第一王子との対面
(い、今になって緊張してきたかも……)
王家主催の夜会に参加するために城に数度訪れたことはあるが、一度も殿下と直接お話をしたことはなかった。
(だって、遠い存在だと思っていたんだもの)
それなのに。
ちら、と斜め前を歩くイヴァンを見て思う。
(一緒に連れて来るよう言われたと言っていたけど……、所詮は仮初の婚約者である私と一緒だなんてイヴァンも不本意だろうな)
自分で言っておいて悲しくなる。
(あまり目立つような行動は控えよう。 イヴァンのためにも私のためにも)
だって、今私が彼の側にいるのは、あくまでレイラの身代わりなのだから。
案内された場所は謁見室のようだった。
白や金を基調とした豪華な部屋の中、紺髪に同色の瞳を讃えたその方は、柔らかな笑みを浮かべて長椅子に座って言った。
「やあ、よく来たね」
「お前が呼んだんだろうが」
「!?」
チッと舌打ちまでしたイヴァンの包み隠さない不機嫌オーラに、思わず冷や汗が流れる。
(で、殿下に向かってとる態度とは思えない……!)
慌てて殿下を見れば、殿下の方は慣れているのかクスクスと笑い、「相変わらず冷たいね」と言いながら私達に席に座るよう促す。
殿下とは向かいの長椅子にイヴァンと二人、並んで座ると、殿下は「さて」と手を組み口を開いた。
「まずは、隣にいる君の婚約者殿を紹介して欲しいな」
その言葉に、私は慌てて首を横に振った。
「で、殿下! それは誤解です、私達は決してそのような関係では」
「リディア・ラングレーだ。 俺の命を助けてくれた恩人だと聞いている」
「!?」
私が誤解を解こうとしているのにも関わらず、それを遮るように口にしたイヴァンの方を向くと、殿下は笑って口を開いた。
「恩人だと聞いている、だなんてまるで信じていないようだけど……、それでもイヴァンは彼女を側に置いているんだ?」
「あぁ。 確かめるためにな」
(わ、私が口を挟む余地はないというわけね……)
イヴァンの態度にカチンと来た私は、笑顔だけを浮かべ、例え彼に話題を振られても一切口を開かないことを決意する。
そんな私のオーラを感じ取ったのか、今度は殿下が私の方を見て言った。
「初めまして、リディア嬢。
私はこの国の第一王子、クラウス・アーセントだよ。 以後お見知り置きを」
その言葉とともに、スッと手を差し出される。
それに対して私も手を伸ばしかけたが、その手をイヴァンによって掴まれた。
「!?」
これには私も殿下も驚いたが、殿下はあははとおかしそうに笑った。
「随分とリディア嬢にご執心のようだね、イヴァン。 珍しいじゃないか、何に対しても執着を見せない君がそんなことをするなんて」
「……何のことだ」
イヴァンはそう溜め息混じりに言い、掴んでいた私の手を離す。
殿下とイヴァンのやりとりを聞いて、私は思わず頭を抱えそうになった。
(あー、もう知らない。 イヴァンが何を考えているのか分からないけど、絶対殿下にあらぬ誤解をされているわ……)
遠い目になりそうになりながら、何とか笑みだけは崩さずにいると、殿下はクスクスと笑ってから私を見て言った。
「イヴァンから聞いているかもしれないけど、私達は幼馴染なんだ」
「そうなんですね」
「あぁ。 なかなか面倒くさい性格をしていると思うけれど、見捨てないでやってほしい」
「おい、どういう意味だ」
イヴァンは殿下の言葉に怒ったようにそう口にする。
私はといえば、殿下の言葉が確かに、と思い苦笑を溢すと、殿下はそのまま言葉を続けた。
「私は、イヴァンには幸せになって欲しいと思っているんだ。 ……彼には、色々と抱えているものがあるからね」
「それ以上余計なことを言うな、クラウス」
「はいはい、分かっているって」
イヴァンに睨まれた殿下は、肩をすくめてみせる。
(イヴァンが抱えているものって何だろう?)
話についていけない私は首を傾げると、殿下は「まあ、その話はイヴァンに聞くと良いよ」と言ってからそういえば、と言葉を続けた。
「君の妹……、確かレイラ・ラングレー嬢、だったかな。
彼女は今行方不明なんだって?」
「そ、そのことをご存知なのですか!?」
思わず食い気味にそう尋ねれば、殿下は驚いたように目を見開いた後、「あぁ」と頷き口を開いた。
「イヴァンからも聞いているからね。 レイラ嬢を探すのに協力しているよ」
「っ、ありがとうございます……!」
(殿下も協力して下さっているんだ! それならもしかしたら、レイラの居場所がすぐ分かるかもしれない)
「今日君を呼んだ理由もそれなんだ。 レイラ嬢のことをもう少し詳しく知れた方が探しやすいかなと」
「わ、私の情報がお役に立つのであれば是非」
「そうだね……、君とレイラ嬢は容姿は似ていたりするのかな? 話し方とか」
「容姿は、この髪色以外は似ていないと思います。 彼女は碧眼ですし、顔形も似ているとは思いません。
話し方も多分似ていないのではないかと……、すみません、お教え出来る情報が役立たずで」
(私がレイラにもう少し似ていれば、探すことに役立ったかもしれないのに……)
とにかく、今は彼女のことが心配だ。
半月経った今でも見つからないとなると、彼女の身の安全の方が心配になって来る。
(彼女の駆け落ち相手が良い方だとも限らないし……、第一、駆け落ち相手と共にしているかも分からないし)
私は殿下の目を真っ直ぐと見て口を開いた。
「私が彼女を探す手がかりになるのなら何だってします。
探して下さっている方と一緒に、私も同伴することだって」
「それは駄目だ」
私の言葉に口を開いたのはイヴァンだった。
咄嗟に彼に対して反論する。
「どうして」
「お前が行っても足手まといになるだけだ」
「!」
そう言ったイヴァンの言葉に賛同するように、殿下も口を開く。
「足手まといなのではなく、イヴァンは君を心配して言っているんだよ。 最近は何かと物騒だからね。
ほら、現にイヴァンも半年前に賊に襲われているだろう?」
「……っ」
私の顔からは血の気が引く。
(っ、れ、レイラも彼と同じ目に遭っているかもしれないということ!?)
私が一気に青褪めたことに気付いた殿下は、慌てたように口を開いた。
「大丈夫だ、彼女のことは私達が必ず探し出すから安心して」
「逆に不安にさせてどうする」
「君の言い方がキツすぎるのも悪いんだよ」
そんなやりとりを始めた二人に向かって、私は「あの」と口を開く。
言い合いをやめた二人が私の方を向いたのを確認すると、二人に向かって頭を下げた。
「妹を……、レイラのことを、必ず見つけ出して下さい。
彼女のためになるのなら、何でも致しますので」
ギュッとドレスを握りそう口にすれば、殿下は「任せてほしい」と言って下さったのだった。
(……レイラ)
殿下とその後会話を続けたものの、私の頭の中はレイラのことでいっぱいだった。
流れゆく景色を馬車の中から見つめ、彼女がこの街の何処かにいるのではないかと、行き交う人々を目で追っていると、イヴァンが口を開いた。
「レイラ嬢のことが心配か」
「それはそうよ!
だってレイラは……、私の大切な妹だから」
彼女が幸せでいてくれさえすればそれで良い。
それだけでも確認がしたい。
駆け落ちをしたということは、もしかしたら私に会いたくないというのもあるかもしれないけれど、それでも姉としては彼女が幸せに暮らしているかが心配だ。
「……私は、レイラの姿を一目見られればそれで良いの。 彼女が、胸を張って幸せだといられる場所で生きているのなら。
結婚相手にと考えている貴方には申し訳ないけれど、私はレイラが思う幸せを優先してあげたい。
だから、もし見つかったとしても彼女の意思を受け入れてあげて欲しい。
お願いします」
約束の一ヶ月後、彼女が私の元に現れてくれれば何の問題もない。
ただ、どれだけ探しても姿が見当たらないことだけが心配なのだ。
イヴァンも殿下も、お父様も探して下さっているはずなのに。
(婚約の件もあって、レイラが自分から姿を隠している可能性も大いに有り得るし……)
そう思いイヴァンに向かって口にすれば、彼からは何の返事も返ってこなかった。
それは否定の意味を示しているのだろうか。
(今でもレイラのことを、想っているのだとしたら)
レイラを手放すことは出来ないと、そう考えているのだろうか。
彼の真意も、それに対するツキリと痛む自分の心すら分からないまま、馬車は辺境伯邸へと向かって走り続けたのだった。




