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話し合い

(うっ……)


 目の前には両親、隣にはイヴァン。

 そして、その両サイドの椅子にはレイラとお兄様という何とも居心地の悪い空間の中で、私は小さく肩をすくめた。


 道中疲れが溜まっていたようで、ベッドでそのまま眠ってしまった私は、一時間後くらいにレイラに呼ばれて目を覚まし、両親とお兄様が待つという応接室へ向かった。

 既にイヴァンもその場にいて、その隣に私が座ったのだが。


(空気が重い……!)


 お父様は機嫌が悪そうだし……、と遠い目をしかけたところで、お母様がお父様に向かって小声で言った。


「ほら、貴方から話さなければ二人とも話し辛いわ」

「あ、あぁそうだな」


(あ、機嫌が悪いわけではないのね)


 お父様は軽く咳払いすると、口を開いた。


「今日は遠い中わざわざ脚をお運び頂きありがとうございます、イヴァン様」

「こちらこそ、突然の訪問となってしまい申し訳ありません。

 改めて、正式にリディア嬢に婚約を申し込みに参りました。

 単刀直入に申しますが、どうか、リディア嬢との婚約を認めて頂けないでしょうか」

「私からもお願い致します、お父様」


 イヴァンの言葉に私も賛同する。

 だが、お父様は厳しい口調で言った。


「申し訳ないですが、私はこの婚約に容易に賛同することは出来ません」

「っ、どうして」


 私が思わず声を上げれば、お父様は私を見て息を吐き言った。


「私には、イヴァン様が何をお考えなのかはっきり言って分からない。

 最初はレイラに求婚をしたはず。

 それなのに、リディアを身代わりのように離さなかった上、正式な婚約に持っていくとは……、リディアは何か弱みを握られて帰ってこないのではないかと心配しているんだ」

「!? そんな! 私はイヴァンにも辺境伯様にも、ノワールの地で良くして頂いています。

 それに、イヴァンの隣にいたいと願ったのは、紛れもない私の意思です」


 私の言葉にレイラが頷いた。


「そうよ、お父様。 説明したでしょう?

 リディアお姉様は自らイヴァン様と一緒にいたいと仰ったの。

 私は、お姉様の幸せを心から願っているわ。

 だから、お姉様が望む通りにしてあげてほしいの」

「婚約はそんなに簡単に決められるものではない。

 レイラだって、一ヶ月行方を眩ませて皆に心配をかけたのだから黙っていなさい」

「……っ」


 レイラはお父様の言葉に押し黙り、椅子に座り直して拳を握った。


(……レイラ)


 その時、今まで黙っていたお兄様が口を開いた。


「……リディア、それからレイラ。

 父上の気持ちも汲んであげて欲しい。

 意地悪でリディアとイヴァン様との婚約を反対しているわけではないんだ。

 ただ、父上は心配しているんだよ」


 その言葉に、お兄様はお父様の言葉に賛成なのだと捉えた私は、拳を握って言った。


「だから、その心配は無用だと言いたいのです、お兄様。

 私は、いつまでも子供ではありません。

 ……それに此処にいるよりずっと、イヴァン様の隣にいる方が私には居心地が良いのです」


 その言葉に、お兄様と両親はハッとしたように目を見開いた。

 私自身も口走ってしまった言葉に驚いたものの、そこから堰を切ったように言葉は止まらない。


「私は、いつも一人ぼっちだった。

 落ちこぼれの私が、愛されるはずはないと諦める自分がいて」

「リディア」

「っ、私は! やっと自分の居場所を見つけられたのです! 幸せだと思える道を!

 ……生きてきた意味を、イヴァンに出会って初めて見つけられたのです」


 私はそう叫ぶように口にすると、イヴァンの手を取った。


「誰が何と言おうと、私はイヴァンが必要としてくれる限りイヴァンの側にいます。

 ……認めてもらえないのでしたら、勘当して下さっても構いません。

 私は本気です」

「っ、お姉様!」

「リディア……」


 私はイヴァンの手を握ると、「行きましょう」と戸惑う彼の手を引き、勢いのままその場を後にしたのだった。






「ごめんね、イヴァン」


 イヴァンを連れて向かった場所は、イヴァンを介抱した場所である小屋だった。

 自分の部屋に向かえば家族が来ると思い、今はそっとしておいて欲しいという意味を込めてこの場所を選んだ。

 私は息を吐くと、ベッドに腰掛ける。

 イヴァンはその小屋を見回し、「助けられた場所か」と呟くように言ってから首を左右に振り言った。


「リディアが謝ることではない。

 それに、俺は素直に嬉しかった。 リディアの気持ちが知れて」


 その言葉を聞いて、顔に熱が集中するのが分かる。


(そ、そうよね、あんなに必死に彼の前で私が婚約者だって叫んだんだもの!

 思い出すと恥ずかしくなる……!)


 赤くなっているであろう頬を見られないように手で抑えていると、イヴァンは私の目の前で跪き、私の目を見て言った。


「ありがとう、リディア。

 君がそんなに俺の側にいることを願ってくれているとは思わなかった」

「む、蒸し返さないで」


 穴があったら入りたい、と口にする私に、イヴァンはクスクスと笑ってからやがて言葉を口にした。


「そうリディアが望んでくれている気持ちは嬉しい。

 だが、例えこのままリディアが反対を押し切って俺の元にいてくれたとしても、君は心の底から幸せになることは出来ない。

 分かっているだろう?」

「……分かっているわ。 勘当されたって良いとは本当は思っていない。

 だけど、どうすれば良いのか自分でも分からないの」


 長らく話していなかったお兄様との溝は大きい。

 両親とだって、話を交わすことは殆どなかった。

 自分から距離を取っていたのだから。


「私は、レイラもお兄様も両親のことも、本当は好きよ。

 だけど、それと同時に不意に悲しくなるの。

 私は、愛されているのかなって」


 ポタ、と手に涙が零れ落ちる。

 イヴァンはそっと私の手を握ると、口を開いた。


「……正直、こういう時君に何と言えば良いのか分からない。

 特に、家族のこととなると俺に言えることなどないからな。

 だが、俺の目に映る君の家族は、ただ何か誤解が生じているだけではないかと思う。

 多分、言葉を交わしきれていないだけではないかと」

「……イヴァン」


 イヴァンの金の瞳が私を捉える。

 その瞳は、どこか悲しげで。

 どうしてだろうと疑問に思うのも束の間、イヴァンは頬を伝っていた涙を拭ってくれながら言った。


「俺は、リディアに後悔してほしくない。

 リディアが心から笑えない限り、誰も幸せにはなれないと思う。

 リディアには、これからどうすれば良いのかもう答えは出ているんじゃないか」

「……うん」


 イヴァンの言葉に頷くと、イヴァンは柔らかな笑みを浮かべてポンポンと私の頭を撫でた。


「私は、子供ではないのよ」

「分かっている。 俺の婚約者だ」


 イヴァンの言葉に私は目を見開き、笑みを溢す。

 そして、私はイヴァンの額にコツンと自分の額を重ねた。

 それに驚いたようにイヴァンが口を開く。


「リディア? 何をやっているんだ?」

「少し勇気を分けてもらおうと思って」

「……そうか」


 私はそっと目を閉じる。

 イヴァンの体温を感じて、トクントクンと心地よいリズムで心臓が脈打つ。

 イヴァンはそんな私に向かって言った。


「大丈夫、君は一人じゃない。

 俺も、君の家族に認めてもらえるように頑張る」

「! ……ふふ、えぇ」


 私達はそっと顔を離すと、二人で顔を見合わせ笑い合ったのだった。

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