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ゼン・イージス ―或る英雄の軌跡―  作者: 南海智 ほか
誓いの章:シュワルコフ領
55/106

55.騎士と騎士


 名も知れない湖の(ほとり)であった。このごろ構ってやれないでいたぶん、ゼンはひとしきりエマと遊んでやる。

 遊ぶといっても、上等なおもちゃはいらない。"御許"なら、野で駆け比べでもしたろうが、休むのも彼女には仕事のうちである。のんびりするのがやり方だった。とくに砂浴びだとか、泥浴びだとかだ。装具から解き放たれた鹿毛(かげ)の馬体を、青毛(あおげ)とばかりによごしては笑いあう。

 今朝もそうした。

 終わったあとは洗ってやる。燦々と、夏の陽射しのこのごろであるし、水場も近くてぴったりだ。

 ふきふきしてやるうち、エマはふんすふんふんと多弁であった。こきざみに(かぶり)をゆすっては、解せるものにだけ通ずる言葉でいう。

「平気だよ。また会えるもの」

 ヴァンガードをこの頃みないのを、気がつけたらしかった。名前まで上手に覚えられないでも、馬番ダルタニエンとはしるしをたがえる「大男」なら忘れなかった。

「ふーん、ふーん」

 大きな瞳でみつめてくるのだ。ゼンは白状した。

「……ちょっとはね」

 遠巻きに、我らが黒馬車をなんとなく見る。"尾山のもと町"を出て、まだ間もない。"魔法の居間(リビング)"はだいぶ広くなった。 

 夜にいびきも聞こえない。つけて苦情のたえないそれは、安心のしるしでもあった。

 ふと、ハウプトマンが降車してくる。仕草ばかりで合図をした。昼食まで休憩続行との旨。

 思ったよりも時間ができた。

 

 ――ブラシをあててやろうかな?


 まだほんのりしめった鹿毛を、ゼンはなでつける。

「港町に……たっぷり走れる野があるといい」

 ヴァンガードの一件があって、なおさら想像した。

「お前が引くのも、そこまでだから……」

 老商人(マクス)おばば(ネルラ)。名にし負う王国(シェリフマック)英雄。いちおう、魔女の家の(ソロアステラ)ご夫妻。それに花畑の少(スミカ)女。


 いつか"商隊"のみんなの名前が、ここに加わるときがくる。


 別れは不意に訪れる。

 覚悟は、あったりなかったり。二度とのぞめない悲しさもあれば、かえって希望になりもする。

「ふふ、なぁに!その顔!」

 かゆいと言うので尻をかいてやると、エマはおかしな顔をした。たぷたぷとくちもとをゆさぶり、首をかしげてべろをたらす。

「そう、オルシに?」

 ダルタニエンから、よく様子をきく。しょっちゅうエマを褒めてくれる。悪癖がない。蹴ったり噛んだり、絶対しない。よけい申し訳なさそうにきこえた。

『オルシのまねっこを、この頃しちゃうんだけど……』

 なるほどこれだ。やっと見られた。かわいいものである。

「すこしお待ち」

 からっとしていてあたたかい。のこりもすぐに乾くだろう。

「ぶるるる!」

 ふきながら、エマの調子を再確認できた。

 すこぶるすこやかである。

 "御許"にいたときより、毛並みは抜群にいいし、脚なんてもう()()()()だ。

 馬車馬のごとく、と、過酷な仕事をいうはずで、当代の馬種は強すぎる――ゼンは頭によぎらせたが、ふさわしくない記憶だった――ともかく。"商隊"とはこれほどなく、すぐれた居場所なのだろう。

「友達もたくさんいるものね」

「ふふん?」

「これから坂がすごく増えるんだって。平気?」

「ぶふふん!」

「悪いところは、がまんしちゃだめだよ」

「ふうん」

 よい陽気だった。暑いといっても知れている。日陰にもどれば風で涼める。

 木陰に根をえらんで、ゼンは腰かける。水浴びする気はなかったが、いつの間にやら濡れていた。前髪をなでつける。

 ぼうっと、湖面を眺めにかかる。

 さざなみに水面は離れゆくと、夏のかがやきを散乱させた。ご機嫌なエマの尻尾の影が、いったりきたりでさえぎった。

 贅沢な時間であった。なんともあてがない。

 旅に出るまで、ありえなかった。

 獲るか、振るか、作るか、眠るか。何かをしていて当然だった。

 エマとのんびりする時間は、エマ()のんびりする時間だった。

 彼女が草を味見したり、地面にこすって背中を掻くのを、横目に仕事を絶やさないでいた。駆け比べだって、鍛錬のうちだ。

 何もしないというのは、なかった。

 

 ――考える時間……。


 生きることに、必死であったか?そうだろうとも。けれどなにより不安だったのだ。

 唇を噛む。昨日を憂う。明日を恐れる。

 ねむるより倒れてしまいたい。


 ――思いきりには、自信があったけど。


 意外と考え性だねと、ヴァンガードは見抜いてくれたものだった。

 必要なことだ。彼は言った。

 もっと思いにふけることにする。

 なにせ稽古の相手がいなくなって、ちょうど暇らしい暇だった。

 湖のおもては、天光をふんだんに蓄えて、いよいよ目をいためるほどだ。平たい石ころを、しばし手元でもてあそぶ。さっと投じる。

 うまく水面に滑らせた。

 鋭くとんで、石は水しぶきと跳ねる。光のむこうへ飲み込まれた。


 ――見通せないなら、真っ暗闇とかわらない。


 いてもたってもいられずに、ゼンは結局腰をあげた。

「……もうかわいたかな?」

「ぶふん」

 何かできるのに何もしないのは、どうにも得意でないらしい。性だった。

 たいして時は過ぎていないものの、鹿毛の具合はいい。ブラシをとりに"魔法の居間(リビング)"へむかう。稽古に熱をあげていたので、最後はいつだか自信がない。ダルタニエンの仕事ぶりには感謝しかないが、エマのことなら、やれるだけやってやるべきだ。

 

 ――よっぽど時間があまるなら、サルヴァに短剣さばきをねだろう。


 そうとも、稽古の相手がいないのだ。

 "サルヴァの城"をあさっている。"魔法の居間(リビング)"も一角のガラクタ山である。

 食材が一緒くたにつめこまれた厚紙箱、大小の料理道具、馬用品、馬車の機材、などなど。

 ごちゃっとしてみえて、ゼンにはわかる。法則性にのっとっていて、(あるじ)には使いやすいのだ。馬用品のありかにしたって――すぐわかる……わかる、はず……?――見つからない。

 あるはずのところにないのであった。きっとうもれた訳ではない。ダルタニエンあたりが使用中だ。探すなら彼だ。

 おもてにでた。

 首をめぐらすよりはやかった。誰かに視線で呼び止められる。反射で見返す。駆け寄ってくるフランであった。弓を手にしている。

「どう?調子は」

「えへへ、まだすぐには……あの、ちょっとお時間よろしいですか?」

「いいよ!僕のをとってくる」考えずにものを言うべきではない。「あ……エマにブラシをかけたあとでもいい?」

「いえっ!そのっ、私じゃなくって」

 フランがうかがう先を見た。ぽつねんとヴィクトルがみえる。切り株に座して、視線は手もとに落としていた。

「何かお話があるみたいです」

「……なんだろう?」

 いささかゼンは身構えたのであった。




 ---




 湖の名を訊ねてみても、騎士は知らんと言うだけだった。

 街道沿い。湖畔の森。浅く拓いて、旅人の憩うところとする。

 よくあるものらしい。

 奥も手の入る森なのだろうか?陽射しになお色濃い緑のかげに、ヴィクトルは待ち受けていた。

 ならぶ切り株椅子を、ゼンは遠慮しない。育ち輪の線を爪でなぞって、おとなりの切り株が何をきりだすのか、気長に待った。もはや見慣れたしかめっつらは、虚空を睨んで押し黙っている。

 そうっと先ほど近づくと、彼が読むのは手紙であった。"尾山のもと町"では、ぴんきりの手紙を、枕にできるほど受信したのだ。連絡所から出てきたヴィクトルの腕は、それはもう紙束でふかふか。ちょっと困ったおなじみの顔つきを、おもわず皆でかわいがった。

 騎士ヴィクトル、エウロピアの地に帰還せり。知るにつけて、すっ飛んできた便りばかりだ。

 中身は良し悪しだろう。 

 彼の身分であり、常に昨日のことがある。


 ――使徒について、なにかわかったとか……?


 いまは切り株椅子にいる。

 街道をながめてみても、旅人の影はほかにみとめない。ゼンはほっとする。

 今日のヴィクトル・サンドバーンは、単なる「こわいかおの剣士」ではない。

 覇気のだだ洩れた、畏怖の対象である。

 なまじ負けん気の強い冒険者でも、休憩のご相席は見送ることだ。

 

 ――よかった。出会ったときにこうでなくて。


 扉をりりりんと鳴らすより早く、尻尾の酒場をあとにしただろう。すると"商隊"にも加われなかった。

 どちらも無意識のことらしい。ふだんやたらと静かなのも、大量に受信して以来、こうも鋭いのも。

 推し量れるものだ。とくに交互に読み比べては、浮き沈みする二通があって、うれしそうなとき、フランが見逃さずにきいた。

『どなたからです?』

『……妻だ』

 上等な便せんであった。

 この地には、彼の守るべき家族がいる。あるいは危機が近づいている。するともろもろ納得できる。しかめっつらの喜怒哀楽を、はっきりわかるようになった自分に、ゼンは気がついた。

「……なったと聞いた」

 ようやく唸り声である。

 光の騎士に。と、主語は省かれた。もしも互いに母語だとしても、むずかしい話になるかもしれない。けれど通訳はもういらないと、ゼンは思った。

「はい」

 鋭いひとみを、ゼンはまともに見返せる。狼のような琥珀色だった。強烈な感情が、奥ふかくにひそんでいる。

「……そうか」

 言葉足らずで、一足跳びになる。ゼンはこれにも、もうついてゆけた。

「何を見た?」光の中で。

「未来、なのかもしれません」

「望んだか」力を。

「守るため、という意味では」歯をくいしばったのを覚えている。「ほかには、選べませんでした……」

 沈黙である。ゼンはみずからきりだした。

「伝聞は信じないものと」

「どの口かによる」

「フラン?」

「ヴァンガード」

「なるほど」

「感慨はあるか」

「カンガイ」

「む……」

「あ、わかります」期待される答えとは、ちがったかもしれない。ゼンはあとで思う。「夢みたい……とはいっても、砂や水を、つかむようで」

 握る拳をふたりでみた。

「ただひとつここに残ったのは」

 胸をたたいた。

「悔しい。です」

 嘲笑ではないはずだ。ふん、とヴィクトルは鼻をならした。琥珀色が明後日にそれた。

「……でなくては、ならんのだろうな」

「はい?」

「喧伝もなく、歓喜もない……至れたとして驕るようでは、元来及ばんところなのだろう」

 夏風に押し流されてゆく、唸り声であった。

 ふいとヴィクトルの視線は、彼の手もとの手紙に戻る。風と木の葉が囁くのを待って、ゼンはまたみずからきりだした。

「話、というのは、これですか?」

「……いいや」

 言うわりに、おだまりさんなのだ。常のことではあるが、よっぽど何かためらうらしい。

「では、その手紙?使徒であるとか?」

「これは……私信だ」

「家族?」

「そうだ。今に関わりはない」

 暗に、詳しく話す気はないのだと。ヴィクトルの手の内に、手紙はたたまれた。

「……身元であれば、それらしいものが割れた」使徒のことである。必要な顔がそろうときに、「おって伝えよう」

 居場所は杳としてつかめない。

「然り……これもせねばならんな」

 いま行く先の話である。土地の名前なら、ゼンはすこし覚えておいた。

「やはり"采配と力の(アルスノード)地"へ?」すなわちシュワルコフ領都であった。

「第一候補だ。領境に異常はない」

 そして方針の話である。

「待ちですか」

「我慢比べは、大いにありうる」

 人相書きがあるとはいっても、潜伏場所には事欠かない。エウロピア内と仮定こそして、「次」とはいつになるのやら。

「半年……」ヴィクトルはいう。「様子をうかがう気でいる」あまり音沙汰無いようであれば、「隙を見て、"無二の水瓶(ユートレム)"ないし"賢狼の裾(ホロゥノーツ)"へ……」順にジガヴェスタ、ダンコヨーテ領都である。

「それか、"月の抱きし所(ルナペクタス)"に拠を移す」

 ゼンのまだ知らない場所だった。

「ダンコヨーテの旧領都にあたる」

 三日月旧都、とも呼ばれるそうだ。

「事が片付けば……故郷(くに)へ帰る」

 あらためて知れたように、西の最果て――ドラッドネルトの港町に、ヴィクトルの用はない。

「半年というのは?」ゼンは訊ねる。なにか目算があるのだろうか。

「勘だ」

 言い切った。

「百八十日。みじかくないです」もはや計算に指はいらない。

「……討ち損ねた使徒と、三年越しに(まみ)えたことがある。生涯をかけて追う者さえいる」

「生涯……」

 ゼンは短慮を恥じいるばかりであった。まずもって、あった機会をみすみす逃した。


 ――あの時、僕が荷物じゃなければ……。


 ヴィクトルはついぞ言わないが、誰の失態かは明らかだ。

 そして待つことを強いられている。

 ヴァンガードの回復にあてるうちは、根気も保つだろう。しかしその後は?

「此度の使徒は異質だ」

 ヴィクトルは森の切れ端の、西へと続く道を睨んだ。あるいは気遣いだった。

「事はさほど遠い将来ではあるまい」だから半年、勘ばかりでもない。「そうでなくば、()()が起きるのをいくらも待った」

「……なるほど」

 公国騎士には、公国騎士なりの機動のすべがあるそうだが、領都でなくてはありつけない。隊の試算をきくに、まさにむかって二、三週間。山路や迂回路がうんぬんであるから、相応の時間を食う。これに急ぐのだ。

 裏をかえすと間に合えば、更なる仲間を期待できる。

 なにしろこの地はエウロピア、"統括騎士"とはなにも、ヴィクトルひとりの肩書きではない。


 ――ヤツをひとりでいかせるな……。


 けれどヴァンガードはくりかえした。急ぐ道中の安全ばかりを懸念したのか?

 わかる節と、わからない節が、ゼンにはある。

 "ヴィクトル・サンドバーン"にくらいつける戦士というのは、ひょっとこの()にさほど多くない。


 ――たとえ"統括騎士"でもわからない。そういうこと……?


 続く者こそあって、並べる者が皆無ならば、いつまでたっても騎士はひとりだ。ヴィクトルの横には、しばらくヴァンガードが並んでいた。ふたたび、ひとりになりつつある。

 アレにひとりでたちむかってはならない。ヴィクトルのとなりを――"白鎧"をもって託されたのだと、ゼンは解釈する。

「一緒に待ちます、いくらでも」

 ゆえ宣言した。たとえどれだけ待つことになっても、ヴィクトルをひとりにしてはならない。三年むこうが無為に過ぎるようなら、それからまた考えよう。

「わからんぞ。言ったな、あるいは一生涯……」

「信じるべき勘です」

「……ふん」

 不愛想な相槌には、あたたかい笑い声がかぶさった。みなもとは湖畔の方であった。散歩をたのしむのだろう、馬車主夫妻の大小の影がある。ふたりの姿に気を取られ、ゼンは見逃した。ヴィクトルはどんな顔であったのか。


「……だが何のために?」


 お前の戦う動機は。

 聖国はずっと遠のくぞ。

 

 そういう意味だ。やはり、ゼンはヴィクトルを見ないままでいた。

 仮眠をおえて荷台をくだったイトーを、サルヴァトレスがつかまえた。昼の仕度の雑用係だ。

 道ばたにはフランをみた。エマの面倒を代わってもらったのであった。ダルタニエンもいあわせて、ブラシを教えてくれている。こちらまで、くすくすわらいが頬をなぜた。

 答えならそこここにある。

「……つまらん事を訊いたな」

 大事な話だが、これも本題ではなかった。とくに文句はない。待つのはゼンの常である。

「……呼びたてた訳だが」 

「はい!」

 少年ぶりに、はっとみた。

「剣を磨く気が、まだ有るか」

 どういう意味だ。むろんである。しかしわざわざ訊くのであるから。

「……教えてくれますか!」

 手のひらでヴィクトルは制したが、およそ肯定とかわらない。

「ふたつ懸念がある。これは譲れん」

 誰にも剣は授けない。ヴィクトルはかつて言ったのだった。

 かたくなさを、今日になってひるがえしたのはなぜか?思いつかないくらいに、ゼンはもう夢中であった。よけいにがっかりする。

「ひとつ。俺の剣は、お前に向かない」

「……むきませんか、守る剣が?」

「やや異なる。お前に向かんのは"守護剣"だ」思案もまもない。「その特性はもう承知だろう」

 歴史を軽く学んだだけだ。より「適任者」にと、ヴァンガードがゆだねたものだから、ゼンはくわしく知らないのである。けれど戦場でほんのかいま見て、そこから洞察するに。

「待つ剣技」 

 強さのための制約を、強者はふつう、ひた隠しにする。

「敵に先制させることで……特別な力を、ハッキできる?」

「左様」ヴィクトルは食い気味に頷いた。「守護剣とは静の剣である。お前に向くのは、動の剣だ」

 対となる、流派のことを言うのであった。

「"熾烈剣"?」

「であれば、容易くモノにするだろう」

「……具体をしりません」

「少年なりの使徒をみたな」フィルデーのことだ。「未熟だが、アレは熾烈剣士だった」

 舞踏のような足さばき、速さを活かし翻弄する。好機とおもわせ"誘い"であり、悪手とおもわせ攻めさせない。極まる剣士の打ちざまは、まぼろしを実感させる。

「闘争本能、野生の直感……思うがまま、をよく活かす」

 フィルデーの獰猛な剣を、ゼンはまざまざと思い出せた。

 むきだしの殺気、とどまることをしらない暴力性。たしかに野性味というのにあふれていた。

「逆算できるな、守護剣を」

 忍耐強さ。好機に焦れない強い意志。必要とあらば、どこまでも忍ぶ。

「理性の剣だ」唸り声である。

 得意と、好きと、可能性。ぜんぶ別々のものだった。

 ゼンは、待つことならできる。待たざるを得ない日々を、過ごしてきたからまちがいない。

 けれどまったく好きではない。待たずにすむなら、待たないのがいい。

 戦いでなんて、もってのほかだ。さっさと終わらせてしまいたい。

「お前の向きは……熾烈剣だ」

 陽の射し方で、影の落ち方はかわるもの。そうでないのなら。


 ――やろうぜ、って聞けてもよかったはず。


 ヴァンガードとの真実だった。

「……もしも守護剣を半端に学べば、お前は何にも至れない」

 ヴィクトルも親切心なのだ。なにより。

「"星の理"ですね」ゼンは覚えている。「"万能不到"。僕らはよくばれない」

「そうだ……」

 守護剣に対抗するために、熾烈剣は誕生した。対するさまとは磨き合いであり、水と油の剣術なのだ。

 選択の時である。悔いがあってはならない。

「守護剣こそ、騎士の剣では……?」ゼンの牽制は、まじないごとのようである。

「歴史の話だ」ヴィクトルは難なく受け流す。「熾烈剣を擁する公国騎士も、当代には多い」

 ひと思いにゼンは踏み込んだ。

「才能、僕にはありませんか?」

 受けて立つのに、ヴィクトルはしぶそうだ。

「さいていげんを、モノになるまで、そんなにかかりますか」

 もっと押し込む。長い膠着を予期したものだが。

「一年」

 すぐさまはね返された。

「それで平凡な守護剣士にはなれる」

 ひと呼吸、つくなら今だ。 

 平凡、ヴィクトルの言うそれが、いかほどなのか見当がつかない。はっきりとゼンが感じるのは、一年とは、とても長くて、とても短い、ということである。

 戦場を変えよう。

「……もうひとつのケネンとは?」

 こんどのしかめっ面こそ、沈黙の予兆であった。

 きらめく水面と、そよぐ緑の深い影、はざまにゼンの見当が追いつく。

「分別、ですね」

 それを生かすか殺すかだ。話し合いは片付いていなかった。

「……左様」

「誓えます。もう()()の為にふるわないと」

「よせ」かなりきびしい声音であった。「不要だ」"誓い"を信じるヴィクトルだからだ。「お前が鎧を得た日には、守護剣を授けよう――既にとりつけた者がいる」

 その人物はもう馬車にいない。

「妄言だった。懸念は、実にひとつきりだ」

 騎士は、なで肩で息をつくと、しずかに立ち上がった。気だるそうにも見えるかの左前の立ち方は、どんな城壁よりも堅固に、背後のすべてを守り抜く。

「……どうする」

「追います。たとえ、うしろ歩きでも」

「選ぶのだな。守護剣を」

 みおろす琥珀色に、もはや他意はない。ただ決意をのぞんでいる。

「はいッ!」

 考えてものは言ったのだが。

「あ、その……フランと、相談を要りますが」

「そうだろうな」

 時の課題が、ぽつりぽつりだ。

 使徒の出現。守護剣の獲得。ヴァンガードの回復。

 

 ――"商隊"との別れ……。

  

 どれがはやいかわからない。騎士とゆく道を同じくするなら、海をみるとき、ひょっと黒馬車はそばにない。

「剣はもう手に馴染んだか」

 ヴァンガードの一振りをよこしたのは、ほかでもないヴィクトルであった。

「手落としはしません」

「稽古となれば、手は選ばんぞ」

 まさかほんとうに「うしろ歩き」とは、さしものゼンも思わないでいた。


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