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ラングレー領へ

遅くなってしまい申し訳ございません!

本日より第2章開始いたします。


 ガタゴトと揺れる馬車の中。

 私の隣で長い足を組んで座るイヴァンに向かって声をかけた。


「イヴァン、ごめんね。 忙しいのにわざわざ時間を取らせてしまって」

「何故君が謝る」

「だって……」


 私の言葉に、イヴァンは少し息を吐き、移り行く窓の外を眺めて言った。


「君の両親が心配するのも無理はない。 

 元はと言えば、俺が勘違いをして求婚をしてしまったのがレイラ嬢だったんだ、リディアを引き止めている時点で誤解を招いているんだろう。

 その誤解を解くためには、直接訪れて話をするべきだ」

「そうだけど……」


(イヴァンは公務で忙しいのに)



 事の発端は、数日前、私宛に届いた実家からの手紙だ。

 その手紙には、私が此処に残るということについてレイラから話を聞いたが、それでもよく分からないからちゃんと説明をしにきなさいという両親からの手紙だった。

 私はそれに承諾し、一人でラングレーへ戻ることを決めたのだが、イヴァンが口を挟んだのだ。

『その件は俺にも責任があるから、君と共にラングレー伯の元を訪れよう』

 と。


 イヴァンは次期辺境伯になるため、辺境伯様と共に公務をこなしている。

 ただでさえ多忙なのに、その合間を縫って、まさかこうして一緒に私の実家……、ラングレーへ訪れるとは思わなかったから申し訳なさを覚えてしまって。

 でも、それと同時に心の中で嬉しいと感じてしまう自分もいた。


(私のために、イヴァンが一緒にラングレーへ向かってくれる。

 それに)


 チラッとイヴァンを盗み見たつもりが、バチッと目が合って。

 イヴァンは「何だ」と口にしたのを見て、慌てて「何でもない」と首を横に振り、手元に視線を映す。


(こうしてイヴァンと一緒に過ごせると思わなかったから嬉しい)


 最初は一人で行くと言った手前、内心不安でいっぱいだった。

 ラングレーは実家ではあるけれど、使用人たちの間でも私は悪女というレッテルを貼られていて嫌われていたから、また何か言われるのではないかと思うと辛い。

 その上、両親もこうして手紙を寄越したということは、イヴァンとのこの生活には反対しているのかもしれない。

 それでも認めてもらいたくて行くことを決めたけど、まさかイヴァンが一緒に来てくれると思わなかったから嬉しくて。


「イヴァン」

「何だ?」

「ありがとう」


 そう言って笑みを浮かべると、イヴァンは「礼を言われる覚えはない」と言い、そっぽを向いてしまった。

 その耳元が赤いことに気が付き、私は思わず笑ってしまったのだった。







 ノワール領からラングレー領に移動するまでには、休憩を入れておよそ半日を要する。

 ノワール領は山の上に位置しているため、ラングレー領からノワール領へ向かうよりは、これでも時間はかからない方だ。

 それでも長時間の馬車での移動のため、お昼休憩と称して馬車を止めた先は。


「わぁ……!」


 木々の間から覗く幻想的な光景に、思わず感嘆の声を漏らす。

 木が生い茂る森の中に広がる小さな湖。 その湖面が木漏れ日の光を反射してキラキラと光を放つ。


「イヴァン、素敵なところね!」


 私がそう興奮気味に口にすれば、イヴァンはクスクスと柔らかく笑って言った。


「予想通り、というよりも予想以上に君の反応が良くて安心した」

「え、最初からイヴァンはここに連れてきてくれるつもりだったの?」

「あぁ。 いつもはただ通り過ぎるだけだったが、君とラングレーの地へ向かうことになった時、ふと思い出したんだ。

 この場所で休憩すれば、少しは気が休まるんじゃないかと」

「あ……」


 そんなイヴァンの物言いに、私は思わず苦笑いを浮かべた。


「……イヴァンには、お見通しだったんだね。

 私が実家に帰るの、本当は緊張しているって」


 その言葉に、イヴァンは私の頭にポンと手を乗せて言った。


「大丈夫、君は一人じゃない。

 レイラ嬢もいてくれると言っていたし、それに……、俺もついているから」

「! ……うん」


 私はその言葉に心が温かくなるのを感じて、思わず頭に乗った彼の手をぎゅっと握り、「ありがとう」と礼を述べた。

 すると、イヴァンは少し照れ臭そうに笑って「早く昼にしよう」と後からついてきているであろうユーグさんを呼ぼうとしたのを見て、慌てて止めた。


「ま、待って。 あのね、その……、今日のお昼、私が持ってきたの」

「……ということは、君が料理を作ったのか?」

「そ、そう。 上手く出来る自信はなかったんだけど……、でも、どうしてもイヴァンに何かしてあげられたらと思って、それで……」


 しどろもどろになる私に対し、イヴァンは「その中に入っているのか?」と私が持っていた籠を指差して言った。

 その言葉に頷き、ズイッと籠を差し出す。


「あの、失敗しないようにってサンドウィッチにしたの。 料理長と一緒に作ったものだから、味は保証できると思うんだけど……」

「……そうか」


 イヴァンはそう言うと、私の手から籠を受け取り、地面に座った。

 私もその隣に座ろうとしたけれど、はたと止まる。


(あ、何か敷物を持ってくるべきだった!

 どうしよう、折角イヴァンや辺境伯様からお洋服をいただいているのに汚したくないし……)


 私が迷っていると、イヴァンはおろおろとしている私の姿を見て、あぁ、と声を上げ、ポケットからハンカチを取り出すと、それを広げて言った。


「何か敷く物を持ってくるべきだったな。

 これで我慢してくれ」

「あ……、ありがとう」


 イヴァンの気遣いが嬉しくて、そっとハンカチの上に腰を下ろせば、イヴァンは籠を開け、その中身を見つめた。

 詰められたサンドウィッチが崩れていないことを確認してホッとしつつ、イヴァンが一向に食べる気配がないためおずおずと口を開いた。


「イヴァン? もしかして、お腹空いてない?」

「あ、え、いや」

「む、無理しなくて良いよ。 食べたくなければ、私が食べるから」


 イヴァンが無表情なのはいつものことだけど、今はその沈黙が怖い。


(ただ単にお腹が空いていないだけなら良いけど、私の手作りなんて食べたくなかったかな……。 やっぱり迷惑だったかな)


 イヴァンは断りづらいのかも、と私は内心悪い方向へ考えを進めながら、籠に入っていたサンドウィッチを一つ手に取ると、それを食べようとした。

 その刹那、私の腕を不意にイヴァンが掴んだ。


「え……」


 驚くのも束の間、イヴァンは、私が食べようとしていたサンドウィッチに顔を近付けると、そのままサンドウィッチにかぶりついた。


「!?」


 イヴァンの顔が離れ、手に持っていたサンドウィッチが一口無くなっているのを見て、状況を理解し顔に熱が集中する。


「イ、イヴァン!? お腹いっぱいだったのではないの!?」

「いつ俺がお腹がいっぱいだと言った」

「いや、てっきり食べたくないのかなって……」


 私の言葉に、イヴァンは「そんなわけがないだろう」と怒ったように言った。


「わざわざ君が作ってくれたと聞いたから見ていただけだ。 ゆっくり見る時間くらいくれても良いだろう」

「えっ」


 私が思わずその言葉に顔を上げれば、イヴァンはハッとしたような顔をした後、咳払いをして明後日の方を向いて言った。


「……料理長以外で、俺のために、誰かが手料理を作ってくれるのは初めてのことだから驚いただけだ。

 悪いか」

「……! そう、だったの」

「あぁ」


 イヴァンの言葉に、嬉しさが込み上げてくるのを感じて、私は自然と笑みが溢れる。


「そっか。 沢山あるから、ゆっくり食べてね」

「あぁ」


 イヴァンは私の手から、食べかけのサンドウィッチを受け取ると、今度は先程より大きくかぶりつく。

 そして、籠に入っていたサンドウィッチを取り出しながら、私に向かって小さく呟いた。


「……美味い」

「! 本当!?」

「あぁ」


 イヴァンは、「君も食べてみろ」と籠の中からサンドウィッチを取り出して私に差し出す。

 私はそれに対して礼を言って、サンドウィッチを口にすると、イヴァンが目を細めて笑って言った。


「どうだ、美味いだろう」

「うん。 イヴァンと食べているから、余計に美味しく感じる気がする」


 私は素直にそう口にすれば、イヴァンは「は!?」と声を上げ、何故か片手で顔を覆って言った。


「……お前、それはわざとなのか?」

「え?」


 何か変なことを言っただろうかと首を傾げる私に対し、イヴァンは再度深くため息を吐くと、「無自覚ほど怖いものはない」と呟くように言い、持っていたサンドウィッチを頬張るのだった。

 その耳元が赤いことに気付き、私は彼の隣にいられる幸せを噛み締めながら、サンドウィッチを食べ進めたのだった。



イヴァンの二人称について、リディアに指摘されてからは、リディアのことを“(きみ)”と呼ぶよう心がけていますが、頭が回らない時(怒った時や照れた時など)は無意識に“お前”と言います。

是非ご注目下さい^^

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