正体不明の気持ち
ここに来て半月程が過ぎた。
(未だにレイラは見つからない、か)
レイラが見つかれば、お父様はすぐにでも連絡してくるはずだ。
それなのに何も音沙汰がないということは、レイラはまだ見つかっていないということだろう。
(何処にいるのかしら)
ここまで来ると心配になってくる。
もしかしたら、彼女は想い人と共に過ごしているのかもしれない。
彼女が幸せに過ごせていればそれで良いが、もし何かあったら……。
(レイラ……)
やっぱり考えを改めるよう伝えるべきだったか、そう思っている矢先、コンコンと部屋をノックする音が聞こえた。
「あら、誰かしら」
部屋に一人でいた私は、はいと返事をして扉を開ければ、そこにはイヴァンの姿があって。
「急にどうしたの?」
何の前触れもなく日中に、しかも自ら訪ねてきたことに驚きそう口にすれば、イヴァンは珍しく言いにくそうに明後日の方向を見て言った。
「突然だが明日、共に城へ行ってくれないか」
「は? 城って……、まさか」
「俺と一緒に殿下と会って欲しい」
「っ、無理無理無理!!」
私がブンブンと首を横に振れば、イヴァンもまた頭を抱えて言った。
「俺も断ろうとしたんだが、レイラ嬢の代わりに君がここにいると言ったら、殿下に君を連れて来るよう命じられてしまったんだ」
「はい!?」
彼の言う殿下とは、この国の第一王子であらせられる方だ。 その方がどうして私を連れて来いだなんて。 私もこめかみを押さえて尋ねた。
「……ちなみに、殿下は私のことをどこまでご存知なの?」
「そこは大丈夫だ。 君がここにいることの経緯は全て知っている」
「は!? あ、貴方どうしてそんなことまで話しているの!?」
殿下とどういう関係よ!?
とつめよれば、彼はたじろぎながら「ただの腐れ縁だ」とそっぽを向いて言った。
(口下手なイヴァンが私のこともレイラのことも話していると言うことは、殿下とは相当仲が良いということね……)
何となく頭の中で事の整理が出来た私は、ふーっと息を吐いて言った。
「分かった。 明日、一緒に行くわ」
「本当か!?」
「えぇ。 但し、これで貸しひとつね」
(この人に貸しを作っておけば、いずれ何かの役に立つかもしれないし)
我ながら名案だ、と思いながら人差し指を立ててそう言えば、イヴァンは心から安堵したような表情を浮かべ、「ありがとう」と礼を述べた。 そんな彼の表情に驚き、一瞬固まってしまったが、ハッとして慌てて彼の身体を反転させてその背中を押した。
「ほ、ほら、その件は解決したことだし早く仕事に戻って! 貴方はきっと忙しいんだろうから」
「あ、あぁ」
彼の背中を廊下に押し出し、バタンと部屋の扉を閉じたところでようやく息を吐いた。
(彼の言動はいちいち心臓に悪すぎる……)
それに、つい頷いてしまったけれど、まさかお城に行って殿下にお会いすることになるだなんて。
(夜会にすら行ってないから殿下とは当然初対面だし、それにイヴァンの婚約者“候補”だなんて言われているし)
「……イヴァンってば、何を殿下と話しているのよ」
そうポツリと呟いた私の顔は、心なしか火照っているような気がした。
ガタゴトと揺れる馬車の中。
今までに乗ったことのないふかふかの椅子に座り、快適なはずの馬車の中で私は、今までで一番落ち着かない気持ちになっていた。
(だって車内で二人きりとか聞いていない!)
豪華なこの馬車はきっと、イヴァンや辺境伯様専用の馬車のはず。 それにも関わらず、どうして正式な婚約者でもない私がこうして乗っているの……!?
(私にはニーナとユーグさんが乗っている後続の馬車で十分なのに)
そんなことを考えながら、落ち着きなく窓の外を眺めたり下を向いたりしていると、向かいに座っていたイヴァンが挙動不審な私を見て不思議に思ったのか口を開いた。
「何だ、緊張しているのか?」
「え……」
一瞬その言葉にドキッとして彼の顔を見れば、イヴァンはふっと笑って口にした。
「大丈夫だ。 殿下は滅多に怒らない男だからな」
「あ……、そ、そうなのね」
「あぁ。 だから例えお前が粗相をしたとしても心配はいらない」
「……それ、私が何かしらの失敗をするという前提で言っているわよね?」
「さあ、どうだろうな」
クックッと彼は楽しそうに笑った後、すぐに彼は金の瞳を外の景色に向けた。
その憎らしいほど端正な横顔を見て文句を言ってやろうかと思ったが、上手く言葉が出てこなかった。
それは、殿下が怖い人でないと言うことを聞いた今でも、ドキドキと心臓は高鳴り続けているからで。
(……違う、このドキドキは殿下とお会いするからじゃない。 だって)
だって、目の前にいる彼が視界に映った瞬間、この鼓動は速さを増すのだから。
「……い、おい、起きろ」
「ん……?」
ぼんやりとした視界の中、視界に映ったのは思ったより近い距離にいたイヴァンの顔で。
「!?」
(ち、近……!)
一気に眠りから覚めた私に対し、彼は窓の外を指さして言った。
「今街に入ったところだからもうすぐ城に着くぞ。 支度をしろ」
「……!?」
彼の口ぶりからするに、かなり長い時間私は眠ってしまったらしい。
(あ、あれだけ緊張していたと言うのにいつの間にか眠ってしまったなんて……)
幾ら何でも二人きりの空間で寝るのはまずいのではないか、淑女としてどうなのだろうと恥ずかしさから顔を上げられないでいると、「あぁ、それと」と彼が思い付いたように口を開いた。
「淑女にあるまじき寝顔をしていたぞ」
「!? う、嘘!!」
咄嗟に顔を上げ、どんな顔だったかを聞き返せば、彼は笑みを浮かべ「教えない」と清々しいほど爽やかに言い放つ。
「ちょ、本当にどういう寝顔だったの!?」
「そんなことよりほら、城下が見えるぞ」
「……はぐらかさないでよ」
そう文句を言いつつも彼の言う通りに窓の外に目を向ければ。
「……っ、わぁ……!」
思わず感嘆の声を漏らした。
走る馬車の周りを行き交う人々の明るい表情を見て、こちらも楽しくなってくる。
「凄い! こんなに普段から活気に溢れているのね! まるでお祭りみたい!
あ、それに海も見える! 素敵なところね」
「何だ? お前は城下は初めてなのか?」
さも意外そうに金の瞳を丸くしてそう尋ねてくる彼に向かって、はしゃぎすぎたことに気付き慌てて姿勢を正すと、軽く咳払いをして言った。
「えぇ。 そもそも私は普段から外にはあまり出ないから、こうして外の空気を吸うだけで新鮮に感じるのよ」
「へぇ、意外だな」
「それはどういう意味?」
「だって、お前の妹であるレイラ嬢は社交的な性格で、夜会にはよく顔を出していたと聞いていたから、てっきりお前も一緒にいるものだと思っていたんだが」
その言葉に、ズキッと心が痛む。
その痛みに気付かないふりをして、腕を組んで言った。
「……レイラと私は正反対の性格よ。
彼女は社交的でも私は違う。 確かに夜会に訪れていたことはあったけれど、貴方は私の噂を知っているでしょう?
所詮私は、彼女の引き立て役に過ぎない。
たまに私に近寄ってくる男性もいたけれど、目的は皆が皆彼女目当てだった。
昔はそれが腹立たしかったけれど、今は結婚願望というものは私にはないし、レイラが幸せになってくれればそれで良いと思っているから夜会には訪れていないわ」
そこまで話し、ハッとした。
(私、何をベラベラと彼に話しているの……!)
「い、今の話は忘れて」
「……」
そう口にしたが、彼は何かを考える素振りをしたまま返事をしない。
(今の話、聞いていなかったということかしら)
それなら良いや、ともう一度過ぎ行く窓の外の景色をぼんやりと眺めていれば、黙っていた彼がようやく口を開いた。
「……本当に、そうだろうか」
「え?」
何を言っているんだろう、と彼に目を向け首を傾げれば、イヴァンは私をじっと見つめて言った。
「確かに、俺はお前の噂を何となくは耳にしていたが、お前とこうして過ごしている内に分かったことは、噂というものはあてにならないということだ。
レイラ嬢のことは知らないが、少なくともお前は人当たりは良いと思うし、噂を信じていた俺が言うのも何だが、俺の目に映るお前が噂通りの“悪女”には見えない。
どうしたらあんな噂が行き交うのかが不思議なくらいだ」
「……っ」
「大体、どうして皆が皆レイラ嬢とお前を比べようとする? 個人の能力など性格に比べれば付加価値のようなものだろう?
ましてや、お前は跡取りでもないのにどうして優劣をつけられなかればならないんだ……って、リディア?」
「っ」
名前を呼ばれ、反射的に顔を上げればイヴァンと視線が交錯する。
私の顔を見たイヴァンは、静かに言った。
「今度はどうして泣いているんだ?」
「……っ、嬉しかったから」
「え……」
「噂があてにならないって、言ってくれたから」
(そんなことを言ってくれた人は初めてだった)
私の噂は、散々な言われようだった。
特に決定的だったのは、紛れもなく彼女を突き飛ばして私が庇ったあの時のこと。
彼女には一切怪我がなかったものの、血の繋がった妹にさえ暴力を振るうと、厨房で侍女たちが騒いでいたのを耳にしたこともある。
また、その噂を皆が鵜呑みにしていたし、私自身も突き飛ばしたという事実はあったからそれに対して何も言えなかった。
だから。
「そう言ってくれて、凄く嬉しい。
ありがとう、イヴァン」
「……!」
そっと微笑み、感謝の言葉を述べれば、イヴァンはふっと笑って口にした。
「礼には及ばない。
……俺こそ、何も知らないのに“悪女”呼ばわりをしてすまなかった。
それと」
「!」
彼はポケットからハンカチを取り出すと、それを私に差し出してくれながら口を開いた。
「これはお節介かもしれないが、前にも言った通りリディアは十分魅力的な女性だと思う。
今迄お前が会った輩は見る目がない、いや、皆無だっただけで、今後もしお前が結婚を望むとしたら、すぐに相手は見つかると思うぞ」
「そ、そんなことはないと思うわ」
差し出されたハンカチを受け取り、そう震える声で口にすれば、彼は笑って言った。
「大丈夫だ。 そこは俺が保証する」
「……!」
(上から目線、なのに。
どうして……、こんなにも嬉しいと思うのだろう)
彼と話している間に、先程まで冷たくなっていた指先は、いつの間にか温かさを取り戻していたのだった。




