決意
「え!? 此処に残る!?」
レイラが椅子から勢いよく立ち上がったのを見て、私は慌てて口を開く。
「そ、そんなに驚かれるとは思わなかったわ」
「驚くに決まっているわ! どうして……」
レイラは唖然としたような表情で私に説明を求める。
その姿を見て、隣に座っているイヴァンをチラリと見てから口を開いた。
「私、ここでもう少し、彼と向き合ってみたいなと思って。
……レイラは分かってくれるでしょう?
噂というものは、あてにならないんだって」
「……っ」
レイラは噂という言葉を聞いて押し黙ってしまった。
(レイラは私の悪い噂を知っている。 そんな噂を無くそうと頑張ってくれていることも。
だからきっと、顔が広い彼女ならイヴァンの噂だって知っているのだろうけど、噂というものがあてにならないことをレイラは分かってくれているから)
「で、でもお姉様。 ここにいる理由は、私の“身代わり”になってくれていたからでしょう?
お父様方には何て説明するの?」
そんなレイラの質問に答えたのは、私の隣にいたイヴァンだった。
「心配はない。 リディアには身代わりではなく、正真正銘の“婚約者”として此処にいてもらうことにした」
「こ、婚約者!?」
「えぇ」
イヴァンから出た“婚約者”という言葉に少し気恥ずかしさを覚えつつ肯定すれば、レイラは何処か青ざめた表情で言った。
「イ、イヴァン様と向き合うためということは、両想いではないのでしょう!?
そんなことをしたら」
レイラの心配していることが分かって、私は笑って言った。
「大丈夫よ。 もしイヴァンが私のことを選ばなかったとしたら、私はそのまま伯爵家に戻るわ。
……それに、イヴァン以上にこの先結婚したいと思う方が現れないと思うから」
「「「!」」」
その言葉に三人は驚いたように目を見開いた。
この言葉は本心である。
私は元々結婚する気はなかった。
けれど、そんな私でも好きだと思えたのはきっと、イヴァンだったから。
だから、もしイヴァンに婚約破棄されたとして、自分の名前に傷が付くことになったとしても、結婚願望はないからそのまま家に戻るなり一人で暮らすなりすれば良い、と結論付けたのだ。
そんな私の気持ちを聞いたレイラは、心配げな表情をしたまま隣にいるクラウス殿下を見やる。
クラウス殿下はその視線に気付き、微笑みを浮かべると、私に向かって言った。
「そうか、リディア嬢はイヴァンといることを選んだんだね」
「はい」
クラウス殿下の言葉に頷けば、クラウス殿下は今度はイヴァンに目を向けて言った。
「リディア嬢は素敵な女性だね、イヴァン。
君といることを自ら選んでくれた彼女の気持ちを無下にしないよう、君も彼女と心から向き合うんだよ」
「……言われなくても分かっている」
「やれやれ、世話の焼ける幼馴染だね」
そう言って肩を竦めるクラウス殿下の口ぶりは、何処か心配げな感情が込められているような気がして。
(イヴァンのこと、本当に私はまだ何も知らないんだな……)
私はイヴァンに、この腕の傷のことだって色々と話しているけれど……。
チラ、とイヴァンを見れば、視線が混じり合った。
慌てて顔を背け、クラウス殿下に向かって言う。
「大丈夫です。
残るからには、イヴァンときちんと向き合おうと思います!」
「何故そんなに楽しそうなんだ……」
イヴァンがそう横から口を挟んだのに対し、クラウス殿下はあははと声を上げて笑った。
「それは頼もしいね。 イヴァンが押されるところなんて見たことがなかったから新鮮だよ」
「……お前も楽しそうだな」
「そりゃあね。 幼馴染の新たな一面が見られて面白いと思うよ」
「面白いってなんだ」
クラウス殿下とイヴァンのやり取りに、私は思わずクスクスと笑ってしまう。
そんな私のことを、レイラがじっと見つめていたようで、レイラは少し息を吐いて言った。
「お姉様は、本当に此処に残りたいんだね」
「えぇ」
レイラの言葉に迷いなく頷けば、レイラは仕方がないというふうに笑って言った。
「分かった。 私も応援するわ」
「本当!?」
「えぇ。 但し」
レイラはそこで言葉を切ると、イヴァンに向かって強い口調で言った。
「もしもお姉様を泣かせるようなことがあれば私、すぐに連れ戻しに来ますから!」
「レ、レイラ……」
(彼に泣かされるだなんてそんなの、殆どいつものことなんだけれど……、まあ、良いわ。
ここで言うとレイラに余計な心配をかけてしまうし)
でも、素直に嬉しいと思った。
妹であるレイラが、私を思ってくれていることが伝わってきて。
「ありがとう、レイラ」
そう笑って口にすれば、レイラはハッとしたような顔をした後、少し恥ずかしそうに笑ってみせたのだった。
その後、クラウス殿下とレイラは共にラングレーに戻ることになった。
一ヶ月行方知らずだったレイラのことを説明するためと、私がイヴァンの恩人であり、彼と正式に婚約することを一足先に説明してくれるそうだ。
「またしばらくのお別れだね、お姉様」
レイラはそう言って寂しそうに笑う。
私もそんなレイラに「そうね」と言葉を返し、同じ髪色のレイラの頭をそっと撫でた。
「レイラも、本当は帰るのが嫌なんでしょう?」
「……やっぱり、お姉様にはバレてしまうのね」
レイラは困ったように笑い、肩を竦めた。
「私は、お父様もお母様も、お兄様のことも勿論好きよ。
だけど、偶に窮屈に思えてしまうの。
どうしてかしら」
その言葉に、私は息が詰まった。
(私だけがいつも辛いと思っていた。
だけど、レイラはレイラで苦しんでいたんだわ)
私よりもずっと出来が良いレイラ。
その分両親からの期待は大きい。
だから、その重圧が気が付かないうちに彼女にのしかかってしまっているんだろう。
私は思わず、そんな彼女の肩を抱き締めた。
「っ、お姉様……?」
「頼りないかもしれないけれど、私はいつだって貴女の味方よ」
「……お姉様」
レイラもギュッと抱き締め返してくれながら言った。
「ありがとう。 その言葉だけで十分だわ」
レイラはそう言うと、笑みを浮かべて私から離れた。
「お姉様と離れるのは寂しいけれど、暫くの間はイヴァン様に譲ってあげる。
お姉様も、イヴァン様に何かされたらいつでも帰ってくるんだよ! 私が待っているから」
「ふふ、頼もしいわ、レイラ」
レイラは悪戯っぽく笑い、今度こそ手を振ってラングレー伯爵家へと向かって帰って行ったのだった。




