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気持ちの正体

 その後、どう過ごしたかはあまり覚えていない。

 泣き顔で部屋に戻ったことについて、ニーナが酷く心配していたことと、イヴァンから直々にレイラが見つからないことを伝えられたのは覚えてる。

 そのイヴァンと、まともに顔を合わせることは出来なかった。


 そうして二日が経ち、いよいよ明日が約束の日というところで、イヴァンが私の部屋を訪ねてきた。


(会いたくないのに)


 それに、何だか今日は調子が悪い。

 まさか帰って下さいとも言えず、部屋に通して二人きりになると、イヴァンの方から話を切り出した。


「明日がいよいよ約束の日だな」

「……そうね」


 返す言葉が見つからずそう返せば、イヴァンは首を傾げて言った。


「何だか最近元気がないとニーナから報告を受けていたが、何かあったのか?」

「いいえ、そんなことないわ」


 首を振ってそう返せば、彼は表情を曇らせて言う。


「……レイラ嬢を最後まで見つけてあげられず、すまなかった」

「イヴァンが謝ることじゃない。 

 第一王子殿下も協力して下さったんだもの、こちらこそ申し訳なく思っているわ。

 心配ではあるけれど、約束の明日にはきっと帰ってくると信じているから。

 そうしたら私は、ラングレーに帰ろうと思うの」

「!」


 イヴァンは私の言葉に、驚いたように目を見開いた。

 それに対して震える心を落ち着かせるように、無理矢理紅茶を流し込んでから言った。


「レイラが無事に見つかれば、彼女と結婚するのよね。 おめでとう」

「待て、どうしてそんな話になるんだ。

 まずはレイラ嬢が見つかったら、皆で話し合うはずでは」

「言っておくけど、もしレイラが結婚を拒んだとしても、私は貴方と結婚するつもりはない」

「!」


 イヴァンは驚いたように目を見開く。

 その絵に描いたような驚きように、思わず笑ってしまう。


「偶然聞いてしまったの。 貴方と辺境伯様の会話を。

 貴女は私と結婚すると言っていた。

 それが、“条件”なんでしょう?」

「……っ」

「だけど、ごめんね。 私は協力できない。

 此処に私が来たのは、あくまでレイラの代わりだもの。

 それにね、イヴァン。

 結婚相手はそんなに簡単に決めて良いものではないわ」

「……え」


 そう言って私はギュッとドレスの袖を握ると、グイッと上に引っ張った。

 驚いたような表情を浮かべるイヴァンは、晒された私の腕を見て固まった。

 そう、私の腕には、あの時出来た“消えない傷”が、色濃く残っているから。

 その腕を見て、私は薄く笑って言った。


「この傷はね、レイラを傷つけようとして出来た傷なのよ」

「……!?」

「だけど、彼女は無傷だった。 私にはこうして消えない傷が残ってしまったけれど。

 ……ふふ、自業自得よね」

「……」


 イヴァンは何も言わなかった。

 何を考えているのかも、その表情からは読み取れなかった。

 その沈黙が怖くて、私は遮るように言葉を続けた。


「見ての通り、私は皆の言う悪女であり、“傷物”なのよ。

 だから、そんな私と結婚するだなんて言わない方が良いわ。

 ……私といれば、貴方も不幸になるのだから」

「っ、リディア」

「だから、結婚相手はきちんと、己の目で見極めて決めなきゃ駄目よ。

 私は言うまでもなく論外ね。

 大丈夫、自分でも結婚なんて諦めてるもの」

「リディア!」

「貴方なら大丈夫よ。 顔は良いし、性格は……、まあご愛嬌かもしれないけれど、身分だって申し分ないもの。 

 いくらでも候補の御令嬢がいるでしょうから、すぐに結婚出来ると思うわ」

「リディア!!」

「!」


 座っていたはずのイヴァンが立ち上がり、私の手を掴む。

 思わず息を呑んでしまう私に対し、イヴァンは何か口を開きかけた。

 だが、その言葉さえも聞くのが怖くて、私はまた言葉を遮る。


「貴方が何と言おうと、これだけは譲れない。

 私は貴方と結婚するつもりはないの」

「っ、違う、その話ではない。

 ……その傷はどうして出来たんだ」


 予想外の言葉に一瞬面食らってしまうが、そんなイヴァンを威嚇するように答える。


「そんなことを聞いて、何になるって言うの」

「お前とこうして過ごして、噂は……、悪女だというのはあてにならないと思ったからだ。 

 お前がその傷を負ったのだって、何か事情があったはずだ」

「どうしてそんなことを言い切れるの!」


 口から出た言葉は、酷く強い口調だった。

 それに自分自身が驚いたが、イヴァンは気にしていない風にじっと私を見つめて静かに言った。


「お前と過ごした時間が教えてくれたからだ」

「……意味が、分からない」


 この人の言動一つで、何でこんなに心を乱されるのだろう。

 どうして、と自問自答している私をよそに、イヴァンは言葉を続けた。


「一緒に過ごして、たった一ヶ月だったが、少しずつ分かってきた気がしたんだ。

 互いに、分かり合えた気がした」

「……!」

「そう思っていたのは、俺だけか」


 その言葉に、私の心が強く震えた。

 そして、私が抱いているこの気持ちが何なのか、分かってしまったんだ。

 気が付かなければよかった、気が付いてはいけなかったこの気持ちの正体に。

 私はすっと息を吸うと、イヴァンに向かって言った。


「……貴方に、何が分かるの」

「リディア」

「そうやって、分かった風な口を利かないで! 何も……、何も知らないくせに!」

「リディア」

「出て行って!」


 私の強い口調に、イヴァンは何か言いたげだったけど何も言わず、部屋を出て行った。

 一人取り残された私は、ズルズルと長椅子にへたり込んだ。


(……何で、こんな感情が芽生えてしまったの)


 私には、不要であり持ってはいけないと諦めた感情のはずだったのに。


「どうして、よりにもよってあの人に……」


 恋に、落ちてしまうなんて。


(分かり合えたと思っていたなんて、こちらの台詞だった)


 噂があてにならないということも、弱音を吐いた時に勇気づけてくれたことも、嬉しかったんだ。

 私のことを真っ直ぐと見てくれた、唯一で初めての人だったから、本当に嬉しかったんだ。

 だけど。


(彼は私と、同じ気持ちじゃない)


 だから、こんなに傷付いているんだ。

 その上、誰にも見せることなく隠していたこの腕の傷も、自ら曝け出してしまった。


「っ、はは……」


 そんな自分は、酷く惨めで愚かだと。

 自嘲し笑ってみたけど、ただ虚しいだけだった。

 目からはとめどなく涙が込み上げて止まることを知らない。


「……此処に、来なければよかった」


 レイラと入れ替わりだなんてしなければよかった。

 頼まれても、断固拒否するべきだった。


「イヴァンと、出会わなければ良かった」


 そう溢したのを最後に、私の意識は途絶えたのだった。


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