看病と姉妹 *イヴァン視点
リディアが熱を出して倒れたという知らせを受けたのは、その日すぐのことだった。
仕事が手に付かないまま知らせを受け、駆けつけようとしたのだが、侍従二人から行くことを止められたのだ。
ユーグからは「感染る可能性がありますので、お医者様にお任せ致しましょう」と言われ、彼女の侍女であるニーナからは「お嬢様がイヴァン様を前にして緊張されてはいけませんので」と断られたのだ。
だからと言ってじっとしているわけにはいかなかった。
(俺は、重症の時に看病してもらったのに、その恩人に対し此処で何もしないままで良いのか?)
リディアがあの時、助けてくれた恩人であるということは、もうレイラ嬢に聞かずとも分かっているのだから。
そう結論付け、でも確かに侍女が言うのも一理あると思い、リディアが寝ているであろう深夜を見計らって彼女の元へ行くことを決めた。
そして、リディアが眠る部屋へと向かえば、彼女が魘されていたのだ。
こちらが悲痛になってしまうくらい、何度もごめんなさいと謝り、固く瞑った目から涙を溢す彼女の姿を見ていられなくて。
「リディア」
苦しんでいるようだったからどうにか起こそうと試みたのだが、一向に起きる気配はなく、彼女もまた謝罪の言葉を繰り返すだけ。
(君は一体、どんな夢を)
そんな苦しむような夢を彼女に見て欲しくなくて。
思わず近くにあったグラスに入っている水を煽り、口に含むと……、眠っている彼女の口にそれを押し当てた。
少しずつ流し入れるようにして、全て流し終えたところでそっと唇を離すと、彼女の口から出ていた謝罪の言葉は消えた。
代わりに、すぅっと穏やかな寝息を立てて眠り始める。
それでようやくホッとして、近くにあった椅子に腰掛け、彼女が悪夢に魘されないか、暫く様子を見ていたのだった。
そして、夜が明けてからようやく執務室へと戻った俺の元に、何の前触れもなくクラウスが姿を現したのだ。
それも、一人の令嬢を連れて。
一目見てその令嬢がリディアの妹であり、俺が求婚した相手である張本人、レイラ嬢だということが分かった。
リディアの同色の髪に、水色の瞳を持つ彼女は、一ヶ月という猶予をもらったことへの謝罪の言葉を口にした後、リディアがどこに居るのかを尋ねた。
その言葉にリディアが熱を出してしまったことを伝えれば、レイラ嬢は血相を変えて部屋を飛び出して行った。
その行動力の早さに驚いたが、それよりも何故ずっと探していたレイラ嬢とクラウスが一緒にいるのかをクラウスに問い詰めようとしたところ、後で説明すると言われ、とりあえずレイラ嬢の後を追ってリディアの部屋へ向かった。
レイラ嬢の呼びかけに反応し、リディアが目を覚ましたことにホッとした。
(昨日よりは顔色が良くなっているな)
リディアはレイラ嬢と共にいるクラウスの存在に気付いて驚いたように、俺と同じ質問をした。
それに対し便乗すると、何故かレイラ嬢に怒られた。
(レイラ嬢は……、噂で想像していたよりもずっと、何というか気が強いな。
そういうところは姉妹で似ているのか?)
思わずそんなことを考えてしまっていると、クラウスが俺を庇うようにレイラ嬢に言葉をかけた。
そして、クラウスはリディアに今の具合を尋ねると、少し喉が痛いだけだと彼女は答える。 その言葉に俺自身もホッとしたが、リディアはクラウスに指摘されて自分の身なりについて気にし始めた。
クラウスを前に、顔を赤くして慌てている姿を見て、何となく嫌な気持ちになったが、それがどうしてだか答えは分からなかったのだった。
クラウスと共に応接室で待っていると、リディアとレイラ嬢がやってきた。
リディアはクラウスに言われるがまま、俺の隣に座った。
クラウスとレイラ嬢から語られた言葉は、俺にとってもリディアにとっても迷惑極まりない話だった。
(クラウスがまた、いらんお節介を焼いただけの話か)
クラウスは俺の過去を知っているから、良く気にかけているのは知っていた。
しかし、その心配のせいでリディアまで巻き込んでしまうことになろうとは思わなかったため、苛立ちを隠せずにいると、斜め前に座っていたレイラ嬢が俺に向かって言ったのだ。
“お姉様を慕って下さっているのならば、(風邪を引いてしまった)お姉様から離れようとはしませんよね?”と。
その言葉に一瞬ドキリとした。
レイラ嬢達が来る前は、確かにリディアの側にいたのだ。
仕事だって碌に手に付かなかった。
それをクラウスにも指摘されて、俺はすぐに言葉を発したが、内心では動揺していた。
(リディアから離れがたかったのは……、俺が、リディアのことを慕っているということになるのか?)
いや、違う。
俺はただ、リディアが命の恩人だから、それを返そうと思って……。
……。
やめだ。 考えるのはよそう。
そう結論を出した俺だったが、リディアはクラウスの余計な問いかけに考え込んでしまったらしい。
少しの沈黙の後、やがて意を決したように口に出した言葉は。
「……あの、クラウス殿下、それからレイラ。
少し、イヴァンと二人で話す時間を下さいますか」
まさか、昨日彼女を怒らせた俺とまた話がしたいと言ってくるとは思わず驚いたが、その言葉通り二人きりになった空間で彼女が口にした言葉は、「ごめんなさい」という謝罪の言葉だった。
そして、レイラ嬢のことは諦めろと言うのだ。
彼女には想い人がいるのだと言うリディアに、俺はすぐに返答した。
「……そんなこと、言われなくても分かっている」
レイラ嬢と共にクラウスが来た時点で、その答えは分かっていた。
クラウスは、気に入ったものは絶対に逃さない主義の男だ。
わざわざ自らここまで足を運んで彼女を連れて来たのだ、俺への牽制とも取れるその行動に気付かないはずがない。
だから、リディアが心配をする必要はないのだ。
その旨を伝えれば、リディアはホッとしたように胸を撫で下ろした。
(だが、問題は)
リディアがこれからどうしたいかだ。
出来れば、彼女の意思を尊重したい。
「本当にラングレーに、帰りたいのか」
その言葉に、リディアは迷いなく「えぇ」と頷いた。
予想はしていたが、何故か酷く……、ショックを受けている自分がいて。
そんな俺に対し、リディアは言った。
「……と言ったら?」
「え?」
そう切ると、彼女は俺の目の前に移動した。
そして、意を決したように口を開いたのだ。
「好きです」




