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夜会

 夜会当日。


「リディア様、お支度が整いました」


 ニーナの言葉に、ゆっくりと目を開ける。

 鏡に映る自分の姿を目にした時、私は呆然と呟いた。


「これが、私……?」

「はい!」


 私の言葉に、ニーナが力強く頷いて言った。


「やはり私共の目に狂いはなかったですね!」

「く、狂い?」

「はい! リディア様には今流行りの派手な印象を与えるお化粧よりも、真逆の清楚で可憐なイメージの方が合うと!

 イヴァン様がお選びになったドレスも流石ですっ!」

「そ、それは言い過ぎのような気もするけれど……、でも確かに、今までの私ではないみたい……」


 ニーナに「大きな鏡で見た方が良いですよ!」と言われ、全身が映る鏡の前に立つと、鏡の中の自分を思わずまじまじと見つめてしまった。


(本当に、別人みたい……)


 イヴァンの選んでくれたドレスは、色素の薄い銀地に、腰から下にかけてふんだんに小さな宝石が散りばめられており、確かに今流行りのものとは打って変わった大人しいデザインだけれど、かえって目を引くような清楚感がある。

 そのドレスに合わせて、ニーナが施してくれたお化粧は控えめで、髪はアップに(ニーナはシニヨンと言っていた)してもらったお陰で、自分ではないような心地がして少し落ち着かなくなる。


「ニ、ニーナ。 似合っている?

 イヴァンに変だと言われない?」

「まさか! 自信を持って下さい、リディア様。

 それに、何て言ったってイヴァン様のお見立てですからね!」


 ニーナの言葉に、周りにいた侍女達も一様に頷く。

 私はその言葉にうん、と頷いた。


「そうよね、皆とこの日のために準備したんだもの、私が下を向いていては駄目よね!」

「その意気です、お嬢様!」


 私が気合いを入れていると、コンコンとノックの音が耳に届く。


「リディア、そろそろ時間だ。 準備は出来たか?」

「イヴァンだわ!」


 開けて大丈夫よ、と扉に向かって言えば、イヴァンがガチャリと扉を開けた。

 その姿に思わずハッと息を呑む。


(イヴァン、格好良い……!)


 ペアルックだと聞いて楽しみにしていたが、予想を遥かに超えていた。

 イヴァンの服は白を基調に、中に着ているベストは銀で、所々に施されている刺繍も銀色と、イヴァンが着るとより豪奢に見える。

 でも決して下品でなく、華やかでありながら繊細なデザインが施されているのが分かり、私は思わず目を瞠った。

 イヴァンも同じように、私を凝視して黙っている。


(そうだ、素敵だって伝えなきゃ)


 私は慌てて立ち上がると、イヴァンの元に向かって足早に近付く。 刹那、長いドレスの裾を踏んでしまって……。


「きゃっ……」


 衝撃に備えようとギュッと目を閉じた瞬間、ふわりと温かな腕に支えられる。


「おい、大丈夫か?」

「え、あ……」


 至近距離にあったイヴァンの姿に、転びそうになったところを助けてもらったことに気付き、慌てて「ごめんなさい!」と謝り、距離を取れば、イヴァンは呆れたように言った。


「全く、つくづくお前には驚かされる。

 綺麗だと思っていたら、そう思う隙も与えないとは。 少しは落ち着きというものを覚えろ」

「あ、え、イ、イヴァン」

「……あ」


 私の顔が赤くなったことで、イヴァンは自分が口に出した言葉に気付いたらしい。

 みるみるうちにイヴァンの顔も耳まで真っ赤になり、コホンと咳払いして言った。


「あー、まあ、俺が見立てたんだ、間違いはないだろう。

 気に入ったか?」

「え、えぇ! とっても!

 イヴァンも、その……、凄く素敵だし、お揃いっていうのが本当に嬉しい」


 へへ、と笑ってみせれば、イヴァンは、は、と間抜けな声を出した後、口元を抑えて言った。


「お前、その笑い方はやめろ、後下からこちらを見上げるな」

「えっ、へ、変だった? というか、下から見上げないとイヴァンの顔が見られないから仕方がないというか……」

「もう良い、行くぞ!」

「あ、待ってイヴァン!」


 足早に立ち去ろうとするのを慌てて追いかければ、不意にイヴァンは立ち止まりこちらに手を差し出す。


「え?」

「危なっかしいからエスコートをしてやる。

 ありがたく思え」


 そう言ったイヴァンが全くこちらを見ず、その耳が赤いことに気付き私は笑ってしまう。

 クスクスと笑う私に、イヴァンは「笑うな」と言うと、私の手を掴み、半ば強引に、でも歩幅は合わせてくれながら、私をエスコートしてくれたのだった。


 その姿を、侍従達に微笑ましげに見られていたことになんて無論、私達は気が付く由もなかった。








(わぁ、緊張する……)


 久しぶりに参加する夜会、それも王家主催という参加する人数も規模も大きな場で、私はイヴァンの婚約者として出席する。


(イヴァンの婚約者として名前を呼ばれてからこの扉から入るのよね、階段を転ばないようにしないと……!)


「……ディア、おい、リディア、聞いているのか?」

「え、あ、はい!」


 イヴァンの声にハッとして上を見上げれば、彼は私の肩に手を置き言った。


「緊張しているのか?」

「っ、うん」


 素直に頷けば、イヴァンは「そうか」と言い、私の手を握った。


「緊張するな、と言いたいところだが、俺も今日ばかりは緊張している」

「!? イヴァンが!?」

「君は俺のことを何だと思っているんだ。

 俺だって緊張くらいする。

 婚約者を紹介するだけでも緊張するというのに、いつにも増して今日の君があまりにも綺麗すぎるから、余計に緊張しているんだ」

「え……!?」


 イヴァンが顔を赤くしているのを見て、私もつられて赤くなる。

 イヴァンは「あー」と口にし、私を見て言った。


「慣れないことは言うものではないな、忘れろ」

「そ、そんな無茶な……。 でも、今ので自信が持てたかも。

 イヴァンに綺麗って2回も言ってもらえて嬉しい。

 ありがとう、イヴァン」

「……大袈裟だな、君は」


 イヴァンはふっと笑う。

 そんなやりとりをしている間に、私達の名前が呼ばれる番になった。


「リディア」

「何?」


 差し伸べられた手に手を乗せ、イヴァンを見上げれば、彼は金の瞳を真っ直ぐと私に向け言った。


「君は俺が守る」

「……!」


 イヴァンの言葉に言葉を返す間もなく、私達の名が呼ばれた。


「イヴァン・ノワール様、婚約者リディア・ラングレー様」


 その名を呼ばれ、私達は大きな扉から会場内に足を踏み入れる。

 それぞれ礼を取り、拍手が沸き起こる中、私は痛いほど視線を感じていた。

 好奇、嫉妬……、色々な感情の目が私に突き刺さる。

 それでも、私はもう迷わない。


(私はイヴァンの婚約者だもの。

 彼の婚約者として相応しい行動をしなくては)


 この日のために、努力は怠らなかった。

 ギリギリまで詰め込んだ知識も、頭の中に入っていることを念入りに確認した。


(大丈夫、後は自信を持つだけ)


 私は落ち着きを払いながら、イヴァンにエスコートされ、長い階段に足を踏み出したのだった。



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