謝罪
馬車が見えなくなるまで見送っていると、イヴァンが口を開いた。
「君の妹は何というか、君以上に勇ましい気がする……」
「ふふ、頼もしい妹よ。 噂のような可憐なイメージも似合うけれど、それだけではないのがレイラの良いところなの」
「今の発言で君が妹馬鹿だということも分かった」
「上等よ」
ふふ、と笑えば、イヴァンはふっと真剣な表情に戻り言った。
「……今日改めてレイラ嬢の言葉を聞いて、君が半年前俺を助けてくれた恩人だったことを知った」
「信じてくれるの?」
「あぁ。 だが、一つ疑問に思ったんだが、どうして俺がもらったメモはレイラ嬢の筆跡だったんだ?」
「メモ? ……あぁ、林檎を差し入れた時のね」
イヴァンの疑問に思っていることが分かって、説明する。
「あの時私、風邪を引いてしまったの。
その身体でイヴァンのところへ行こうとしたら、レイラに引き止められて。 切った林檎を代わりにレイラが届けてくれたから、多分誤解が生じてしまったんだわ」
だから、レイラも実際にお見舞いに行ってくれたのよ、と笑って言えば、彼は少し目を伏せて言った。
「そうか。 俺のせいで、色々大変な思いをさせてすまなかった。
……リディアが風邪を引いたのだって、君のことだから、あの鳥の時と同じようにつきっきりで看病をしてくれたんだろう?」
「そ、そうだけれど、私がやりたくてやったことだから大丈夫よ」
「改めて、礼を言わせてくれ。
ありがとう、リディア。 俺の命を救ってくれて」
「!」
そう言って、イヴァンは頭を下げた。
突然お礼を述べられ頭を下げられるとは思わなかった私は、慌てて口にする。
「あ、頭を上げて。 気持ちは分かったから。
こちらこそ、無事で良かったわ」
彼のお礼の言葉が嬉しくて、思わず笑みを溢せば、イヴァンは何故か苦しげな表情をした。
それを不思議に思い、「イヴァン?」と名を呼べば、彼は呟くように言った。
「……どうしてリディアは、そんなに優しいんだ」
「へ、私が? 優しい?」
「あぁ」
イヴァンの思いがけない言葉に、思わず固まった。
(や、優しいだなんて言われるとは思わなかった。 看病をしただけなのに)
「優しい、かどうかは分からないけれど。
私が貴方を看病したのは、貴方にただ、生きてほしいと思ったから」
「!」
サァッと私とイヴァンの間を風が吹き抜ける。
(私がイヴァンを助けたのは、前世のこともあって救える命は救いたいと思っているからなんだけれど……、それを説明するのは無理だから)
私は笑って言葉を続けた。
「ただそれだけの感情で、咄嗟に身体が動いていたの。
だから、貴方が今こうして生きていてくれて良かったと心から思っている。
それに、誤解を解いてお礼を言ってくれるとは思わなかったから嬉しい」
ふふ、と笑ってみせれば、彼は驚いたように目を見開いた。
そして、またポツリと呟いた。
「……やはり、君は変だ」
「っ、変!? どういうこと!?
え、何で行っちゃうの!? 待って、イヴァン!」
イヴァンはくるっと踵を返し、足早にその場を後にする。
彼の長い足に付いていくのは大変で、私は慌てて小走りで彼の後を追いかけたのだった。
「お嬢様、此処に残られるんですね!」
次の日。
辺境伯様との話し合いを終え、部屋に戻れば、待ち構えていたニーナがそう嬉しそうに声を上げた。
そんな彼女の姿にこちらまで嬉しくなりながら、「えぇ」と笑みを浮かべて頷く。
「正式に、辺境伯様には婚約者として此処に住む御許可を頂いたわ」
そう、先程イヴァンと一緒に辺境伯様に会い、正式な婚約者として住まわせてもらえるよう、直談判したのだ。
婚約者になるにはラングレー伯爵……、お父様の御許可も必要だけれど、その前にここに居ても良いかを尋ねたところ、辺境伯様は快諾してくれたのだ。
『イヴァンのことを改めて宜しく』
と。
「わぁ! 本当にこれでイヴァン様と御結婚なさる段階に一歩近付いたということですね!」
「りょ、両想いではないけれどね……」
私がそう苦笑いを浮かべて言えば、ニーナは「これからですよ!」と力強く言った。
「イヴァン様がこんなに女性と親しくなられるなんて初めてですから! 自信を持ってください!
後もう一押しです!」
「も、もう一押しで済めば良いけれど」
イヴァンのことをまだ何も知らないし、と口にした私に対し、ニーナはそういえば、と悪戯っぽく笑って言った。
「私としたことが、大事なことをすっかり言い忘れておりました」
「大事なこと?」
何だろう、と疑問符を浮かべる私に対し、ニーナはこそっと私に耳打ちした。
「実はイヴァン様、お嬢様の前では平然とされていますが、お嬢様がお倒れになった時は仕事が手につかないほど心配して、幾度となく部屋を訪れていらしたんですよ」
「え!? やっぱり、本当だったんだ……」
「あら、知っていらっしゃいましたか?」
「えぇ。 クラウス殿下がそのようなことを仰っていたから」
私がそう口にすれば、ニーナは「そうだったんですね」と言い、「それなら」と口を開いた。
「もう一つ、お伝えしておいた方が良い件があります」
「もう一つ?」
「はい。 イヴァン様には口止めされていたんですけれど……、まあ良いですよね。
もう侍従達の間では有名な話ですし。
何せ、お嬢様のお耳に入れないというのも良くないと思いますので」
「?」
「実は……」
ニーナはそう言うと、先程よりも小さな声で、私に教えてくれたのだった。




