54.シュワルコフ領
ときをたがえて、目線はうつろう。彼には彼のその時があって、たとえどんなにのぞんでも、同じ景色を二度はみられない。
少年少女は見上げたものだ。繰り出た"尾山のもと町"が、はじめて目にした都会であった。星明かりは夜、どう霞むのだろう?街路灯のかずをかぞえては惜しんだ。
せっかくみあげて、空がある。そのまま眺めつづけてみよう。おもてが平らな石畳だから、通りでころぶ心配はない。
晴れた昼間の目端にそびえる、建造物はどれものっぽだ。結界と防壁の安全圏で、縦にすくすく育った訳だ。
集合住宅、というやつである。
通りに面した小さな窓を、ひとつ、ふたつ、とまたかぞえてみる。天をつくまでなんと五、六段。よじのぼるには一工夫いるだろう。
せまくとも空は綺麗であった。緑にみえることもある。ここらではお目にかかれないけれど、白い山頭がこの先では待つ。
かぎられた青さに気も馴染むころ、ビューっと横切る影をみる。急ぐらしい。
飛竜だろうか?
より北方あれば、そうかもしれない。"星へと至る丘"も、巨竜にたとえて胸か腹のあたりでは、いまでも卵がとれるという。懲りずに毎年、誰彼焼かれ死ぬ。
話は翔ぶ影の正体であった。
晩飯の仕度にかかるトンビなら、もっと輪を描き飛ぶはずだ。それほど大きな影ならば、うわさの"魔バト"と思っていい。
あわや飛竜、とは大げさだけれど、よほどカラスより迫力だ。街路樹すれすれでもいかれると、ぶわっ!と鳴って首もすくむ。
もっと驚けるものがあった。
広場に「緑の人」がいた。
巨人ほどもある人々が、立派な台座で「おきもの」だ。
青銅像である。
よっぽどのことを"商隊"は、少年少女に教えるけれど、変なところで抜けている。このくらいのモノゴトは、一昨日くらいにもう教えたろう?
おそろしや"魔法で置き物にされた人"の話はしてやっても、"芸術"のそれは、してやらずいたり。
常識離れした少年がいた。あらたに帯びた直剣は、ヴァンガードのおさがりである。びっくり、柄に手をかけただけですんだ。
魔女の仕業かと、あわてたのである。社会性というのを培うから、さすがにあたりの空気を読めた。
笑い話だが、また教養の種だ。
フランの腰をくだかせかけた、くだんの巨大なブロンズ像とは、エウロピア連合成立時の四大領主をかたどるものである。
"統世の代"の"四賢公"と、通称される。
"尾山のもと町"は関所町である。訪れる者に、もろもろの威容をしらしめるのに、領都でもみない立派な像が、広場にずんとおわすわけだった。
製法・製作者がどうの、細かい話はともかくとして、目下道を行く「シュワルコフ」に、まつわるところはおさえておこう。
ピンとはやした口ひげがしるしだ。槍とあわさり、まちがいがない。それすなわちシュワルコフ大公である。
酒場にだってかけられる、肖像画をみてもう思えるだろう。「きっとシュワルコフ公の誰かだな、何代目かはわからないけれど」歴代を問わずしるしとするのだ。
槍の話が出た。
もっぱら、剣に食われる武器である。
それもシュワルコフ公に縁通ずる者らは、剣士の剣を、槍で打ち負かせる。
この星にいう槍術とは、秘術にちかしいものだ。流派には家名を冠するもので、つまり"シュワルコフ流槍術"があった。名槍手ダルタニエンの師にしても、たいへん参考にして、おのれの流派を築いたという。
弧大陸の、東と西をはしかけるこの地から、ゆく道はもっと様変わりする。
緑と起伏が増しに増すのだ。つづらに行くか、谷間を行くか、ちょっと遠回りをするか。誰しも選ばなければならない。
商隊の黒馬車も、いま進む。エウロピアの大動脈たる"一番街道"であった。あまりに続くのぼり道に、魔法理の支えがありきといえど、ときどきみなで降車して押した。
ゼンもよっぽど降りて続いた。剣を執るための言い訳として、街道の治安はよすぎたが。
「今日も毒を?」
坂を背中にゆきながら、"烈火"をまさにとろうとしている。ふりかぶり、胴の空く構え。大柄相手に面を割れず、あまり好かない構えだった。
対しているのがヴィクトルである。
「……番をたがえる。"地平"を取れ」
「……!」
「用いるのは"心"だ」
「はい……っ」
こんどは騎士が"烈火"をとった。胸には、盾の紋章が輝く。
いらぬ面倒を避けるためだった。ゆきながら抜き身をふりまわすのに、誰にも文句は言わせない。
第三花"守護剣"。エウロピア発祥の、槍とを格別する剣技。惜しいことだが、ゼンはもうそれしか見つめていない。




