似合いの化け物なのだと。
そう思った瞬間だった」
「そんな……」
「俺の母親は、温かい人だった。
いつも笑って、口癖のように“愛しているわ”とそう告げる。
その瞬間が、俺も幸せだと感じていた。
その笑顔を、俺が一瞬で奪ったんだ。
この手を、剣を血で染めたことで……」
だから、俺は決意した。
もう二度と、大切な人は作らない。
これ以上、自分も他人も傷付けるくらいなら、自分一人で背負った方がずっと気が楽だと。
そう自分に言い聞かせた。
「一人の孤独より、裏切られる方がずっと傷付くと自分で分かっていたから。
だから俺は、誰にも頼らなかった。
そんなある日、城へ軽装で訪れた帰り、国の反乱分子に襲われて。
数が悪く、俺は切り結んでいる最中に足を踏み外し、崖から落ちて……、気が付いたら小屋の中にいた。
それが君が助けてくれたあの日の出来事だ」
「! 私が……」
イヴァンは頷くと、言葉を続けた。
「命を助けてくれた代わりに恩返しをしたいと思ったのと同時に、俺はその命の恩人ならば信じられると思ったんだ。
だから、勘違いをしてレイラ嬢に求婚し、結果的に本当の恩人であった君がここへきた。
それが、俺の運命を変えた出会いなのだと、改めてそう思う」
「イヴァン……」
イヴァンはそう言葉を切って、私を見つめた。
そして、弱々しく尋ねた。
「俺は君を……、君がこの前言ってくれた“愛している”という言葉を、信じても良いだろうか?」




