世話焼きの令嬢
第一王子殿下とお会いしてから5日ほどが経ち、此処へ来てからは3週間が経過した。
イヴァンの仮婚約者の期間、そしてレイラとの約束の期間まで残り1週間だというのに、レイラは一向に見つからずにいた。
(約束の日に彼女が帰って来ればそれで良い。
でも、王都中を探しても何処にも見当たらないだなんて……)
レイラの姿を一目でも見つけられれば報告してもらえるよう、イヴァンに頼んでおいたのだが、彼からは何の報告も上がっていない。
ということは、レイラの姿すら確認されていないということになるわけで。
(どうしよう、彼女がもし事件に巻き込まれていたりしたら……)
ぐっと自分の手を握りしめたその時。
バルコニーの窓の外で不意にガタンッと物凄い音がした。
「な、何今の音」
かなりの衝撃音に驚き、反射的にバルコニーの方を見やれば、青い塊が落ちているのが見えて。
「何……!?」
動かないその塊が何なのか判別がつかず、恐る恐るバルコニーの方に近付けば、その塊の正体が分かった。
「鳥?」
塊に見えたのは、猫の大きさくらいの青い鳥が倒れている姿だった。
ピクリとも動かないその鳥に、私は慌ててバルコニーの窓を開け、鳥の様子を見る。
「っ、大変! 怪我をしている!」
その青い鳥は固く目を瞑り、眠っているように見えたが、その翼には血が滲んでいた。
体が僅かに上下しているのを目視で確認した私は、その鳥をどうしようか迷っていると、部屋をノックする音が耳に届いた。
(っ、誰だか分からないけれど、報告すればこの鳥を助けてくれるかも……!)
そう思い、慌てて部屋に戻り扉を開ければ、そこにいたのはイヴァンだった。
そんなイヴァンの姿に、私は半泣きになりながら口を開いた。
「た、大変なの! 鳥が、怪我をしていて……っ、とりあえず来て!」
「は?」
説明をしている暇がないため、目で確認してもらおうと彼の腕を引っ張り、急いでバルコニーへと誘導する。
そして、ぐったりしている鳥の前にしゃがみ込み、口を開いた。
「窓にぶつかる音がして見たら倒れていたの。
どうしよう、怪我をしているみたいなんだけど、私動物の手当てなんてしたことがないから処置の方法も分からなくて……、どうしよう」
早口でそうまくしたて、慌てる私の方は見向きもせず、彼はその鳥を見下ろし黙っていたかと思うと、やがて静かに言葉を発した。
「どうしようも何も、放って置けば良い」
「え……?」
イヴァンはそう言って立ち上がると、私の方を振り返り抑揚のない声で言った。
「自然に生きる動物だ、自力で治すだろう。
もし治すことが出来ないのなら死ぬだけだ」
「死ぬだけって……、そんな言い方は」
「どの道お前に出来ることはない。 それに、この屋敷に獣医なんていないからな。
生きるか死ぬかはその鳥の運命次第だ」
「運命……」
私は呆然とその言葉を呟く。
イヴァンは息を吐き、部屋を後にしようとした。
その背中を、私は言葉で引き止める。
「手当てをすれば助かる命かもしれないのに、見て見ぬ振りをしろと言うの?」
イヴァンはもう一度息を吐くと、私の方を振り返り冷たい眼差しを向けて言った。
「あぁ」
「……では、瀕死の状態の貴方を助けたことも、間違いだったと言うのね」
「!」
イヴァンの瞳に僅かに動揺の色が滲む。
私は言葉を続けた。
「貴方がそういう考え方なのは分かった。
だけど、私はやっぱり見て見ぬ振りをすることは出来ない」
前世のこともあって、私は命がどれほど尊いものかを痛いくらいに知った。
治らないものと治せるものとでは、雲泥の差があるのだということも。
「……命を、粗末にしてはいけないから」
人も動物も、皆平等に生きているのだから。
「私は、この鳥を助けたい」
そう口にすると、他の人に助けを求めるため部屋の外を飛び出した。
部屋に一人取り残されたイヴァンが、「どうして」と呟いたことには無論、気が付くことはなかった。
「……これでよし」
私はそう呟くと、安堵のため息を漏らした。
部屋を飛び出した私はその後、イヴァンの従者であるユーグさんと遭遇し、事情を話すと、ユーグさんは獣医がいない代わりに薬師を呼んできてくれた。
鳥の方は部屋の中に運び入れ、布を敷き詰めた籠に寝かせ、来てもらった薬師さんに怪我の様子を診てもらい、動物にも効くという薬草を塗って止血のため包帯で巻いた。
幸い怪我の方は浅い傷で済んでおり、目を覚さないのは窓にぶつかった衝撃だろうと言われ、とりあえずホッとした。
(薬師さんがいてくれて本当に良かったわ。
でなかったら私、イヴァンにあんなに啖呵を切ってしまったのに、危うく彼の言う通り、見て見ぬ振りをしなければならなくなるところだった.……)
後はこの子が無事に目を覚ましてくれることを祈るだけ。
(軽症で本当に良かった)
そう思いながらふと窓の外を見やれば、すっかり空は暗くなっていた。
(あっという間に時間が経っていたのね)
そう感じながら、遠くで瞬く星々を見ていたら、不意にイヴァンの表情が脳裏で蘇った。
(彼があんなことを言うなんて思わなかった。
……けれど)
“生きるか死ぬかはその鳥の運命次第だ”
そう口にした彼の表情が、心の中で引っかかっていた。
(“運命”だなんて……、まるで、いつも言い慣れているような感じだった)
辺境伯家の仕事には、国内の反乱分子を粛清する役割などがあり、それらを鎮圧するために剣を振るうという話を聞く。
イヴァンだって辺境伯様だって常に帯剣しているし、半年前助けた時だって、彼が負っていたのはただの切り傷ではなかった。
(イヴァンはいつも、危険と隣り合わせの仕事をしているのかな……)
だからきっと、まるで命を軽んじているように私の耳に聞こえてしまったのだろう。
そう思うと、ズキリと胸が痛んだ。
(そんなの、虚しすぎる。
全てを運命で片付けられる人生なんて)
前世で生まれつき身体が弱い私がそうだったから。
望んでも長く生きることが叶わなかった前世の自分が。
(でも、今は違う。
今世では健康に生まれて来ることが出来たんだもの、私に出来ることがあるのなら何でもしたい)
それが、前世の記憶を持って生まれた自分の使命だと思うから。
朝。
頭を突かれているような不思議な感触を覚え、微睡の中目を覚ませば。
「……わっ!?」
すぐ目の前には真っ青な物体があって。
一発で目が覚め、慌てて後ろに体を仰け反らせれば、つぶらな瞳がこちらを見上げ、ピーッと鳴いた。
その翼には包帯が巻かれている。
その姿を見て昨日鳥を看病したことを思い出した私は、あ、と声を上げた。
「目が覚めたのね!」
良かった!と心の底から安堵し、青い鳥を見つめる。
(それにしても、とても綺麗な鳥さんだわ。
昨日はぐったりしている様子だったから分からなかったけど、目も澄んだ青だし、翼の先端は黄色になっているのね)
「ピー?」
見つめてしまっていたことに対して、まるでその鳥さんが首を傾げたように見えたから、私は慌てて声をかける。
「調子はどう? 此処は安全だから、怪我が治るまでゆっくり休むと良いわ。
羽もあまり動かさないようにね」
「ピー!」
まるで返事をするかのように大きく鳴いてみせてくれたのは良かったが、言っている側から鳥さんは大きく翼をはためかせた。
慌てて飛ばないよう押さえ込んだものの、痛そうな素振りは見せないので大丈夫だということなんだろう。
「……鳥籠に入れた方がよかったかしら」
でも野生の鳥さんだし、この翼ではまだ飛べないだろうから、自由な方が良いかと思いそのまま籠の中で養生してもらうことにした。
「安静にしていれば傷も治るだろうから、すぐに飛べるようになるだろうって薬師さんが言っていたわ。
良かったわね」
「ピー!」
私の言葉にもう一度、鳥さんは元気よく鳴いたのだった。




