85.手紙、ただしワケありの!
正直な配達人が、日に三度も訪れる"家"であった。携えられる郵便物は、およそサンズ宛てであり、稀に"少年少女"と記されるとき、見えない何かから守ってくれようとする、差出人の気遣いなのだと、当人たちがよく知っていた。
「ありました?」
「いや……」
小綺麗な郵便物のたまり場に、ふたりはいる。玄関のはたの小棚である。
もっぱらここを気にする理由は、ヴァンガードからの返信であるが、のぞめるのは、例のお医者のすげない「経過良好」の短文ばかりで、本日とて例に漏れない。
「でも、これが」
流麗な差出人の文字が曰く。
――テキセン・ガルド=シルヴィン。
繊維紙をいろどる日の加減が、もう夕時であった。
『悪いのは悪さをしたやつと、君は言ったが、気がすまない。
思いあぐねて決意した。せめて受け取れ、罪滅ぼしだ』
前置きもなにもなく、独特な韻で記されている、魔術師らしい本文だった。
気休めになるかわからんが、一休みしたら捜索に尽くす――テキセンとメイウーとは、かたく握手をしてわかれたのである。
今後なにかあればまた手を取り合おう、という意味であったし、捜索は全面的に任せた、任された、という意思表示であった。
あの決戦にて逃した"悪心の使徒"、とくにフィルデーとアナンについて、やきもきせずに励むとよい。言われぬ心遣いに感謝して、実際そうしている。"森の番人"で追えぬなら、どのみち待つしか術がない。
「……ちょっと難しすぎるかも」
一足先にざっとよみおえて、ゼンはつぶやいた。ぜんぶで十七枚ものぶあつい束が、筆記体でびっしり。そばのフランのために要約してやる。
「ええと、魔術の基礎理論と、彼なりの論考が……」
凝縮されている、それは――
「印」や「刻む」といった行動様式・記号について。
物語と強度。
共感性と創造性。
"設計"について。
剣士と魔術師の、連携練度向上の推奨。
もっとも紙面をしめるのは、アナンと繰り広げた死闘の仔細。
『彼女の主題は光学だ。屈折、反射――なにも飲みこむ必要はなかった。弾く方が……』
有する"神槍"についての言及から、属性の話題へとうつり、現状の攻勢魔術分類には、欠陥があると指摘。
『火・水・土・風・氷・雷に「空」をふくめた七分類』
であるべきだと告げる。
ついには、フランが即興でなしとげた『煌翼背し白騎士の破魔矢』についての助言。"精霊弓"に感化されたのは、とても自然な行為であったと。
読めば読むほど、非教科書的な、真理の書に思える――思えてくる頃。
『魔法理はいわば芸術だ』
見透かすよう、釘をさしてくる。
『そのときどきに、こうした方が好ましい、という潮流があっても。
こうしなければならない、は、絶対に(絶対に!)ありえない。
受け入れられるかたちの転換点が、どこかで訪れる。
いまなにが求められるのか?
仮定・前提の検証。事実の発見。芝居だ』
難しく書きすぎた、と途中で文体がやわらかくなって、なおこれだ。そして文字という制約を惜しみながら、優れた指導者の必要性をいう。
『――芸事に深い関心があり、物の理の理解を恐れず、なにより実戦経験に富む。そんな要素を網羅できるスバラシイ魔術師が、俺のほかそうそう見つかるとは思えないが……君たちの巡りあわせの強さに頼むところだ』
ところで先ほどから、同リビングではぽりぽりとのんきな音がする。
夕食をまえにおやつをかじる――それは酒のつまみにしたらさぞうまかろう、野菜と魚の酢漬けだ――その人を、少年少女は思わず見やった。
「お?」
そうとも、アムソフィヤ・ネスフィヨルドである。
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「こりゃーすごい!」
ぶらさげる、それが起動の条件だった。白昼灯で"軒並みな居間"は明るい。
用紙にほどこされた封印処置の呪文が、かかげることでかすかに透けた。それはあまりにワケありな手紙であり、魔術師の心臓を切り分けてよこしたようなものだと、アムソフィヤは評するのである。
「この星のすべてを学ぶのに、ヒトの一生は短すぎるよね~……」
最初は横からのぞくのに、ねぶっただけでいた指を、よくよく洗いなおしてから手に取り、なかなかの速さでめくり終えた。彼女はまだ「学習法」を思案している段階で、"発表会"も未実施であった。
「やっちゃうかい、即興詠唱も?」
宮仕えでの指導経験から、アムソフィヤは欲張ることに消極的だった。しかし競争心が芽生えたのだと、あとではっきり教えてくれる。一種の知恵比べのようなものだ。
「魔術師にとっての増幅装置、それが一般的には"杖"とされる――」
夕餉の仕度をまつ、このすきまの時間にさえ、いくつかの事実を開示補足した。
「あってもなくても構わない。君だけの杖があったっていい……じゃあなんだい、"剣"ってヤツは?」
"万能不到"が脆弱だとする、ふたりの魔術師の一根拠であった。
「ここおもしろいよねェ!"夜を信じる人もいる"……!」
あのとき、テキセンは土壇場で誤認した――アナンなら仕留めたような気がする。
それだけの作用を敵に許すには、心の窓を自発的にあけなければいけない。緊急回避の一節が尾をひいたのだ。
悪い契約である。不正な侵入である。思考盗聴もあってまず間違いなく、情報戦では致命的である。
「さすがのボクも読んで知るだけだ……」
さる展開の高度さを、アムソフィヤはさぞ悔しがった。自分がそこにいあわせなかったこと、たとえこの先百年生きても、体験できるかわからないこと。彼女もまた、欲してやまない人であった。
テキセンは、ワケありな手紙の最後を、こうしめくくる。
『今日を楽しむことも忘れるな。十四の春に帰るすべなしだ』
ふつうじみた促しだが、アムソフィヤをいちばんよろこばせた。
「信用にたる人物らしい!」
巡りあわせは実現する。ありえないほど有意義な、往復書簡のはじまりである。




