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ゼン・イージス ―或る英雄の軌跡―  作者: 南海智 ほか
誓いの章:賢狼の裾
95/106

95.狼裾の騎士


 野風の吹きとよむ中に、聖杯草(リンドウ)の藍が揺れている。

 "賢狼の裾"外縁を象徴する、劫にくしけずられた緑の丘隆地帯を、帰郷と訪問にあたる彼らは歩いていた。

 黒馬車をくだってそこそこ経っていた。めずらしい花のほかには、丘隆線と羊しか見えないこの一本道のどこかで、迎えがある、という話だった。

「城の攻略ははじめてです」

「お前の手柄はちぐはぐでいかんな」

「また初耳だ!」

「左様か……?あれは赤い森の滑るような落葉が、目に痛いほどの晴れの日だった……やはり知らない?(むな)つきの木下道(このしたみち)を俺は、――」

 ふと話し相手のヴィクトルが前方へ目をすがめたので、ゼンも向くほうをあらためる。続きが楽しみな昔話とちがって、のぼる足もとはおだやかだった。

 そしてうたがうべきだった。尽きないヴィクトルの物語ではない。まもなく聞こゆものだ。


「――――!」


 むかう稜線に浮かび上がって、いま見るものだ。


「ヴィク、タあああああー!」


 まっしぐらに、それは()()()()()()

 気づけば五十メルをかっとばした不明な人影を、ヴィクトルはやすやすと抱き留めて、遠心力でいなしていた。

 ぐるぐるとまわっている。豊かな銀髪の、大人な女性だ。

「ヴィクター!ヴィクター!」

 花やいだ声でしきりに名を呼んでいた。

「髪、伸ばしたの?」

「暇がなくてな」

「すてき、すてきね」

 口づけの音をさんざんさせてから、やっと地に足つけて立つ。ヴィクトルに恍惚としなだれかかると、ちょうどお似合いな長身である。

「こほん……お客様のまえであんまりはたしないぞ、アリシア?」

「アムーッ!」

「おお、よーしよしよし……」

 標的を代えてとびつくのに、なにか既視感を植えつける。

(大型犬だ……)

(大型犬です……)

 アムソフィヤを頬ずりで堪能してから、大型犬は、さしずめ次の遊び相手をみさだめた。ぎゃっと身を翻して目の高さをあわせてくる。

「あなたたちのこと、よーく知ってる!」

「ゼン・イージスです」「フラン・フラムネルです!」

 きゃーかわいい!言ってくれるだけならいい。ふたりまとめて挨拶の抱擁もまあいい。けれど出会ったばかりの女性の胸へ過剰にうずもれることに、ゼンは多少の気まずさを覚える年頃だった。 

 申し訳ないながら、やんわり引き離そうとして。


 ――力、強っ!?


 ビクともしないのである。よいにおいのする、長い銀髪がさらさらとしてくすぐったい。それ以上に、何かがやわらかいのと、はたまた何かかたいものがめりこんで痛い。

 大型犬は、長く白い首であっちを向いてはこうたずねた。

「この四人でみんな?"商隊"さんは?大きな黒馬車さんは?」

 こっちを向き直っては言った。

「あ、私のことは()()()でいいよーっ!」

 にんまりとろけたような笑顔が近い。

 その正体をかよわい深窓令嬢に賭けたイトーに何と言ってやろう。彼女こそヴィクトル・サンドバーンの伴侶である。

(……アスナ。アリシアではなくて?)(独特の感性なんだ)

 "アリシアスナ"からやっとのことで解放されて、ゼンはアムソフィヤにきく。

 なるほど、ただならぬ人物である。

 剣を帯びるから、剣士と知れた。アリシアスナの胸に炳として輝くのは、冗談で帯びては許されない、みまごうことなき()()()()()。 

「ミゲルはどうした」長の再会となるはずが、かわらぬ唸り声である。

「……私じゃ迷惑だった?」

「驚いただけだ」

 会話にはふたりの温度があった。

「"乙女の城"でね?集いがあるの」

「槍合わせか」

「お呼ばれしたけど、私はぜんっぜん行きたくないし……オリヴァーにおしつけちゃった」

「お前はどこに?」

「お義母さまのとこ……行っちゃうの?」

 思いのたけを投げかけながらも、見送る妻の眉だった。

「日が暮れるまでには帰る」

 アリシアスナの片頬に手をあてて、おだやかなままヴィクトルはつづけた。

「約束する」

 するとアリシアスナはぱあっと明るくなって、子どものように駆けだした。


「ごちそうにするね!すごいごちそうにする!」


 乗りかかるのは、彼女のあとをひとりで追ってきた老賢者のような白馬である。二メルはあらんかという体高に、気品をほとばしらせている。主人のせわしなさにも慣れているようで、つっと首を垂れたのも、どうもみなさん、すみませんね。という会釈にみえた。

「ハッ!」

 野をつっきってはどこへやら、人馬ともども丘の稜線に消えてしまう。みえなくなる最後まで、うれしそうに手を振っていた。

「すごい人だ……」

 ゼンは口に蓋をしわすれてはっとしたのだが、ヴィクトルは楽しそうに鼻で笑った。

「そうだろう」




 ---




 心の奥底で期待したほど、敵の本丸は「陰険な顔つき」をしていなかった。物語にはかくも記されていたのである。

 石造りの回廊の日陰が涼しい。ゼンはネズミを演じていた。


 ――酒蔵かな、この地下は……。

 

 ねんのため構造を把握しておきたい。できるだけの情報収集も。

 単独行動はお手の物である。

 風雨にさらされた城壁や塔の質感を楽しむだけでなく、だいたいの見取りを終えていた。これからうえの中庭を目指しはじめる。

 見張りは()()だ。

 出入りが多い。荷馬車には御者、召し使い、奥方らしき影、なんだかよくわからない芸人、猟犬係と猟犬に、ブタやらニワトリ。タカもみた。おもてを騒々しく行きかっていた。

 

 ――忍び込むことなかったな。


 奥まって、ここらはしばらく静かだった。音をたよりに厨房をみつける。まえをしれっと行ったが、誰にも呼び止められずにすんだ。ゼンは螺旋階段を静かに駆け上がり、三階くらいの高さの内城壁に出た。

 中庭は昼の最中とみえる。にぎやかに突き匙を使ったり、食器のかち合う音がきこえた。


(やつらなかなかひあがらない――)


 てすりの鉄格子のはざまから見下ろすと、ぶかっこうな広場に、ごちゃごちゃと男たちが居る。たくさんの刃や鎧が、ちらちらと晴天にまばゆい。

 聞いている、城主の集いだろう。

 召し使いたちが日よけの布を広げだした。じろじろながめて、ひょっと目があっても間抜けだ。音情報だけ失敬しよう。さっと背にして座りこむ。手帳をひらき、万年筆のさきを舐めるフリをした。すぐそちらにつながった塔の屋根で、見張りの弓兵が居眠りをしていた。青空に、音なく垂れた旗がしぼんでいる。 

 かぞえきれない話題に、遮るものがさまざまあるから、聞き取りと記録は断片的になった。たとえば。


(漁業と揉めるよりも)

(あたまからみくびってかかりやがって)

(邪悪なものが!)

(よくも喋々と)

(衆愚を欺き従えるのは)

(外壁の拡張工事が)

(見目麗しい女性の姿を……)

(よくある話ですな)

(毒の杯だ)

(失敬、アベル殿は)

(費用の調達に)

(北方森林のお出でにあられて)

(高地の連中なぞ)


 ――なるほどね……。


 ゼンはふところに銀側の時計をみた。遠からずヴィクトルたちがやってくる。合流すべきだろうか?

 来た螺旋階段を、ちょうど誰かがのぼってくる気配がするので――さしずめ昼食交代だろう――いさぎよく外縁へ飛び降りることにした。

 城壁には蔦やくずが絡んで、花は色あざやかだ。

 塔影が暗くする土に舞い降りている。膝をはらって、何食わぬ顔で日なたへ歩きだしてから、おや、と思う。

 外城壁がすぐみえる、長い厩舎の近くであった。焚火がたって、何頭かの馬たちが虫よけの煙にあたっている。降りる直前にたしかめて、それは変わらぬのだが、ついでに話を聞こうと思っていた馬丁が、いつのまにやらいなくなっている。




 ---




 ゼンが残したウィンクの意味に、フランはハッとした訳である。 

 お昼を一緒にしないまま出かけた彼こそ、何か密命をしょっていた。はじめてスパイものを読んだときのどきどきを感じながら――できるだけ澄ました顔でいましょう……!――と、この場において決意する。


「いやはやこれは、令名高き騎士殿のご帰還だ!」


 うつくしいお姫様が住むようなそれではなくて、武骨で、砂ぼこりと汗のにおいのする城だった。なのに"乙女の城"という。

 歓迎の一声をあとに注がれた、挑むような視線の数々がいたい。


 ――私にだってわかります……。


 五十名ほどが次々と口をとじ、いっとき完全に静まりかえった。門をくぐった先の、中庭の影にごろごろと、どれも正騎士格である。ふさわしく軍隊だ。たくさんの顔と名前と肩書きとあって、フランは後になるまでこんがらがったが、そのとき進み出で迎えたのは、ともかくこの城の主であった。

「ドゥ・ニノー卿」

「その呼び方!おかたいですな、サー・サンドバーン」

 どうしてもひとり覚えておくなら、このヘイランリック・ドゥ・ニノーだろう。無害そうな笑顔のうらには、何を蔵しているのやら。

「ご一緒なさいますかな」

 ヘイランリックは腕をひらいて案内した――さすがに残飯は散らかっていない――昼食を片付けかけの小円卓がいくつもあって、山盛りのくだものが、色とりどりに乗っかっている。 

「結構だ」

 ヴィクトルはすげない手のそぶり。

「弟を迎えに来た」

「率直でお高いな」

 別の壮年の騎士が、深みのある声をひびかせた。おのれの席に座したまま、しんねりとそっぽを向いている。

「三年も国をあけておいて、我らに挨拶の一言もなしとは」

「相変わらずか、シルヴェストリ卿」ヴィクトルはおなじみの笑い方をした。「厳密には二年八ヵ月だ」

「諸国を渡り歩く若き騎士、ですか。はて、何を求めての遠路やら……」

 ようやくこちらをむいたと思えば、ゆったりと立ち上がり、近づいてくる。大股な一歩。

「冒険……」

 一歩。

「富……」

 また一歩。

「女性……?」

 ヘイランリックのとなりに並んだ。

「古いんだよ!お言葉だけど」アムソフィヤがやりかえす。「ボクらは戦利品じゃないぜ」

 ヴィクトルのうしろで、フランはともに控えていた。どかんとやるなら、もっとわかりやすい合図をくれるだろう。

「さすがに口先がお達者ですな、"迷宮の魔女"ともおいでになると」

 もうひとり覚えておけるなら、このアベル・シルヴェストリ。よく響く低い声のほか、鷲鼻と重たい瞼が印象的だが、しるしをさしおいても、まあ忘れまい。

「しかしなんでも密命を帯びておられたのだとか?」言わせるだけ言わせておいて、ヘイランリックはなだめにかかる。大げさな身ぶりだ。「確かにその東方でまた、大戦果を挙げられたと!」

 世間的には、うまくそういうことになっていた。"商隊"の軌跡――事実とも整合している。

「名声頻に高きがゆえに、多端な"勝利の騎士"殿のことだ。我らの常識なぞ通用しますまい」

 ヘイランリックはへつらった。ヴィクトルとでは親と子もありうる年かさのはずが、何をとってもそうは見せない。

「……常識以前に、貴殿らには――」

 そのとき裂帛の人声が、庭の反対側からあがった。




 ---




 しげる大木の葉と城壁と、布が傘なす一帯のほか、中庭の砂は、さんさんと日に当たっている。


 一騎打ちはそこではじまった。


 相対するは馬と馬、槍と槍、盾と盾、そして銀色に輝かしいかな板金鎧。

 骨董品とさえ呼べぬしろものだ。まさに拍車を蹴った彼らが全身に着こなすそれらは、当代の"剣気"の前にして、装飾以上の価値をもちえない。

 だがどうしてか「鎧」というのは一定数、人々を魅惑し、愛好され、贅沢として鍛造され続けている。わかるだろう、しるしが何を秘めたるかである。


 面貌で顔色はうかがいしれぬ、並みの鎧の人物と、大柄の鎧の人物とがあった。砂塵を蹴立てて驀進しあう、立派な馬たちをへだてる境界(レーン)はなかった。

 いま衝突のとき。

 なにもかも、こなごなに砕ける音がすさまじい。両者の抱えた大槍は木製で、ささげた盾もまた木製であった。 

 転げ落とされたのは、並みの鎧の人物だ。

 庭に鎧の関節を鳴りひびかせても、人物は俄然あきらめていない。機敏に立ち上がり抜きはらう、剣は刃が落とされている。

 対する大柄のほうはしばらくゆきすぎ止まったのちに、返す馬首で戦意をみとめた。そしてみずからものっしとくだり、鞘をはらった。


 儀式なのだ。厳密にはその予行だが。


 大柄のほうは、にぎりの部分をぐるりとまわすと、調子のよい足取りであっというまに距離をつめ、並みの鎧に襲いかかる。

 刃がきらりと弧を描く――。

 それからの激しい剣の応酬には、両者とも技があるようだった。

 やがて力比べになる、拮抗だ。


 ときにヴィクトル・サンドバーン一行や、年かさな狼裾の騎士たちとは別に、この戦いをずっと近くで楽しんでいる、若い鎧の人物たちがいた。彼らの野次で雲行きはかげった。

 並みの鎧の人物の動きは鈍って、大柄の一撃に叩きのめされてしまう。


「おっと!勝負あったな!?」


 無遠慮なわらいがたった。

 名をくれてやるのも惜しいこの連中は、若くして騎士を自称している。

 四名いた。見物のために、兜は脇にかかえていた。いずれも城主騎士の長男であり、父親ゆずりのよい性格をしている。どうだろう、"声の大きな騎士"、"小器用な騎士"、"大きな口の騎士"、"いいなりの騎士"、というのは。

 かたや並々ならぬ、並みの鎧の人物――彼は"孤独な騎士"であった。もどかしくもよろける足で、みずからの剣に寄りかかって立ちあがった。兜の側面が凄惨にへしゃげている。脳震盪だ。


「降参か、降参するか!」"声の大きな騎士"。

「勝者は名誉を賜るが、敗者は馬に武具の没収が常……」"小器用な騎士"。

「予行とはいえ、貴公の家名には身代金を払ってもらわねばな」"大きな口の騎士"。

「ああ、ほかに手段などありますまい!」"いいなりの騎士"。


 奇しくも相対する"大柄の鎧"の態度が、騎士道精神をもっとも体現している。構えなく沈黙をつらぬき、復帰を待っていた。

 "孤独な騎士"にはしみじみありがたい。指をすべらしながら、目庇のある兜の紐をほどき、むしりとる。

 善良だが気の弱そうな顔つきが、陽にあらわになる。息をととのえながら鼻筋を手甲でぬぐい、"水面の構え"をとりなおす。

 みじかい黒髪をつたって、こめかみに血が垂れていた。

 負傷した頭部には、獣の耳が生えている。彼には、狼の"しるし"があった。


「寛大に思え!穢れたその血を卿の庭に注ぐのだから!」


 また巻き起こる哄笑のうちに、"孤独な騎士"は何かを呟く。

「――――。」

 よい性格の騎士たちはみかわした。

「なに!いま何と!?」

「あさましい命乞いかと思えば!」

「石よりも硬く、木よりも苦く、イチジクよりも不毛な男!」

 数をいいことに、ぞろぞろとにじりよる。決闘にさらなる水をさす気だ。

 

 はたしてこのとき"孤独な騎士"は、ほんとうに孤独であったのだろうか?

 気の弱そうな顔つきとていかに。苦痛にほんのゆがめたとはいえ、ただの生まれつきではないか。たとえば誰かさんのように。

「さながら……」

 よくご覧あれ。彼は、彼の兄貴によく似した、精悍な顔つきをたたえつつある。

 ただし声は――ご清聴あれ――兄貴とは似ない、役者のような、朗々としたそれであった。

「身をすり合わせてなく羊ですな」

「……愚弄するッ!」

 "声の大きな騎士"が、から鼻をしかめて打ちかかった。




 ---




「あんな大勢でかかるなんて!」

 ゼンなら一目見てもっとうまく解釈するのだろう。"槍合わせ"なるものが、騎士の伝統を重んじた祝祭の、そのまた予行の一巻だかなんだか知れないが、よってたかってあんまりだ。

 フランのまっとうな非難を受けて、ヘイランリックはいかにも「そうですな」とうなずいた。もったいぶって手を叩く。

「バラッツァ!」

 口に手をして呼び立てる。気づくそぶりをみせるのは、むこうでも"大柄な鎧"だけだ。

「やめさせなさい!」

 この時にはもう、"孤独な騎士"はかなり打ちのめされていた。"よい性格の騎士"たちを順に、バラッツァは引き剥がしはじめる。「よせ、俺はいい!」赤子を首で持ち上げるかのようだった。

 一同、のんきにこちらへ向かってくる。

「しっかりしたまえよ」

 "小器用な騎士"あたりの仕業だった。バラッツァに支えられ、もうろうとした足取りの"孤独な騎士"の、頬をびたんびたとたたきつける。手のひらにメイルのはりついた手袋である、軽くなぶるだけでも歯が飛びかねない。

 嘲笑はすぐにひいた。

 誰が待ち受けるのかを、ほんとうに彼らは知らなかったのである。


「弟が世話をかけたようだ」

 

 唸り声である。

 腕を組み、冷たくみつめて、ただ立っている。だからなおさらおそろしい。

「サー・サンドバーン……」

 底意地悪いふるまいの気まずさに、"よい性格の騎士"たちは、あとからつばをのむようだった。野生の母火熊のまえでは、子熊をいじめる度胸もあやしい連中だ。

「ミゲル……すまなかった」

 鎧のバラッツァから身柄をあずかって、ヴィクトルは肉親をささえあげた。戦場では傷ひとつ負わぬ彼とて、痛むところのある人間だった。親がいれば子もおり、弟だっている。

「……兄上?」

 ふとミゲル・サンドバーンは蘇ったようである。

「ああ、兄上!」正気な声を、歓喜にうちふるわすようだったが。「ご壮健で何より……!」

 かくんと意識をなくしてしまった。

「フラン――」「もちろんです……!」

 フランも事態が読めてきた。いいえも知れぬ、気持ち悪さの正体にも気がついた。

 この集い。中庭の、剣を帯びた男たちは、"只人"ばかりで構成されている。

「ひどいな……」「ソフィ、鎧を脱がせますか」「わかった!」

 やがてはっきりする。連中も着ているものは立派だが、傷ついたミゲルのものとはちがう、見掛け倒しの光沢をまぶした、権力の甲冑だ。

 

「そうだバラッツァ、ご挨拶せねば無礼だぞ」

 ヘイランリックが促すと、ひかえていた大柄な鎧の人物は、答える代わりに、乱暴に緒をとき兜を脱いだ。日に焼けた肌とどろぼう髭がしるしの、かたくなそうな人相で、首を斜めに傾げるような目礼であった。

「……見ない顔だ」

「鉱山の守衛に人手が要りましてな」

「傭兵じゃないか!なんで鎧を着てるのさ」スライム状のベッドに寝かせたミゲルを、介抱していたアムソフィヤ。

「単なる雇われではない、その頭取ですよ。それは手本になるもので」

 ヘイランリックは何をか言わんとほくそ笑む。

「……思うより多くを追求せねばならんようだ」

「ほお、と申されますと……?」

「なぜ人をよこさん」

「……立ち話も憚りますかな?」

「これだけひとところに戦力を固めて、如何な了見であられるか」ヴィクトルは畳みかけた。「使徒ら脱走の報は早晩広く通じているはず」

 一瞬のどよめきのあと、うしろの城主何某かが言った。 

「ジガヴェスタのくだらぬたわけごとですよ」

「何言ってんだよ!当代の善き隣人だぞ!」アムソフィヤは黙っていられない。

「でしょうともな、貴女にとっては」「割れ甕にかしずいた売女め……」

 口さがない男どもである。

 血気盛んではなおさら手に負えない。


「腹蔵なく申し上げよう!ハルバートン家の怠慢だ」


 召し使いたちが、先を争うように手をかして、鎧を脱がせおわった彼であるとかだ。"声の大きな騎士"である。いまは派手な刺繍の肌着でいる。

「思うにサー・サンドバーンは、先日猛毒におかされたという、我らが領土を仰せられるのだろうが」

「そうだ、五十マンスも守れないで」"いいなりの騎士"。

「もはやけがれた土地だろう、とりもどすだけの価値もない」"大きな口の騎士"。

 そうだ、そうだ。

「朋輩の賭した心命を悔やみはせんのか」唸り声である。

「奔放の志がよくいう」「ははは……」やはりよい性格をしている、城主騎士たちのさざめき笑い。

 ずい、とアムソフィヤが怒り肩で前へでかけるのを、ヴィクトルは腕で制さねばならなかった。

(……止めるなよ)

(はやまるな)

 あとからしようもない冗句が飛び交ったようで、集いには爆笑が巻き起こっている。

 狂気のようだ。純度の高い狂気。

 一致団結せねば悪心に滅びる当代で、彼らはなにをみて生きている?


 空気を読まずに門が鳴くと、氷のような沈黙がおりた。


 そこでようやく、フランはうれしくなったのである。この「殺気」には、誰よりも慣れ親しんでいた。




 ---




 ぎぃ、とのんきな音を立て、あまりに自然に開かれた。潜戸ではなく、城門ほどもあるそれだった。

「この城市(まち)の火事は誰が消すのですか」

 足音のない少年だ。指先で道を開ききり、とうぜんのように、ヴィクトル・サンドバーンのとなりに立った。

「立派な鐘はついているけれど……撞き縄の手入れをした方がいい」

 主塔を見上げていう。

「……気づいた小百姓どもが消すさ」剣の手入れの最中だった、"口の大きな騎士"。

「あなたの鞘は油をむだに塗り過ぎですね」

「っ、何奴!」「不届きな!入れたのは誰だ!」"声の大きな騎士"。

 ここで開きっぱなしの門の角から。

「あ、はい!僕です!僕!」ひょこ、と人懐っこそうな青年騎士が顔をのぞかせた。「オリヴァー・クサカベになります」

 

 とある師弟は目くばせをする。

(知り合ったのか)

(そこで閑そうだったので)

 ともかく加勢ということだ。


「感心しませんな」

 いちはやく、アベル・シルヴェストリが用心深い一瞥をくれた。不敵に落ち着いたその最年少者は、剣を帯びるから、剣士と知れる。

「物見のためのお飾りでなくば、腰にぶら下げたその鋼……携行権は"騎士"にのみ宿るべきもの」深みのある声である。

「そうだ、とりあげろ!」続々と野次。さわがしくなりそうだ。

「待って――」(いいんだ、フラン)少年少女。


「ああ、ああ。誓ってよしたほうがいい!」

 芝居がかったオリヴァー・クサカベに、一同はすくなからず耳を傾けた。

「驚かれましょう、無理もない!彼ってば、シュワルコフ救国の英雄なんです」

 滑り出て、少年の両肩を大事そうにもった。中庭は静かになりつつある。

 

「うたわれる"悪心の呼び声"の――」直截であるから、それは忌み名だ。「()()()


 恥知らずばかりの中庭だったが、恐れ知らずは稀少らしい。

「ありますよね~……?後ろ盾、って言葉」

 とぼけた顔で口のまわる青年だ。

「シュワルコフ流槍術門下生の?目録のずら~っと上から下まで!"さなか"以東産の駿馬に乗ってやってこられたら?ぶるぶる!皆様方いくら"草原の貴族"といえどもですね、はたして何がどうなってしまうでしょうね?」

 矛先のかずだけ、悪意は分散した。

「旧都の小間使いが……」

「けっこうなおとぎ話だがな」

「なぜここに」

「何をどこで嗅ぎつけてくるのかわからん奴……」

 なおここまでのやりとりのほとんどが、ダンコヨーテ語でおこなわれている。よそものにわかるはずがない。恐怖が喉元を過ぎてしまうと、おもしろがりとして増幅しはじめた。

「ちっ!思えばバカバカし(ホデルスァハレス)い話」

やれやれだ(ペロッ、ヴェンガ)……」

「たかが知れまし(エスタレッロ)ょう、ねぇ()?」

「試してやろう(キエーレス)か!」

「そ(イー)だ!」

所詮は子ども(エスタダニーニョ)!」

やるか(ヴァモサ)やるのか(ヴァモサージャ)!」


ええ(スィ)?お望みとあらばいつ(クァナンドクレイラ)だって」


 その少年がおびた柄を按じてみると、向かう者は、なぜだかものを言えなくなるのであった。

「ナイショ話は場所を選んだ方がいい」

「……何をかお聞きになられたか?」動ぜぬ、深みのある声である。

「そうですね、たとえばおふたりは仲がよいようで……」

 面前にぼったちのヘイランリック・ドゥ・ニノーと、アベル・シルヴェストリのことである。

あなた(アベル氏)の要請を、ドゥ・ニノー卿はずっとはぐらかしている。金と人手がかかるのですから、都市城壁の拡張には協力しあわないと!あとは……」

 思いついたような仕草をしたのち、尻からとりだした革表紙の手帳を、少年はひらいていた。

「税の取り分のお話でしょう。ペケリーノ氏がトロンコーソ氏を影で悪く言うのに、シエゴ氏は同調していたわりに――」しげしげとページをめくる。「じつはすでにバルモロ氏と結託していて、先のふたりを出し抜こうとしていたり……」

 いずれも主要な城主騎士の家名であった。まったくよい性格をしている。

「なんだと!」「ご、誤解だ!」「説明されたし!」「貴殿こそ!」

 椅子をけっとばし、とっくみあいになりかけだ。

「聞き捨てならないのは、みなさんおっしゃる……」少年が手帳を閉じてみまわすと、いっせいに静かになった。「女王様はもはやご不要、ですか」

 集う者たちの目の色が変わる。

「エウロピアの急速な親アメイジア化に、危機感を抱くのはわかります。しかし――」

 嘘はつかない少年である。アメイジアはおそろしい国だ。統べる女王もひょっとおそろしい。ふまえたうえで。

「……あ!」

 こうしたわざとらしい手と拳の打ち方は、ある大男がよくみせたものだった。


「そういえばこの国(ダンコヨーテ)の公も、女帝とあだ名されるのでしたっけ……?」


 わかりやすく、首に青い血管を浮き出させたのは、いまだに笑顔をつくろう、ヘイランリック・ドゥ・ニノーなどだ。


 どう転んでもよかったのである。

「いっけなーい!もうこんな時間だ!」

 オリヴァー・クサカベだった。とくに時計などはしていない。

「勘弁してくださいよ、サー・サンドバーン?楽しみにしてたんです従姉(ねえ)さんったら!もし遅れたら宥めてもすかしても!」常人の三倍くらいでしゃべる。「ほらミゲル!しゃんとできそうかい」「お、オリヴァーか……かたじけない」

 ヴィクトルは目じらせをして、一行に帰りの門を推す。

「行事のさなかに失礼したな」

 適当なあいさつもいいところな、唸り声である。踵をかえしてから、ぎろりと首だけ振り向いた。

「ときにサバタ殿はいずこか」

「アレは南岸へ使いにやっております」

「この時期に?」

「このごろ物騒でしてな」

 ヘイランリック・ドゥ・ニノーのほうも、よくもまあ、すてきな笑顔をたもてたものだ。

「闇夜にはねあげた刃が、ご尊容に向かわねばよいですが」

「手綱を引き絞れ」

 もはやたがいに言いたい放題であった。


「あ!お客人のために馬を借りますよ、ドゥ・ニノー金鉱伯!それくらいの大度はお持ち合わせでしょう、あはは!」ミゲルに肩をかしながらのオリヴァー。

「べー!だ」アムソフィヤと、くすくす笑う少年少女。

 そしてヴィクトル・サンドバーンまでが門のむこうへすっかり消えてしまうと、怒りに満ちたつぶやきが、中庭のすみずみまでいきわたるのだった。


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