ダンスレッスン
「1、2、3、1、2、3……」
先生の手拍子に合わせ、ステップを刻む。
今日からダンスのレッスンに入った私は、一人でステップを踏めるようにする特訓から入った。
今踊っているのはワルツなんだけれど、私が最も不得意なのがワルツなのだ。
(3拍子のリズムがなかなか身体に入ってこないのよね……。
そのせいでよくお相手の男性の足を踏んでしまっていたし……)
お父様ともデビュタントのお披露目で踊ってもらったことがある。 その時はお父様の足を踏まないよう細心の注意を払ったことで何とか切り抜けられたけど、今回はそうもいかない。
(イヴァンの婚約者だもの、皆に注目される。
その中でも完璧に踊らなければ。
イヴァンに恥をかかせてはいけないもの)
「リディア様、足が遅れていますよ!」
「っ、はい! ……あっ」
私はバランスを崩し、その場で尻餅をつく。
(痛……っ)
ヒールの中は既に靴擦れを起こしていて、靴に血が染みてしまっている。
それに気付いた先生が口を開いた。
「リディア様、本日のレッスンは終わりに致しましょう」
「い、いえまだ出来ます!」
慌てて立ち上がろうとしたその時、先生とは違う低い男性の声が耳に届いた。
「何をしている」
「! イ、イヴァン!」
イヴァンは私を見下ろしていたかと思うと、その場に跪き私の足を持ち上げ、ヒールを脱がした。
それに驚き顔を赤らめる私に対し、イヴァンは足を見つめると、「靴擦れか」と呟き、今度は私を横抱きにする。
不意に訪れた浮遊感にハッとして慌てて言った。
「イ、イヴァン!? 自分で歩けるから大丈夫!」
「良いから、黙って大人しくしていろ。
……全く、勉強熱心なのは良いことだが、自己管理は怠るな」
「は、はい……」
(心配、してくれたのかな。
イヴァンも忙しいはずなのに来てくれるだなんて)
私は口に出さない代わりに、彼の首に回した腕にそっと力を込めたのだった。
「さあ、始めるぞ」
イヴァンがそう言って、私に手を差しのべる。
(っ、どうしてこんなことに……!?)
イヴァンに傷の手当てをしてもらってから、レッスンはそれでおしまいかと思いきや、彼は時計を見て言った。
「まだ仕立て屋が来るまで時間があるな。
リディア、まだ踊れるか?」
「え……」
「ダンスのレッスンの続きがしたいんだろう?」
イヴァンの言葉に頷けば、彼も頷き言った。
「お前はワルツが不得意だと言っていたな」
「どうしてそれを?」
「レッスンの詳細は逐一報告させている」
「そ、そうだったのね」
(では、イヴァンに私の出来具合は筒抜けということね。
どう伝わっているんだろう……、出来が悪いと呆れられているかな)
そんなことを考えて凹んでいると、イヴァンは「考えるだけ無駄だ」と言い、私の腕を引っ張った。
「とにかく、一人で踊りの練習をするというのは効率が悪い。
ならば、手っ取り早く当日の相手をする俺と共に踊った方が効率が良いだろう」
「……え!? そ、それってつまり、いきなりイヴァンと踊るということ!?」
私が思わず声を上げれば、彼は「そうだ」と肯定した。
その言葉に私は青ざめ、口にする。
「む、無理無理! イヴァンの足、私何回踏むか分からないよ!?」
「足を踏むことが前提なのか。
……まあ、さっきの君の様子を見ていて、大体分かったから安心しろ」
「あ、安心って……」
そんなやりとりを交わしながら、もう一度レッスン室へと来た私達だったけれど、そこには先生の姿が見当たらなかった。
「え、マリー先生は?」
「先に帰させた。 君が余計な緊張をしないように」
「ふ、二人きりというのも緊張するわ!」
私の言葉に、イヴァンは目を開いた後、コホンと咳払いをして「慣れろ」と一言口にしてから、「さあ、始めるぞ」と言って手を差し伸べられる。
私は淑女の礼をしてからその手を恐る恐る取ると、イヴァンに身体をぐいっと引き寄せられた。
(うっ……)
身体が密着する状態に、ドキドキとしてしまう私に対し、イヴァンは耳元で囁くように言った。
「力を抜け」
「っ……!?」
あまりの距離感に、私は悲鳴を上げかけるが、イヴァンはそんな私をよそにステップを踏み始める。
踊るうち、あれ、と首を傾げた。
(私、上手く踊れてる……!?)
違う、イヴァンのリードが上手なんだ。
流れるような所作で、私の動きを予想して動いてくれている。
だから、私も踊りやすく感じるんだ。
私はハッとイヴァンを見上げれば、イヴァンは口角を上げて言った。
「君は緊張からリズムが乱れていただけだ。
音楽を聴いて、リラックスして俺に委ねれば、ワルツなど簡単に踊れる」
「……凄い、イヴァン。 私でさえも分からなかったのに、ダンスが出来ない理由を一発で当てるなんて。
やっぱり、イヴァンは凄いね」
ありがとう、と笑って言えば、彼は「大したことはしていない」とそっぽを向いて言った。
「君はよく空回ることは知っているからな、ダンスでもその特徴がよく現れていて君らしいなとは思ったが」
「あ、酷い! それ悪口よね!?」
「まあ、それでも諦めずに向き合えることは、君の良いところだと思う」
「っ……、ちょっとイヴァン、私のことをからかっているでしょう」
「さあ、何のことだか」
イヴァンはそう言って、悪戯っぽく笑う。
その笑みが不覚にもキュンとしてしまう。
心臓の鼓動がうるさいくらいに鳴り止まなくて、私はイヴァンに伝わってしまうんじゃないかと思い、慌てて口走る。
「で、でも、自分で言うのも何だけど、身体も軽く感じるし、こんなに上手く踊れたことがなかったから何か感動するわ」
「!? 君は、誰かと踊ったことがあるのか?」
「? えぇ、勿論よ。 お父様とだって踊ったし、レイラに近付きたい男性と数えるくらいだけど踊ったことはあるわ」
「……そう、だったのか。 てっきり俺は、君は誰とも踊ったことがないのだとばかり」
「ちょっと、それってまた馬鹿にしているの?」
確かに、私と踊りたいだなんて言う男性はいないけれど、とむくれると、イヴァンは「違う」と口にしてから、少し間を置いて言った。
「まあ、これからは他の男共と踊る機会なんてないからな。
これからもずっと、お前は俺とだけ踊れれば良い」
「……は」
私がその言葉を理解するまでに時間がかかった。
その間にイヴァンは、私の腰をぐっと持ち上げると、ヒョイッと高く持ち上げ、その場でくるりと一回転した。
「〜〜〜!? イヴァン!」
「ははは」
イヴァンは楽しそうに、悪戯が成功したというように声を上げて笑ったのだった。
それから私は、慌ただしい日々を送った。
レッスン、ドレスの仕立てをするための試着の繰り返しに追われる毎日。
そして一ヶ月後、ついに夜会当日を迎えた。




