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準備

「本日からリディア様の淑女教育の指導に当たらせて頂きます、マリーと申します。

 宜しくお願い致します」

「こちらこそ、宜しくお願い致します」


 夜会へ行くことを決めてから三日後、イヴァンに頼んでいたマナーレッスンが今日から始まることになった。


(イヴァンの婚約者として夜会に参加するんだもの、私に出来ることはしっかりやらないと)


 うん、と小さく気合いを入れると、マリー先生は「そうですね」と柔和な笑みを浮かべて言った。


「夜会までは一ヶ月を切っているため、最低限覚えて頂きたいことを重点的に教えさせて頂きたいと思います」

「はい! 宜しくお願い致します」


 私の言葉に、先生は頷き、早速座学からレッスンを受けることになった。

 座学の最重要事項は、この国の貴族名簿を覚えること。

 貴族の名前と顔の一致は勿論のこと、その地の事業や特産物の把握など、覚えることは山積みである。 

 私も伯爵家の者として、淑女教育の一環で叩き込まれていたものの、曖昧な部分もあるため、これからもう一度おさらいし直そうと心に決めた。

 その貴族名簿と対峙した後は歴史と地理の勉強。

 ノワールの地形の把握や歴代の辺境伯様の名前と功績を覚えることが課題となる。


(婚約者の私が何も知らないのは絶対に駄目よね。

 これは後でレッスン外の時間を使って勉強した方が良いかも)


 そんなことを考えながら勉強をしている内に、あっという間に時間は終わった。


「本日はここまでです。

 リディア様の素晴らしい集中力もあって、当初の計画より早く実技の方のレッスンにもいけそうです」

「本当ですか?」

「はい。 これならば、明日からダンスのレッスンも同時並行出来そうですね」


 ダンスという言葉に、私はギクッと反応してしまう。

 実は、ダンスは私が最も不得意としている科目である。

 いくら練習してもなかなか上手く出来ず、今までお相手してもらったごく少数の男性の方の靴を何度踏んでしまったことか……。


(この原因はどうしても分からなくて、指導して下さってる先生方には頭を抱えられたものだわ……)


「リディア様、いかがなさいましたか?」

「あ、いえ……、私、ダンスは不得意なので、明日からご教授頂けると嬉しいです」

「そうなんですね。 分かりました。

 では、明日からダンスのレッスンにも入りましょう」

「はい」


 私は「ありがとうございました」とお礼を言うと、先生は微笑みを浮かべ頷いてくれたのだった。







 レッスン終了後は、夜会で着るドレスを仕立てる時間に当てられることになっている。


(夜会で着るドレスを自分で選ぶことなんてなかったから楽しみ)


 私は内心ワクワクした気持ちでいると、隣にいたイヴァンが声をかけてきた。


「何だか嬉しそうだな」

「ふふ、ドレスのデザインを選ぶことからするなんて初めてだから嬉しくて」

「そうか」


 イヴァンとそんなやりとりを交わしていると、ドレスを仕立てて頂けるというノワール辺境伯家御用達のデザイナーさんに、様々なドレスデザインが描かれた紙束を手渡された。

 その予想を遥かに超えた量に、思わず目を瞬かせる。


「す、凄い量」

「いつもこんな感じだが」


 イヴァンの首を傾げてそう口にする様子に、驚きを隠せないまま中身を見ると。


「……! これ、男性用のも描かれている」


 その言葉に、デザイナーさんはにこりと笑って頷いた。


「はい、今回は婚約者様のお披露目ということもあるため、イヴァン様とリディア様、お揃いに見える物もご用意致しました」

「イヴァンとお揃い……!?」


 私が思わず声を上げれば、イヴァンはムッとしたように「何だ、不満か?」と尋ねた。

 私は慌ててそれを否定するため首を横に振りつつ、ほおを抑えた。


(イヴァンとお揃いということは、前世で言う“ペアルック”ということよね!? 凄い、素敵!)


 私は内心悲鳴を上げながら、パラパラとデザイン案をめくる。

 その度に、デザイナーさんが丁寧に説明して下さるのもあって、凄い凄いと聞き入っていると、イヴァンが頬杖をついて言った。


「リディア、凄いばかりでは話が進まんぞ」

「分かってはいるんだけど、でも本当にどれも素敵で決められないの」


 腕の傷を隠すため、流行とは違う袖があるデザインをと事前に要望したら、予想以上に素敵なデザインをご提示下さっていたので、内心酷く驚くと同時に、どれも捨て難くなってしまった。

 うーんとデザイン案と睨めっこしていると、イヴァンは椅子の背にもたれ息を吐いた。

 そんなイヴァンに対し、私は口を開く。


「そういうイヴァンは、何が良いと思う?

 私よりイヴァンに決めてもらった方が早いかも」


 私の言葉に、イヴァンは私を見る。

 真剣なその視線に思わずドキッする私に、イヴァンは呟くように言った。


「……俺が着たいというよりは、君に似合いそうなドレスはあった」

「わ、私?」

「あぁ。 俺に任せて良いと言うのなら、俺が決めよう」


 イヴァンの言葉に私は顔に熱が集中するのが分かる。


(ま、待って。 自分の服装より私のドレスに目が行ったの!? え、えぇ……)


 イヴァンの言葉が頭の中で反芻されて、内心身悶えている内に、イヴァンは何かを言っていたようで、私に向かって尋ねてきた。


「という感じでどうだ、リディア」

「あ、えーっと……」

「聞いていなかったな」


 イヴァンは呆れたようにため息を吐いた後、「まぁ良い」と呟き、口角を上げて言った。


「君のドレスは、仕立て上がってからのお楽しみということで良いな。

 出来上がりを楽しみにしていると良い」

「分かった。 イヴァンに任せる。

 その方が夜会がもっと楽しみになる気がするもの」


 ふふ、と私が笑えば、イヴァンも笑みを浮かべたのだった。




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