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芽生えた感情 *イヴァン視点

「さて、リディア嬢の件についてだが」


 父上は俺を真っ直ぐと見つめると、詮索するように言った。


「恩人だという割には、どうしてそんな浮かない顔をしている?」

「!」


 図星をつかれ、思わず言葉を失った。

 父上は息を吐き、言葉を続けた。


「本当に恩人だったら、そんな態度ではいけないと思うが?」


 ……やはり、父上には隠せそうにない。

 俺はため息を吐き、実は、とリディアが此処にいることになった経緯を話した。

 すると、父上は「なるほど」と腕を組み言った。


「つまり、そのレイラ嬢かどちらが恩人か分からない上、求婚したレイラ嬢は行方不明だから代わりにリディア嬢が残ることになったと。

 ……なるほど、それはまた回りくどいやり方だな」


 父上の言っていることはごもっともで、返す言葉を失うと、父上はため息を吐き言った。


「お前はもっと、これを機に女性と関わった方が良い」

「……分かっています」

「一ヶ月、と言ったな。 リディア嬢がどんな女性なのか、正面から向き合いその目で確かめろ。

 そうすれば、自ずと答えは見えてくるはずだ。

 ……私の目には、彼女が嘘をついているようには見えないがな」  

「……」


 父上は黙ってしまった俺を見て口を開いた。


「とりあえず、もう一度リディア嬢の元に行って来なさい。

 彼女の手には包帯が巻かれていた。

 ……どうして怪我をしたのかは知らないが、未婚の女性の手に傷が残っては大変だ。

 手当てならお前が出来るだろう」

「……分かりました」


 父上の命令なら従わざるを得ない。

 それに、リディアは怒っているだろうから、謝罪をしなければ。

 そう思い、彼女の部屋へと向かったのだった。





 二人きりで話がしたいと連れてきた俺の部屋に、リディアは抵抗したものの、手を出すつもりはないと言ったら何故か黙ってしまった。 


(やはり女性というのはよく分からん)


 それでもゆっくり話が出来るのは部屋しかないと思ったから、俺の部屋へと通せば、彼女は怒りを俺にぶちまけた。

 その上、何故か涙まで流し始める。

 女性の涙を見たのは……、あの日以来だ。

 思い出したくもない“あの日”のことが一瞬頭をよぎり、それを思い出さないよう心がけながらも、彼女の涙をそれ以上見たくなくて指で拭い、「泣くな」と告げれば、なおも怒ってくる彼女に向かってしどろもどろになりながらも答えた。


 すると、彼女は怒りがおさまったのか、黙ってしまった。

 そんな彼女に手当てをさせてほしいと申し出ると、罪滅ぼしかと尋ねられ、思わず本音が漏れ出る。

 彼女は戸惑ったような表情を浮かべたが、それ以上は何も言わず、大人しくしていた。

 包帯を外せば、昨日より傷口が塞いだことに安堵しつつそう口にすれば、リディアに看病したのは貴方だったのかと尋ねられた。

 それを肯定し、言葉を交わせば、コロコロと彼女の表情が変わった。


 此処に来て怒らせたり泣かせたりしてしまってばかりだったが、恥ずかしそうに顔を赤く染めて反応する彼女の表情が新鮮で。

 胸の内が少しだけ温かくなるのを感じながら、そういえばと喉の傷の経過も見ようとしたところ、全力で拒否をされた。

 俺としては、女性が喉に傷など、見えるところに出来ては良くないと思っての行動だったのだが。

 リディアは擽ったかったのだろう、悲鳴を上げたのだ。

 これには驚いて反射的に飛び退く。


「っ、へ、変な声を出すな!」


 と咄嗟に口に出た言葉は思いがけなくひっくり返って。

 リディアは反論するが、真っ赤な顔で言うものだから、何だか悪いことをしてしまったように思えて。

 やはり喉の傷は彼女に任せようと救急箱を半ば押し付けるように渡す。

 そして、彼女を部屋まで送り届けようとすると、彼女が笑みを溢したのだ。

 初めて見る彼女の笑みに、鼓動が騒がしくなったように感じたものの、気の所為だろうと見て見ぬフリをした。


 そして、彼女を部屋に送り届け別れた俺は、彼女の別れ際の会話を思い出していた。


(まさか、礼を言われるとは思わなかった)


 罪滅ぼしだと言ったのに、彼女は律儀にも礼を言ったのだ。

 俺は礼を言われる筋合いはないと口にしようとしたが、彼女はそれを遮り、強い口調で言ったのだ。


「だーかーら! 貴方が私に言ったように、貴方も人の善意は素直に受け止めれば良いんです! 分かりました!?」


 そんな彼女の言葉に驚き、とりあえず「善処する」と口にしたは良いものの。


(……不思議な気持ちだ)


 言い知れぬ感情が、彼女のことを考える度自分を支配する。

 こんなことは生まれて初めてだ。


(何故だ?)


 何度考えても、その答えは分からないままだった。






 そうして彼女と一ヶ月を過ごすうちに、一ヶ月というのが早いもののように感じた。

 それはきっと、彼女がいるからだろう。


 俺の目に映る彼女は、今まで見聞きしてきた女性とは何処か違っていた。

 強気な発言で勇敢さを感じさせるかと思えば、自分のことを卑下する発言を度々繰り返す。

 特に、レイラ嬢の話になると、何かとレイラ嬢と自分を比べ、卑下に回る一方で、レイラ嬢のことは心から思っているように褒め称える。

 それは、彼女が常に比べられる立場に置かれていたことを意味していた。

 そうして見ているうちに気が付いた。


(彼女は噂で言う悪女でも何でもない。

 ただ、レイラ嬢と比べられ、それに対するコンプレックスがあるというだけで、話に尾鰭がついていった結果、あのような噂が立ってしまったのか)


 その考えに行き着くまでに、そう時間はかからなかった。

 俺が止めても、したことのない動物の看病をすると言い出して聞かないし、様子を見に行けば本当に言葉通りつきっきりで看病していた。


(どうして、君は)


 自分のことより他人のことを、優先出来るんだ?


 彼女のことを知るのに一ヶ月という期間はいらないと思う反面、もっと彼女のことを知りたいという思いが募る。

 その度、自分に歯止めをかけた。


(また、“あんな想い”を繰り返すつもりか?)


 そう、違う自分が囁きかける。

 だから、つい父上に見透かされて尋ねられた言葉に対し、偽りの言葉を口にした。


「気に入るも何も、それを父上はお望みなんでしょう?」


 リディアとの結婚を。

 元々は恩人だと思っていたレイラ嬢との結婚だったが、父上自身がリディアを気に入っているとなると、このまま結婚話を進めても良いかもしれない。

 そう、彼女との結婚は辺境伯という位を父上から譲り受けるためのものだ。

 そうやって自分に言い聞かせ、己の心を律しようとしたのだが、それを偶然リディアは聞いてしまったらしい。

 彼女は協力出来ない、つまり俺と結婚は出来ないとはっきりと口にした。

 そして、何をするかと思えば、自ら着ていたドレスの袖をぐっと持ち上げる。


 そこには、その華奢な腕には大きな傷がくっきりと残っていた。

 彼女は酷く傷付いたような、諦めているような表情で、自嘲し言った。


「この傷はね、レイラを傷つけようとして出来た傷なのよ」


 そう口にし、だから結婚相手は私ではいけない、そう簡単に相手を決めるものではないと俺に言い聞かせようとした。

 しかし、俺はそんなことはどうでも良かった。

 それよりも、その傷がどうして出来てしまったものなのかどうかを知りたかった。


(だって、俺の目に映る彼女は)


 悪女なんかではないのだから。

 それに気が付いたのは、此処で彼女と過ごしてきたからだ。

 彼女から飛び出た言葉は、まるで此処で共に過ごした時間を否定されたかのようで、黙っていることは出来なかった。


「一緒に過ごして、たった一ヶ月だったが、少しずつ分かってきた気がしたんだ。

 互いに、分かり合えた気がした。 

 そう思っていたのは、俺だけか」


 そう口にすれば、彼女は怒りに肩を震わせ、怒鳴るように言った。


「そうやって、分かった風な口を利かないで! 何も……、何も知らないくせに!」


 そんな彼女の心底傷付き、今にも泣き出しそうな表情を見て、俺はガツンと頭を殴られたような衝撃に襲われた。

 そして、彼女の言われるがまま部屋を後にしたのだが、ずっと脳裏には彼女の表情が頭から離れてはくれなかったのだった。

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