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ゼン・イージス ―或る英雄の軌跡―  作者: 南海智 ほか
誓いの章:悪心の呼び声
73/106

73.メイウー


 メイウーが語ることを、公国人は信じない。

 弧大陸が"星へと至る丘"と呼ぶあの大山脈、世界竜の亡骸の向こうには、龍に庇護された大国がある。

 神の恩恵を受けない人々は、代わりに偉大な龍の力を借り受ける。

 エウロピアの吟遊詩人は、英雄で歴史を語る。"龍ヶ護国"の講談師は、龍とともに(せかい)を語る。

 見えている、世界の広さがまるで違う。


 龍の国から、メイウーはやってきた。

 言っても誰も、信じはしない。

 構わない。


 ――龍を信じてるから私は飛べる、龍と育ったから私は強い。


 歴史の公国人は、決死の思いで空を飛んだという。

 おかしな話だ。

 自在に飛ぶには膨大な魔力と、繊細な技巧が必要?まさか。龍を真似れば誰だって飛べる。


 ――私ほど自由に飛べるのは稀だけれど。


「"羽"が"黒鷺(くろさぎ)"と交戦開始!」


 走る伝令を見送った上空、仕切り直しのメイウーだ。


 ――癪ね。確かに強いわ、あの偉丈夫。


 不気味な"仮面"は立ち尽くし、首だけめぐらせ視線を外さない。ぶらり構えない直剣は、思惑を読ませず気味が悪い。

「厄介なのが、ひとりいる」ヴィクトル・サンドバーンが唸ったから、「たやすいわ」とメイウーは胸を張ってみせた。

『最悪、頭を押さえるだけでいい。時間さえ稼げば――』

『別に、とってしまってもいいんでしょう?』

『……無論だが』

『それが条件って決めたから、私が私に誓うのよ』

『油断をするな』

『あたりまえね、手抜きはしない主義だから』

 騎士はほかにも、うるさく言った。

「指揮に従えんのならば、居ない方が救いだ」とか「よく弁えろ、独力でどうこうなるような戦場ではない」とか、はじめ二、三日は上からうるさくて、のちに悪心が近づいてからは「油断はダメだ」と心配性にうるさくなった。

 敵が敵ならば協調だってする。わがまま盛りでばかりと思われては恥も知る。みずから買ってでた仮面の相手、騎士が託した(かなめ)の配置を、真っ当に果たしてやるつもりが、メイウーにはある。


「"(ひづめ)"が"針鼠(はりねずみ)""大熊(おおぐま)""女狐(めぎつね)"と会敵!」


 "蹄"はすぐに"山""川"とあわさった。おのれで全部すませる気概も、今ではほかがいて有難い。


 ――弱気じゃない、私としたことが……!


 翔けて遊ぶばかりでは龍にまた恥知らず。勝負に生かすがための空である。メイウーは鋭く(はな)つのだった。得物たる、双剣の片割れだ。

 仮面へ目がけ飛翔する"白陰(はくいん)"、剣気を乗せるのは手中の"黒陽(こくよう)"。


 陽が動けばおのず陰も動くもの。


 浮かぶ"白陰"は、ひとりでに"仮面とやりあった。"黒陽"に託すだけの力があった。合間にメイウーは宙を翔け降りる。着地の隙は狩らせない。


 "復讐と嘆きの双子"と渾名(あだな)される、白陰と黒陽は二振り一対の魔剣である。"十の魔剣"の一角として名だたる剣に、使われる使い手であってはならない。

 白を手繰り寄せ黒をふるった、黒を放り投げ白をふるった。諸手に構えては受けて、隙あらば一人二役の剣撃を見舞う。前と前、前と横、定番の前後ろ。


 ――初合(しょごう)は読み違えただけ、本気で構えればどうってことない!


 息巻くものの仮面は崩せない。堅い守りは"五花"流か。目が利く剣士だ、"双子"の性質にはやくも対応しきっている。

 双子はひかれあう。どれだけ無茶に放っても、手繰り寄せれば、片割れのもとに帰ってくる。

 双子は真似しあう。手から離れる間は、のこった片割れとかならず動きを一致する。


 ――そう思うじゃない?


「やッ!」

 諸手の"白"で面を割りにかかる。受けられる、そして拮抗だ。かたや宙に浮く"黒"は暇をすべきで――これを()()でさしむけた。

「むぅ!」

 読まれた――これも(さば)くの!やるじゃないっ。

 無理くりメイウーは押しをやめない。凌がれようとも()()を変じ、"白黒"波状に攻めたてる。持ちかえ持ちかえ七度ほど、二対一を強いるのにどうか、いつの間にやら、有利を取り返されてしまう。


 ――この男、全部が見えてるのッ?


「珍妙な"曲芸剣"だな」

「大道芸と一緒にしないでっ」

 遺憾ながらの仕切り直し二度目。大きく空に退(しりぞ)けたから、話す余裕ができたのだ。

 どうにも思い通りに運ばない。

「よほど疑問と見える」男の呼吸は深かった。「来たると知れれば所詮一人前……」

 ご丁寧に講釈をくぐもらせる。稽古のつもりか。

 使徒のくせ、堂々戦士然とした態度であった。振るう剣筋しかり、やけに潔く、どこか場違いだ。

「いっそ一振りではどうか、無理な二振りより目もあろう」

「言うじゃない……!」

 仮面の指摘には得る的がある。

 "双子"に宿せる力は、どこまでも一対一人前で確か。思念に頼れば弱まるのも確か。

 そこにメイウーが疑問を抱くのもまた、確か。

 もとい仕掛けを見抜かれる迅速さにせよその敵、達人なれば驚きはなく、達人の秘めた「技」だけが、奇妙で奇妙で仕方がない。

 飛び道具に、強い剣士ならそれなりにいる――けど、この男は別格だわ――"不伝の先見力"のことを、第六感、とメイウーは理解していた。そして"双子"の浮いた挙動は本来、第六感を()()にできる。無効にできるべきなのだ――見えないものまで見えている、あんたのそれこそ()()よ……!


 メイウーは秘策を切った。

 降下、接近までは同じ、ただし地を踏まない、二度と帰らない。()けるままに打ち合い、(くう)を跳ね続ける。どうせ刃の間合いで何が違うのか?無論まず、高さが違う。宙で踏み込める、すなわち娘が、背で偉丈夫に勝つ。面を割りやすく、世界の重さを借りやすい。これこそ舞空剣の真骨頂。

 "邪にも聖にもならない"投剣を、ちまちま試みてなんになろう。魔剣は飛べどもメイウーは剣士、勝ちを期するなら剣士の間合いだ。

「ぐ……!」――どうよっ!

 男の背だった。外套が裂けた。浅くもついに入れたのは、不可視の壁を飛んでは跳ねて、ついに天まで蹴ったあと。ようやく意表をつけたのだ。

「……逃げに徹するのだればまだしも」"仮面"であるからくぐもった。「あなどれんな――」

「なっ……!」

 様子を見る、など日和るのではなかった。たたみかけ終わらすべきだった。満ちる悪心に強気を逃した、ここ一番でしくじった。

 舞い戻った空にて、メイウーは動けない。仮面に()()()()()()()()。それどころか。


『落ちろ』


 ――嘘!?




 ---




『アメイジアから承認が下りた。最前線組には、更新された敵情考察の閲覧許可を与える』赤印の捺された分厚いつづりを、統括騎士は掲げたのだった。『此度対峙するであろう悪心の使徒の内、七分の六の素性がほぼ明らかだ。かねての数戦を踏まえた俺の所見も、適宜付け加えよう』


 羽をもがれた双剣士が、咄嗟に思い浮かべたのは――テキセン!――旅の道連れの名前だった。

 不甲斐ない。どこにも助けなぞ求めてならない。「"矢"が"夜烏"と交戦開始!」、ちょうど伝令も走っている。


 ――頼れない、頼れないわね。だってこれは、私の戦い。


『一応、聞いておこうかしら?私の持ち分ってやつを』

『貴公が受け持つ、仮面の偉丈夫ことダミアンは、戦時中行方不明となった"永久(とわ)の国"の英雄、ダミアンサン・アメンペックと特徴の多くを一致させる……』

『東方紛争まっさかりの地ね。もとは国つきってわけ』

『有り得る。使徒の中で、もっとも技量に秀でた剣士で、英雄級には相違ない』

『悪心堕ちした英雄……"魔人"か。改心に期待できそうだけれど』

『説得に余裕が?』

『向こうが降参するそぶりなら、考えてあげてもいいかしら』

『……何に囚われているかさえ知れん』

『言ってみただけ。私だって、価値ある剣士の死は惜しむのよ』

『……"仮面"がアメンペックと同一人物であると、保証はままならん。しかし可能性が勝つ。というのもだ、呼び名にしるし、優れた剣士、そしてもうひとつ重大な要素が、かの陰ひなたをひとつ結びつけた』

『勿体ぶるわね』

『"影"だ』

『なんの洒落?それとも、"傀儡"のこと?』

『違う。実在のダミアンサン・アメンペックは、"影"にまつわる異能を行使した。仮面もまた、類似のそれを行使できた』

『異色すぎね、網にもかかるはず……形態は?』

『転移に金縛り』

『とんだ初見殺しだわ』

『初見殺しであっただろう』騎士は含んだ。『具体的な能力域と制約は、王国にも不明だ』

『……不意の瞬きは背後に注意と』

『異能を省いたとて、一筋縄ではとてもゆかんぞ』

『よほど高く買うのね。かつて一国の英雄とはいえ』

『前一戦で俺は有利をせしめたが、むこうが不慣れであったまで。純とした対人剣技のみを評してもかの人物……統括騎士並みでくだるまい』


 墜落。

 無様に泥塗れになるメイウー。ようやく動けた。落ちる間は、少しもままならなかった。

 着地を狩れただろうに、仮面は攻めてこない。むしろ距離をつくるほどだ。余裕か、何ら思惑か、ダミアンサン・アメンペックの人となりか、立ち上がるのを、待ち構えている。

「"影"って……そういうこと」

 なるほど合点がいった、今度の死合い、相性が最悪だ。

 自慢の魔剣の特性も、空馳せる脚並みも、影統べる仮面に通用しない。

「あなたが見てるのは、全ての影。死角を持たないんだわ」

「だから言った、いっそ一振りではどうか」

「……」

 弱みをつつく瘴気の中で、できない言い訳ばかりが思いつく。

 大柄が勝る剣士の闘場で、手元に残るのは飾り気のない剣技だけ。

 相手は統括騎士相当、闘志も萎えさす重圧のもと、はたしてこれに勝てるのか。


「"(つるぎ)"が"狂犬"と交戦開始、"剣"が"狂犬"と交戦開始!」


 本当にやる気があるのかと、みため十三、四の少年が問うた。

 殺気にあてられ走った悪寒に、あわだった全身を、メイウーはまだ忘れていない。不意をつかれたせいだと、ときには毅然に振舞った――私に匹敵……?こんな子どもで――と、おしこめるのが悔しかった。

 故郷には、幼くして優れた戦士がいくらでもいた。

 おのれは特に優れたひとり。

 些末な自負だった。

 後から知った。

 "影"にまつわる技のいくつかを、あばいたのが当の少年で、それも互角にやり合ったらしい――坊やに出来て、私じゃできない?


「……笑い草もいいとこよ。」


 闘争心。今、メイウーに溢れ出したもの。

 人はどうして強くなるのか。

 守る者、顕示する者、研鑽を喜びとする者などさまざまいて。

 メイウーは、忘れかけていた。困難の克服、万人の打倒、"星の頂"への到達、これらこそ故郷を飛び出した日の志でなかったか。

 誰にも、負けてはいられない。少年にも、仮面にも、無敗を謳われる騎士と死合うために。


 "盲目の竜の眼を奪う"と、護国では言う。容易いばかりの仕業をいかにも、やってやったぞと誇る奢りを。

 なればこそ。

 面が割れねば、立ち回りから工夫しよう。

 強力な技を隠し持とうと、制約は何かしら見つかるだろう。

 困難を覆した時こそ人は、やってやったぞ!と本心で叫べる。

 これが、メイウーには何よりの喜びだ。


「滾るじゃない……!」


 だから彼女は、前へ。

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