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ゼン・イージス ―或る英雄の軌跡―  作者: 南海智 ほか
目覚めの章:統べ手無き土地
45/106

45.騎士 上


 五指の敬礼で向き合う時、髭の小男は兵士に帰った。

「おかえり、ティレルチノフ一等軍曹。こんな土地のこんな日に、よもや小銃歩兵(ライフルマン)とはね」

 略式に、一時復役の手続きが終わって今、軍人には慣れた種類の喧騒が、広場に満ちている。よくない種類だ。不安にまみれて、人々は覆す術を持たない。立ち向かう、代わりの誰かが必要だった。

「軍には長く?」

 コルゴッサ大尉が残された手隙の暇にまで語りかけるのは、階級を問わないよしみの気安さだと、下士官(ハウプトマン)は汲みとっている。

「良くも悪くも、十年だ」

「素晴らしいな。所属は」

「第七十五陸歩兵連隊」

「"レンジャー"かっ!女王陛下のお巡り合わせと、貴君の奉仕に感謝する!」

 五指の敬礼が再びあったのち、ふたりの軍人は別れる。仕事の時間だ。


「ケンジ!出してくれ!」

「屋根にご乗車の方々、くれぐれも安全ひもを手離さぬよう!」

 "薄灰色"から黒い屋根まで、女子どもで埋まっていた。手間な"魔法の居間(リビング)"開放をせずとも、そこらの荷台よりだいぶ乗せられる。ティレルチノフ夫妻が、小走りに後ろを守った。

小銃(こいつ)を担いでえっさほいさに、よもや再会するとはな」

「現役を思い出すかい?」

 ジニーリリーは、夫との出会いを懐古する。

「そうだな?正直、ちょいと面白い、なんて思ってる。お前とこうして走れるなんて」

「ふふふ、そうこなくっちゃ」

 夫妻の和やかさは、町を覆う不穏さになど――悪心になど負けやしない。彼らには彼らだけの物語があって、"物語"とはあまねく、強さをもたらすものだ。


 通りを南進する黒馬車は颯爽と、しかし、細心の注意を払う。両脇を家屋に囲まれて、上から下まで死角が多い。

「あっ、あれっ!」

 御者席のフランが見張りをはたした。指さすのは、連なる軒の一角だ。

「今向かう!」と、ハウプトマン。

「進行方向二時!」イトーが補足する。

「見つけたよっ」

 赤い影、目掛けジニーは()っている、白雲の矢がうつくしい。虹の光彩をまき散らし、縦横無尽に飛び回り、然るべき(まと)へ炸裂した。

「ギャルウル!?」

「っ、()()()が悪そうさね……!」

 標的健在。"蛭頭"は生物的強靭さと、"闘気"を――飛び道具、専ら矢と魔法に抵抗する、戦士相当の闘気を――備えている。貫く手立てをジニーは持てども、矢継ぎ早に、とはいかない。ともあれ、早撃ちなりの意義ならあった。動転させたのだ。ひっくり返って石畳をうつ、魔物は、びちゃあっ!と嫌な音がした。

「火の矢です!」

 魔術師の心得として、フランは"呼びかけ(ワーン)"を欠かさない。友軍誤射を防ぐため、現わす何かれ申告するのだ。御者台から飛翔する"緋矢"は、馬車馬たちの耳をかすめて滑空、着弾。

「ロワアアア!」

「もう一回!」

 二発目は横っ跳びに回避される。命中弾も、効果やいかに。

 魔物は、なんと表せば適切だろう、そう、依然と()()()()()()だ。

 四つ脚で、家屋の壁面にはりついた。わしゃわしゃと、すばしっこく這い寄る奇怪さたるよ。じっくり観察するまでない。

 不快そのもの。

 避難民らが(ざわ)めいた。距離が縮むのに、喉がしまって身がすくむ、フランは次なる手がうてない。迎撃手段を、誰かが、講じなければならない。誰かが。


「頭下げてろぉ!」


 バウ!と吼えた。ハウプトマンの散弾銃だ。

「ルゥア!?」

 銃口から、吐き出されたのは散弾なるもの。具体、鉛の礫で九つそこら、鹿撃ち弾(バックショット)と呼ばれている。音速をまたぐ飛来物を、魔物とてそうそう見切れない。見舞われ、べちゃり!、それも落ちた。

「持っててくれ!」「わわっ」

 二連発式の散弾銃は、少女の胸元にゆだねられる――刻印制御が有効だから、安全面に問題はない。

 ハウプトマンは、前へ、をやめない。担いだ吊り紐をたぐりよせ、手もとに小銃を滑らせる。"蛭頭"が起き、唾をまき散らす。

「オアアアアッ!」

 散弾は、"闘気"による距離減衰効果を著しく受け、せいぜい赤い肌を浅く穿っただけ。と、兵士は知っている。だからより強力な"物の理"で制圧すべく、底碪式を手に執ったのだ。ヴァンガードの銃だ。銃の引き金は、所有者にしか絞れないのが本来。さすれば、今は(ことわり)の外。さだかに構え終えている。


 轟く。


「ロゥッ」

 初弾命中、(まと)に跳ばせない。怯んでのけぞる人型なりに、胴部は急所のうちなのだ。

 用心鉄を上げて戻(レバーアクション)して、薬室に次弾を送り込(コッキング)む。

 身を屈めている。狙いは外さず、踏みしめ、前進。


 轟く。


「グゥ!」

 反撃はもう許さない。

 薬室に次弾を送り込(コッキング)む。引き金を絞る。


 轟く。


「ラァウ!」

 かなり至近だ、三発目。

「グ、ウ、ウ……」

 頃合いだろう、弱っている。

「嬢ちゃん銃をっ」「は、はいっ!」

 並進していた御者台から、二連発式を受け取った。散弾実包の残装填数は一、赤い魔物は目前に一体。

「ケンジ、止まるな!」「わかりましたっ」


 飛び道具が「飛べば飛ぶほど」、"闘気"は威力を減衰させる。接射であれば、どうか?弓矢ですら、"勇者"の肌を貫ける。弾丸では、どうか。

 王国では知られている。

 散弾の超至近射撃は、「化け物殺し」の文脈をなぞったとき、聖剣の一振りにも匹敵する。

 散弾銃が吼えた。

 蛭の頭が、ざくろに散った。


 ハウプトマンは慌てない。手練れの小銃歩兵(ライフルマン)として揺るがない。

 中折れ式の散弾銃に、手早く再装填をすませた――石畳をはねた空薬莢が、自己分解にとりかかる。魔物が、ふらりと倒れ込む。

 少し待った。経験と照らし合わせて、頭をなくした人型へ、銃口をつきつけている。

 確かに死んでいた。


 駆け足。主と離ればなれになると、黒馬車の魔法はとけてしまう。馬達も慌ててしまっていけない。追いつく。後方の見張りは妻に任せる。御者台に散弾銃をたてかけ、もはや身の一部じみた胸の弾薬帯から、小銃にも再装填する。安否確認を兼ねていた。

「大事ないか、お前たち」

「ごめんなさいっ!私、動けなくって……」

「いいんだ、誰でもそういうもんだ」

 馬車は速度を上げている。並走するのに、ハウプトマンは息を切らさない。手綱を握るだけのイトーが、ずっと疲れた気色だった。

「なるほど、これが……"実際遭わねば、味わえまい"」額をぬぐう。「流石でした、ハウプトマン」

「がははっ、おだてたってぇ(なぁん)も出んぞ!それにな、俺のいい格好しぃは、弾のあってくれる間だけだ……」ハウプトマンは言われて気がつく、どこかあの日をなぞらえていた。「いまのでいい、お嬢さん。頼りにしてる」

「は、はいっ。がんばります!」

 後ろに戻ると、ジニーリリーが笑っていた。堪えきれず、といったふうに。

()()()()、だってさ、うふふ」

 長耳の年はしるしで読めない。出会った日にも事情は同じ、今ではずっと年上の妻だ。

「おお?……そうだな!"さなか"で言ったが、よく気がついたな?」

「ほら、ヴァンがいっつも呼ぶじゃないのさ?」

「たしかに!わははっ」「ふふふ」

 夫妻の和やかさにあてられて、避難民たちがわずかでも安らげばいい。黒馬車が南門へこぎつけるのに、あとの道程は無事にすんだ。


 馬車主夫妻には、はじめてではない。あの日も、ふたりで立ち向かった。

『弾丸が尽きれば、俺はそれまでだ。頼りにしてるよ、お嬢さん』震える長耳に、かつて兵士は言った。暗い空の下だった。

『あなた、怖くはないの』咄嗟に出たのは長耳の言葉だった。兵士は、長耳の言葉がわかる特別な兵士だった。

『おっかないさ、当然』何度目だって慣れやしない。兵士に兵士をやめさせた、もっとも悪い戦いだった。

『ここは、あなたの故郷じゃないのに、どうして』長耳は、政治を訊きたい訳ではなかった。

『どうして?ううむ、どうしてだろうな?なんせ驚き続きの日だったからな、びっくりついでに、ワケまでどっかに落っことしてきたか……どうだ、見つからないか?鞄の中にでも』見つかるだろう、長耳が置き去りにして二度と戻らないはずの、母の形見の夢笛(オカリナ)が。

『おかしな人ね、おかしな人……』その日はじめての顔を、長耳はみせた。

『はははっ、君は、笑ってた方がいいな!』髭面の兵士は、その日も豪快に笑ってみせた。ひとしきりして、『質問に答えるよ。どうして、の中身さ。簡単だ。誰かが立ち向かわなきゃ、誰かがえらい目に遭う。俺が働いて"えらい目"を避けられるんなら、俺が立ち向かった方が良い……やっぱり、おかしいかな?』戦士の美徳を、兵士は唱えた。信条であり、本心だった。

 ハウプトマンは同じく答える。「怖くはないですか」と、誰かに訊かれるこれからに。

 ジニーは今日び震えていない。"長耳の森"を離れるのに、許されるだけ腕を磨いた。先だって始終、夫のうしろで備えていた。

 ふたりの軌跡は――物語は尽きない。彼らの強さの源泉であるから、とうぜんだ。


 避難野営地(キャンプ)に横付けして、黒馬車は住民を下ろしている。安全ひもを頼る荷台の屋根には、ちいさな子どももいた。ハウプトマンが降車を手伝う。

「ありがとう、おひげのおじさん!」

「おう!」

「まほうつかいの、お姉ちゃんも!」

 己の活躍ぶりを思うと、フランの笑顔はぎこちない。ひかえめに手を振り見送るのだった。とっつきやすい見た目のせいか、似た声を何度もかけられる。それは誰かの息子、誰かの娘、誰かの妻、誰かの母親のものだ。

「……あの方たちのご家族は、まだ町の中、なんですよね」

「ああ」

 状況は、"商隊"だけで動いていない。ほかと足並みをそろえるのに、引き返す順番を待った。


 野営地のおもてを見渡してみる。当面の安全が、確保されているのだろう。しかし、だからこそ、穏やかではない。

 陣地の構築が完了し、逆さの岩杭――土魔術製の鹿砦(ろくさい)だ――が乱立する。王国軍兵士は、設営・防衛指揮と救護に配置されたほんの数人、あとは()()()()な戦士たちが居並ぶ。顔に傷あと、鋭い目つき、一般、"冒険者"と言えば、荒くれを指す。町中ですれ違い、肩ひじを触れあえば、どつきあいのひとつやふたつが彼らの常で、今ばかりは、つまらない見栄の張り合いを、どこかに捨て置いていた。物々しく得物を抜くのは、迫る危険に備えるためだ。睨みを利かすのは、何も見逃さないためだ。空気を張り詰めさせるのは、彼らのうちのどれほどかが、「これ」を経験してきたからだ。もれなくみな、有志の防衛隊として、ここにいる。

 "商隊"の知った面もあった。

「よぉ」意外に渋い声である。顎を下げれば、彼とは目があう。「髭のあんた、無事だったね。くたばっちまってたら、立派なそれをつけ髭に頂戴するとこだった」

 行きがけに、町の異変を知らせた小人だ。

「おお?ここにいる、ってこったぁそっち……わははっ、引けちまってた腰が良くなったらしいな!」

 軽口はねぎらいの代わり。ふたりして笑った。旅人同士、名乗りあうほどの間柄でもない。旅人同士、語らずとも心情を知りあう。

 旅人と町は、共生関係にあるものだ。とりわけ"統べ手無き土地"において、どちらか欠けば、単なる不自由ではすまない。この世に尽きない()()に、いざとならば身も挺そう。大事を避けたい口ぶりだった小人の一行も現状、馬車と人手を提供している。ふるまいがすべてだ。

 小人は、鼻がしらをこすった。 

「ええ?どんな具合だい、中は」

「そうさな、お世辞にも良いたぁ言えん。が、なんもかんも諦めちまうには、だいぶん早い」

「そりゃいい、や、よかーないが。わかるだろ」

「ああ」

 小人がまた、鼻がしらをこすった。緊張の仕草だと、ハウプトマンは読みとった。

「あんた、はじめてか」

「……こんな近くはな、はじめてだ。終わり際なら、まぁ知ってるよ」

 知らずに済むなら知らずが良い。と、弧大陸でも言えるようになった当代。王国軍が、幅を利かせるようになったからだ。内外の摩擦から目を逸らし、願望までを込めたなら、王国が実現する小人のような旅人こそ、ふつう、であるべきだ。と、兵士に帰った男は思う。

 災厄は、見てみぬ振りを通すほど悪くなる。"清涼なる湖畔の町"は近公国領。統治者には無からずも、駆けつけるなら公国の騎士が一番手で、かつてだった。今日び王国の足の速さを鑑みれば、事情は現に異なっている。更なる援軍もこれから、遠からず、過たず、訪れる。ただ。

 ――良くも悪くも……良くも悪くも、か。

 商隊の馬車は、旅路で乗せてきた。あるいは公国の騎士。あるいは比肩する戦士。あるいは巡礼の少年少女。

 ふつう、は、ふつうでない、との裏表。どちらか欠けば、どちらも有れない。今度は共生関係とさて、呼べるものだろうか。

 ――強いられるなら、ただの残酷だ。

 だから表裏を、人は選べる。選べるはずで、生まれを"彼女"は選べたか。ハウプトマンはいつかの夕陽を思い出し、かっとなった出会いの晩を今こそ悔いた。

 ――俺は俺に正直でありたい。だが、期待を、押しつけるのだけは、あっちゃならん。

 ハウプトマンは事実そうする。フラン・フラムネルに対してだ。他ならない彼女を、ここまで少女として扱ってきて、神子として扱ってこなかった。男の信仰を思えばまた、良くも悪くもだった。

 ――なんにせよ……。

 男はどこまでも、一兵士である。

「よう、おい……」

「…………」

「なぁ!」

「…………」

「おいっ、髭のあんた!」

「おおうっ!?なんだっ」

「なんか妙だぞ!」

「何?」

 ハウプトマンは、すねを蹴られて我に返る。眼下の小人が尖った耳をぴくり、ふるわせる。長耳種の横長に比べて、縦へわずかに鋭いそれだ。異音を聞き逃さないという点では、或る少年ほど鋭い。

 町の門前だ、異変があったのは。ひらけた周辺、大陸道越し、遠目にうつる、先発で引き返す避難馬車の背中。耳利きがとらえたのは、御者の悲鳴、なのだろう。護衛までいて、ぜんぶ飲み込まれた。果ての魔物の大群に。

「敵ーっ!町の方ーっ!」

 小人が叫んだ。ハウプトマンが駆け出した。防衛隊が(さわ)ぎ上がった。

「リリー!嬢ちゃんっ!援護だっ」

「あいよっ」「はい!」

「ハウプトッ、これを!」

「助かる!」

 戦士なれば出陣の折、手に取る得物に付き物は、刃。兵士は違った――弾が尽きりゃ、俺はそれまでだ。

 

 俊足たちが戦端を開く。圧倒的多数が、剣士。一割にも満たない"その他"、商隊の戦力や、まさにその内だ。

火の矢です(フェアリアラウ)っ!」

 王国語で"呼びかけ(ワーン)"を発するフランは、魔術師だ。混戦で大きな術を自重せざるを得ない――でもっ!

「シャアアアッ!」 

 戦士らの死角を、その蛭頭は狙っていた。緋矢が穿つ、赤肌の胸部、胸部、胸部。「グウェッ!」急所にたたみかけ、なお倒せはせず、効果はあった。怯ませる、ひととき。矢の出所へ敵意が向き直る、ひととき。これだけあれば十分だ。"呼びかけ"で、戦士らは気がついてくれる。反転、一気にとびかかった。蛭頭が、数多の刃に貫かれた。

 フランは深く息ついている――私にできること、私のできるだけ……っ!――魔術師の心得とは、集団戦の基本。火力を発揮できずとも、敵方の注意をひきつけ、仕事はできる。

 共闘する冒険者たちは、みな反応が良い、目が良い、腕が良い。入り乱れても、即席の連携をこなす。大群をうまく堰き止めている。しかし。

「ギエエエエェェアアッ!」「うっ!?」

 孤立し、動けねば、あっけない。金切り声に縛られた一人が、引き裂かれて倒れた。

「くそッ、死んだぞ!突っ走った若造(ガキ)が死んだ!」「ちっ、敵を何だと思ってやがる!」

 戦訓とは、犠牲の上に共有される。人は叫ぶ。物語をなぞる。

「一人になるんじゃねぇ!」「"鎧"もねぇ分際だろうが!背を守りあえーっ」「数で囲め!」「英雄気取りの馬鹿から死ぬぞ!」

 厄介を疎む者もいれば、厄介だと勇み立つ者もいる。血路を切り拓く強い戦士に憧れ、冒険者は"冒険者"になるものだ。物語が彼らを駆り立て、戦場へ誘う。実際、命と天秤にかけ続け、崇高な肩書きを戴くのは、ほんの一握り。

 気にしない者もいる。己が、何たるかであるを。己の為せる最大限こそが、全てであるからと。

「まだ来るぞーっ!」

「取り逃がしたっ、取り逃がしたっ!」

「構うなっ、後ろでやる!」

 ハウプトマンだ。戦闘集団をすり抜け疾駆する魔物へ、小銃の照準を、びたりと張り付けている。


 轟く。轟く。轟く。


 薬莢が舞った。蛭頭がすっ転び、泥をはねた。全弾が急所に命中している。二十メルは先、だいぶ()()()()()、とどめは分担する。

「リリーッ!」

「ふっ!」

 ジニーが()つ、それは光の奔流だ。じたばた喘ぐ赤肌は、上半身から消し飛んだ。

 この"貫きの矢"は威力過剰ゆえ、普段使いをしない。"一息"を要するから、早撃ちにも適さない。持ち出すなら、強い闘気をまとった相手にだ。

「別の群れーっ!」知った小人がまた叫ぶ。「東の木柵ーっ!」

 わらわら越えて来る。防衛隊はほとんど手一杯。一組ばかりの剣士らが、応ぜんと疾走しかける。真っ向ぶつかれば無事では済まず、みすみす逃せば野営地に被害が及ぶ。ここで、ひとりの魔術師が、手隙だった。味方に警告(ワーン)が必要だと、彼女は判断した。 

「ジニーっ、大きな火を熾します!」「っ!みんな待ちなーっ!丸焦げになるよっ!」

 フランは、"一息"――後衛術師にとってひとつの単位、基準、目安になる。息を、大きく吸って、大きく吐いて、この時間、はたして長いか短いか。剣士の間合いでは無論、"刹那"に敵うはずもなく。後衛の間合いでなら、何を実現できるか次第。


焦熱燬然(しょうねつきねん)す螺旋の光鎚(こうつい)


 立ち昇るようにも、振り下ろされるようにも、"光槌"は見える。煌々とそびえ、あとには灰塵も何も残さない。気がつけば主戦場から四十メルはむこう、群れの影が消え失せている。防衛隊が湧いた。

「うおおっ!すごいぞこの嬢ちゃん!」「どこの"二つ名"だ!?」「術師を守れーっ!」「おおーッ!」

 冒険者らの反応が物語るのは、どれだけの異質が実現されたかだ。"一息"のち大技までに、呪文(スペル)の欠片も唱えない。ひときわの集中だけで事は為され、これは、ふつうと、だいぶ、かけ離れている。

 フランは、為せる最大限を果たしたまで、のはずである。つまり魔術師の心得どおり、然るべきとき、存分に火力を発揮した。但し書くのなら、少女は、神子(とくべつ)だった。

 強い光が、みなを鼓舞したに違いない。防衛隊はその後、被害すくなに襲撃を抑えきる。


「……ダメそう、か」

 御者も護衛も息絶えていた。最初に襲われた馬車を確認するのは、"治癒"を持つフランに代わって、ハウプトマンとジニーである。

「かわいそうに……巡りが悪かったねぇ」

 凄惨だ、言わずもがな。割り当てられた順番ゆえ、同じ目に遭うのは、我らが黒馬車だったかもしれない。

 戦闘の後処理で、一帯は慌ただしい。重傷者の後送、魔物の死骸の焼却処分、それから、あるかもしれない、次に備えて。不意とは、しばしこうして作られる。脅威は内側にはもう無い、などと。

 夫妻は踵を返すところだった。しかし、たとえば誰か、荷台の下は覗いたか。たとえば誰か、ジニーリリーを気にかけているか――


「ギエェアッ!」「うおおッ!」「あんたっ!?」


 夫たるハウプトマンがいなければ、躯がひとつ増えただろう。一匹、それで重大な脅威だ"蛭頭"、影に潜んで跳び出でて、長耳に爪つきたてようと刹那、兵士に阻まれる。

「ギアアアアアッ!」「ぐうううっ」

 組みつくは果敢。無謀。蛮勇。正気の沙汰では再現なるまい。小銃は背に担いだままで、小男の筋骨隆々にせよ、あの大男ほど馬鹿げていない。いずれ待つのは敗北だけだ。重々承知が彼自身、以てなにもかも怯まなかった。もみくちゃに転げ、腰帯(ベルト)からすかさず引き抜くのは、装填済みの回転式拳銃。イトーが出がけに預けた一挺だ。のしかかられる。鋭利な爪が、喉元へ迫る。

「おおおおっ!」


 強装弾で迎え撃つ、撃つ、撃つ、撃つ、撃つ。  


「ウェエエエエッ!」

 撃鉄を、叩きにたたいた五連発。轟くたび舞う魔物の唾は、ねばり、血反吐と化すのであった。しるしに秘める力とは、歴然と、必ずしも大小一致しない。大地に沈んでいた右ひじを、男は振り上げて打つ、銃口で打つ。腕づく押し返す、数秒の拮抗を実現した。

「さがってっ」


火床(ほど)(はし)深紅(しんく)煌策(こうさく)


 フランが間に合った。

「グウェァァ……」

 上下に灼き分かたれて、それはまだ動く。頭部に、"緋矢"を三つも突き立てられて、ようやく、動かなくなった。

「あんたっ、あんたったら!」腰を抜かしていたジニーが、這ってすがった。

「ハウプトっ、怪我を!?」フランは治癒の神秘を覚悟した。

「平気!平気だ!すりむいたのと、返り血だ!」

 死骸を押しのけ、ハウプトマンはたしかめる。思ったよりも悪くなかった、左は爪をつかんだのだ。

「でもっ」「待て!」

 血濡れたたなごころが、フランを制する。

「治る傷だ、取っときな嬢ちゃん。この空の下じゃ、もっと大事に必要になるかもしらん。な」

「……は、はい」

 致命傷はない、たしかめ終わって。

「う、よかった、よかったよぉぉ」

 思いはち切れさせるジニーがいた。どれほど長く生きたって、しゃくりあげる日があっていい。

「無茶っ、ムチャするんだからっ!」

「怪我はないか?」

「そりゃ、あんたでしょっ」

「わははっ、こいつぁいい勲章になる!お国に貰ったどんな勲章よりもいい」

「もう、おバカっ!このおバカっ!」

「おおう悪かった!悪かった。心配かけて……」

 戦士たちがあたりから駆けつけても、夫妻はしばらく抱きあった。


 強さ。その妥当性を、人は、物語から見出すものだから、きっと彼の話をせねばならない。

 男の話だ。兵士の話だ。ハウプトマン・ティレルチノフの話だ。

 銃を巧みに操り、果ての魔物に肝っ玉で立ち向かい、生身で対峙するのも辞さない、この男は、異例の"戦士"と呼べるだろう。なにせ剣士としては平々凡々、熟練級相当の腕前にして、王国軍特殊部隊"レンジャー"にいた。非常に特異である。どれほど特異か。熟練級以下は、部隊に彼、ひとりだけだった。どう、()()()()か。剣が出来ねばならないのか――ならない。剣より強い、銃が、あるのではないか――あってもだ。もし二つ名級に優れた魔術師では、いけないか――いけない。"レンジャー"には、なれない。"闘気"で十全、肉体を強く保てる、専心級相当の戦士でなければ、ふつうは、なれない。

 だから、ハウプトマンは特別である。

 アメイジア陸軍特殊作戦軍の傘下に、ハウプトマンの属した第七十五陸歩兵連隊は置かれている。通称"レンジャー"、その名の原義を"辺境の守り人"とする。当代この星、彼らの務めは多岐に渡るが、ひとつこれだと指し示すのなら、「あらゆる危機への緊急即応」。より配慮に富んだ物言いでなら、「災害時人命救助」だ。働きぶりと、求められる能力から、とりわけ軍人(身内)から多大な尊敬を得る。彼ら、選りすぐりの兵士、と表せばはやいか、易しすぎるか、ふつうでは、とてもいられない。

 常人離れした身体能力が、まず常識になる。入隊選抜過程に待ち受けるのは、飢えと渇きに寝ずの行軍、泥と寒さの生存自活。助けてくれるのが、しばしの"闘気"だ。ハウプトマンは持たざる者で、しかし、純粋、鍛え抜いた自己をもって、困難を――幾百人もの候補者、それも専心級剣士が音をあげて、脱落してゆく過酷さを、まったく突破してみせた。

 肉体の強さが全てではないと、事実で物語る。レンジャーは認めた。限界を越え、なにくそと、前へ、進む意志の力を、男は備えている。


 ――……"見たいものだけ見るな"。俺もなまったな。


 救護用の天幕でハウプトマンを出迎えるのは、またまた、知った小人だった。

「妙ちくりんな杖と思ったぜ、ええ?でっかい声で吠えるんだね、()()()()てな」

 (てのひら)を手当てする折に言う。先の戦いでは短杖の攻勢術式から、今に治癒針の治療術までを使いこなす、支援術師である。慣れた手捌きにハウプトマンは感心し、訊けば、一等の技術があって頷ける前身だ。

「医学院に?それもドラッドネルトのたぁ、中々の出じゃないか」

「は、王国のに比べちゃっちゃあヤブもいいとこさ。留学するにゃ、ほれ、金がなくってね。いつのまにやら小銭稼ぎの毎日だ」

「護衛業か、花畑街道の」

「そりゃありつけるんなら万々歳の部類だね!なんたって実入りがいい!他なんか、どれもしょうもない……や、言ったら全ェん部、似たり寄ったりか。さぁて、いつまでこんな冒険者紛いやってんだらぁね、俺ぁ」

 話し過ぎた、とは、苦い面持ちが述べる。ハウプトマンは、続きを選んだ。

「ふむ……ほれ、謡うじゃないか、なんだったかな?そう……"跳ォ~べ!獅子の子よ、獲れよ士師の()えを。濃い霧を裂き、闇に火を灯し"――」

「"吼えろ!為せるが針とて前を見よ、針よ!貫く()らもまた騎士なり"……おお?へへへっ、ウチの言葉の勇み歌なんて、よぅく知ってるね」

 包帯をまき終える頃には、小人は笑っていた。良い腕だ。傷はおそらく、すぐに塞がりきる。 

「縫合糸は勝手に溶ける。とうぶん、汚水にひたすなよ……って、あんたにゃ"盾に騎士道"か」

「んなこたない!気をつけるよ。治療を、感謝する」

「あいよ、お大事に」

 旅人同士ゆえ、これで終わりの関係だ。続くかもしれない仕事の邪魔にならぬよう、ハウプトマンは丸太椅子を早々立った。

「髭のあんた」

 背を呼び止める小人は、最後まで名を名乗らず、聞きもしなかった。

「あんたぁ、アメイジアの騎士だね」

「がははっ、だいぶ恐れ多い。剣はからっきしだ」

「からっきし!なら、"空手(からて)の騎士"ってぇんだ」

「なんだいそりゃ」

公国域(このへん)の言い回しさ。あんたみたいな守手を言うんだよ」

 肩書きに、ハウプトマンは執着したことがない。小人は、真剣な様子で問うた。

「どうして剣を()らなかった」

「わかるだろ?」

「まぁな。剣術ってな、チビにゃ優しかねぇ」

 この()の常識だ。ふたりして肩をすくめて笑って、本当に最後だった。


 大柄優位が剣の道。ハウプトマンは身をもって知っている。悟るのが早すぎたかどうか、今となっては知りようもない。レンジャー適性が危ぶまれたのも、最たる唯一に身長だった。今も昔も、"小さな大男"である。脱がずともあらわな、山盛りの力こぶをいくつとこさえて――弾丸尽きればそれまでだ。と、男は思っている。

「……今日だって、一日限りの復役さ。俺は、ただの兵士。分相応にな」

 避難野営地を、すこしさまよう中、独りごちる。毛むくじゃらの胸に押された、透明塗料(ミラッジ・インク)の一時復役印が、男を兵士に帰してくれている。レンジャーとしての信用が、あらゆる王国製火器の無制限使用を――刻印制御の無視を――許してくれている。

 たいした、()()()()()であった。

 ハウプトマンに、広野を薙ぎ払う剣はない、魔物を爆ぜ飛ばす拳はない、飛来する弾丸を見極める目はない。けれど、レンジャーにいた。それも選抜射手の席にいた。射撃に長けた者だけが就ける、剣を必携としない役職だ。男は、剣を知らないが、男に、知らない銃はない。なにより今日、一発だって外したか。

 レンジャーは国外活動にも備える。ひいて、現地戦力の教導と、共闘に備える。ゆえ複数言語に堪能だ。退役したとして、言葉を失うはずもない。

 レンジャーは率先力(リーダーシップ)、人心観察力に長ける。何故か。必要なときに、見ず知らずの誰かを奮い立たせ、手を取り合うためだ。正直者がこの能力を活かしたら、明るい未来だって生む。


 戦う人のかたちには、千の呼び名があるものだから、ひとつこれと定めるのは難しい。ハウプトマンはきっと、兵士のままでいい。ただ。

 いざ命の危機に、仲間を――大切を――守りに走れる人間を、人は"守手"と呼びたがる。()の守手が、力を持ち義務として仕事を全うするなら、人は"騎士"と呼びたがる――これらもまた、千の解釈の一に過ぎないが――背負う者たちは、"肩書き"の意味を何度も咀嚼する。

 世人が考えるべきは。

 命を賭して守らねばと、何人(なんぴと)が、危険へ咄嗟に飛びつけるか。跳ね除けるのに十分な力を得るのと、はたしてどちらか容易いか。

 騎士そして力には、剣が、不可欠で、常識だ。"光の騎士"こそが、騎士とは何たるか示す、この()の信仰からして、当然だ。

 しかし、いる。"空手の騎士"はいる。(つるぎ)なくして守る力を携えた人物は、現れる。現れた、その者を。

 たとえば、その一兵士を。

 守手と、騎士と。呼んでならない道理はあるか。


「魔術師さん、こっちにも火をもらえるかい!」

「はーいっ!」

「お……」

 避難民のつどいの中に、兵士は見つけた。知った少女が駆けまわり、湿った薪に火種を配っている。芯の強い火を持つのが、彼女だ。

 呼び止めるかを、男は迷った。理由は様々、立場の数だけある。一兵士として。見守る立場の大人として。"神子"を信仰する、人として。"空手の騎士"と、呼ばれた身として。

 呼び止めないでいた。

 結果。大きな気遣いは、些細なちがいも生まなかった。男が自身、思いもしないこの()の理を、ひとつ明らかにするのなら。

 物語は伝播し、意志は波及する。

 灯火は受け継がれる。

 これからも。




 ---




「ハウプト!」

「おう……嬢ちゃん」

 フランがハウプトマンを見つけたのは、野営地の出入り口にて。

「どうでしたか、その……」

「ああ、すぐ回復する。いい医者に恵まれたんでな」

「そうですか、よかった……」

 避難馬車の運行が、一時中断されている。道中、一定の安全確認がされるまでの措置だ。先の襲撃の規模を受け、悲観的な声もある。つまり、町は全滅したかもしれないと。

 まさか。

 "商隊"は、商隊の送り出した戦士らを信じている。()ぎらせもしない、悲観など。ともすれば、あとは何時(いつ)、誰が迎えに行くかだ。


 少女は兵士と、町門を見ている。空を見上げた。昼間にあるまじき暗さが忍び寄る。頭上はまだ深い曇りの範疇、しかし、人々は望まぬ夜を強いられつつある。

「私……火を、くばってました。ここでなにが、できるのかなって」

「ああ、見てたよ」

「見てたんですか!」

 男は、やさしく微笑んだ。千の笑いを見せる髭面が、新たにとったそれを前に、どうしてだろう、フランは、機会だと思った。

「ハウプト、きいてもいいですか」

「……おう。俺に、答えられるもんならな」

 腕組みを、ハウプトマンはといた。受け入れられたのだと、フランは感じた。

「怖くは、ないですか」

「おっかないさ、当然な」

「どうやったら、震えず立ち向かえますか」

「そりゃ……」

 ハウプトマンの思ったところに、フランはとうにいなかった。彼女は、選んだあとなのだ。

「昔な、リリーにも言ったんだ」

 戦士の美徳を、ハウプトマンはまた口にする。

「誰かが立ち向かわなきゃ、誰かがえらい目に遭う。俺が働いて"えらい目"を避けられるんなら、俺が立ち向かった方がいい……」本心だが、問いの答えとしては不足していると、男は気がついた。だから、付け加える。「そんでな、俺が(すく)んじまってる間に大切を損なうのは、ずっとずっとおっかない……ってな思ったら、いつだってよぅく、踏ん張れる」

 どうして、ではなく、どうやって。が、求められていた。何を選べばいいかと、もしも少女が訊いたなら、兵士はうまく答えられなかった。

「よく、わかりました……ありがとう」フランは前を見据えている。はじまりの一節を、つぶやいた。「"我ら、今日の日も心命を()して果ての悪心に立ち向かい、星を守る"……」

「……それは?」

 汲むのはイトーだ。すこし前からそばにいた。

「聖国からの手紙に、あったんです」

 辿りつき、先に待つのが、"悪心"のはずだった。はやくも今日、遭った。

「おばあさまは、悪心がなんなのかを、教えてくれませんでした。いえ……知らなかったんだと、思います。私、私たち、知らなかったんです。本当になにも」

 全てに言えた。

 火の神秘を、神子は巧みに操れる。操れるだけの鍛錬をした。衆目を驚かすほど大きな火を、何度だって熾せる。それから、何節もの"御言"を諳んじられる。

 訳は、なにも知らないでいた。

 使命と伝え聞き、使命と思い、ゆくばかり。無知の霧を払うのが"聖巡礼"の前進だとすれば、順調だ、今のところは。

「……不思議な、ありかたですよね」

「彼らが、ですか」

「はい」

 生き物は、怒ればどれも恐ろしい。しかし、殺戮を本能とはしない。腹が膨れぬとき、生を脅かされたとき、他を殺す。窮地に潜めば、機を見て逃げる。

 押し寄せ、奪って終わるのは。破れかぶれに刺しちがえるのは。まるで。

「"果ての魔物"は()()だと、しばし例えられます。借りた言説ですが……有ると無いとでは、ちがいも出ましょうか」

 醜悪が模す形は、人、いやらしい。不可解さが、不快さを後押しする。何故、に、人は答えを用意する。嫌悪を催すよう、彼らは創られた。

 納得は、解決ばかりを生んでくれない。

 立ち向かう誰かが、必要だ。覆せるだけ、大きな力を持った、誰かが。


「これの事なんですね、きっと。聖巡礼の試練って……」


 神子の悟りに、否、と言えないのが、王国人らの信仰だ。積み重ねられる物語だ。


「斥候が帰ったぞ!」

「無事だ!広場はぜんぶ無事だった!」

 あたりに響く歓声の色には、安堵が半分。あとには、恐れ。ただでさえ我先に、とは言い出し辛い空模様が手前。より酷いなにかが、深くでは待ち受ける。

 見張りについていたジニーが、詳細を持ち帰る。さいしょは陽気だった。

「なんでもね、大男が暴れまわったおかげだってさ!うふふ、それも剣を持ってなかった、って言うじゃないかい。なんだか……」

「お迎えの馬車の再開は、すぐなんでしょうか」

「うん?すぐだと、思うけど。フラン……?」

 目を見て、察するのには十分だった。次行けば、単なる避難支援ではすまないと。

「フランは。このまま防衛に、いてもらった方が、いいんじゃないかい、ねぇ?」

「リリー……」

「ほら、ここなら、ひらけてるもの。町中とちがって、火柱だってめいっぱい使えるし……」

「行かせてください」

 はっきりと。

「私、やれます。強がりなんかじゃ、ありません」

 戦う術なら持っている。旅のはじまりから、そうだった。さらに重ねて、培った。わずか、わずかに、されど確かに。足りぬとするなら、良くも悪くもの、機会。

「ずっと、守ってもらってきました。必要ないなら、私は行かない……でも、もうちがいます。ちがうと思うんです」

 神子、使命、巡礼、試練。出遭った、悪心。

「守手のゼンが、あの空の下で戦っています。私だけ、行かない訳にはいきません」


 闇を払いに、商隊の馬車が、先陣を切る。

 火の神の村より出でし、火の神子フランを伴なって。


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