運命の出会い *レイラ視点
「お姉様からのお手紙……!」
お姉様からのお手紙は、バースデーカードを含めなかったら初めてだわ!と嬉しく思い、ワクワクとした気持ちで封を開ければ、お姉様の綺麗な字が数枚の手紙に渡って並べられていた。
私がラングレーへ帰ってきてから一週間あまりが過ぎた。
お姉様があの暴君と言われているイヴァン様に虐められていないか心配だったが、お姉様は帰りたいとは思っていないようなので、私の心配は無用なものだったらしい。
手紙には、イヴァン様と随分仲良くなれた気がする、と惚気にも似た言葉が綴られていた。
(お姉様が遠くなってしまったようで寂しいけれど……、でも結果的にこれで良かったのよね)
お姉様はずっと、私のことばかり心配してくれた。
そんなお姉様に返せるものがなくて、お姉様が噂とは違い素敵な人物であることを、何とか証明したいと思って誤解を解こうとしたのだが、周りには何故か私が“可哀想”と言われ、取り合ってはもらえなかった。
私は、お姉様がどれだけ人より努力をしているのか知っている。
皆が寝静まった邸の中で、お姉様の部屋だけは明け方近くまで明かりが灯っていたことも、お転婆だった私のためにと手当ての勉強までしてくれたお姉様。
そんな優しいお姉様が皆に誤解されているだなんて耐え難かった。
お姉様は噂については言わせておけば良いと言う。
私は結婚する気はないから、というお姉様の言葉も何度も耳にした。
だけど。
(こんなに素敵なお姉様だもの、私はお姉様に幸せになってもらいたい)
私のことを気にかけてくれるのは嬉しいけれど、お姉さまの幸せだって探してあげたい。
そのためなら何だってする。
そう思っていた。
それが、今回願ってもみないチャンスとなって回ってきたのだ。
(それも、私にとっての全ての始まりは、あの方と出会ってからなのよね……)
そう、あの方……、クラウス殿下と出会ったのは、お姉様がイヴァン様を救うより前のこと……―――
その日、私はお忍びで城下を訪れていた。
私は時々、邸の外を出て気分転換に何処かへお忍びで訪れている。
家族にも誰の目にも付かないところへ、不意に行きたくなる時があるのだ。
(邸の中にいると、何だか疲れてしまう)
伯爵家という身分に生まれて、自分はずっと恵まれている方だと思う。
だけど、たまに窮屈に思う時がある。
私は自慢ではないけれど、大抵のことは何でも出来てしまった。
親や教師からは天才と言われた。 褒められるのは嬉しかったから、より一層勉強や淑女修行に励んだ。
だけど。
(不意に、苦しくなる時がある)
邸の内外問わず、常に“良い子”でいなければならない。
知らず知らずのうちに張り付いた仮面を、なかなか取り払うことは出来なかった。
家族にさえ、本音を言うことを憚られた。
だから、自然と社交の場以外では一人でいる時間も増えて行った。
(一人でいれば、人に気を遣うこともなくて良いから)
自分が、ただの“レイラ”になれる時間が欲しかった。
伯爵家の令嬢が、一人邸を飛び出し出歩くなんてあり得ないと言われるだろう。
でも。 私にとっては、その時間が唯一と言っても良い程の憩いの時間だった。
それに、今日城下を訪れたのには理由があった。
(お姉様に何か贈り物をしたい)
最近、お姉様は良く私に向けて笑みを浮かべてくれるようになった。
その笑顔は、私の心を温かくしてくれた。
それにお姉様は私にと、この前贈り物をしてくれたのだ。
それが。
(今日も付けてきてしまった)
チャリ、と腕に付けているブレスレットを見やれば、自然と笑みが溢れる。
それは、お姉様から頂いたお揃いのブレスレットだ。
私が頂いた物には、お姉様の瞳と同じエメラルドを、お姉様の方には、私と同じ瞳の色のサファイアの小さな宝石があしらわれている。
(私が、“お揃いの物が欲しい”とお姉様に言ったのを聞いて、お姉様が自らお金を出して頼んでくれたのよね。
誕生日もまだ先なのにプレゼントしてくれるとは思わなかったから、本当に嬉しい)
思わず鼻歌を歌ってしまいそうになるくらい嬉しく思いながら、活気溢れる街の中を歩いていると、不意にドンッと小さな男の子とぶつかった。
「っ、ごめんなさい!」
咄嗟にそう口にすれば、帽子を深く被った男の子は何も言わず走り去って行く。
ぶつかった腕が痛くて、さすろうと腕に手をやった時、先程まで付けていたブレスレットが無くなっていることに気が付いた。
「え……っ、まさか!」
ハッと目で先ほどぶつかった男の子を見れば、こちらと視線がぶつかった男の子が慌てたように人混みに紛れた。
その姿を見て確信に変わった私は、慌てて追いかける。
「っ、待って! それは大事な物なの……っ」
走って追いかけようとしたその時、またしても誰かとぶつかってしまった。
「っ、ごめんなさい!」
ハッとして顔を上げれば、今度は背の高い男性の姿があって。
黒の髪を揺らし、髪から覗く紺色の瞳は、真っ直ぐと私に向けられていた。
何よりも、その端正な顔立ちに思わず見惚れてしまったが、ハッと思い直し慌てて走ろうとすれば、不意に腕を掴まれた。
「!? は、離して!」
咄嗟に腕を引こうとすると、その男性は慌てたように言った。
「失礼、悪い者ではないんだ。
ただ、君が何故そんなに急いでいるのか気になって呼び止めてしまった。
何か困っていることでもあるのか?」
その男性は、まるで顔を隠すかのように深々とフードを被っていていかにも怪しかったが、今の私にとってはそんなことを考える余裕はなかった。
ただそう優しい声音で尋ねられた瞬間、何かに縋りつきたくなる思いで、気が付けば口にしていた。
「ブレスレットを……、盗られて、しまったの」
「……大事な物なんだね」
そう優しく尋ねられ、思わず涙が込み上げてくる。
そのブレスレットは、私にとって大事な物だ。
初めてお姉様が、お揃いだと言って自ら買って贈って下さったもの。
絶対に失くさないと喜んだのだ。
それをこんなにあっけなく手放してしまうかと思うと悲しくて。
(せめて他の物だったら良かった)
あのブレスレットだけは……、お姉様との繋がりであったあのブレスレットだけは、失いたくない物だった。
思わず泣いてしまう私に対し、その人は黙っていたかと思うと、優しく言った。
「大丈夫、泣かないで。 そのブレスレット、私が取り返してきてあげる」
「! 本当……?」
「うん。 その盗った人がどちらに行ったか教えてくれる?」
「……あっちの方、です」
方角を示した先は、薄暗い路地裏だった。
その男の子の姿ももうとっくにないし、望みは薄いと思ったけれど、藁にも縋り付く思いでそう指を指せば、彼は「分かった」と言うと、私に綺麗なハンカチを押し付けるようにして言った。
「すぐに戻ってくるから、君はここで待っていて」
「え……っ」
そう口にした瞬間、彼は目の前から姿を消していた。
あまりの速さに驚いた私はこれが夢かと思ったくらいだったが、私の手に渡されたハンカチが彼がいたことを証明するかのようにあって。
暫くそのハンカチを見つめてしまっていると。
「お待たせ」
「!?」
突然話しかけられたことに驚き、反射的に飛びのいてしまえば、彼も驚いたように目を見開いた後、あははと笑って言った。
「ごめんね、驚かせてしまって」
「い、いえ、まさか、帰ってきて下さるとは思ってもみなくて……」
期待はしていなかったが、何と彼は本当に戻ってきてくれたのだ。
しかも、その手には。
「君が探していたのは、これかな?」
「……! それです……っ」
男性の手には、何と盗られたと思っていたブレスレットがあったのだ。
石もしっかりとついていて、どこにも傷はついていないようだった。
私が思わず凝視してしまっていると、彼は「それは良かった」と笑い、私の腕に付けながら言った。
「大事な物だとすぐに分かったよ。
君は見たところ、何処かの貴族のお嬢様だね」
「ど、どうしてそれを……」
「あはは、素直なのは良いことだけど駄目だよ、身分は偽らなきゃ。
……それに、失くしたくない大事な物は、ここには付けてきてはいけないよ。
このブレスレットだって宝石がついているし、君みたいな可愛い女性が身に付けている類の物は盗賊やスリにとって恰好の餌食だ。
何だか見ているだけで危なっかしいし、この城下にいる間は君の護衛をしようか」
「!? そ、そこまでして頂くのは、さすがに……」
悪いと思って言っただけなのだが、その男性は自分がまだ怪しまれていると思ったようで、「そういえば、まだ名前を名乗っていなかったね」と口にすると、笑みを浮かべて言った。
「私の名前はクリス。 ここら辺に住んでいる者だから、城下には詳しいんだ」
「わ、私は……」
名乗り返そうとした瞬間、彼は不意に私の唇の前に人差し指を立てる。
そして、悪戯っぽく笑って言った。
「今、正直に名前を言おうとしていたでしょう?」
「!」
そう指摘され、私は思わず頷けば、彼はクスクスと笑って言った。
「駄目だよ、簡単に身分を明かしちゃ。
名乗るなら偽名とかにしないと。
まあ、それは今度考えれば良いよ。
今は名前を呼び合う必要はないからね、ただ君がここにいる間のエスコートだけさせて欲しいな」
「ほ、本当によろしいのですか?」
私としては嬉しい申し出だった。
彼はブレスレットを取り返してくれた恩人だし、それをしっかり持って私に返してくれたという点もあって、信用の置ける人物だと思っていたから。
何かあれば逃げるかお店に駆け込めば大丈夫、と判断し、そう尋ねた私に対し、その方は朗らかに笑って言った。
「もちろん。 逆に君一人でここら辺を歩かせるのも何だかハラハラするし、その方がどちらにとっても安心でしょう?」
「ありがとうございます……!」
私がそう言って頭を下げれば、彼は笑い、「うん」と言うと、私の少しだけ前を先導するように歩き始めたのだった。
彼……、クリスさんは本当に街のことを良く知っていた。
お店の前を通ると、そのお店の情報だったり、働いている人のことまで面白おかしく教えてくれる。
彼は話上手だった。
本当に楽しくて、つい時間を忘れてしまうほど。
その上、私の一番の目的である花束を買っている間、クリスさんは急に姿を消したと思ったら、お花を一輪携えて帰ってきたのだ。
「御目当ての品は買えた?」
「はい、お陰様で」
「じゃあ、これは僕からの贈り物。
今日の出会いに感謝して」
「!」
そう言って渡されたのは、小さな青のお花だった。
「綺麗……」
「付けてあげるよ」
彼はそう言うと、その花を私の頭に挿した。
そして、ふっと笑い口にした。
「うん、とても良く似合っている」
「……!」
その言葉は、よく言われ慣れている言葉だった。
“綺麗”とか“可愛い”とか、昔から言われ慣れているはずなのに。
「……あれ、もしかしなくても照れている?」
「か、からかわないでください!」
多分真っ赤になっているであろう顔を見られないようそっぽを向けば、彼はあははと声に出して笑ったのだった。




