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二人きりの空間

 

「何処まで行くんですか」


 先を歩く彼の背中を追っていたが、別棟へと続く渡り廊下に彼が足を踏み入れたところでそう尋ねれば、彼はチラッと私を見て答えた。


「俺の部屋だ」

「は!?」


 その言葉に、思わず不躾にもそう口から出せば、彼はムッとしたように「何か文句でもあるか」と口にする。

 私もその態度にイラッと来て言った。


「大ありですけど!? 昨日貴方が私にしたことをお忘れですか?」

「は? ……あぁ、キスのことか」

「そ、そんなことをされて部屋に入るなんて出来るとお思いですか!?」

「元はと言えばお前が看病の際に口移ししたと言い張ったんだろう。 今更ではないか」

「信じてないくせに! しかもそれは不可抗力の人命救助です!」


 その言葉に彼はムッとしたような表情をした後、「はいはい」とまた踵を返して言う。


「心配するな。 お前には手を出す気は一切ない」

「っ……」


 最低。

 そう口に出したらまた面倒くさいことになりそうだからギュッと唇を噛み締め俯く。


(それなら、ラングレーに返してくれれば良いのに)


 ズキッと何か、心の奥深くが痛んだ気がしたが、それに見て見ぬ振りをすると彼の背中を追い、別棟へと続く渡り廊下に足を踏み入れる。

 別棟は本来、辺境伯様やイヴァン様、そして夫人が住む部屋があり、そこには自由な立ち入り禁止だとニーナから聞いていた。

 そのため、案内時には見れなかったまた別の空間が別棟には広がっていた。


(本館は勿論素敵だけれど、此方はまた違う落ち着いた雰囲気で素敵だわ)


 本館の方と比べ、置いてある装飾品も照明の数も少ないからか、色もシックに統一されており趣がある。


「着いたぞ」


 そう言ってガチャッと扉を開けた彼の部屋は、思わず驚いてしまうほど酷く家具の少ない部屋だった。

 そもそも昨日のこともそうだが、男性の部屋に入ったことすらない私は思わず躊躇してしまっていると、彼は息を吐いて言った。


「だから、何もしないと言っているだろう。

 此処に来たのは、侍従達抜きでただお前と二人で話がしたかっただけだ」

「今更二人でお話したいことって何でしょうか。

 貴方はどうせ、話したところでまた悪女だと言ってまともに取り合わないくせに、今更何を話すと仰るんです?」

「それは」


 彼はそう言ってまた黙ってしまった。

 もう帰ってしまおうかと踵を返そうとしたその時、ボソッと呟くような声が聞こえた。


「悪かった」

「え?」


 その言葉に、帰ろうとしていた私の足が止まる。

 後ろを振り返れば、彼は頭を下げていた。

 その姿に驚き、思わず声を上げた。


「っ、どうしてそう勝手なの!」

「!」


 彼は私の不躾な言葉に狼狽えた。

 それでも私の口は止まらない。


「私の言葉に聞く耳も持たず信じないくせに、都合の良い時だけ私に婚約者のふりをしろ、挙げ句の果てにはどうせ信じないくせに部屋で二人で話そうだなんて……、本当に酷い、最低!」

「お、怒っているのか?」

「は? 当たり前でしょう!」

「それなら、どうして泣いている?」


 その言葉に、何を言ってるんだと目元を拭えば、確かにその指は濡れていて。


(え、どうして泣いているの?)


 私にも訳が分からない。

 ただ、悔しくて、虚しいだけなのに。


(何、何なのこの感情は……)


 止めようと必死に目を擦っていると、ぐいっとその手を引っ張られた。

 離してと口にしようとした私に対し、彼はそっとハンカチで目元を拭った。


(どうして……)


 決して優しい手付きではない。

 ただ、乱暴でもなく手慣れない手付きで、私の目元を必死に拭い、戸惑っている彼の顔を思わず凝視してしまう。

 そんな私を見て、彼は一言静かに告げた。


「泣くな」


 そんな命令口調な言葉にまたカチンときて反論する。


「っ、誰のせいだと」

「そうであったとしても! ……俺の言動に悪いところがあるなら、この前みたいに指摘すれば良い。

 ただ、泣かないでくれ。 俺はお前に泣かれたら、どう対処すれば良いのか分からない」

「っ……」


(そんな勝手な)


 無茶苦茶だ。

 そう思うのに、本当に困ったような顔で言われてしまえば、怒る気にはなれなくて。

 此処で許してはまたつけ上がるだけではないか、そう思うのに。

 戸惑いから思わず口を閉ざせば、彼は私の左手……、包帯を巻かれている方の手を取って言った。


「……それなら、手当だけでもさせてくれないか」


 そう尋ねてきた彼の瞳を見て、私は動揺する。


「それは……、罪滅ぼし?」

「そう、なのかもな」


 そう彼もまたポツリと、曖昧な言葉を口にする。


(……何それ)


 本当に意味が分からない。

 それでも、私はその手を振り解くことが出来ず、結局彼の部屋へと通されたのだった。





 傷の手当てをしている最中、お互い一言も口を聞かなかった。


(気まずい)


 手当てだけならと受けてしまったが、その後の気まずさを考えていなかった。


(というか次期辺境伯様に自ら怪我の手当てをさせる私ってとんでもないんじゃ)


 なんて考えていると、彼は手の包帯を外してから現れた傷を見て、初めて口を開いた。


「昨日よりは、少し傷口が塞いだな」

「昨日より?」


 その言葉に反応した私に対し、彼はハッとしたような顔をして視線を逸らした。

 私はまさか、と呟き思い至って尋ねる。


「昨日私が寝ている間に手当てしてくれたのは、貴方だと言うの?」

「……本当は謝りに行ったんだ」

「えっ」


 彼は此方を見ずに、手の傷を見つめたまま呟くように言った。


「謝りに行くのならと、ニーナに傷の手当てを頼まれた」

「ニ、ニーナが!?」

「あぁ。 それで言われるがまま手を見てみたら、包帯の巻き方があまりにも下手で」

「そ、それは両手が使えなかったから!!」


 恥ずかしくなってそう反論すれば、彼はふっと笑って言った。


「そうなのかもな」

「……っ」


(何でそこで、そんなに柔らかく笑うの)


 彼にとっては馬鹿にしている言葉と同意なはずなのに、対して私は動揺してしまう。

 それによく考えたら、手当てを受けていると言っても二人きりという状況で、しかも手と手が触れ合っていることに今更気恥ずかしくなり、顔を背ける。

 イヴァン様はそんな私には気が付かないようで、そのまま言葉を続けた。


「それで、俺も怪我の手当てなら心得ているから、薬を塗って包帯を巻き直したというわけだ」

「……」

「気を悪くしていたらすまない。

 眠っている最中勝手に部屋に入って悪かった」

「っ」


 素直にそう言って私を見上げるその瞳と視線が交わった瞬間、ドクンと心臓が高鳴る。

 私はその鼓動の音に気が付かないふりをしながら、首を横に振るのが精一杯で。

 彼はその言葉にホッとしたような表情をし、丁寧に薬を塗ってくれた後新しい包帯で巻き始める。


(本当に、私よりずっと手際が良い)


 両手でも彼のように綺麗に巻くことは出来ない。

 そう思ってしまうほど、きちんと丁寧に巻いてくれて。


「これで多分大丈夫だろう」


 そう言われ、感謝を述べようとした瞬間、不意に彼の手が伸ばされたと思ったら、私の顎に触れる。


「な、何するの!?」


 手を出さないと言ったくせにと私が喚けば、彼は首を傾げ、私の喉元を指差して言った。


「まだ傷があるだろう。 浅いとはいえ経過を見なければ」

「い、いいです! 自分でやりますからっ!」


(首の傷なんて必然的に顔が近付くに決まってる……! それは無理! この人の顔美形すぎて心臓に悪い!!)


 私はそういう意味で全力拒否をしたのだが、何故か彼はムッとしたように言う。


「何故俺の親切は素直に受け取らない」

「受け取りましたって! 手だけで十分ですっ!」


 そう言って長椅子の端の方に逃げるが、結局追い詰められてしまう。


(ど、どうしてこんなに頑固なの!?)


 そう思う私の手を、彼が唐突に掴む。

 そして、先程と同じように顎に彼の手が触れ、クイッと上をむかされたと思ったら、その冷たい手がつっと首筋を辿り……。


「っ、ひゃっ……」

「!?」


 想像以上のくすぐったさに意図しない声をあげてしまう。

 その途端、彼は弾かれたようにバッと後ろに飛びのいた。

 その速さに思わず目を瞬かせれば、彼はブワッと絵に描いたように顔を赤くさせ、口を押さえながら言った。


「へ、変な声を出すな!」

「だ、だって! くすぐったかったんだもの!」


 そう反論したけれどそう言う私も多分顔に熱が集中しているのだろう。

 イヴァン様は視線を逸らし、「やっぱり自分でやれ!」と道具を箱にしまい、その箱ごと私に向かってずいっと差し出した。


「は、はい」


 部屋にも治療薬はあるのだけれど、と思ったが、これも多分彼なりの親切なのだろうと思い素直に受け取ることにした。


「へ、部屋まで送る」


 そう言った彼はふいっと踵を返したが、耳まで真っ赤になっていることに気が付き、思わず笑ってしまう。


「……何故笑う」

「ふふ、いえ、何でも?」


 イヴァン様は怒ったような顔をしたものの、それ以上は突っ込まなかった。

 そして、言葉通り部屋まで律儀に送ってくれた彼に対し、私は口を開いた。


「ありがとうございます、イヴァン様」

「!?」


 彼は驚いたような表情を浮かべ、口にした。


「俺の罪滅ぼしに何故礼を言うんだ」

「え? だって罪滅ぼしでも何でも、私の傷の手当てをしてくれたことには変わりはないでしょう?」

「それは」

「だーかーら! 貴方が私に言ったように、貴方も人の善意は素直に受け止めれば良いんです! 分かりました!?」


 私がそう怒ったようにいえば、彼は少し考えた後、「善処する」と告げた。


(いや、善処するって)


 彼はやはり、何処か人とズレているような。

 そんな風に思ってしまう私に、彼は「じゃあ」とそれだけ言って行ってしまった。


(……別れ際はあっさりなのね)


 彼の背中を見つめそう思ってしまうが、いやいやいやと首を横に振る。


(どうして私には関係のないことばかり考えてしまうの。

 あぁ、多分この広いお屋敷を歩いた後に辺境伯様にお会いして、それからイヴァン様とお話ししたから疲れているんだわ、きっと。

 今日は早めに寝るとニーナに伝えましょう)




 そうやって私は、自分の中で芽生えている感情に見て見ぬ振りをするのだった。

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