告白
「ごめんなさい」
私が開口一番にそう口にすれば、イヴァンは驚いたように目を丸くしてから口を開く。
「どうして君が謝る」
「レイラをずっと探してくれていたでしょう?
だけど、レイラは殿下の元にいた。
それは多分、あの子が殿下のお側にいたいと思っている証拠だわ」
レイラは、殿下に言われてイヴァンと私の仲を取り持とうとしたのだと思う。
だけど、それだけではなくて、彼女は殿下のお側にいたいと願ったから、この一ヶ月私達の前に姿を現さなかったのだとしたら。
(私に出来ることは、ただ一つ)
私はすっと息を吸うと、イヴァンに向かって言った。
「だから、以前にもお願いしたと思うけれど、レイラのことは諦めて。
レイラにはもう想っている方がいるんだわ」
「……そんなこと、言われなくても分かっている」
イヴァンは息を吐くと、長椅子に座って言った。
「クラウスの差金だと言っていたが、あいつがレイラ嬢のことを気に入っていなければ、彼女を手元に置くような真似はしない。
……それに、レイラ嬢は俺の恩人ではない。
レイラ嬢に間違えて求婚した件については、反故にしてもらうよう伯爵家に届けを出す」
「……そう」
イヴァンはこれで、レイラを諦めてくれるんだわ、と内心ホッとしていると、イヴァンは「問題は」と私を見て言った。
「君がどうしたいかだ」
「私?」
「あぁ。 ……本当にラングレーに、帰りたいのか」
「!」
じっと金の瞳が、私を捉えて離さない。
そんな彼に見つめられ、私は……、意を決して口を開いた。
「えぇ」
「!」
迷いなく頷いてみせれば、彼は黙ってしまった。
そんな彼の反応を見て、すぐに口にした。
「……と言ったら?」
「え?」
私は彼の座っている椅子に近付く。
そして、戸惑った表情を浮かべる彼の前に立つと、彼を真正面から見つめて言った。
「好きです」
「……!」
そう告げた瞬間、ハッと彼の瞳が見開かれた。
そして、彼は信じられない、というふうに言葉を口にした。
「……冗談、だろ?」
「っ、私も、冗談だったら良かった」
「!」
ポタ、と瞳から涙がこぼれ落ちる。
それを見て驚き固まる彼の姿を見て、こぼれ落ちる涙を手の甲で拭いながら言葉を続けた。
「私もこの気持ちに気付いたの、昨日だから。
言うつもりじゃなかったんだけど……、でも、何となく伝えたくなって」
「……リディア」
「私ね、嬉しかったの。
貴方は初めて正面から、向き合ってくれた人だから」
最初は、何て横暴な人なんだろうと思った。
人の言うことは信じないし、自分勝手で何を考えているのか分からない。
だけど、関わっていく内に気付いた。
彼はただ、自分の心を素直に曝け出すのが下手なだけなんだと。
口下手だから、口調はぶっきらぼうな発言になり、他者に誤解を与えやすいだけで、本当は優しい心を持っているんだ。
「貴方とこの一ヶ月を過ごしてみて、自分がこんなに色んな気持ちにさせられたのも、初めてだった。
……本当に、楽しくて。 もっと、ここにいたいと思う自分がいて。
だけど、それと同時に苦しいの」
目からは涙が溢れて止まらない。
ギュッと胸の前で手を握り、俯きながら言った。
「貴方は昨日、“分かり合えたと思った”と言っていたよね。
私も、そう思っているよ。
けれど、根本的に貴方と私とでは違う。
だって、イヴァンは私のこと、好きではないでしょう?」
「……」
イヴァンは何も言わなかった。
私はそれを肯定と捉え、言葉を続けた。
「それなら私は、貴方とはいられない。
昨日話した通り、この腕の傷もあるし、私がこれ以上いても迷惑になるだけだから。
……私が、辛くなるだけだから」
言っていることが支離滅裂で、何を言っているのか自分でも分からない。
それだけ複雑な感情が渦巻いていて、頭の中はグチャグチャだ。
どうして、こんな話をしているのか。
伝えるつもりは、なかったはずなのに。
私はギュッと服の裾を握ると、曖昧に笑って言った。
「っ、ごめんなさい、風邪のせいで変なことばかり口走ってしまって。
今のは、全部忘れて。
今日が約束の日だし、早く荷物を片付けてレイラとお暇するから」
そう言って去ろうとした私の体は動かなかった。
それは、イヴァンが私の手を掴んだからで。
「っ、離して」
「……嫌だ、と言ったら?」
「駄目……っ!?」
不意に温かな温もりに包まれる。
背中ごしに伝わる彼の体温を感じ、頬に熱が集中するのが分かる。
彼は私の肩に腕を回すと、ギュッと強く抱きしめた。
私は思わず、呟くように口にした。
「どうして……?」
「分からない」
「分からないって何!」
彼の無責任な発言に怒ってそう反論すれば、イヴァンは少し肩を揺らした後、いつもの彼からは予想もつかないような弱々しい声で言った。
「……ただ君を、手放したくないと思ったんだ」
「!?」
「リディア、こちらを向いてくれないか」
「……嫌」
「少しだけで良いから」
抱きしめられていた腕が緩む。
私は唇を噛み締め、言われた通り俯き加減でイヴァンの方に体を反転させる。
再度向き合う形になると、イヴァンは私の頬をハンカチで拭ってくれながら言った。
「……俺は、君を泣かせてばかりだな」
「自覚はあるのね」
悔し紛れにそう口にすれば、イヴァンは苦笑いを浮かべた。
そして、ふっと真剣な表情に戻ると言った。
「先程の、“好き”という君の気持ちは、正直俺には分からない」
「……!」
唐突に告げられた告白の返事に、私は思わず硬直するが、冷静に考えて同じ気持ちにはなるはずがないと思った私は、「そうだよね」と精一杯笑ってみせれば、イヴァンは「でも」と言葉を続けた。
「誰かを……、君を手放したくないと思ったのは、初めてだ」
「……え?」
その言葉に思わず顔を上げれば、思ったより近くに彼の顔があって。
驚いた私達は反射的に顔を背け、彼はコホンと咳払いをして続けた。
「君と同じ気持ちかと聞かれても、答えは分からない。
けれど、君とこれで離れ離れにはなりたくないと思う」
「……それは、つまり」
「もう少しだけ此処にいてくれないか」
「……!」
彼の言葉に、ドクンと心臓が高鳴る。
告白されたわけではない、フラれたも同然なのに。
その言葉は、私の心を震わせるのには十分だった。
「……此処にいても良いの?」
「それを言うなら、こちらこそだが」
「……でも、私は貴方の側にいたら、もっと好きになってしまうと思うよ?」
「……その君の好意に応えてあげられるかは疑問だが」
「酷い!」
思わず前のめりで抗議の声を上げれば、イヴァンは罰が悪そうに「すまない」と口にした。
そんな彼の表情が、まるで子犬のようで思わず笑ってしまう。
最後まで何て勝手な人、と思ってしまったが、それを分かっていて振り回されにいく私はきっと、重症だ。
「……分かった」
私はそう呟くと、彼が身に付けていたタイを不意にぐいっと引っ張る。
そして。
「……!?」
彼の顔に自分の顔を近づけ、その頬に口付けを落とした。
絵に描いたように驚く彼に向かって、私は照れ交じりに悪戯っぽく笑ってみせて言った。
「私をここにとどまらせたからには覚悟してね」
「は……、おい、ちょ、リディア!」
彼の静止の声を無視するように部屋を後にし、パタンと扉を閉じる。
そして、高鳴る胸の鼓動を鎮めるように手を置き、息を吐いたのだった。




