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招待状

 今回は忙しいイヴァンの仕事の合間を縫ってきたため、滞在期間は2泊でラングレーの地を後にすることにしていた私達は、お父様に婚約を認めてもらった次の日の早朝、家族に見送られていた。


「リディア、身体には気を付けて。

 ノワールの地は一日中冷涼な気候だと聞くから体調を崩さないよう気を付けるのよ」

「はい、お母様。 お母様もお父様も、レイラもお兄様も、お体にお気を付けて」


 私がお母様の言葉に頷くと、お父様はイヴァンに声をかけた。


「イヴァン様、また是非ラングレーの地へリディアと共にお越し下さい」

「はい。 その時はもう少しゆっくりと滞在出来るように準備して参ります」


 イヴァンもお父様の言葉にそう返すと、馬がヒヒィンといなないた。


「お別れの時間ね。 レイラ、お母様方をよろしくね」


 レイラは私の言葉に「えぇ」と頷くと、お兄様が口を開いた。


「イヴァン様、リディアを宜しくお願い致します。

 ……まあ、イヴァン様と仲の良い姿を見ていたら、仲違いをすることはまずないでしょうが」

「!? な、何を見ていたの?」


 イヴァンに向けられた言葉に思わず口を挟めば、お兄様はレイラと顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。


「いや、邸の者は皆知っているよ。

 イヴァンとリディアはとても仲が良いって」

「そうよ。 白昼堂々、あれだけ見せつけられたらねえ」

「み、皆に見られてたってこと!?」


 お兄様とレイラの言葉に、そういえばイヴァンと話をしていたのは大半が部屋の中でなかった、と今更思い出して顔を赤くしていると、イヴァンは不意に私の手を取り真剣な表情で頷き言った。


「はい。 何に代えても必ず、リディアをお守りします」

「!? ま、待ってイヴァン。 それではまるで貴方が私の騎士みたいじゃない……」


 思わずそう口にすれば、イヴァンは私を見て柔らかく笑った。

 その表情を見て顔を赤くする私を、家族は皆微笑ましげに見ていたことになんて気が付く余裕はなかったのだった。






「そうか、ラングレー伯も認めてくれたのだな」

「はい」


 ノワールの地へ戻ってすぐ、報告を待っていた辺境伯様に呼ばれ三人で話し合いを行った。

 婚約を認めてもらえたことを報告すれば、辺境伯様は朗らかに笑って言った。


「良かったな、イヴァン。

 リディア嬢も、イヴァンの隣にいることを選んでくれてありがとう」

「い、いえ、こちらこそ、私がお側にいることを認めて下さってありがとうございます」

「リディア嬢はイヴァンを助けてくれた恩人なのだから、その言葉はこちらのものだ。

 長旅で休んでもらいたいところなのだが、そうもいかない案件が二人に届いている」

「私にもですか?」


 辺境伯様は頷き、「これを」と私達の前に一つ綺麗な封筒を差し出してきた。

 その封筒を見て、私は思わず声を上げる。


「これは、王家からの招待状……」

「あぁ。 

 一ヶ月後、王家主催の夜会があり、その招待状がイヴァンとリディア嬢宛に届いた」

「……リディアにもということはクラウスか」


 イヴァンはそう言って忌々しげに呟いた。

 辺境伯は私を見て口を開く。


「王家から直々にとなると断るのが難しい。

 リディア嬢がもし迷惑でなければ、イヴァンの正式な婚約者として参加してほしいんだ」

「! 婚約者として……」


 私の言葉に辺境伯様は頷く。

 私が考え込んでいると、イヴァンが私の顔を覗き込んで言った。


「リディア、大丈夫か?」

「え、あ……うん」


 私が頷けば、イヴァンが辺境伯様に向かって声をかけた。


「少し考える時間をリディアに下さい。

 リディア、断れないわけではないのだから一晩考えたらどうだ」


 イヴァンの言葉に思わず顔を上げた。

 イヴァンの言葉に辺境伯様は少し驚いたような表情をしたものの、やがてふっと笑って頷いた。


「分かった。 確かに、疲れている時に話す内容ではないな。

 すまない、リディア嬢。 ゆっくり考えると良い」

「こちらこそ、お気遣い下さりありがとうこざいます、辺境伯様。

 ……ありがとう、イヴァン」


 そうして、その話は持ち越しとなったのだった。






 その日の夜。

 私はイヴァンの部屋を訪れた。


「こんな時間にどうした、リディア」

「あの、ごめんね。 例の件のことで、庭を散歩しながら少しだけお話させてもらえたらって……」

「あぁ、分かった」


 イヴァンの言葉に内心ホッとしながら、イヴァンが準備をするのを待っていると、ガチャッと扉が開き、肩に温かなショールをかけられた。


「その格好では冷える。 それを羽織れ」

「あ……、ありがとう」

「ん」


 イヴァンは「行くか」と言い、私の先を先導するように歩き出す。

 庭に出ると、丁度良いひんやりとした夜風が頬を撫でる。


「寒くないか?」

「えぇ、お陰様で。

 突然話したいなんて我儘を言ってごめんね」

「大丈夫だ。 それで、リディアはどうしたいんだ?」


 イヴァンが例の件……、王家主催の夜会についての話題を出したところで俯いてしまう。

 イヴァンはそんな私の様子に諭すように言った。


「無理をしなくて良い。 リディアが行きたくなかったら素直にそう告げれば大丈夫だ。

 父上だってクラウスだって、君に無理強いすることはないだろう」

「……無理をしているわけではないの。

 ただ、少し不安になってしまって」

「不安?」


 イヴァンの問いかけに小さく頷き、イヴァンを見上げれば、金の瞳が月明かりに照らされて輝いて見える。 その瞳を真っ直ぐと見つめて、今抱えている思いを素直に口にした。


「私、イヴァンの隣に婚約者として参加しても良いのかなって」

「え……」

「だって私、社交界での噂は散々だし、最近では社交界に顔を出すこともなかったし。

 何か粗相をして、それこそイヴァンの顔に泥を塗ってしまうんじゃないかって」

「……はぁ!? お前が気にしていたのはそんなことなのか?」


 イヴァンの言いように、私は思わずムッとする。


「そんなことなんかじゃないのよ!

 イヴァンは次期辺境伯様だし、きっと婚約者なんて引く手も数多で……、そんな人の隣に私みたいなのが立って良いのか分からなくて……」

「……はぁー」


 イヴァンは乱暴に自分の前髪をかき上げ、「そんなことを心配していたのか」と口にした。

 そして、言葉を続けた。


「俺はてっきり、君が夜会に参加するのが苦手だと言っていたから、夜会に出席したくないのだと思っていたんだが」

「え? ……あ」


(確かに、以前そんなことを言っていた気もする)


 社交の場にはレイラの方が向いているのは分かっていて、そこに悪女と呼ばれる私が言っても場の雰囲気を悪くする上、私に近付いてくる男性はレイラとお近付きになるためだったというイメージが強かったのを、イヴァンに以前話したことがあった。

 私は驚きながら言った。


「よく覚えていたね」

「お前こそ、どうして忘れるんだ。

 顔色が悪く見えたから、てっきり夜会への拒否反応だと受け取っていたぞ……」

「心配をかけてごめんなさい。

 でも、私が悩んでいたのはそうではなくて。

 むしろ、イヴァンとなら夜会に行きたいと思っていたわ」

「え?」

「イヴァンの婚約者として参加させてもらえるのは嬉しいもの。

 けれど、そうしたらイヴァンが私のことをもし手放したいと考えた時、婚約を断り辛くなってしまうでしょう?

 私は別にイヴァン以外と結婚をするつもりはないから、名前に傷がつくとか一切心配はないのだけれど」

「ちょ、ちょっと待て」


 イヴァンは慌てたように私の口を手で塞ぐ。

 その様子と、夜闇でも分かるくらいイヴァンの顔が赤くなっていることに気が付き、イヴァンの手を掴んで言った。


「イヴァン? 照れているの?」

「っ、当たり前だ! お前には自覚がないのか!?」

「?」

「その顔は分かっていないようだな。

 はぁ、リディアには本当に毎度驚かされる……」


 イヴァンは長く息を吐き、私の両肩をぐっと掴むと言った。


「良いか。 一度しか言わないからよく聞け」

「え、えぇ」


 私が頷いたのを見て、イヴァンはすっと息を吸うと、はっきりと口を開いた。


「俺は、夜会に女性を連れて行くのは初めてだ」

「……へ?」

「っ、だから! 他でもないお前と、可能ならば婚約者として共に行きたい」

「!」


 私は驚き目を見開く。

 その沈黙に耐えきれなかった彼が、不意に私の前で跪いたかと思えば、私の手を取りその手に口付けを落とす。


「!?」


 そして、私を見上げはっきりと告げた。


「俺も、婚約者として側にいて欲しいと思うのは、今までもこの先も君以外にいない。

 ……俺に、夜会での君のエスコートをする権利を与えてもらえないだろうか」

「……っ!」


 ハッと息を呑む。

 月明かりに照らされ、こちらを見上げる彼の顔がとても綺麗で。

 その幻想的な光景と告げられた言葉は、まるで夢を見ているようで。

 私はふわふわとした心地で、取られた手と彼とを見つめてしまう。


(言わなきゃ、返事をしないと)


 恥ずかしさやら喜びやらでいっぱいになりながら、私も彼と目線を合わせようとしゃがみこむと、もう片方の手で差し伸べられた手を包み込むようにして握る。

 それに驚いたように目を見開くイヴァンに向かって、私は自然と笑みを浮かべて答えた。


「はい。 宜しくお願い致します」

「……!」


 イヴァンはその言葉に少し固まっていたけれど、やがてふわりと柔らかな笑みを返してくれたのだった。

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