約束の日
『お姉様、これお揃いで作ったの!
お姉様にあげる!』
私と同じ色の髪をふわりと揺らし、屈託なく笑うのは、今よりずっと幼い見目をしている妹の姿だった。
(これは、夢? ……いや、私の記憶だわ)
いつだったか。
鮮明には思い出せないが、確かに記憶にはこの光景がある。
(私、この時どうしたんだっけ)
『お姉様?』
レイラが首を傾げ、私を見つめる。
そんな彼女を見て、私の口は勝手に動いていた。
『……らない』
『え?』
上手く聞き取れなかったのであろうレイラが聞き返した瞬間、私の体が勝手に動いていた。
……パシッ
乾いた音が、耳に届く。
薄い青の瞳を丸くさせ驚く彼女を映しながら、私の口から飛び出た言葉は冷ややかなものだった。
『いらない』
『っ……』
私の手によって床に落ちてしまった、差し出されたハンカチには、私のイニシャルが丁寧に刺繍されていて。
(あ……)
拾わなきゃ、そう思ったが身体が動かない。
その上、差し出されたハンカチを受け取らず、レイラの手を払い除けたのは紛れもない私。
『……ごめんなさい』
下を向き、ポツリとレイラは呟く。
(違う、貴女は悪くない)
悪いのは、この私なのに。
そう謝りたいのに、言葉は出てこない。
レイラは黙り込む私に対し、落ちたハンカチを拾い上げた後、ギュッとそのハンカチを握り笑みを浮かべて言った。
『もっと、上手に作ってくるね』
そう言ってレイラは、踵を返す。
(っ、待って、レイラ! 貴女は何も悪くないのに……!)
手を伸ばしたが、レイラの背中はどんどん遠くなる。
そして、思い出す。
(そうだ、私、レイラにいつも酷い態度を取っていたんだ)
だから、侍従達に噂されていたんだ。
“嫉妬に燃える醜い姉”だと。
(そう言われたっておかしくないことを、今まで私は彼女にしてきたんだ)
「……ごめん、なさい」
ようやく、思っていることを口に出せた。
それと同時に、涙が込み上げてきて。
「っ、ごめ、なさ……っ」
ただひたすら、誰もいない一人だけの空間で謝る。
何度も、何度も。
レイラだけではない、前世で迷惑を沢山かけた家族の顔も思い浮かんで、やるせない気持ちでいっぱいになる。
(今更、謝って済む問題ではないことは分かっている。
けれど)
「ごめんなさい……」
どうしようもなく悲しくて、自分に対する怒りもあって。
叫びたい衝動に駆られたその時、誰かが私を呼ぶ声が聞こえた。
(誰……?)
その声に導かれるように、私は手を伸ばす……―――
「……様、お姉様!」
「っ……」
ハッと目を覚ました視界に映る、よく知る二つの空色の瞳。
お姉様、と呼ぶその声の主は。
「っ、レ、イラ……?」
ずっと探していた妹の名を呼んだ声は、酷く掠れてしまって。
だけど、彼女の耳には届いたようで、リランはうるうると瞳を潤ませるとガバッと寝ていた私に抱きついてきた。
「お姉様、ごめんなさい……! 私、お姉様が風邪を引いて苦しんでいるなんて、知らなくて……っ」
「そうだったのね。
いや、そんなことはどうでも……、レイラが無事で良かった」
通りで喉が痛いはずだわ、なんて考えながら、それよりもずっと探していたレイラが此処にいることに安心してそう口に出せば、レイラは泣きながら言った。
「私は全然……! それよりも、良かれと思ってしたことがまさか、お姉様にとって仇になってしまうなんて……」
「良かれ? 仇……?」
泣きながらそう口にするレイラの言葉がよく分からず首を傾げれば。
「それは私の方から説明した方が良いかな」
「あ、貴方は」
レイラの後ろから現れたその男性の姿に、驚き目を見開く。
「数日ぶりだね、リディア嬢。
突然の来訪を許して欲しい」
「ク、クラウス殿下がどうして此処に」
そう、数日前にイヴァンと訪れてお会いした、第一王子であるクラウス殿下の姿だった。
彼は困ったように笑い、レイラをチラリと見てから言った。
「それについては話せば長くなるんだけど……」
「一から説明しろ、クラウス」
「! イヴァン……」
クラウスの隣に現れた彼の姿を見て思わず口にすれば、彼は金の瞳を一瞬こちらに向け、すぐに視線を逸らした。
それに対し口を開いたのは、レイラだった。
「ちょっと! 先程からその態度は何ですか!?
一緒にいたというのにお姉様が風邪を引いたことにも気が付かない挙句、命の恩人であるお姉様に向かってそんな態度はあんまりです!」
「レ、レイラ!?」
そこまで強い口調で彼を咎め、私を庇ってくれる彼女に驚けば、イヴァンはレイラと私とを見てからふいっと顔を背けてしまった。
その姿にまた口を出そうとしたレイラを、クラウスは「まあまあ」と宥めて言う。
「イヴァンは悪い奴じゃないんだ、許してやってほしい」
「……」
クラウス殿下にそう言われ、レイラは少し不満げな顔をしながらも黙る。
その様子を見て、もしかしてと思ったのと束の間、クラウス殿下は「さて」と仕切り直すように言った。
「リディア嬢、身体の具合はどう?」
「あ、喉が少し痛いですが、大丈夫です」
「そうか。 まだ本調子ではないということだね。
そんな状態で申し訳ないけれど、先程言った通り君とイヴァンに話がしたいから、用意が出来たら応接室に来てくれるかな」
そう言われてハッとした。
(そうだ、私寝起きのままの格好で話している……!)
慌ててボサボサの髪の毛を押さえ、「申し訳ございません」と謝れば、殿下は慌てたように言う。
「いや、君が謝ることじゃないよ。 突然私まで訪れて驚かせた私にも非があるし。
では、待っているから無理せずゆっくり準備してから、レイラ嬢と共においで。
イヴァン、私達は先に行こう」
「……」
イヴァンは私をチラッと見てから、何も言わず殿下と部屋を出て行ってしまった。
レイラも残った部屋で、私はふーっと息を吐くと、ゆっくりと身体を起こしながら言った。
「目が覚めたらまさか、貴女だけでなくクラウス殿下もいるのだから本当に驚いたわ」
そう息を吐きながら溢せば、起き上がるのを手伝ってくれていたレイラが呟くように言った。
「……実は私、クラウス殿下のお城にお邪魔していたの」
「え!?」
お、お城に!? どういうこと!?
レイラの言葉に唖然とする私に対し、レイラは困ったように笑った。
「そう、それがクラウス殿下が言っていた、“話せば長くなる”話なんだけど……、とにかく、その話は後で説明するから、とりあえず準備をしてしまいましょう、お姉様」
「え、えぇ」
(では、レイラはこの一ヶ月間、クラウス殿下のいるお城にいたということ……?
え、どうしてそんなことに? 意味が分からない)
とりあえず早く支度をして説明してもらわなければ、とレイラと侍女のニーナに手伝ってもらいながら支度を整え、応接室へと向かったのだった。




