91.鉄則
雲がちな昼休みであった。"商隊"は発って滞りなく、暫定目的地のコルパシア水源へと近づいている。
「坊主、もひとつ荷運びを手伝ってくれ」
「もちろん」
ながらく顔を見ないでいても、気兼ねなくてうれしいものだ。ハウプトマンが"薄灰色"にずりだした背嚢を、ゼンは担いでやる。余裕なつもりが意外に重たい。
「……弾薬?」
「ご名答!」
じゃら、と音でわかる。できるだけの調達を領境の田舎町で終えたのは、つい先だってのことである。もちろんこんな買い足しはなかった。砂色な背嚢にせよ、いかにも先進的な機能性を秘めている。
「何するの?」こんなになんにもない場所だ。
「来ればわかるさ」
むかうのは、よくある道端の森だった。ひと狩りいこうというわけでもあるまい。
「ながいこと不便だったでしょう」
「ん?」
「リビングに"白昼灯"がなくって」
「ふふ、そうでもないさ」
横顔だけのひげ面だ。
「なんせほとんど用なしときた!料理人までいなけりゃなおさらだ」
せっかくの機会なのだし、ふつうな旅のかたちを楽しんでみた、ということらしい。
募る話はあるはずだけれど、いざとなったら弾切れだ。よくあることである。ハウプトマンにしたがって、ゼンはあとを黙々と行った。
というのも、思い浮かんだことといえば、アムソフィヤがうつくしすぎる人妻にうわついていることくらい。あんまり首をつっこみたくない。もちろんみんなも気がつかないはずがないのだし。
――大人にまかせよう……。
放っておいてもおろかな真似はすまい。たぶん、酒さえ近づけなければ。
黒馬車の二階が、いまや女性陣の寝室だった。ハウプトマンは"魔法の居間"で雑魚寝の仲間入りである。のっぽな"青い金庫"の所在をうつすのにも、縄と男手総勢でてんやわんやだ。いまのゼンは寝床をひとつどき、ひげもじゃと青い金庫を横目に寝起きしている。
なんだかんだで、見ないものはやっぱり増えた。
黒馬車の側面に増設されたステップ。てあつく補償された、黒い毛並みの屈強な軍馬たち。高分子素材でできた大小のハードケース。"魔法の居間"の一角から選りすぐったそれを左右の手にぶら下げている、ハウプトマンの背がおおきい。たぶん中身が特別だから、アレだけは他人に任せられない。
「ここだ!おあつらえにもほどがある」
五分、十分の深さであった。木立が妙に縦長にひらけており、隆起した土壁がむかいにのぞける。木の根のひげがちょびちょびとする断面だから、このごろの地殻変動とわかる。
「ご苦労だった。そこらへんに頼む」
見上げると、小粒で真っ赤な実がたわわになっている。ナナカマド木の根にゼンは背嚢をおろした。道理で重たいはずだ、開けるといろいろ入っている。
「申請がまかり通って、装備をだいぶ更新できた……試射用弾薬の期限が間近でな」
アルミ製だろう黒い骨組みをとりだして、ハウプトマンはかしゃかしゃと立てたりのばしたりする。ハードケースをのっけると、ちょっとした机ができてしまった。
「ふつうならありえない持ち出しも、どういうわけだか許されて……」
大のハードケースを小突くのである。ほどこされている青い刻印が、こたえるようにちらちら灯った。
「――残念だが、これ以上のおしゃべりは連邦法に背くところだ」
「わかるよ」
聞いたことがある。
都市伝説というやつだ。王国にしかないものを外部で言いふらす者は、先端技術防諜員とやらに消されてしまうのだとか――あんまり過激なあらわしようは、寝ない子をおどかすたぐいだろう。情報技術保全法とかなんとかはほんとうだとして、"誓約"の実行力が強そうである。
むろんハウプトマンには、一パーセントだって消えてほしくない。みなまで言われるまでもなく、ゼンは踵をめぐらそうとした。
「俺はひとりでなくちゃならん」
わかるとも。なのにハウプトマンはなかば引き止めるのである。
「間違いなく帰るんだぞ」
じっとみあげてきて異様である。
「間違いなくだ」
大事なことだから二度も言った。
「ちょっとの音はこいつで聞こえなくなるからな!」
首にかけた大型の耳当てをいう。
「とくに帰りがけ迷ったとしても、どんなに迷ったとしても、この線よりむこうには現れるな。絶対に」
ハードケースよりむこうのことだ。今からここは射撃場になる。
「忠告はしたぞ!」
輪番制の"発表会"で、アメイジア人の国民性、というのを学んだ。イトーの発表内容だった。
災害、疫病、不作、戦火、経済危機。それは起こるものだ、という意識がかの国民には広く根付いており、どんな困難に直面しても、絶望感より「抗う」が勝つ。
反省会が重要だという。
それじゃあこれからどうするか?に向き合えない人間は、議論の場では相手にされない。
ハウプトマンの答えがこれだ。
絶好の観察場所をみつけるのに、そう長くはかからなかった。遠回りして、具合のよい木の枝に腰をすえてから、ハウプトマンがながながと唱えるのは、各国語の警告文だと気がつける。
「――当方は周辺の安全確認を、事前十分におこなったことをここに誓う。何者か!この声がまだ聞こえているか!可能なかぎり遠ざかれ!ひとえに貴殿の身を案じて言う、すみやかに退避されたし!静寂をもって当方は、近辺無人であると判断する。以上」
森の一部がどうふるまうべきかを、ゼンはまだ忘れていなかった。となりにいるのがわからないほど、息を殺して歩ける技は、むしろ旅出てから学んだのである。
雲間から落ちこんだ陽が光の道をなす、視界良好な射撃場となった。横ざまに眺めて十四、五メルといったところか、枝葉のはざまのハウプトマンは、必要なだけの準備をはじめていた。
ハードケースから取り出された新顔の長物は、かわらず木目調の肩当てをしている。ジャッコ、とハウプトマンが薬室をながめる動作で――中折れ式とはちがうんだ……――と確信をもてた。そっと寝かせるにつけては、長年の相棒のように手慣れていた。
ついで二色の実包を紙箱からとりだす。立てて並べて、指さし点検。
「赤が散弾、青が一粒弾……」
弾の入ってない銃はただの棒だという。なら入った弾丸に工夫があるなら――?人間のおそろしい想像力である。
森の隅々までなりわたる、けたたましい射撃音だった。
ちょっとの試し撃ちのあとは、ジャッコ、と次の弾、次の弾。番える動作の完了が、土壁をまた穿つ合図。
ゼンは秒針をみて計測もした。最大五発を撃ちきるのに、ぴたり一秒。もし馬鹿正直にうけてたてば、どんな"剣士"も痛いではすまない。
――ただ再装填の隙は大きい。
原理は推測するだけだ。撃ち終わった「抜け殻」――記憶をたどる。たしか薬莢という――をみずから捨てないと、次は撃てない、番えられない。それにしたって、理不尽ぎみな機敏さのようだ。ハウプトマンの召した試射用実包は、あっという間になくなった。肩帯に、腰帯に、肩当てに、たぶん加減をしなければ、五十発は優に詰めこめる。
「よし……」
男は満足したようで、さいど薬室の点検にかかった。欠かせぬ儀式と見知っていても、ゼンの気づきは今である。番えるための銃身の、"木の筒"が仕組みの要なのだ。あれさえとめれば後がない。
つづいて。
「懐かしいな」
手際よくかたづけた机のうえに、小型のケースをすべらして、ふたつめの封印をハウプトマンはひらく。手元がみえるようになっても、ゼンはいぶかしんだ。にぶい黒色の二挺目は、だいぶちんまりしてみえた。
「とうぶん更新はされんのだろう……」
なにかを信じたハウプトマンの独り言は、ぽつぽつと途絶えることはなかった。彼の、彼に向けての言葉であろう。そうでなくてはならなかった。
カチリ、カチリ、と丁寧に込められる弾丸を、ひとつ、ふたつ、みっつと一緒に数える。息をのみ、ゼンは見守った。二挺目は、小さいくせに、小さいからこそ、ずっとおそろしい。
「これが拳銃である以上、所有者には隠匿携帯の努力義務がある」
何が起こるかわからんぞ。せめてこの先のために、すこしでも多くを、よくみて学べ。
あらためてゼンは胸が熱くなった。大人はみんなそうしてくれる。たとえ命がけでもいとわない。
あとの手入れもこの場でするのだろうか――?引き際をあやまってはなるまい。
推計最後の一発だった。射線上へ投げ入れたナナカマドの実を、彼は見事に撃ち抜いたはずである。
「……誰かいるのか!危ないぞ!」
どう考えても、ひとりで間に合う荷物だった。
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森から帰ったハウプトマンを、なんでもない顔で出迎える。ゼンが持ち上げてやる背嚢は、多少なりとも軽かった。
「……聞こえたか」
「うん?」
なるべく正直でいたいものだ。
「……そうだね。こんな木立に、音はよく響くもの」
「おそろしい銃の話だな?」
「もちろん、おそろしい銃の話だ」
ひげ面は、にやりと含めるだけであった。
覚えておいて損はない、それは古典的な警句だという。
ひとつ、あらゆる銃には弾丸が装填されているものとする。
ふたつ、意志なき時は引き金に触れるな。
みっつ、守りたいものへ向けてはならない。
銃、弾丸、おそろしい。ゼンはやっぱり好きにはれない。けれどもうしばらく背中を預けてもよかろう――信頼できる手にあるうちは。




