リディア・ラングレー
私の名前はリディア・ラングレー。
ラングレー伯爵家の長女として生まれた。
そんな私には、いずれ跡を継ぐ兄と一つ下の妹がいる。
二人とは普通に話す仲ではあるが、特別仲が良いというわけではなかった。
というのも、勉学や貴族としての嗜みなど全てにおいて、天才の二人には敵わないというコンプレックスを抱えていた私は、自ら二人と距離を置いていたからだった。
「またですか、リディア様」
「何度教えれば気が済むのです」
一度聞けば覚えられてしまう二人を教えている教師や躾係には、いつも怒られて。
凡人な私はその言葉に焦りを募らせ、更に出来なくなってしまう。
その噂は瞬く間に広まり、表では妹を褒め称え、裏では姉の私を卑下する言葉が増えていった。
どんなに寝る間を惜しんで努力をしても、妹はその先を裕に追い越す。 一つ歳下なのにも関わらず、足掻く私を余裕で追い抜いていくのだ。
当然、両親も妹を可愛がる。
頭を撫で、褒め、何かを成し遂げたら彼女の望む物を買い与える。
私には決まって、「もっと努力しなさい」と言う言葉をかけられる。
容姿だって、髪の色は同じなはずなのに、彼女の方が華やかで姉の私の目にも魅力的に映る。
(どうして……)
どうして、あの子ばかり。
茶会や夜会で輪の中心にいるのは、いつだって“彼女”だ。
私は蚊帳の外で一人、ポツンと立っているだけ。
たまに声をかけてくる男性もいたけれど、それも全て“彼女”に近づくためだった。
(もっと、もっと)
努力しなければ。 私には何もないのだから。
だけどある日、ふと我に帰る。
(いつまで?)
いつまで私は、こんなことをしなければならないの?
どんなに努力したって、変わらない現状。
それとは反比例するかのように、噂は尾鰭をつけて屋敷外へと広まっていく。
しまいには、私が妹を妬み、日常的に彼女に暴力を振るっているというありもしない噂を耳にする。
それを聞いてついに私の心は、粉々に崩れ落ちた。
そして私は今回、初めて純真無垢に振る舞う彼女に、まるで噂通りに手をあげてしまう。
ただ突き放そうとしただけなのだが、まさか棚にぶつかるとは思わなかった。
(……それに、)
庇い身体にぶつかった反動で、思い出してしまった自分の“前世”の記憶。
日本、という国で一つ下の妹と両親の四人暮らしだった。
今と変わらず、出来る妹と比べられ、たいして私は努力が出来るほど体が丈夫でなかった。
病弱な私と健康的で優秀な妹。 可愛がられる対象は一目瞭然だった。
そして私は、入退院を繰り返しながらも何とか学校を卒業し、就職先を決めた矢先に倒れ、そのまま亡くなってしまった。
(前世と何一つ、変わっていないじゃない)
どうして死ぬ間際でまた、こんなことを思い出すのか。
(別に、生まれ変わることなんて望んでいないのに)
あぁ、もういっそこのまま、永遠に覚めなければいい……―――
「ん……」
「っ、お姉様!!」
ぼんやりとした視界に映る、唯一私と同じ金の髪をふわりと揺らし涙を浮かべ、彼女は……、妹は笑みを浮かべた。
「ごめんなさい、お姉様。 私を庇って、こんなことに……」
その言葉に見れば、手にはギプスが巻かれており、血が滲んでいる。
多分、倒れてきた棚のガラスの破片が腕に刺さってしまったのだろう。
何となくズキズキと痛むものの、私は首を横に振り、口を開いた。
「いいえ、謝らなければいけないのは私の方だわ。
……イライラして、貴女に当たってしまってごめんなさい」
「そ、そんな! 私が、よろけてしまったから悪いの。 その上、お姉様の腕に、傷を作ってしまうなんて……っ」
「!」
ギュッと唇を噛み締め、涙を流し続ける彼女。 よく見れば、その目元にはうっすらと隈が出来ていて。
それでようやく、私は気が付いた。
(レイラに、罪はない)
彼女は誰より心優しかった。
眩しいほどに他者に愛されていたのは、他でもない彼女の嘘偽りのない姿だ。
元々天才肌だと言うことは無論、彼女は性格までもが完璧だった。 老若男女問わず他者を惹きつける魅力が彼女にはある。
それもまた、彼女の天賦の才能だ。
(……何故、気がつかなかったのだろう)
自分のことで精一杯になり、彼女の本当の姿が見えていなかった。
いっそ彼女がとんでもない悪女だったら、突き放すことも出来たのだろうけれど。
(私には無理だわ)
そっと痛みに震える腕に力を込め、彼女の頬に流れる涙を拭う。
「お、姉様……?」
「ごめんなさいね、レイラ」
駄目な姉で。
(それから、前世の妹にも……、もう会えないけれど)
前世の妹にも、今思えば彼女は入院すれば毎日、忙しいだろうに私の顔を見に来てくれた。
それなのに彼女に恩返しすることすらせず、あろうことか妹に嫉妬心を抱いて亡くなった、不甲斐ない姉だから。
(今世では、妹の為になる努力をしよう)
兄が家を継いだ今、私は跡取りではない。
今まで流れた悪い噂もあるし、この腕の傷も多分一生消えないだろうから、結婚することはまずなくなり、私が培ってきた淑女教育はもう役には立たないだろう。
それなら、何かと私と比べられて迷惑をかけてしまっただろう妹の為になることをしよう。
(私なんかよりずっと、レイラは幸せになれる)
「……レイラ」
「っ、はい、お姉様」
レイラは慌てて涙を拭うと、そういつものように返事をしてくれる。
私はそっと笑みを浮かべると、口を開いた。
「私では、頼りないかもしれないけれど……、私は、これからはレイラの力になりたいの」
「お姉様……?」
「レイラのためになることだったら何でもする。 だから、何かあったら私に相談して。
……私はずっと、これから先何があってもレイラの味方よ」
「!!」
レイラは何も言わなかった。
ただ驚き、目を見開いて一瞬何かを言いかけたが、そっと笑みを浮かべ、「ありがとうございます、お姉様」と返してくれたのだった。
その言葉と表情が前世の妹と重なって見えて、それだけで私の心は満たされたのだった。
そうして私の、妹の幸せだけを願う第二の人生が始まったのである。




