31.内観
改稿にあたって題を「対話」→「内観」へ変更(24/2/28)
役立たずだとはもう思わない。ゼンはおのれを信じはじめた。
力のなさをなげく夜があって、大人がそれを励ましてくれて、稽古をたくさんつけてもらって、仕事を難なくこなしてきて――なにより実感させたのは、「金」だ。
大事ときいて侮っていた。裸一貫で生きられて、どうしてこれが必要なのだと。きこえが悪いなら「経済」でもいい。それさえあれば飛ぶ鳥も落ちる。射かける手間をはぶいてくれる。
物は足りているゼンだから、崇めることこそ今後もないが、身に染みている、経済である。旅をするには欠かせない、飯、宿、服、馬車、七色の税、なにからなにまで関わってくる。
食って寝るのがすべてなら、時を対価に生きていける。しかし遠くを目指して旅行くならば、獲るより稼ぐだ、必要なのは。食えるかわからぬ獲物の尾っぽを、見知らぬ野山で追うのは必然、いわば息抜きのひとつになった。
旅には経済が必要だ。もとい、巧くまかなう効率が要った。商隊長だって言っていた。旅をするには、金、金、金だ。そして評価と決断があった。
『ヴァンガードに一撃でもお見舞いできれば、金の工面には困らない』
"腕試し"にてはかられて、ゼンは、たしかに二人頭の稼ぎを出せた。
"専心級"だと聞いている。強さのくらいをこの星でいうのに、ゼンは肩書いて許されている。
公用語だから、ほかのくらいはまだ曖昧で、ひとつ下ならよく覚えていた。
"熟練級"である。
意味するところ、一人前の飯なら余裕。たとえば鉄帽を被る町の兵士らだ。つつましく家族を養える。
旅とはつまり贅沢なのだ。冒険稼業は、熟練して足りない。ゆくさきゆくさき、ありふれる"くらい"だから、とても食いぶちがみつからない。
それでも夢見る熟練級は、徒党を組むのが常だという。多頭で腕をおぎなうのだ。そう、仕事自体は存在している。熟練ごときの戦士では、命が保障されないだけだ。
残酷である。嵐のすさぶ綱渡りを、生きて帰っても頭割り。余裕はない。食いっぱぐれる往々にして、行き倒れるのをみじめと思うなら、窮屈な鉄帽を選ぶのがいい。
熟練・専心の隔たりは、「冒険」を以て明らかである。つまり。
"冒険者"とは、強くてふつうだ。流浪の彼らは、千差万別の志を抱きながら、普遍の型を持っている。ゼンも教わったとも――旅人と競うことあらば、専心級を下限と思え。
ひとり旅だってままなるのが、"専心級"である。
組合の世話で日銭を稼ぎ、道を行く。懐が寒くなったらまた稼ぐ。つくかわからぬ仕事の都合に、「一人前」のたくわえでは足りない。だから専心級は、熟練級の数倍を稼ぐ。はたらきはつまり腕前だ。
ゼンは少年で、専心級。ひとりで二人分、稼いで能う。商人流の言い方をすれば「乗せて採算がとれる」のだ。だから大将は積み荷をおろせた。やや不本意なかたちにはなったが。
わかるだろう。働かざる者、旅ままならず。ゼンはとっくにこなしてきた。"見届け人"たるヴァンガードの監督下で、もれなくぜんぶ、うまくいった。行き届いた指導と支援があったから、ゼンにはこなせて当然だった。
その仔細など、語られるまでもない……。
――多少は披露してもいい。ゼンはまだ朝の素振りに一心である。
剣気があるから、錆にもならなかった。捌いてきたのは魔物ばかりだ。
"鱗オオカミ"など、たくさん斬った。岩オオカミよりだいぶ大柄で、ざらざらするどい鱗をまとう。対処のコツは考えればわかる。"対人剣"の下地があるから、"対魔剣"は聞いて覚えていた。
敵は、四足で地を走る――どうしたらいい?――"鋼"か"鉄門"で待ち受けて、反撃主体がいいだろう。牽制するには、すくうかたちで。とびかかるなら、ひらとかわして両断だ。
意識の配分、優先順位、攻守選択を刹那に見切って、決着である。仕留めたオオカミの青い鱗は、つやつや光ってうつくしかった。装飾品や染料になるそうだ。熟練級なら二人で一頭がかり、それでも上等な稼ぎにあたる。六頭さばけば、さていくら。
帰り路に、道場上がりなら苦戦しただろう、ときく。ぬかるむ林の中だとしても、山道できたえた足さばきだった。
濡れた川べりのときは、ちょっとまいった。
相手は"鋼殻苔蟹"という、巨大な蟹のお化けだった。橙巨牛と相撲もとれる。繁殖期のこの大物が、例年に増して群れるものだから、ちかくの村は大わらわである。
河川敷にて対峙した、苔むす殻は鋼鉄のごとく。貫くのには相応の剣気か、馬鹿げた闘気のげんこつが要った。図体のわりに機敏に動いて、さすがに手ごわい魔物であるから、ゼンが受け持ったのはあまりものだ。
ダルタニエンに援護されつつ、じゃりの川べりを走り回った。鋏の振りかぶりは見過ごさないが、踵がすべって回避にひやり。よじ登るのにも苔がすべった。背の甲を二、三度突き刺して、血ぶくをふくのに蟹は倒れない。
結局、真正面から立ち向かい、"猪牙"で突いたらあっけなかった。胸部をえぐれば、すぐ倒れたのだ。学びであった。難しい型の使い道、力を信じて真っ向勝負――大口の依頼の完遂で、冒険者組はかなり潤った。
思い切りなら持ち合わせている。どこで使うかが問題だ。"木の精"との再戦、これには燃えた。慣れた数字の一対三で、いちばん手早いまであった。
叩き斬る。それで終いである。ほとんど木こりの真似事だ。怯む理由がもうなかった。「できる」と思って挑めばよかった。木の実を撃たない種類であったし、根はしなるにしても、フランの"煌策"の方がはやい。ただヴァンガードの特別さをあらためた。"誓いの森"の大群は、独りで倒せていい相手ではなかった。すくなくとも、専心級の徒党では足りない。あの大男は域外だ。
ゼンは剣を振っている。今のところは通じる剣だ。必要なとき、必要なだけ。
――それじゃ足りない。
魔物退治で食っていける。役立たずだとは、もう思わない。それでも。
――命は、お金じゃ買えないから……。
時間、経験、技術に安全。間接的には得られるだろう。仮初めであって、我がものではない。お金で買えない大切なものを、ゼンは痛いほどよく知っていた。だからひとりでも剣を振る。
双子の山の裾の森は、"御許"の森とよく似ていた。人気が遠く、木の葉と鳥たちがさえずるだけ。トグゥやザザがなくたって、いちばん好きな時間であった。
自然はときどき気が利いていて、手頃な広場を用意してくれる。霊峰からさす陽光であれば、無人の野原に伸びる頃だろう。振っているうち、陽が高くなる。木漏れ日が降り注ぐ。暗黒が晴れる。
息つく、馴染んだ空気であった。
百まで数えてあたたまり、型をさらって、陽だまりにいる。初対面の森であるから、枝を打つのはやめておいた。
――何から手をつけようかな。
課題そのものは明確だ。稽古の復習をゼンは欠かさない。"対人剣"にとりかかっている。具体、手癖の自覚をつきつめる。
右を打ったら、左を打ちがち。競り合うよりも、潜り込みがち。
『良し悪しを言うんじゃないんだぜ。答えをだせるのは使い手だけだ』
ヴァンガードは選択をゆだねてくる。得意であるから「手癖」であるのだ。こなれているから、繰り返す。なくそう、と一様に努めてしまえば、せっかくの強みまで消しかねない。
――なにが手癖かおぼえておく……使うなら、かならず目的をもつ。
右から左で悪くない。常道にして、揺さぶりになる。相手の受けの小手調べになる。しかし長引く剣闘で、うかつに重ねれば先読みされる。
真っ向勝負を逃げがちなのは、体格のせいと指摘された。膂力、体重、時の勢い、大小の差をくつがえす為に、これまで無意識な選択だった。目の利く相手なら、釣り針にしてくるだろう。
選択は常に己が手にある。意識しないとこぼれおちる。だから手癖に気をつける。視野を常に広く保て――はじめもはじめにヴィクトルは、核心を教えてくれていた。
とれる道筋を一歩ひいてみて、次回の稽古でまた活かす。すると、いつのまにやら手札が増えた。わかった、これが駆け引きだ。
使う、使わない。あえてする、しない。見せかけてしない。隠す、見せびらかす。もともと得意なやり方もある。臨機応変に選ぶことで、ひとつの手癖が虹より輝く。
ヴァンガードにはもう、手の内を知りつくされているから、「勝ち」はゆずってもらえないけれど、勝負の体ならとれている。近頃はもう縛りもない。剣技にかぎった話でいえば、大きな背中がひとつ見えてきた。
知ることが、そっくりそのまま力になる。これほど愉快なことはない。
――"対魔剣"も、そうなんだよね。
とりくんでまだ間もないが、これこそ知識と意識の技だ。対人剣の流用にして、ちがうのは敵のかたちだけ。
一撃の時機、突くべき急所。とうぜん人とは異なってくる。"退魔"や"猪牙"といった、対人では手慣れない構えを、さっと使えるのか、という課題もあった。
人と比べて気楽なのは、魔物は「剣技を知らない」ことだ。それこそ手癖がよく活きる。攻めるか待つかも単調だ。
あとは経験である。
彼らの弱点、嗜好、感覚、行動様式、危機管理法、知りつくすまでが"対魔剣"。
とうぜん無理だ。
魔物にかぎらず生物は、多様性に富んでいるから――とは、イトーが言った。
だからかたちを見極めて、一目、推測する力が要る。とくに弱点と行動予測だ。知識をどうにかおぎなうべきだ。
オオカミたちは経験で倒せた。
節足動物は腕が盾であり剣である。仕組みを知らず、とどめに苦戦した。抜けと助言された胸郭には、中枢神経が宿っている。
"木の精"は対策済み――両断するか、焼くか――だが、初見ではひどく戸惑った。
"対魔"の世界で無知は死だ。知もまた金と代えがたい。
しかしヴァンガードは笑う。一対一の期に及び、"専心級"で手に負えないのは、よっぽど数えるほどなのだと。
『てにおえないって、たとえばどんなの?』
『馬鹿でかいやつ、ちっこすぎるやつ、信じられんほど堅いやつ、なにがなんだかわからんやつ……』
『でかいの?飛竜とか?』
『飛竜だったら目があるね!巨竜となったらちょいと別かな』
『きょりゅう!どれくらいでっかいの。けやきの頭領くらい?』
『あは、頭領なんかいい楊枝だぜ。国だって踏みつぶしちまうくらいのさ』
『そんなに……!ヴァンガードなら倒せる?』
『そいつァ拳が鳴る!いっぺんやってみないとな……なんて、冗談さ。巨竜はとっくに絶滅したんだ。御伽話の中じゃあ、生き生きとしてるもんけど……まだきかないか?』
『うん、どんなお話があるの』
『おう、聞かせてやるとも。一番お気に入りのやつを』
むかしむかし、あるところに、陸よりおおきな異界の竜を、一撃で討てる戦士がいました――きっとヴァンガードの先生だ。
「ふふ」
頬がゆるむのに気がついて――あ、集中できてない……――と、ゼンは剣の手を止めた。
「ふー……」
額の汗をてぬぐいで払う。深呼吸をする。静かな森だ。意識をめぐらすと向こうのほうで、鋭い鳥たちがこずえを揺らした。
あたりは落ち葉が引いてある。人が立ち入る森なのだ。今朝にかぎって貸し切りだから、ゼンはみずからに念じるのだった。
――誰もいないよ。聞こえてる?
商隊ぐるみのお休みで、常の稽古も左にならえ。ヴァンガードは組合もどきで過ごすと聞いたし、いよいよ誰も呼びにはこまい。
――……やるなら今かな?
知らない緑は散らさない、つもりではいる。物の試しだ。ゼンは剣を腰におさめた。姿勢を逆転。鞘を左に、柄を右に。前傾、不動で見真似は完成。
思い描くのは、たったの一振り。
闇を拓いた、あこがれの一振り。
吸って、吐いて。
漠然と、木立にむけて。
剣を、ゼンは振り抜いた。
空を斬っている。
それで全てだ。知らない緑に傷はつかない。訪れる結果はなにもかも、物の理に従順だった。
「……まだまだ、信じきれないせいかな」
剣に合理な少年だから、不自然さばかり気にかかる。鞘から抜き打つ一撃が、どれほど威力を持てるのだろう?返す剣であるならまだしも。
「かたちだって……"ガズ"でこれだもの。直剣じゃ、ずっと抜きにくそう」
しかしヴィクトルは実直剣で、三メル向こうの「全て」を薙いだ。ちょっとよそ見をした隙に、化け蟹の群れだって瞬殺した。見逃したのが、今でもくやしい。
――それってひょっと、居合の練習?
――わ、なんて?
――居合だよ、"人に斬られず人斬らず"。
――必殺剣って言うんだって。
――へぇ。いあいぎり、抜刀術、ザトーイチ?
――どれもぼやぼやだ。
――そう、なんにせよ……。
久しぶりだった。人目があると「彼」は現れない。どうしようもなく「彼」と呼ぶが、彼は自分だと、ゼンは信じている。"必殺剣"はうっちゃって、待ちかねていた乱取りにかかった。しばらくして。
――ねぇ!君は"精霊"って言えるのかな?
――ちょっ、たんま!ながらじゃ無理だ!
――あ、ごめん。ちょっとやすもう。
――やりこみすぎだね!おっつかないぜ……ええと、精霊だって?言葉は知ってる。けど、こっちの定義はおぼえちゃないな。
――"姿形なき意志あるもの"なんだって、僕は教えてもらったよ。
――へぇ、商人に?
――新しい友達に。ジニーっていうんだ。見た?
――どんな外見?
――きれいな女の人。灰色の髪で、耳が長い。
――なるほどエルフだ。
――いっぺん見たなら、忘れない?
――そうとも。
――じゃ、ヴァンガード。
――やたら筋骨隆々の大男。贈るなら、赤いマントか1300㏄だ。
固有名詞はとくに、意味も、音も、ぼやけがちだ。わかったようでも明日には忘れる。エルフにドワーフ、猪八戒、聞こえたようでも口にはできない。
――色んなことがあったんだ。君はどれだけ一緒にみてた?
――せっかくだ、むしろ聞かせてよ。今日は鮮明に聴こえて雑音もない……起きるまで覚えてられたらいいけど。
"手紙"の日から今日までに、見てきたものをすりあわせた。「彼」は同じ眼をつうじて、または肩越しに、こちらをのぞくことができた。
――銃を前にしてようやく察せたよ。君の世界はずっと進んでる、僕の想定よりはるかにね。
――そっちのことも、いまならもっとわかるかも?
――僕らが生まれまで似てるのはたしかだ。箱庭の楽園、出たらびっくり。そら?
――ぼやぼやだ。
――ざんねん。
互いの名前を、ふたりは知れない。それでも、似た者同士とわかった。たとえば割り切り上手である。ぼやぼやだろうと押しとおし、かぎられたときを使い倒す。
ちがうところも、もちろんある。
時の流れ。ものの見え方、聞こえ方。技の巧拙。知識の量。
もっぱら「彼」のほうが、数字や法則には強い。そして冷静にして柔軟だ。
冬の食糧の勘定を、どれほど代わってもらったことか。
ふたりが通じあえるのは、眠っている時、誰も見ない時、危険がまさに迫る時。
焼ける生家をまえにして、「彼」は夜にそなえろとささやくのだった。
ゼンは従えた。直感だ。彼は「自分」であって、「誰か」ではない。星の数ほどの肩書きを、あてはめようとしても無駄だ。伝えると「彼」は、こう推測した。
「僕らは星をたがえるだけだ。同じ《魂》を持っている」
眠る間に、知恵を授かった。狩人だって驚かすほどだ。応急手当て、毒への対処、殺菌・消毒、冬への備え。すこしでも、あたたかく眠る方法。
覚める間に、競い合った。知恵の対価に、ゼンは剣技を授けた。「彼」は仮初めのからだで現れて――それはいつでも、白くぼやけた少年のなりをしていて――剣と剣でうちあえた。
思っているより、「彼」はそばにいる。常にいる。ゼンには気がつけないだけだ。
――いつもぶつぶつ言ってるよ。よっぽど叫んで、ようやく届く。
――銃だ!って?
――想定される弱点も言った。遊底式は連射が効かない、君が走れば勝機はある!
――かんじんなのが聞こえないんだから!なんだかソンした気分だよ。
――ふふ。見るしかなくって、はらはらしたよ。
これまで、語りあうなら夢の中だった。ふたりはいつでも効率的なのだ。打ち合えるなら、打ち合うのがいい。しかし長らく会えなかったから、しかたなし、面と向かって雑談である。通じ合ったばかりの頃とちがって、生きることには急いでいないから、こうしたかたちも悪くはなかった。
少年と少年のなりをした光は、ひだまりにいる。すっかりすわりこんでいた。
――ありゃ狂ってる!対銃弾の訓練なんてさ。
――そっちの戦士はやらないの?
――やるわけ!盾は機械の仕事なんだから。
――でも、これからの剣士はこうでなくちゃって、ヴァンガードは……。
――対物結界とかないの。ほら、魔物は弾けるだろ?
――え、考えたことなかった……こんど聞いてみるね。
もはや盛んにおこなってきた、対銃弾訓練の仔細はこうだ。フランの"明幕"で線を引いてもらう。直線上に丸太をおいておく。ヴァンガードが射撃の的にする。補助線をもとに、ゼンは丸太をできるだけ無事で保つ。
――ひょっと狙いが逸れてみろ、即死もあり得る。神子だって君を起こせない。
――まばたきしたってもう避けれるよ。それにヴァンガードは外さない。
――わからないかい?秒速云百メートルの世界なんだよ。どんな理屈だか……後出しの剣で君は落とせてる。
――え。「来る」って感覚、わかるでしょ?
――そらきた、君に百万ポイント。僕にはなくて、君にはあるものだ。
それから、ふたりがまだ見ない中で、もっともおおきなものの話をした。
――王国の異質さは、君に伝わらないだろうね。そっちじゃ当たり前なんだ。
――千年先を行く国、なんだって。千年、ってのがどれくらいなのか、僕にはよくわからないけれど。
――同じだけこっちで遡ったら、絶賛ちゃんちゃんばらしてた頃さ。ただ、どれほどくまなく探したって、弾丸とはりあう戦士はいなかったろう。
いつの間にか、あの男の話にもどった。見た中で最大のものだった。
――まるで親ばか、盲目的だ。
――ヴァンガードはね、本気でいてくれてるだけだよ。僕がしたいことを、したいように……。
――言いたいことはわかるとも。
――ただ、剣の稽古は減っててさ。
――かわりに組み手だろ?みたよ。競技拳闘から軍隊式まで……びっくり技の玉手箱だ。剣の方はさすがにネタ切れじゃないの。
――そうかな。覚えたいことはまだたくさんあるのに……。
――世話ないよ、それでいつだって僕より強い。
――君だってすぐに追いつくくせに……ん。
――誰か来たね?
――みたいだ。またね。
「よぉー、坊主。ひとりかァ?」サルヴァトレスだ。わかるように枝を鳴らしてきた。
「はい」――おや、今日ばっかり顔がよく見える――「え……っ」
「おン?」
「な、なんでもないです」
「あぐらかいちまって、朝稽古はしまいけ」
「え、ええ。だいたい……」
「ンーなら、ちょいとツラ貸してくれや」
「なにします……?」
――コックときたら面従腹背、オウムを肩にのせなきゃいいが。
――聞こえてる。
――え……?
「うめェ仕事を見つけたんだがよ、俺単品じゃちと荷が重くってな……」
「い、いいですよ。いけます」
「おお、そら助からぁ!」
――聞こえてるのか、この声が。
――聞こえてるんだ。はっきりと。
――ほんとの、ほんとに?だって、僕と君とが通じあうのは……。
――眠っているとき、誰も見ないとき……。
「危険が……」――まさに迫る時。
「あんてェ?」
「な、なんでもないです……!仕事、どこです?」
「おお、腰抜かすなよォ。なんてたって、"迷宮"でェ!」
「め、迷宮?」――迷宮?
ゼンはひだまりに向かって、無い顔と見合わせた。




