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近付いた距離

 彼に手を引かれるまま向かった先は、また別の謁見室のようだった。

 彼は長椅子に私を座らせると、何故か対面の席ではなく隣に座り口を開いた。


「お前の父親はいつもあーなのか」

「も、申し訳ございません、親子共々不躾で」


 私の言葉に、彼は「そうじゃない」と否定し、苛立ったように言った。


「お前は、いつもあーやってレイラ嬢と比べられているのか」

「……はい、そうです」

「どうしてそこまで比べられるんだ。 レイラ嬢はそんなに何かに秀でたものなのか」

「何かなんてものではなく、どの分野においてもレイラは完璧です。

 いずれ跡を継ぐ上の兄も。

 ……ただ父の言う通り、私だけがどう足掻こうが、二人にはまるで追いつけなくて」


(出来ればこんな格好悪いこと、イヴァン様や辺境伯様には知られたくなかった)


 そんな思いが込み上げるが、もうバレてしまったら仕方がない、とイヴァン様が黙って聞いているのを良いことに言葉を続けた。


「いくら努力しても、追い付けないんです。 二人と同じ家庭教師についても、“要領が悪い”と見捨てられてしまうほどで。

 自慢ではないけれど、昔から不器用なんです。

 この前の手当てだってイヴァン様には見栄を張ってしまいましたが、私がやってもあんなに手際良く綺麗になんて出来ないです」


 幼い頃は、今では考えられないほどレイラの方がお転婆で、私に外で遊びたいとせがんできた。

 当然、将来有望な彼女の体に傷が残ってしまっては大変だ、と習得したのが簡単な応急処置だった。

 片っ端から本を読んだお陰で、傷の具合によりどんな薬を使えば良いかなどは大体分かるようになったものの、実践的に使う包帯の巻き方などは不器用さ故なのか、未だに上手くは巻けず一苦労している。


「レイラに出来ないことで出来ることといえば、傷の手当てだけなんです。 その手当てだって彼女にやらせればきっと完璧に出来ます。

 ……そうなると、本格的に私の取り柄はなくなりますね」


 私はギュッと手を握り、先程のお父様の言葉を思い出して静かに目を閉じた。

 すると、今まで黙っていたイヴァン様ははーっと長くため息をついた。


(っ、やば、長く話しすぎた!?)


「も、申し訳ございませ」

「そうやってすぐに謝るな」

「!」


 ハッとして彼を見上げれば、バチッと金色の瞳と視線が重なる。

 その瞳は私を映すと、静かに口を開いた。


「今日ラングレー伯と話してみて、どうして人のこと、特に妹のことになると熱くなるお前が、自分のことになるとそう卑屈になるのかが分かった気がする」

「!」


 卑屈という言葉に思わず肩を震わせれば、彼は私の目を覗き込んで言った。


「初日からお前の思いを踏み躙った俺が言えた義理ではないが、少なくとも俺の目に映るお前は取り柄がないとは思わない」

「え……」

「でなければ、初日の時点でお前をとっくに伯爵の元に突き返していた」


 そんな彼の言葉に、私は「では」と心なしか震える声で言った。


「貴方が私を父の前で庇って下さったのは……」


 その言葉の続きを言えずに戸惑っている私に向かって、彼は言いにくそうに応えた。


「お前に、興味が湧いているからだ。 この屋敷に住まわせたいと思う程度には」

「……!」


 私は予期していなかった言動に思わず動揺してしまう。

 だけど、未だに信じられずに口を開いた。


「れ、レイラの身代わりだからではなくて?」

「〜〜〜だから!」

「!?」


 彼はやけになったように、今度は私の肩をガシッと掴んで言った。


「妹の身代わりではなく、お前自身に興味があると言っているんだ!

 それと、今後その卑屈な言論は禁止だ!」

「ま、待って下さい」

「待たない。 返事は、“はい”の一択だ」

「そ、そんな横暴な……」

「何とでも言え」


 そう一喝され、私は唖然としてしまう。


(意味の分からないことを言われている上に、こんなに横暴なのに。 だけど、どうして私は……)


「大体、聞いているこちらがイライラする。

 たまに弱気になるのならまだしも、自分のことを常に卑下するのが気に食わない。

 この俺が興味が湧いたと言っているのだから、お前はいつだって胸を張って堂々としていれば良いんだ」

「……っ」


 そうくどくどと私に説教じみたように言ったかと思えば、今度は頭にポンと大きな手が乗る。

 その優しさが胸に沁みて。

 私はまた、不意に泣きそうになる。

 そんな私をみたイヴァン様は、この前のようにオロオロとし出した。


「ま、また泣くのか!? 俺は慰め方法なんて知らないぞ」

「ふふ、泣いてませんよ。 それに、泣いたとしてもそれは嬉し涙です」

「嬉し涙?」


 私は尚も戸惑っている様子の彼の大きな手をそっと両手で握ると、笑みを浮かべて口にした。


「ありがとうございます、イヴァン様」

「!」


 彼の金の瞳が瞠目する。


(ちゃんとお礼を言いたかったから。

 あの場でまさか、私を庇ってくれるとは思わなかった。

 それに、悪口を遮ってまで私を庇ってくれた人は、イヴァン様が初めてだから)


 そういった意味で礼を述べれば、彼は何処か明後日の方向を向いていたと思ったら、急に呟くように口にした。


「イヴァン」

「……え?」

「今度からイヴァンと呼べ。 敬語もなしで良い」

「え、で、でも私にそのような真似は」

「出来ないとは言わせない。 初日からあれだけ啖呵を切ったのだからな」

「そ、それなら! 私のことも“お前”ではなく“リディア”と呼んでください!

 正直、お前と連呼されると流石にイラッとします!」


 私の言葉にイヴァンさ……、イヴァンは、「ほう」と息をついて黒い笑みを浮かべた。


「お前も言うようになったな」

「あ! またお前って言った! 酷い!!」

「生憎俺は目上以外の人間にはお前と呼んでいるから仕方がないな」

「それを世間では屁理屈って言うの! まずは私の名前を呼んで名前で呼ぶのを慣れた方が良いと思う!」

「そんなに言うのならお前から手本を見せろ。 そうすれば、呼んでやらんこともない」


(何でこの人いつも上から目線なんだ……)


 少し非難の目を向ければ、彼は慌てたように早く呼ぶよう急かす。

 そんなに言うのならお手本を見せよう……、として、私は思わず固まる。


「どうした?」


(い、言えない!)


 前世でも今世でも、一度だって男性の名前を呼び捨てにしたことなどないことを思い出した私は、恥ずかしくなってしまう。

 だけど、此処で言わなければ彼はこれからも“お前”を連呼するに決まっている。


(たまになら良いのだけど、ずっと“お前”はちょっとね……)


「おい、何を考え事をしている」


 彼の苛立ったような口調に、考え事から醒めたばかりだった私は、案外すんなり口に出来た。


「イヴァン」

「っ……!?」

「はい、これで良いんでしょう? 次はイヴァンの番だよ」

「……」


 そう言っても、彼からの反応がない。


「イヴァン?」

「っ、何度も連呼するな」

「もしかして」


 彼の赤く染まった頬に、思わず笑いが込み上げる。


「あははは!」

「何がおかしい」

「だって! 自分から命令しておいて照れるって……っ、ふふ、おかしい……っ」

「笑うな」

「ほら、私の名前も言ってみてよ、ね?」


 そう言ってツンツンと彼の胸あたりを突けば、彼は観念したようにクシャッと前髪をかきあげ口にした。


「リディア」

「……!」

「はい、これで良いんだろ……、ってどうしてお前まで赤くなる」

「え、あ……、い、意外と照れるものだね、あはは」


(だって今までお兄様以外に私の名前を呼び捨てにした人、いなかったもの……!)


 私は熱くなった頬に両手をやれば、彼もまたそっぽを向いていて。

 この前のように耳まで赤くなっているのを見て気付かれないように笑みを溢せば、コンコンと扉をノックする音が聞こえてきた。

 イヴァンが「はい」とその扉に向かって言えば、現れたのは辺境伯様で。

 私は慌てて起立し淑女の礼をとれば、辺境伯様は先程とは違い柔和な笑みを浮かべて口にした。


「随分楽しそうな声が廊下まで聞こえてきたから、二人が此処にいるのだとすぐにわかったよ」

「そんなに大きな声を出してしまっていたのですね、申し訳ございませんでした」

「あぁ、謝ることではないよ。

 寧ろ、イヴァンと仲良くしてくれてありがとう」

「!」


(仲良く、だなんて……)


 周囲にはそう見えるのだろうか、とチラリと彼を見れば、イヴァンが口を開いた。


「それで、ラングレー伯は今どちらに」

「あぁ、彼なら用事があると言って今しがた帰って行かれたよ」


 その言葉に、何処か安堵する自分がいて。

 今度は私が口を開いた。


「あの、辺境伯様。 色々と、ご迷惑をおかけ致しました」


 私の言葉に、辺境伯様はキョトンとしたような顔をした後、あぁと笑って口を開いた。


「そこは気にしなくて良い。 事の経緯は全てイヴァンから聞いて知っていたから」

「え!?」


(は、話していたの!?)


 私がそう視線を向ければ、彼は「聞かれたから」とだけ答えた。


(な、何だ、全て知っていたのか……)


 と安堵したが、また疑問が浮かんでくる。


「それでは、本当はレイラが嫁ぐことをご存知だったのにも関わらず、私をこのお屋敷へおいてくださっているということですか」


 その言葉に、辺境伯様は「では」と問い返された。


「君は、ラングレー伯の元に帰りたかったのかい?」

「っ!」


 その言葉に、私は思わず息を呑む。

 気が付けばイヴァンも私をじっと見つめていて。

 そんな二人の視線を受けて緊張したが、ぐっと手を握りしめると口にした。


「……いえ。 私は、まだ此処にいたいです」


(イヴァンが言ったことと同じように、私自身もまだ彼のことを何も知らないから……。 彼のことを、もっと知りたいと思っている)


 そう素直に口にすれば、辺境伯様は笑って言った。


「そうか、それなら安心した。 

 本当に帰りたいと言われたらどうしようかと思っていた。

 ……それに、イヴァンがあそこまで必死になるところを初めて見た。 君のおかげで面白いものが見れたよ」

「え……」


 その言葉に、イヴァンは眉を顰め「相変わらず趣味が悪い」と毒づいた。


(必死なるところを見たのが初めてって……)


 私の視線に気付いたイヴァンは、サッと視線を逸らした。

 その姿を見ていたのか、辺境伯様はクスクスと笑うのだった。

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