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突然の来訪

「え、お父様がこちらにいらっしゃる!?」

「はい、彼方側から要請があり、明日ならと辺境伯様が約束を取り付けたと」


 その言葉に、思わず青褪める。


「お嬢様、如何されましたか?」

「い、いえ、何でも」


 私は一旦落ち着こう、とニーナが淹れてくれた紅茶に口を付けるが、味がしない。


(お父様が明日いらっしゃる?

 何を言われるのか分かったものじゃない)


 しかもイヴァン様だけならまだしも、辺境伯様までいらっしゃるなんて……。


(どうしよう)


「ニーナ、今イヴァン様は何処にいらっしゃるか知っている?」

「イヴァン様ですか? 今日は確か城で殿下との約束があると早くに出て行かれたようです」

「……そう」

「何かお話でもございましたか?」


 ニーナの言葉に私は「いえ、何でもないわ」と首を横に振った。

 そして、俯きぎゅっと唇を噛み締めた。


(お父様はきっと、私の話をしに来るに違いないわ。 そうでなきゃ、此処へは来ないもの。

 レイラが嫁ぐと聞いた時には一緒に付き添うと行っていたのに、いざ私になったら一人送り出した人だもの)


 血を分けた父親のことを悪くは言いたくない。

 だが、どうしても前世の父親とは違い、レイラと私の差をつけ、レイラのことばかり可愛がる父親のことを好きにはなれずにいた。


(だって前世の“お父さん”は、いつだって体調を気遣ってくれていたし、妹と比べることなんて一度だってなかったもの)


 今更何をしに来るの。

 私はぐっと、拳を握り締めたのだった。





 そして約束通り、お父様は正午頃にやって来た。

 昼食は既に済ませてきたらしく、お父様と私が案内されたのは謁見室だった。

 謁見室には既に辺境伯様とイヴァン様がそれぞれ一人掛けと長椅子に座っており、淑女の礼をすれば、イヴァン様は私に隣に座るよう促してくれる。

 促されるまま彼の隣に座ろうとしたその時、ぐいっとお父様に腕を引かれた。

 え、と驚く間も無く、お父様は辺境伯様に礼をして言った。


「お初にお目にかかります、ノワール辺境伯。

 私は彼女の父親であるジェルマン・ラングレーと申します。

 今日は此方の我儘でこのような場を設けて頂き有難うございます」


 お父様に続き、私も慌てて頭を下げれば、辺境伯様はアイスブルーの瞳で私をチラリと見た後、お父様に向かって言葉を返した。


「此方こそ、御足労頂き感謝する。 其処に座ると良い」


 私はその辺境伯様の態度に少し驚いてしまう。


(どうしてだろう、昨日よりもっとオーラが冷たいような気がする。

 言い方も何処かきついし、何故かしら)


「リディア、何をボサッとしている。 早く座れ」

「!?」


 そうイラッとしたように私にだけ聞こえるくらいの声で言うと、ぐいっと手を引かれ、お父様の隣に座らされる。

 え、と驚きイヴァン様の方を見れば、彼も驚いたように金色の瞳を僅かに見開いている。


(お父様も聞いていらっしゃったはずよね? 彼は私に隣に来るよう言ったのに、どうして)


 そんな疑問を感じていれば、お父様はイヴァン様と対面の長椅子に座った瞬間、ガバッと頭を下げた。

 そんな様子に驚く私に対し、お父様は口を開いた。


「申し訳ございません、イヴァン様、それから辺境伯様!

 此処に来るはずだったのは本当はこの子ではなく、妹のレイラの筈でした」

「!」


(っ、まさかそのことを説明しに来たと言うの!?)


 私はハッと青褪める。

 イヴァン様は勿論そのことを知っているが、辺境伯様は何もご存知でないはずで。


(レイラの話をされたら、私は一気に辺境伯様からの信用を失ってしまうわ……!)


 でも、お父様の話を遮るわけにはいかず、青褪める私をよそにそのまま話を続ける。


「ですが、レイラは突然の求婚に戸惑ったようでして、いなくなってしまったのです」

「……いなくなった?」


 それまで黙っていた辺境伯様が、初めて言葉を発したが、その声音は既に氷点下を下回っていた。

 お父様もそれを感じ取ったのか私に目を向け、今度は怒ったように言った。


「そうなのです。 現在居場所が分からず捜索中なのですが、そのレイラに代わって此処にいる姉であるリディアが、イヴァン様にそのことをお伝えに行ったのですが……、まさかレイラが嫁ぐはずだった家に居座る無作法をするとは思わず、こうして連れ帰りに参った次第です」

「!?」


 私はその言葉に愕然とし、言葉を失ってしまう。


(も、もしかして全て私が悪いと仰っているの!?)


 お父様の口振りからするに、私の身を案じて言っているのではなく、私が無礼を働いて此処へいると思っているらしい。

 私は、説明した上でレイラの身代わりとなって一ヶ月間だけ此処にいるだけだというのに。

 それにもかかわらず、お父様の口からは次々と言葉が飛び出る。


「しかも、あろうことかイヴァン様を罵倒し、その上手まで上げたとか」


(っ、それは私の言葉を信じてもらえなかったから怒ったことと、キスされた時のことを言っているんだわ……)


 まさか、こんな大ごとになるなんて。

 しかも、辺境伯様にまで聞かれてしまうだなんて。


「私の監督不行き届きのせいでこうなってしまったこと、改めてお詫び申し上げます」

「……!」

「リディアも謝るんだ」

「っ」


 お父様は私を見て口にする。


(っ、何も、知らないくせに)


 悲しい、悔しい。

 血の繋がった家族にさえも、信じてもらえないだなんて。

 だけど、確かに令嬢にあるまじき行動をしたのも私の非だ。 

 だから、今回は。


(此処は謝るしかない)


 私はそこで、ようやくイヴァン様と目を合わせる。 そして、金の瞳を見て、謝罪の言葉を口にしかけた、その時。


「謝る必要はない」


 遮るように口を開いたのは、他でもない目の前にいた方……、イヴァン様で。

 驚く私に、今度はお父様を見て口を開いた。


「去ろうとするリディア嬢を私が引き止めたのです。

 元はと言えば私が求婚をしたのは、半年前にこの命を助けられたのが貴公の御息女だったからです」

「!?」

「私の身の危険を案じ、貴公にすら伝えず、看病をしてくれた御息女でしたが、私は名前を確認することすら出来ず……、ただ分かっていたのは髪の色と助けられた場所、それから筆跡だけでした」


 そう言葉を切り、彼は静かに言った。


「その筆跡と噂で勝手に判断し、レイラ嬢に求婚をしたのが事の経緯です」

「っ、ですが今の貴方は、レイラではなくリディアを婚約者にしているではないですか!

 レイラのことはどうなさったのですか!」


 その言葉に、お父様はレイラに嫁いで欲しいと心底思っているんだと気が付く。

 そんなお父様の言葉に、イヴァン様は私の方を見て言った。


「確かに、いずれ彼女にもお会いしてみたいとは思いますが、今は此処にいるリディア嬢に用があるので」

「え……」

「確か貴公は、リディア嬢を連れ帰るために今日此処へ来た、と仰っていましたよね」

「あ、えぇ、そうですが……」

「それなら申し訳ございませんが、まだリディア嬢を貴公をお返しすることは出来ません」


 そう言って不意に立ち上がったイヴァン様は、私の側に来ると、腕を引いて私を立たせた。

 その反動で彼の腕に頭が当たってしまうが、イヴァン様は気にした素振りをせず、ただお父様を真っ直ぐと見て言葉を発した。


「私は、リディア嬢のことをまだ何も知りませんから」


 そう言って彼は、まるで離さないとばかりに私の手を取った。


(……イヴァン様?)


「彼女との約束があるのです。 ですからその約束が終わるまでは貴公にお返しすることは出来ません」

「っ、約束が何だかは知りませんが、貴方の看病をしたのはレイラだと思います」

「!?」


(どうしてレイラだと?)


 私は驚き声をあげようとしたが、それより先に口を開いたのはイヴァン様だった。


「証拠は」

「え?」


(……イヴァン様?)


 彼の口調に何故か怒気が孕む。

 それを感じたお父様は、しどろもどろになり応えた。


「リディアは昔から何をするにも不器用な子ですので、看病などする子ではないと思います」

「……!」


(私には看病なんて出来ないと仰っているの……?)


 幼い頃、レイラが風邪を引いた時は看病していたし、怪我の手当てもしていた。

 そんな私の姿なんて、お父様の目には映っていなかったんだ……。

 その途端、目の前が視界でぼやける。

 

(こ、こんなところで泣いては駄目だ。 淑女にあるまじき行為よ)


 ぐっと堪え、何度も瞬きをしようとしたが、涙は引っ込むことなく頬を伝いそうになった、その時、不意に私を庇うように彼が一歩前に進み出る。

 そのお陰で、何とか溢れでてしまった涙を拭くことが出来た。 そして、その大きな背中を見上げれば、彼は凛とした口調で言った。


「貴公が何と言おうと、私は今いない者のことより、目の前にいるリディア嬢を優先させて頂きます」

「……!」

「失礼致します」


 彼はそう言うと、私に「行くぞ」と言い、繋がれたままの手を引かれ、促されるまま共にその場を後にしたのだった。

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