74.槍手と槍手
◆←文頭二字下げの代替です。
ダルタニエンを故郷で苛んだのは、きょうだいたちの無邪気さにほかならない。
『どうしてにいちゃんは、おれらと見た目がちがうんだー?』
同年代に、はぶられるのはよい。年上たちにしかけられる乱暴など、体質からして屁でもない。
みにくい半獣の徴。めだつ巨人の徴。さほど、気にせずにいられたのは、きょうだいたちが、違いをわかる年になって、きまって同じを口にするまで。
『おなじとうちゃんと、おなじかあちゃんの子どもなんだろー?』
これが、とても、つらかった。
◆
「お前、見どころあるぜ。こっち側につける毛並みだ」
冷ややかな笑みに、何をかこめる。憐憫にして誘いか、同調はたまた共感か。マテウ・ラウラソンは、五分咲きの、鼠が徴の小人種だ。槍手である。悪心の使徒である。ダルタニエンが、覆せねばならない、敵である。
「お仲間さ。おんなじだよ、俺とお前」
「ちがう……ちがう……ぜんぜん、ちがう……」
鉛の鎧に、なにもかも押し込められている。ふるう槍には剣気が乏しい。まともな反駁のひとつ、ダルタニエンはかんがえつかない。一対三だった。
「わかるだろ?俺達はこの星のコブさ。邪魔ものさ。いない方がいいのさ。ほれ、馬鹿みてえにおんなじだ」
どう、己が槍をふるっているのか、ダルタニエンにはわからない。まるで真冬に凍れた指先で、かこむ世界を、まさぐっている。暗い世界だ。あいては、剣士がふたり、槍手がひとり。じぶんはひとり。加減をされているのか、どうか。刃がとうにいくつか、己を引き裂いてはいまいか。わからない。
「なーに意固地になってんだ?どんだけ踏ん張ったってよォ、いつだっておまけの俺らは、お前は、主役になんかなれやしねぇ。馬鹿がよ。いい加減、気がついたらどうなんだ。都合よくつかわれてるだけなのさ。捨て駒さ。思い当たるだろ?いつだって、そうだった。頼られて、馬鹿みてぇに仕事して、ぽいっとほかられて、終いさ。ふだんばっかり見た目で割り食って、肝心な時は誰もお前を見ちゃいない。誰もお前を気にしちゃくれない。それもよ、頷きゃ楽になる。こいよ、こっち側に」
頷かなかったのは、どうしてだろう。頷かなければ、きっと自分は死ぬ。
死?
避けなければ。ダルタニエンはおもった。頷かず、しかし、槍をふった。
◆
やさしい母親だったはずだ。ダルタニエンの母親の話だ。
やさしいゆえに。
申し訳なさそうな目でいつも見る。
これもまた、堪えた。申し訳なさそうな瞳で、すがった。
『死んじゃダメよ。死ぬのだけはダメ。あなたが生きていてくれれば、わたしはそれでいい』
だから家を出た。
◆
ふと、蹄の音が、聞こえた気がする。蹄が泥濘を、踏み抜いている。
馬はよい。ダルタニエンにとって、無二のともだち達だ。彼らは正直で、分け隔てがない。逃げ場のひとつとなってくれた。馬搬から馬口労まで、手広く商う家にうまれた。いま思えば、わりと裕福な家柄だった。
煤にくろい逆葺き屋根はボロな見た目でも、巨体が寝転がれるだけのひろさがあったし、食うにもあまり困らなかった――おやじは、たくさん食わせてくれた――だから、周囲のねたみを買ったのやも。巨人はめだつ、半獣はめだつ、ふとれば、めだつ。やせて汚れた子どものおおい地域だった。大きいと恐れられるのはひとときで、おくびょうな気質を知られれてしまえば、あっとういまに不満の矛先になった――だから、おやじは道場へいかせたがった。ぼくも、剣には、あこがれた――けれど剣の道場は、いじめっこどもの巣窟だ。それも道場に通えるほど金持ちのいじめっこは、腕っぷしが一段と強い。長く続かなかった。
しばし――ダルタニエンのそれは実に"刹那"だ――思いを馳せている間、マテウは、機嫌が悪そうだった。被りの下で、鼠っ鼻をゆがめた。
「なぁおい!聞いてるか!?英雄気取りがいつまで続くよ。誰も、誰もだ、お前を救えやしねぇ!言ってんだ!」
ダルタニエンは、どうしてだろう、頷かなかった。女剣士が、小人の槍手へささやいた。
「マテウ、時間切れだ」
「ちっ!」
「ダルタニエン殿ッ!」
はっと、ダルタニエンの背筋に芯が通った。
槍での刺突を、すんでのところで往なしている。死角からの"突"だ。実際はずっと、巨人の剣士と、一対一だった。これが今、マテウの刺突で、一対二になった。一対三には、ならなかった。
「遅れて申し訳ありませぬ、槍手殿っ!」
ふたりの騎士が、駆け付けてくれた。"鷲爪"の騎士たちだ。ダコック騎士長と、準騎士ボルドヴェンは、違えようもなく、ダルタニエンの仲間であった。ふたりを"果ての霞"中で誘導した騎馬が、後方を巡回、蹄を鳴らす。ダルタニエンは、ひとりではなくなった。
「あ……ぼ、ぼく……」
「ご無事で何より!気をしかと保たれよっ!」「我々もおりますゆえ!」
ダコックとボルドヴェンが、代わって鍔競りあった。巨人の使徒が押し返される。小人の使徒が押し返される。女の使徒が"疾風の構え"をとっている。明々白々、三対三だ。わかちあえば、一対一だ。ダルタニエンは、手筈通り、マテウと対峙した。
槍手と槍手。
槍、この星で流行らぬ武器だ。はみ出し者にぴったりの得物だと、ダルタニエンの師はかつて語った。
◆
ダルタニエンは道場へうまく通えずにいた。短い期間だ。父親が、出兵もはじめに死んでしまえば、家族を守るのはもう、自分しかないのだと悟った。ふるいたち顔をみせてみても、いじめっ子たちには、それはもう、色々と言われた。『獣は光の騎士にはなれない』どんな陰口より、胸にささった。
師範までが『巨人のための剣を知らない』と避けるから、まともに学べず参ってしまう。そこで巡り会う。槍の師だ。
『剣にまだこだわるか?槍ならどうだ?徴のどうこう、分け隔てがねぇぞ』師になるその日に言った。道場破りの日でもあった。型破りな人だ。ダルタニエンは、槍を執った。
◆
「せっかくよ、馬鹿親切にタマ取らないでやったんだ。同族のよしみさ。どうだい、え?今からでもよ」
「……ぼくは、きみの、同族なんかじゃ、ない」
悪心の重圧に、みずからがどう抗っていたのか、ダルタニエンはよくわからないでいる。仲間が訪れ、だいぶ安らいで今も、心臓がこれでもかと踊っている。戦いは、まったく、終わっていない。この膠着は、休憩ではない、間合いをはかる、槍手と槍手の膠着だ。
「ちっ、他がくたばりゃ後悔するぜ。や!それよか前さ。おめぇのほかは"獣"じゃねぇ。アブないそのときゃ!薄汚ねぇ半獣にぜーんぶ押しつけ、すたこらさっさだ!」
「にげないよ」
と、立ち向かう槍手は言えた。出会って日が浅くとも、むずかしい理由は必要なかった。
「かれらは、騎士だから」
騎士は逃げない。ダルタニエンは知っている。そして、光の騎士にはなれなくたって、騎士のあり方には、自分も倣える。さらには――
◆
師は語る。『俺はな、いいか?数えっきれねぇくらい、多くの人間を救ってきた。これからも、数えっきれねぇくらいを救う。いちいちよ、関わった名なんざ憶えちゃられねぇ。トーゼンさ、俺の時間は有限だろ?関わってられる時間も有限さ。だけどな、"槍"ができる奴だけは、違う。
技の程度なんてな、どうだっていい、どいつもこいつも、少数を選ぶ勇気のあるやつらさ。俺は数少ない同胞を大切にする。槍手ってな、そういうもんだ。だからな、よう、わかるだろ?
お前が、地元じゃなんて呼ばれてるかなんてな、俺には関係がねぇ。人の子だの、魔物の子だの、くだらねぇ。槍を執って、槍の戦士であるかぎり、俺にとってのお前は、"槍手"なんだ。俺は忘れねぇ。だからお前も忘れんな。お前は、槍手ダルタニエンだ。誰に何と呼ばれようと、お前は、槍手、ダルタニエン、だ。世の中にとっても、いずれおんなじになる。お前が、槍を、手放さないかぎり、な』
◆
師匠の言った通りだ。ダルタニエンはおもっている。槍術はかつて逃げ場のひとつに過ぎなかった。今や、道を、つくってくれている。
「騎士のかれらにとって、ぼくは"槍手"だ。"薄汚い半獣"なんかじゃ、ない」
「けっ!」
"遮・握・突"が、槍手の基本。つまりは、寄せて、構えて、突き刺す、だ。今。まさに両者が行った。交錯。槍と槍とがぶつかりあった。刃が刃をおさえつけ、地を打てば、泥をはねた。つづく"遮"は、"払"の動作に基づいて、仕切り直しをかねている。槍手と槍手が"握"をとるのに、どちらも腰を落としている。にらみあいが再開している。ざりりと、湖底をすり足が掻いた。
マテウは、ずっと機嫌が悪そうだった。
「戦う理由もねぇ分際が、よくやるぜ」
「ぼくには友達がいる。ともだちが理由だ」
「ハッ!友達、だって?そいつがそう言ったのかよ!」
「いった」
「馬鹿が!腹ん中じゃ見下されてるに決まってら!いいよーに使われてるだけなんだっつーの!」
マテウ・ラウラソンの名前は、鼠と小人の徴のほかに、ケッヘンコック流槍術――シュワルコフ亜流にあたる――の目録から判明した。目録に名を連ねるほどの槍術士とはつまり、剣士の剣気に負けぬ使い手である証左。
この星の剣は、槍より強い。常識だ。常識には、ときに例外がともなう。目録槍手や、まさしくだ。意表を突けば、槍を知らない剣士など、いとも簡単に串刺しにしかねない。ゆえ、手の内をもっともよく知るダルタニエンが、相対者として望ましいとされた。ながらも、予断を許さない。
槍手の必殺、間合いと速さに秀でた"突"は、"刹那"に読まれれば一転、死槍となりかねないのを、槍手と槍手は知り尽くしている。手の内をたがい、"はずれの丸太小屋"戦で見せあった以上、心の読みあいも多くなる。だから口先で、挑発と反抗の応酬が起こる。ここに、ダルタニエンにとって、ひとつ明らかだ。マテウ・ラウラソンは、大切な事実を、まったく、知らない。
「きみは、ぼくの友達を知らないんだ。だから、そうやって、つまらないのに、わらえる」
ダルタニエンはほほえんだ。マテウは、いっそう、機嫌が悪そうだった。
◆
かつてみっつの選択があった。ダルタニエンにとっての選択だ。
ひとつ、苦しい故郷に、留まる選択。
ふたつ、師が与えてくれた査証を頼りに、東へ、向かう選択。
みっつ、あてもなくひとまず、西へ、旅に出る選択。
留まるのは、すこし耐えられそうにない。選ばなかった。
東には、王国があった。豊かな国だ。査証は、ひとりようの査証だった。ゆけば、二度と帰れない気がした。苦しくとも、家族は家族。ひとり良い暮らしが得られるとして、選べなかった。
西には、未知が広がっている。行けば、今より良くなるかもしれないし、悪くなるかもしれない。だけれどあてもない旅なら、「帰りたい」という意志のもと「帰る」を、選べる日が来るかもしれない。師が、背中を押してくれた。
◆
ダルタニエンはまだ、わからないでいる。帰りたいと思える日が、いつか来るのかどうか――だけど――商隊と巡り会って、居場所ができた――ぼくは、馬番で槍手――誰も、みにくい半獣とは、けっしてみなさない――友達が、友達のためにたたかってる。なら、ぼくもだ――理由としては、十分すぎた。
おもたい鉛の鎧から、疾うに解き放たれている。ダルタニエンは、獣の能をかねそなえる戦士。鋭敏な感覚で、かこむ世界をまさぐっている。悪心に満ちた、暗い世界だ。ともに戦う仲間たちが、剣戟を鳴らしている。彼らが訪れてなお、世界は明るんでくれない――だから、ぼくらはここにいる。照らすために、ここにいる――みずからの意志で選び、つくり上げてきた道の途中。まだ、死ぬ訳にはいかない。
"突"。
ダルタニエンの方が速かった。"マカの直槍"が、マテウの脇腹を裂く。応ずるマテウの"三叉の槍"は、ダルタニエンに当たっていない。
マテウの"握"を、ダルタニエンは見た。すかさずだ。密接した"三叉"の柄から、"打"が繰り出された。
「!」
巨体が吹き飛んだ。"突"も直後の"伸"のまま、"短打"ともなれば不可避の一撃。
泥に今、はねるダルタニエン。まるで初見だった。理屈なら知っている。
小人種は、小柄に"撥ね力"を秘めている。これが短い四肢にも軽快な動きを可能にし、間合いの優劣すら埋める。卓越した戦士ともなれば、微動に大きな力を生み出せる。一見してただ「押す」動きが、巨人の大振りにも匹敵する訳だ。
「まだやるかい?馬鹿痛ぇだろ」
「ぜんぜん。きみのほうこそ」
泥まみれ。ダルタニエンには屁でもない。生来、打たれる痛みにやたらと強かった。傷つきこそして、とてもにぶい。ふかく刺されないかぎり、痛くない。異能と呼ぶか、病質とするか、どこをとっても半端なこれを、槍手の素質だと、師はおおいに褒めた。『痛みをまったく知れねぇじゃ、便利なようで困るもんさ。最っ高にお前向きだぜ、おい。なんたってよ、ちっとのことでよ、びびらなくっていい』ダルタニエンは実際、なにも恐れないでいる。
"握"。
そなえる"マカの直槍"を、師は「いらなくなったお古」とつきつけた。照れ隠しだと、わかった。優れた槍手は、丹精を込めて己の得物を作りあげる。槍は、槍手の魂に等しい。"マカの直槍"も然り。これは、旅立ちに譲り受けた、師の魂だ。心強い。
◆
槍。
物の理のうえでいって、優れた武器であるべきはずが、この星で流行らぬ訳は明快。
戦士、その大部分を占める"剣士"の"剣気"が強すぎだ。
"剣士"は鋼の刃で、鋼を断てる。並みの槍の「柄」など、空もひとしく細切れだ。
町の兵士が「槍」を持つのは、「棒」として働かせるためである。先端を見よ、あるべき刃を、必ずしも備えない。あるいは、さすまた状、はたまた、ただの棒。十分なのだ。帯びる鋼の剣では、ときに強すぎるから、槍を用いる。
槍術は、一握りだけが知る、秘術になった。剣士に勝てない常識だからだ。ただし。なんにでも、少数の例外とはある。たとえば三つの可能性がある。
ひとつ、特殊な刃を用いる。たとえば、変わった形状をとる。ちょうど、三叉の形などがよい。
ふたつ、特殊な柄を用いる。たとえば、魔法理的に硬くも柔軟な素材の採用。ちょうど、マカの木などがよい。
みっつ、"目録級"にまで、槍手自身が漕ぎつける。すなわちおのれの「柄」を、"剣気"じみた力で守れる、槍術士になる。
面倒な話だ。
三つ目が欠ければ、結局、強くはない。剣を執った方が、ずっとはやい。槍を執るのは、ひねくれ者だ、はみ出し者だと、大多数が、選ばない。
◆
槍手と槍手が、相対している。"遮"そして"握"。互いにけん制だ。"突"へは至らない。
「ごめん」
「何?」
「きみともきっと、友達になれた。もっと、かたちがちがったら……」
「…………」
ダルタニエンは、同族と呼ばれて否定した。しかしだ、マテウと自分に、共通点を見出さないはずがない。
ともに、"半獣"と蔑まれる、五分咲きの獣人。ともに、ただの"五分咲き"を一歩隔てた、巨人と小人。
ともに、この星で稀な、槍の同胞。
一対三の時点で――マテウは、ぼくをころせた。でも、せずにいたのが、ほんとうだ。
マテウのやさしさに、ダルタニエンは報いてやれない。歪んだやさしさでは、あったけれど。
「へっ」
マテウがこぼす笑みに、冷ややかさはなかった。不機嫌そうでもなかった。
「馬鹿がよ。言ってろよ。もう……加減は、なしだぜ。てめぇが、てめぇらが挑むのは、絶望さ」
まもなく騎兵が、"果ての尖兵"の到来を告げるだろう。あらたな邪悪が、産声を上げている。さほど続かぬ一対一だ。ダルタニエンにとって、これからもっと、厳しい戦いになるかもしれない。それでも、すくなくとも今は――
◆
不器用なやさしさを携えて、はみ出し者の武器を選んだ強者――ダルタニエンの師の話だ。
師の人物像を、ダルタニエンはこれ以上、知らない。たとえば、肩書き、であるとかを、深く知らない。「師」である以上には、必要なかったとも言える。
ダルタニエンの師は、王国軍の平和維持部隊を率いて、"恵みの国"へとやって来た。
名を、リャックス・イペルエンという。
槍の大名手だ。
どれほどの名手であるか。
王国当代"五剣一槍"に名を連ねている、と表せば、何から何まで簡潔にすむ。
ダルタニエンは、知らないでいる。リャックスの、仮にも地方一番弟子ともなれば。イペルエン流槍術、目録者ともなれば。いわゆる"厳しい戦い"などは、だいぶ根気の次第になる。
すべてを、ダルタニエンが知るときが、来るかもしれない。今日を生き残り、いつか帰郷を心から望み、家族と、いまも家族を守る師に、笑顔で、再会できたなら。
◆
槍手と槍手が、相対している。
"遮"。
"握"。
それから。




