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親子

 その日の午後、私はお父様と一対一で対峙していた。


「お父様」


 長い沈黙の後、私から話を切り出す。

 私の呼びかけにお父様は反応したものの、その表情は硬いままで。

 私自身も少し緊張しながらも、まずは最初に言おうと思っていた言葉を述べた。


「昨日はあんなことを言ってしまってごめんなさい」

「……」


 お父様は何も言わない。

 そんなお父様に向かって言葉を続けた。


「昨日お兄様ともお話したけれど、私はお父様のこともお母様のことも、お兄様だってレイラだって皆大好きです。

 それだけは、誤解しないで下さい」

「……」


 なおもお父様は黙ったままで。

 私は紅茶一口飲むと、落ち着いて諭すように言葉を続けた。


「レイラから話は聞いていると思いますが、私は半年ほど前、イヴァンを看病しました。

 彼はずっと昏睡状態だったから、私とレイラを誤ってしまったみたいだけれど、今では私が恩人だと認めてくれている。

 そして、彼は私といることを選んでくれました。

 だから私も、彼の側にいたいと思うんです。

 お父様、どうかもう一度私とイヴァンのことをお考え頂けませんか」

「……リディアは、結婚願望がないのではなかったのか」

「え?」


 お父様の発言に、私は思わず目を見開く。

 お父様は言葉を続けた。


「私はお前が、結婚願望はないものだと思っていた。

 ……そんなにこの家にいるのが嫌なのか」

「っ……」


 お父様の言葉に否定することが出来なかった。

 それは。


「この家は、正直私にとって居心地が悪かったことは、もしかしたら家から出る理由の一つにはなったかもしれません」

「!」


 正直に私がそう口にすれば、お父様も驚いたように目を見開いた。

 私は「ですが」と口を開く。


「私にはお父様の仰る通り、元々結婚願望はありませんでした。 

 ……この腕の傷もありますし、私には無理だと思っておりましたから。

 ですが、そんなところにイヴァンに出会って世界が変わったんです」


 不器用で、ぶっきらぼうで、何を考えているのか分からなくて。

 だけど、心根は温かくて優しくて。

 そんな彼の素顔を知るうちに、もっとこの人のことを知りたい、側にいたいと思うようになった。


「……彼以上に、好きだと思える方はおりません。

 心の底から側にいたいと思える男性は、彼一人だけなのです」


 出来れば、彼も同じ気持ちでいてくれたら、私はこれ以上幸せなことはない。

 だから、今私に出来るのは。


「お願いです、お父様。

 私はイヴァンと……、イヴァン・ノワール様と共にこの先を歩んで行きたいです」


 お願いします、と私は深く頭を下げた。

 その様子に、お父様はやがて息を吐き言った。


「……本気、なんだな」

「はい」


 迷いなく頷けば、お父様は「そうか」と小さく呟くように言った後、私を見て言った。


「……婚約の件、考えておこう」

「っ、本当ですか!?」

「あぁ。 その代わり、今度はイヴァン様をここに連れて来なさい。

 二人で話がしたい」

「!? お、お二人でですか?」


 お父様は私の言葉に頷くと、「今すぐ呼んでくるように」と言った。

 私は戸惑いながらも頷いたのだった。






(イヴァン、大丈夫かしら……)


 イヴァンを呼びに行き、お父様のいるお部屋へ通した後、私は二人で何を話しているのか心配で気が気でなく、部屋の前をウロウロとしていた。


「あら、リディア、どうしたの?」

「! お母様」


 部屋の前にいた私に声をかけてきたのはお母様だった。

 お母様は「あぁ、お二人でお話をしているのね」と笑って言った。


「どうしてそれを?」

「お父様が一度お話をしたいと言っていたからそうだろうなと思って。

 長くなるだろうし、とりあえず私とお茶をして待たない?

 私も、久しぶりに貴女とお話がしたいわ」

「は、はい」


 お母様はふふ、と笑うと、隣の部屋の扉を開け、近くにいた侍女にティーセットを持ってくるよう言い、私を部屋に招き入れる。

 対面の長椅子にそれぞれ腰掛け、数分後机に紅茶やお菓子が並んだ。


「ふふ、こうしてリディアとお茶をするのはいつぶりかしら」

「そうですね。 かなり前になる、と思います」


 私はお母様の問いかけに返すと、お母様はあら、と目を丸くし言った。


「母親相手に敬語なの? 寂しいわ。

 敬語は外してお話してくれないかしら?」

「……はい」


 お母様は満足そうに頷いた。


(本当に、こうして二人きりでお茶をするなんていつぶりかしら)


 お母様は昔から優しかった。

 きっと、レイラとお兄様の性格はお母様譲りなんだろうと思うほど、お母様は温厚な方だった。

 そんなお母様のことでさえ私は避けていた。

 その理由は、お母様はいつだって私のことを褒めてくれたことだ。


(レイラやお兄様に比べたらほんの些細な成長でも、手を叩いて喜んでくれた。

 いつだって頑張れと応援してくれていた。

 けれど、私は頑張れという言葉を苦痛に感じてしまった)


 頑張っているのに、いつまで頑張らなければならないのか分からなくなって。

 悩み事はいつもお母様に相談していたのに、いつからかその“頑張れ”自体が悩みになっていった。


(今なら分かる。 お母様は唯一、私とレイラやお兄様とを比べることはしなかった。

 ただ純粋に、頑張る私を認めてくれて応援してくれていただけなんだと)


「……いただきます」

「ふふ、いただきます」


 お皿の上に置かれたクッキーを一口食べれば、ふわっと甘みが広がる。


「美味しい」

「でしょう? リディアが帰ってくると知って、張り切って最近流行りだというお菓子を取り寄せてみたの」

「ありがとう、お母様」


 お菓子が好きな私はその甘さに自然と笑みを浮かべれば、お母様も嬉しそうに笑った。


「良かったわ。 リディアが笑ってくれて。

 ……お父様のこと、誤解しないであげてね。

 リディアがここに帰ってくることを一番楽しみにしていたのはお父様なのよ」

「!? まさか」


 それはない、と私が言えば、お母様は困ったように笑って言った。


「お父様はね、不器用な人なのよ。

 誰よりも貴女のことを心配していたわ。

 ……レイラの代わりに送り出した手前、まさか帰ってこないとは思わなかったみたいで。

 貴女がイヴァン様に手を上げたということを聞いて、貴女の元へ行ったでしょう?

 あれはね、貴女が手をあげるなんてよっぽどのことがあったに違いないと、こじつけて家に連れて帰って来ようとしたみたいなの」

「……!? え……」


 嘘だ、と私はあの時のことを思い出す。


(だって、お父様は怒っていたじゃない。

 私が粗相したんだって。 そんな私のことを恥ずかしいと思って、連れて帰ろうとしたんじゃないの?)


 私が絶句していれば、お母様は「分かりにくいでしょう?」と眉尻を下げて言った。


「あの人も、素直になれば良いのだけれどね。

 私もあの人も、リディアがまさか悪女だなんて呼ばれて、ここでの暮らしが窮屈に感じているとは知らなくて。

 だから帰って来たがらないんだとお父様は一番ショックを受けていたわ」

「……お父様が?」

「えぇ。 ……知らなかった、では済まされないわよね。

 本当にごめんなさい」

「お、お母様が謝ることではないわ」


 お母様は悲しそうに「それで」と言葉を続けた。


「婚約の話を聞いた時、貴女が帰って来ないのはこの家の居心地の悪さのせいだと思って……、使用人を全員入れ替えたのも、お父様がお考えになったのよ」

「!! 私のため、だったの?」

「えぇ」


 お母様ははっきりと頷いて言った。


「使用人を全員入れ替えてこの邸を一新すれば、リディアが帰って来やすくなるのではないかって。

 ……お父様はずっと、貴女がここに残ると昔から言っていたのを密かに喜んでいたのだから」

「っ、そんな!」


 私はお母様の言葉に思わず立ち上がった。


「そんな話、信じられない!

 だってお父様は、私に厳しかったじゃない。

 今更、そんなことを言われたって……っ」

「あの態度では誤解が生まれるのも無理はないわ。

 だけど、今話したのは全て本当の話よ。

 貴女が結婚をしないと言っていたのを真に受けていたから、いきなり貴女が結婚すると聞いて受け入れられないのでしょうね。

 貴女がお父様の元から去ることを」

「……そんなことって」


 私は長椅子に座り込む。

 お母様は「そうね」と私の目を見て言った。


「信じろと言われても難しいでしょうけれど、貴女のことを大切に思っているのは、イヴァン様だけではないのだということを分かってあげていてほしいの。

 大人になった貴女なら、お父様の気持ちも分かってあげることが出来ると信じているわ」

「……お母様」

「私からのお話はこれでおしまい。

 今度は貴女の話を聞かせてちょうだい。

 特に貴女が好きなイヴァン様のお話、聞かせてほしいわ」


 お母様の顔が生き生きとし始めたことに、私は思わず笑みを零し、イヴァンの話をお母様に聞かせてあげるべく口を開いたのだった。

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