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兄妹

 夜。

 なかなか寝付くことが出来なかった私は、蝋燭の灯りと月明かりが照らす薄暗い廊下を歩いていた。

 思い出すのは昼に家族に対して私自身がかけた言葉だ。


(酷い言葉を口走ってしまったな。

 此処での自分が置かれていた境遇なんて、言うつもりはなかったのに……)


 使用人や社交会で悪口を言われても、私は弱音など吐いたことはなかった。

 毅然とまではしていないかもしれないけれど、何ともないフリをして、家族にも相談したことはなかった。

 だから、家族はきっと私の置かれていた立場なんて知らなかったか、或いは見て見ぬフリをしていたかのどちらかになる。


(別に、今となってはどうでも良いけれど。

 最初から誰かに助けを求めるつもりはなかったのだから)


 私が不出来なのが理由なのだから、助けを求めたところで解決する問題でもないと諦めていたから。


(前世と似ていて嫌になる)


 身体が弱く、何かを成し遂げることも出来なかった自分と。


(だから、イヴァンと出会って、彼を助けることが出来て本当に嬉しかった。

 それに、初めて必要とされているんだって、自分は此処にいて良いんだって思えるようになったのに、家族に反対されたことでその居場所を取られてしまうようで悲しかったんだ)


 そんなことを考えていると、ある一室の部屋の扉から灯りが漏れ出ていることに気が付く。


(こんな遅くまで誰が……)


 そしてハッとする。


(執務室、ということはお父様がお仕事をされる部屋だわ)


 ハッとして慌てて踵を返す……が、私はその場で立ち止まった。


(折角お話をするチャンスなのに、声をかけなくて良いの?)


 忙しいお父様と一対一で話せる絶好の機会。

 それなのに、いつまで経っても逃げていては駄目だ。


(イヴァンとも約束したんだもの、向き合わないと)


 意を決して再度踵を返すと、今度こそ執務室の前まで歩み寄る。

 そして、ノックをすると、返ってきた返事はお父様のものではなかった。


「はい」

「!」


(この声はお兄様!?)


 失念していた。

 お兄様も公務を行なっているということは、この場所をお兄様が使うこともあるに決まっていた。


(ま、まさかお兄様だと思わなかったわ!

 どうしよう、ノックをしてしまったし)


 流石に長らく話していなかった、しかも、キツい言葉を投げてしまった相手であるお兄様とこんなに早く話すことになってしまうなんて……!


「誰だ? ……っ」


 ガチャッと扉が開き、驚くのは私だけではなくお兄様も同じだったようで。

 お兄様は少し固まった後、「リディア」と呟き、柔らかく笑みを浮かべた。


「眠れないんだね。 中へお入り」

「……はい」


 私はお兄様に促され、部屋の中へ入る。

 お兄様は柔らかな笑みを讃えたまま尋ねた。


「ここには先程入れたホットミルクしかないのだけど、それでも良い?」

「……うん」


 お兄様は私の素っ気ない返事に対しても嫌な顔一つせず「分かった」と言うと、備え付けの棚からティーカップを取り出す。

 そんな姿を眺めていたら、お兄様は口を開いた。


「昔は、幼い頃この部屋に入ってみたいとリディアもレイラも言っていたよね。

 だけど、まだ幼かったから仕事場には入ってはいけないと、お父様に言われて」

「……そんなことも、あったね」


 お兄様の言葉に、遠い昔にそんなことがあったと頷けば、お兄様は笑みを零してから言った。


「だけど、いつの間にかリディアはこの部屋に招き入れられるほど成長して。

 イヴァン様というお相手も連れてきて。

 ……僕は、何だか少し寂しく感じるよ」

「寂しい?」


 思いがけない言葉に、私は思わず顔を上げた。

 お兄様は「はい」と、私の目の前にミルクの入ったティーカップを差し出してくれてから、机を挟んで私の向かいの席に座り、言葉を続けた。


「うん。 だって、僕は君の兄だからね。

 いずれはリディアもレイラも嫁いでいくと分かっていても、この家から二人が出て行ってしまうと思うと寂しいよ」

「! 私がいなくなって、寂しいと感じるの?」


 私の言葉に、お兄様は目を見開いた。

 そして、さも当然のように言った。


「当たり前だろう? 僕は、二人の兄だ。

 頼りにならなかったかもしれないけれど、それでも血を分けた兄妹なのだから」

「……っ」

「僕はね、リディア。 君とこうしてまた話せて嬉しかったんだよ」

「……お兄様」


 私の瞳から涙が零れ落ちる。

 お兄様は困ったように笑って言った。


「僕は、リディアが優しい子だと知っているよ。 誰より寝る間も惜しまず努力してきていたことも。

 レイラの手当てだって、僕なんかよりずっと上手に出来る。

 イヴァン様のことを助けたのだって、僕は言いふらしたくなるほど誇らしいよ。

 僕の妹は優しくて温かくて良い子なんだって」

「……っ」

「そんな可愛い妹に悪い噂が立っていたなんて、僕は愚かにも、レイラに指摘されるまで気が付かなかったんだ。

 ……何も知らず、助けてあげられなくてごめん」

「っ、お兄様が、謝ることではないわ……」


 私は首を左右に振り、涙を堪えながらお兄様の目を見て言った。


「私こそ、ごめんなさい」


 お兄様は困ったように笑うと、「うん」と頷いて言った。


「僕をもっと頼って、リディア。

 僕の特権は、君の兄であることなのだから。

 イヴァン様だけでなく、僕にも頼ってほしいな」

「お兄様……」


 私は小さく頷くと、お兄様は「よし」と笑い、イヴァンとはまた違う手で私の頭を優しく撫でてくれたのだった。






「そうか、君の兄上と仲直りを」

「えぇ」


 朝食を摂り終えた後、イヴァンと共に邸の庭にあるベンチで二人並んで座ると、昨日の出来事をイヴァンに話した。

 イヴァンはそれを黙って聞いてくれた後、笑みを浮かべて言った。


「良かったな、兄上と話が出来て」

「えぇ。 久しぶりに昔のように話せて嬉しかった。 

 イヴァンのおかげだよ。 ありがとう」

「俺は何もしていないが」


 イヴァンの戸惑ったような言葉に私は首を横に振り、笑みを浮かべて言った。


「ううん。 イヴァンがいてくれるから、とても心強いの。

 ありがとう」

「……そうか」


 イヴァンは少しだけ照れ臭そうに笑う。

 私もつられて笑みを溢したのだった。







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