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本心

 イヴァンの部屋の前にたどり着いた私は、一度深く深呼吸をして意を決すると、コンコンとその扉をノックした。


「イヴァン、私よ。 もう一度、話がしたくて来たの」


 そう口にしたが、部屋の中から応答はなく、シンと静まり返ったままで。

 もう一度ノックをしてから言った。


「休んでいたらごめんね。 でも、どうしても話をしたくて。

 ……貴方を一人にしたくなかったから」


 そう呼びかけても、返事はなくて。


(……そうっとしておいた方が良いのかしら)


 ひょっとしたら、もう休んでいるのかもしれない。

 けれど、やっぱりこの扉の奥で一人でいると思うと、心配で。


(せめて彼が休んでいることを確認してから帰ろう)


 そう思い、ガチャリと扉を開けたその時。


「!?」


 開いた扉の隙間から出てきた手に、ぐいっと強く腕を引かれ、そのまま部屋へ連れ込まれた。

 バタンと閉じた扉に背中を打ち、うめく間もなく目の前に現れた金の瞳を見て、私は口を開いた。


「イヴァン……」

「……どうしてここに来た」


 その地を這うような、いつもとは違う声音にビクッとしたものの、その瞳から逸らさずに答える。


「貴方のことが心配で来てしまったの。 ごめんなさい」

「はっ、俺が心配だと? 俺の気を引きたくてきたの間違いじゃないか?」

「違う、そんなんじゃない。

 ただ、貴方を放って置けなかったの」

「……こんな真夜中に俺の元へ来たということは、今夜は俺の相手をしてくれるということか?」

「え? ……っ」


 聞き返そうとしたその時、身体が不意に浮いた。

 悲鳴をあげかけたが、ドサッと降ろされた場所は長椅子の上で。

 その上から覆い被さるようにイヴァンがこちらを見下ろして言った。


「相応の覚悟があって此処へ来たんだろうな? 俺に何をされても良いと?」

「……!」


 イヴァンの言っている意味が分かって、私は言葉を失う。

 彼はククッと笑って言った。


「何だ、今頃怖気付いたのか? 俺が怖いんだろう? リディア。

 はっきりそう言えば良いだろう?

 怖いのなら逃げれば良い」


(……まただ)


 イヴァンの言葉に籠る何かに気が付いた私は、静かに口を開いた。


「イヴァンこそ、何を怖がっているの?」

「……何だと?」


 イヴァンの口調に怒気が孕み、目がすがめられる。

 私はその瞳をまっすぐと見つめて言った。


「私のこと、わざと突き放そうとしている。

 私を怖がらせれば、離れていくと思っているようだけれど……、そんなことをしても無駄よ。

 たとえこのまま私を貴方の言う相手にしたとしても、私は貴方から離れない、絶対に」

「……!」


 イヴァンは大きく目を見開く。

 そんな彼にたたみかけるように口を開いた。


「それに私に手を出したら、傷付くのは貴方よ。

 貴方は優しい人だから」

「っ、そんなことはない! 俺は、人を平気で傷付ける、血に飢えた化け物で」

「違う! 誰がそんなことを言ったの?

 貴方は化け物なんかじゃないわ。

 貴方が剣を振るうのは、人のためだって知っている。

 剣は傷付けるのではなく、守るためにあるのだって。

 だから、そんなふうに言わないで、自分を苦しめないで」

「っ、違う! 俺は汚れている。 だから……っ」


 イヴァンはそう言って顔を歪めた。

 その表情を見て、私はこれでは埒があかないと思い、その瞳を逸らせないよう彼の両頬を挟み、私と視線を合わさせて言った。


「違くない。 私の目を見て、イヴァン。

 ……今日、イヴァンは私に話したいことがあるって言ってたよね。

 もうすぐ今日が終わってしまうから、私から先に話させてもらうね」


 荒療治だけれど、今貴方に伝えなければいけない、そんな気がするから。


(聞いて、イヴァン)


 私は息を吸うと、全ての思いを込めるようにして告げた。


「愛しているわ、イヴァン」

「……っ、違う」

「私の気持ちを否定しないで。

 私は、貴方のことが好き。 誰に何を言われても、その気持ちだけは変わらない。

 ……例え貴方と想いが通じ合わなかったとしても、私は生涯貴方以外を愛する気はない。

 本当に昔も今もこんなに好きになったのは、貴方だけなの……っ」

「!」


 そう口にして、イヴァンの首にギュッと腕を回す。

 その手を離さないように、私は力を込めて言った。


「イヴァンは私のことをどう思っているか分からない。

 けれど、私は貴方の味方よ。

 これからもずっと。

 だから、そんな風に自分を傷付けないで。

 一人になろうとしないで。 ……お願い」

「! ……リディア」


 イヴァンが私の名を呼ぶ。

 そして、私から距離を取り、横になっていた私の身体を起こして椅子に座らせた。

 そして、ポツリと呟いた。


「すまない」

「……!」


 その言葉にふられたと思った私は、ツンと目頭が熱くなった。

 泣いてはいけないと堪えたその時、イヴァンがぐいと私の手を引いた。

 そのまま気が付けば、彼の腕の中にいて。


「っ、イヴァン……?」


 その肩は小刻みに震えており、泣いているのだと気が付く。

 イヴァンは私をまるで掻き抱くように、痛いくらいにその腕に力を込めた。


「リディア、リディア……」

「……!」


 何度も呼ぶその悲痛な声に、私も涙を溢してその大きな背中を優しく撫でる。


「大丈夫、イヴァン。 私は此処にいるわ」

「リディア……っ」


 その後、私達はお互いに抱きしめ合ったまま、暫くそうしていたのだった。





 その後、イヴァンは高熱を出した。

 ユーグさんによると、私との誕生日の約束を果たそうと、イヴァンは三日三晩寝ずに働き通しだったらしい。

 お医者様からも疲れからの風邪であると言われ、イヴァンは休息を余儀なくされた。

 私は、そんなイヴァンにつきっきりで看病した。


「イヴァン……」


 時々イヴァンは、苦しいようで魘されている。


(今、どんな夢を見ているの?)


 苦しい夢は見ないで欲しい。

 イヴァンにこれ以上、辛い想いをして欲しくない。

 そう願い、彼の手を握り続けた。

 たまにイヴァンが目を覚ました時は、その度に虚ろな瞳をしている彼に向かって優しく諭すように言った。


「大丈夫、今はしっかり休んで」


 その言葉に、イヴァンは幾分か安心したように眠りにつく。

 それを繰り返してから二日ほどが経ち、公務のために国を離れていた辺境伯様が邸へお戻りになった。


「リディア嬢、イヴァンの看病までしてくれてありがとう。 色々と心配をかけたようだね」

「いえ、私に出来ることはこれくらいですから」


 そう口にすると、辺境伯様は私の顔を見て心配気に言った。


「その顔だと君は眠っていないようだね。

 少し休むと良い」

「……実は、心配であまりよく眠れなくて」


 私が本音を漏らせば、辺境伯様は「そうか」と口にしてから言った。


「それなら、少し私と話をしないか。

 イヴァンを起こしてしまうと良くないから、侍従に任せよう。

 ……イヴァンについて、君に話しておきたいことがあるんだ」

「話しておきたいこと?」

「あぁ」


 辺境伯様の真剣な表情に、私も頷きを返したのだった。


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