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真実

 応接室に入ると、クラウス殿下に対面に座っているイヴァンの隣に座るよう促された。

 言う通りにイヴァンの横に座ると、殿下の隣にはレイラが座り、向き合う形になったところで陛下が口を開いた。


「まず、単刀直入に言うと、レイラ嬢と君とを入れ替わらせて、イヴァンの元に君が向かうよう仕向けたのは私なんだ」

「「!?」」


 私とイヴァンは思わず息を呑む。

 殿下はレイラと顔を見合わせると、言葉を続けた。


「私はイヴァンが半年前に助けてもらった恩人に求婚したという話を直接イヴァンから聞いたんだ。

 そうしたら、レイラ嬢から相談を受けてね」

「レイラが?」


 驚きそう声を上げれば、レイラは私を見て言った。


「……以前、お姉様にお話ししていた方を覚えている? それが、殿下なの」


(以前話していた……、あ!)


 ハッとして口を手で押さえれば、レイラは困ったように笑った。


(もしかして、レイラがずっと“身分違いの恋をしている”と言っていた方が、殿下だというの!?)


 聞き返したかったが、それを此処で言うのも無粋だと思った私は慌てて頷き口を噤めば、レイラは言葉を続けた。


「私がイヴァン様に求婚されたことをクラウス殿下に伝えたら、イヴァン様を助けたのは貴女なのかと尋ねられたの。

 それで初めて、あの日お姉様が助けたのはイヴァン様であり、イヴァン様はその恩人が私だと勘違いしていることに気が付いたの」

「驚いたよ。 レイラ嬢が急に訪ねてきたと思ったら、まさかイヴァンに求婚されているとは思わなくて。

 確かに、イヴァンから恩人を探しているという話を聞いていたけれど、その人を見つけてすぐに求婚するとは思わなかったから……」


 チラリとイヴァンを見ながら言ったクラウス殿下に対し、イヴァンは何も言わなかった。


(今思えば、イヴァンが急な結婚を迫ったのは、辺境伯の位を譲り受けるための条件だったからなのよね……)


 私はそんなイヴァンを見ていると、レイラは「ごめんなさい」と頭を下げた。


「本当はね、クラウス殿下にお話ししてどうにか婚姻の話を断る方法がないか、相談してみようと思ったの。

 だけど……」

「私がレイラ嬢に“様子を見よう”と提案したんだ。

 イヴァンがレイラ嬢の代わりに訪れた、本当の恩人であるリディア嬢にどんな対応をするか知りたくてね」

「何故だ」


 イヴァンは初めて口を開いた。

 そして、殿下を睨みつけながら言葉を続ける。


「お前が真実を告げないから、俺はリディアをずっと疑い続け、リディアもまたレイラ嬢が無事か心配していたんだぞ」

「!」


 まさか、イヴァンが私のことを気にかけてくれて怒っているのだとは思わず目を見開けば、殿下もまた驚いたように目を見開いた後、やがてゆっくりと口にした。


「君にレイラ嬢のことを伝えなかったことについては悪いと思っているよ。

 だけど、君の性格上、恩人はレイラ嬢だと思い込んでいるだろうから、私達が話をしたところで信じるかは疑問だった。

 ……君は、自分で見たものしか信じない主義だろう?」

「っ、だからって」

「本当に悪かったとは思っている。

 だけど、それと同時に僕はこれで良かったと思っているんだ。

 ……君には、リディア嬢と向き合って欲しいと思ったから」


 そう言って、殿下は今度は私を見ると柔らかく笑って言った。


「君の話は、レイラ嬢からよく聞いていたんだ。

 ……いや、よく聞くなんてものじゃないな。 レイラ嬢は本当に、君のことを楽しそうに話してくれるんだ」

「レイラが?」

「っ、で、殿下!」


 レイラは少し顔を赤くさせて怒ったようにクラウス殿下を見る。

 クラウス殿下は「まあまあ」とそんなレイラを宥めてから、私に向き直ると言葉を続けた。


「レイラ嬢は、誰よりもリディア嬢のことが好きなようでね。

 リディア嬢の幸せを願っているんだと話してくれた。

 レイラ嬢いわく、リディア嬢は温かくて優しい人物だということを聞いてね。

 そんなリディア嬢がイヴァンの恩人であることも知って、もしかしたら君なら、イヴァンを変えてくれるかもとそう思ったんだ」

「イヴァンを変える……?」

「クラウス、余計なことを言うな」


 殿下が何の話をされているか分からず首を傾げれば、イヴァンが怒ったようにその言葉を制す。

 殿下は肩を竦め、「分かっているよ」と告げてから言った。


「そして、この一ヶ月はリディア嬢にイヴァンと過ごしてもらうことにしたんだ。

 とはいえ、心配になって一度様子を伺うために君達を呼び寄せてみたら……、思った以上に仲良くなっているから驚いたよ」

「まんまと俺達は、お前達の掌の上で転がされていたというわけか」

「まあまあ、そう言わずに」


 殿下は笑ってそう言ったが、それまで黙っていたレイラが強い口調で口にした。


「でも、結果的に失敗ですよね? クラウス殿下。

 私は、クラウス殿下からイヴァン様は不器用なだけで優しい方だとお聞きしていました。 だから、お姉様を任せても大丈夫だと思っていました。

 ですが、私の目にはイヴァン様はそうは映りません」

「……何?」


 イヴァンの目が釣り上がる。

 一気に殺伐となった空気に思わず声をあげようとしたが、レイラはそれを許さず言葉を続けた。


「約束の一ヶ月後の今日来てみたら、お姉様が風邪を引いて倒れているというのにも関わらず、執務室で平然と仕事をしていらっしゃいました。

 殿下が言うように、イヴァン様が本当にお姉様を慕って下さっているのならば、お姉様から離れようとはしませんよね?」

「し、慕う!?」


 レイラ、何を言っているの!?

 と思わず顔を赤くして突っ込むと、殿下はリディアに「誤解だよ」と説明する。


「私達が訪れた時、イヴァンは執務机に向かっていなかっただろう?

 執務室にいるのに机に向かっていないイヴァンなんてありえない。

 それは、リディア嬢が心配で仕事が手につかなかった証拠だよ」

「黙れ、クラウス」


 そう地を這うような声で言ったイヴァンに、クラウス殿下は「はいはい」と手を上げる。

 思わずイヴァンの方を見れば、そっぽを向いているイヴァンの耳が僅かに赤いことに気が付く。


(な、何故赤くなっているの? もしかして、今の殿下の言葉は図星……?)


 驚いてイヴァンを見つめてしまえば、彼はこちらに気付き「見るな」と更にそっぽを向いてしまった。

 それが照れ隠しであると思ったその時、レイラは怒ったように言った。


「そういう態度が問題なんです!

 恩人であるお姉さまにする態度ではないと思います」

「レ、レイラ、大丈夫だから」


 あまりにもイヴァンを敵視するレイラが心配になりそう宥めようとすれば、レイラはふるふると肩を震わせ、「やっぱり」と口を開き、断言した。


「お姉様はイヴァン様には渡せません!

 お姉様は私と一緒に実家に帰らせて頂きます!」

「えぇ!?」


 そうきっぱりと言い放ったレイラに対し、驚けば、何故か殿下が慌てたように言う。


「レ、レイラ嬢も一緒に帰るのか?」

「当たり前です! お姉様一人帰らせるわけにはいきませんもの。

 クラウス殿下だって悪いですよ。 イヴァン様は優しい人だから大丈夫だって聞かないんですから!」

「す、すまない、レイラ嬢。

 だが、少し待ってほしい。

 リディア嬢の意見をまだ聞いていないから」

「!」


 レイラと殿下の話の間に、唐突に話を振られた私はハッとする。

 そして、殿下は私を見て言った。


「君はこの一ヶ月、イヴァンと過ごしてどう思った?

 彼と過ごして、何か感じたことはなかった?」

「っ、わ、私は……」


 クラウス殿下の問いかけに、口を開きかけたが思わず噤む。

 自分の中で渦巻いている複雑な感情を吐露するには、整理が追いつかなくて。


(私は……)


 ギュッと服の裾を握り、やがて意を決して口にする。


「……あの、クラウス殿下、それからレイラ。

 少し、イヴァンと二人で話す時間を下さいますか」


 私の言葉に、三人は驚いたようだった。

 イヴァンは目を丸くし、クラウス殿下とレイラは顔を見合わせ立ち上がった。


「分かった。 私達はお暇するから二人で話をすると良い」

「ありがとうございます」


 レイラは何か言いたげだったけれど、私が大丈夫だと頷いてみせれば、少し戸惑ったようにしながらもクラウス殿下と共に部屋を後にした。

 イヴァンと二人きりになった空間で、私はイヴァンに向き直ると口を開いたのだった。

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