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ゼン・イージス ―或る英雄の軌跡―  作者: 南海智 ほか
誓いの章:毒霧峠の怪
91/106

91.鉄則


 雲がちな昼休みであった。"商隊"は発って滞りなく、暫定目的地のコルパシア水源へと近づいている。

「坊主、もひとつ荷運びを手伝ってくれ」

「もちろん」

 ながらく顔を見ないでいても、気兼ねなくてうれしいものだ。ハウプトマンが"薄灰色"にずりだした背嚢を、ゼンは担いでやる。余裕なつもりが意外に重たい。

「……弾薬?」

「ご名答!」

 じゃら、と音でわかる。できるだけの調達を領境の田舎町で終えたのは、つい先だってのことである。もちろんこんな買い足しはなかった。砂色な背嚢にせよ、いかにも先進的な機能性を秘めている。

「何するの?」こんなになんにもない場所だ。

「来ればわかるさ」

 むかうのは、よくある道端の森だった。ひと狩りいこうというわけでもあるまい。


「ながいこと不便だったでしょう」

「ん?」

「リビングに"白昼灯(あかり)"がなくって」

「ふふ、そうでもないさ」

 横顔だけのひげ面だ。

「なんせほとんど用なしときた!料理人までいなけりゃなおさらだ」

 せっかくの機会なのだし、ふつうな旅のかたちを楽しんでみた、ということらしい。

 募る話はあるはずだけれど、いざとなったら弾切れだ。よくあることである。ハウプトマンにしたがって、ゼンはあとを黙々と行った。

 というのも、思い浮かんだことといえば、アムソフィヤがうつくしすぎる人妻にうわついていることくらい。あんまり首をつっこみたくない。もちろんみんなも気がつかないはずがないのだし。


 ――大人にまかせよう……。


 放っておいてもおろかな真似はすまい。たぶん、酒さえ近づけなければ。

 黒馬車の二階が、いまや女性陣の寝室だった。ハウプトマンは"魔法の居間(リビング)"で雑魚寝の仲間入りである。のっぽな"青い金庫(ガンロッカー)"の所在をうつすのにも、縄と男手総勢でてんやわんやだ。いまのゼンは寝床をひとつどき、ひげもじゃと青い金庫を横目に寝起きしている。

 なんだかんだで、見ないものはやっぱり増えた。

 黒馬車の側面に増設されたステップ。てあつく補償された、黒い毛並みの屈強な軍馬たち。高分子素材でできた大小のハードケース。"魔法の居間(リビング)"の一角から選りすぐったそれを左右の手にぶら下げている、ハウプトマンの背がおおきい。たぶん中身が特別だから、アレだけは他人に任せられない。

「ここだ!おあつらえにもほどがある」

 五分、十分の深さであった。木立が妙に縦長にひらけており、隆起した土壁がむかいにのぞける。木の根のひげがちょびちょびとする断面だから、このごろの地殻変動とわかる。

「ご苦労だった。そこらへんに頼む」

 見上げると、小粒で真っ赤な実がたわわになっている。ナナカマド木の根にゼンは背嚢をおろした。道理で重たいはずだ、開けるといろいろ入っている。

「申請がまかり通って、装備をだいぶ更新できた……試射用弾薬の期限が間近でな」

 アルミ製だろう黒い骨組みをとりだして、ハウプトマンはかしゃかしゃと立てたりのばしたりする。ハードケースをのっけると、ちょっとした机ができてしまった。

「ふつうならありえない持ち出しも、どういうわけだか許されて……」

 大のハードケースを小突くのである。ほどこされている青い刻印が、こたえるようにちらちら灯った。

「――残念だが、これ以上のおしゃべりは連邦法に背くところだ」

「わかるよ」

 聞いたことがある。

 都市伝説というやつだ。王国にしかないものを外部で言いふらす者は、先端技術防諜員とやらに()()()()しまうのだとか――あんまり過激なあらわしようは、寝ない子をおどかすたぐいだろう。情報技術保全法とかなんとかはほんとうだとして、"誓約"の実行力が強そうである。

 むろんハウプトマンには、一パーセントだって消えてほしくない。みなまで言われるまでもなく、ゼンは踵をめぐらそうとした。

「俺はひとりでなくちゃならん」

 わかるとも。なのにハウプトマンはなかば引き止めるのである。

「間違いなく帰るんだぞ」

 じっとみあげてきて異様である。

「間違いなくだ」

 大事なことだから二度も言った。

「ちょっとの音はこいつで聞こえなくなるからな!」

 首にかけた大型の耳当て(イヤーマフ)をいう。

「とくに帰りがけ迷ったとしても、どんなに迷ったとしても、この線よりむこうには現れるな。絶対に」

 ハードケースよりむこうのことだ。今からここは射撃場になる。 

「忠告はしたぞ!」


 輪番制の"発表会"で、アメイジア人の国民性、というのを学んだ。イトーの発表内容だった。

 災害、疫病、不作、戦火、経済危機。それは起こるものだ、という意識がかの国民には広く根付いており、どんな困難に直面しても、絶望感より「抗う」が勝つ。

 反省会(ポストモーテム)が重要だという。

 それじゃあこれからどうするか?に向き合えない人間は、議論の場では相手にされない。

 ハウプトマンの答えが()()だ。

 

 絶好の観察場所をみつけるのに、そう長くはかからなかった。遠回りして、具合のよい木の枝に腰をすえてから、ハウプトマンがながながと唱えるのは、各国語の警告文だと気がつける。

「――当方は周辺の安全確認を、事前十分におこなったことをここに誓う。何者か!この声がまだ聞こえているか!可能なかぎり遠ざかれ!ひとえに貴殿の身を案じて言う、すみやかに退避されたし!静寂をもって当方は、近辺無人であると判断する。以上」

 森の一部がどうふるまうべきかを、ゼンはまだ忘れていなかった。となりにいるのがわからないほど、息を殺して歩ける技は、むしろ旅出てから学んだのである。

 雲間から落ちこんだ陽が光の道をなす、視界良好な射撃場となった。横ざまに眺めて十四、五メルといったところか、枝葉のはざまのハウプトマンは、必要なだけの準備をはじめていた。

 ハードケースから取り出された新顔の長物は、かわらず木目調の肩当て(ストック)をしている。ジャッコ、とハウプトマンが薬室をながめる動作で――中折れ式(前のやつ)とはちがうんだ……――と確信をもてた。そっと寝かせるにつけては、長年の相棒のように手慣れていた。

 ついで二色の実包を紙箱からとりだす。立てて並べて、指さし点検。

「赤が散弾、青が一粒弾(スラッグ)……」

 弾の入ってない銃はただの棒だという。なら入った弾丸に工夫があるなら――?人間のおそろしい想像力である。

 森の隅々までなりわたる、けたたましい射撃音だった。

 ちょっとの試し撃ちのあとは、ジャッコ、と次の弾、次の弾。番える動作の完了が、土壁をまた穿つ合図。 

 ゼンは秒針をみて計測もした。最大五発を撃ちきるのに、ぴたり一秒。もし馬鹿正直にうけてたてば、どんな"剣士"も痛いではすまない。


 ――ただ再装填の隙は大きい。


 原理は推測するだけだ。撃ち終わった「抜け殻」――記憶をたどる。たしか薬莢という――をみずから捨てないと、次は撃てない、番えられない。それにしたって、理不尽ぎみな機敏さのようだ。ハウプトマンの召した試射用実包は、あっという間になくなった。肩帯に、腰帯に、肩当て(ストック)に、たぶん加減をしなければ、五十発は優に詰めこめる。

「よし……」

 男は満足したようで、さいど薬室の点検にかかった。欠かせぬ儀式と見知っていても、ゼンの気づきは今である。番えるための銃身の、"木の筒(ポンプ)"が仕組みの要なのだ。あれさえとめれば後がない。

 つづいて。

「懐かしいな」

 手際よくかたづけた机のうえに、小型のケースをすべらして、ふたつめの封印をハウプトマンはひらく。手元がみえるようになっても、ゼンはいぶかしんだ。にぶい黒色の二挺目は、だいぶちんまりしてみえた。

「とうぶん更新はされんのだろう……」

 なにかを信じたハウプトマンの独り言は、ぽつぽつと途絶えることはなかった。彼の、彼に向けての言葉であろう。そうでなくてはならなかった。

 カチリ、カチリ、と丁寧に込められる弾丸を、ひとつ、ふたつ、みっつと一緒に数える。息をのみ、ゼンは見守った。二挺目は、小さいくせに、小さいからこそ、ずっとおそろしい。


「これが()()である以上、所有者には隠匿携帯の努力義務がある」

 

 何が起こるかわからんぞ。せめてこの先のために、すこしでも多くを、よくみて学べ。

 あらためてゼンは胸が熱くなった。大人はみんなそうしてくれる。たとえ命がけでもいとわない。


 あとの手入れもこの場でするのだろうか――?引き際をあやまってはなるまい。


 推計最後の一発だった。射線上へ投げ入れたナナカマドの実を、彼は見事に撃ち抜いたはずである。


「……誰かいるのか!危ないぞ!」


 どう考えても、ひとりで間に合う荷物だった。




 ---




 森から帰ったハウプトマンを、なんでもない顔で出迎える。ゼンが持ち上げてやる背嚢は、多少なりとも軽かった。

「……聞こえたか」

「うん?」

 なるべく正直でいたいものだ。

「……そうだね。こんな木立に、音はよく響くもの」

「おそろしい銃の話だな?」

「もちろん、おそろしい銃の話だ」

 ひげ面は、にやりと含めるだけであった。


 覚えておいて損はない、それは古典的な警句だという。


 ひとつ、あらゆる銃には弾丸が装填されているものとする。

 ふたつ、意志なき時は引き金に触れるな。

 みっつ、守りたいものへ向けてはならない。


 銃、弾丸、おそろしい。ゼンはやっぱり好きにはれない。けれどもうしばらく背中を預けてもよかろう――信頼できる手にあるうちは。

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