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ゼン・イージス ―或る英雄の軌跡―  作者: 南海智 ほか
目覚めの章:統べ手無き土地
32/106

32.迷宮 上


 仕事探しならヴァンガード――商隊では暗黙の掟であった。"見届け人"の有資格者にして、厚い流儀を貫くからだ。

 まにあうだけで、とりすぎない。まして総取りなどしない。

 掲示板事情をよく知る者ほど、仕事の波を読むものである。しりふき紙にも事欠くことから、ふかふか枕に抱ける日まで。やる気の次第で片っ端から、さばけてしまえる"商隊"でも、選んで選んで、こなしてきた。冒険稼業をしりぞいて、牧場でも開くならばいざ知らず、総なめしては配慮に欠くもの。

 知られたように"商隊"は、旅さなかのわり裕福なのだ。三食腹くちくして足りて、まかなう才にありふれている。

 知恵、技、力とさまざまあった。もっとも裕福なのは誰か?やはりヴァンガードと言っていい。どうせ選ぶなら誰の始末にもおえない仕事で、それはたいてい高額の――しかし命とはとても釣り合わない――対価が相場となるためだ。

 "境"でどうにも都合がつかねば、へそくりを掘り出したろう、大男である。根っから困る誰かが挙手して、にぎらない拳の持ち主でもない。"見届け人"としてきっと、いい仕事だって見繕ってくれる。

 であれば顔をあわせないらしい。ふところをさする、今朝の彼とは。

 まさしく、サルヴァトレスのことだ。

 評されるのに"専心級"、武人と名乗ってはばかりなくてその人は、"料理人"としてこだわりがある。

 刃を抜くのはふたつにひとつ。料理か、はたまた、それ以外か。サルヴァトレス様は大っ(きれ)ェだ、「それ以外」なぞ、よっぽど選ばない。

 見張りや防衛、義務ならまだいい。よっぽど割りがよくたって、食うなら料理で工面する。"さなか"の屋台は上首尾だったが、なかなかめぐる機会でもなかった。

 つねづね寒くて、さすっている。皿を豪勢にするために、預かる食費を使い果たし、自腹をさいてなお痛むのだ。

 みなは察して口にしない。矜持にふれてえぐらないよう、できるかぎりはそおっとしている。もしも信念を曲げるようなら、ふたつ返事で手伝ってやろう。

 ゼンだって承知していた――これは内緒のおしごとだ。

『儲かるんだぜ、一枚かめよ』

 そうは言わない。あやしかろうとも、そういうしるしだ。香辛料を大量に仕入れたのも、ほんの昨日である。買い叩いたとはいえ、響いたにちがいない。塵もつもれば山となる。枚はかさめば大枚だ。

 サルヴァトレスは気づかって、きっちり山分けの旨をしきりに言った。ゼンはとっくに仕事の算段を思っていた。

「馬たち、いります?」

「や、自前で間に合わ。ごく近場って話でェ」

 "双子の山"の裏っかわ、サルヴァトレスはそう言った。つまりは町の外側だ。

 宿に戻って装備を整えている。

 調査主眼の依頼であった。"魔石"とやらを探すという。戦闘は、ないよりのなくもない。剣技はおまけで、耳と鼻とを買われたらしい。 

「坊主の五感たァ、"刻印付き"だかんな」

 大陸道を行く合間にも、ゼンは大人をうならせた。見張りは得意だ。昼番席にいながらも、御者番のヴァンガードよりはやく、先の異変に気がつきさえした。急いで駆けつけてみると、対向の馬車を襲っていたのは、群れた小猿の魔物だった。

 

 ――刻印付きね。お墨付きってところかな。

 

 頭の中で声は途絶えない。眠っている時、誰も見ない時、危険がまさに迫る時――法則からは外れていても、ゼンは不思議さより楽しさが勝った。「彼」がついているなら、むしろ安全だ。


 ――迷宮については、どんな認識?

 ――とにかく、魔法理の異空間(いくーかん)?なんだって。

 ――おおきな脅威は。

 ――意外とない、らしいよ。フランも呼んだし大丈夫。

 ――神子(ヒーラー)は必須だ。壁役(タンク)も。剣士か拳士は呼び得だろう。

 ――……いうだけならタダか。サルヴァも言ってた。


「……僕らだけ、平気です?ヴァンとヴィクトル、いりません?」

「んあー、連中つかまらなくってよ!俺も()()()にゃ顔出したんだが」

「そうですか……」

 いないのであれば仕方がない。

「ダルはどうですか?」

「……いたら声かけてみっか」

「ジニーは?」

「野暮だ。大将と観光さ」

 つまり、集まるだけの戦力はあった。経験と照らし合わせても、ゼンは過少と思わない。

 剣帯をはずして、腰帯を吊りおえている。足した小革袋(ポーチ)の中もたしかめた。短剣の刃ぶりを見直して、しっかり二振りともさげる。金物くさい鎖帷子は、かぶるとへそがちょっと出た。剣を帯びなおすのに着込みとの具合をあらためて、仕上げにぴょんぴょん飛び跳ねる――無駄な音や、不快さはない。


 ――本格だね。

 ――重さはいいけど……鼻がにぶりそう。

 ――鏡はないの?全身を見たいな。

 ――ああ、通じてるから僕が眼なんだ……"魔法の居間(リビング)"の姿見でいい?

 ――宿(ここ)の広間にもある。くすんでたけど。

 ――はい、忘れない君に百万点。


 ゼンが小突くのは女性陣の部屋の扉だ。とんとんとん。相部屋のジニーは今いないはず。

「フランー、そろそろ行ける?」

「はーいっ!いまでます!」

 彼女はいつでもにこやかだ。期待通りにすぐ見れた。

「おなかはもう平気そう?」

「ええ!」

 この頃くずれがちな笑顔だから、ゼンはいささか心配であった。それも誘った折に呻いていた訳は、着替えのよごして良し悪しだそう。たしかに、出仕度をして村服になっている。誰にもでもこだわりがあるものだ。

「術も()()()ます!万全です」

「よかった!厩舎でダルに声をかけて……それから歩きだって」

「わかりましたっ」


 ――明けた……。

 ――"治癒"のことだね。猿に腕をもがれた人がいて。

 ――ははぁ、"冷却(CD)"と"冷却期間(CT)"を言うのね。

 ――それ、教わったよ。

 ――へぇ!ぼやけない?

 ――うん。術を連発すると"強度"が落ちるのは、冷却がどうのって……。

 ――ふぅん、"強度"。定義は?

 ――むずかしいんだ。たしか……『つくりのしっかりさ』のことで、"もろいと、見えても変えられない"……。

 ――溶かさぬ炎、凍てずの氷?

 ――そう!ちょうどそんなたとえ!"星の理"だ。

 ――……あっ!鏡を過ぎちゃった。


「ほんと、忘れてた!」

「忘れ物ですか?お部屋に?」

「や!平気だよ」

 

 ――こっちにはおかまいなく。勝手によろしくやってるよ。

 ――ごめんね。


 のっぽな木造厩舎であった。一棟につき八頭が入れて、半分は初対面。奥にはダルタニエンがいる。サルヴァトレスははやかった。

「おう、こいつァ飛ばし(パス)だとよ」

「ごめんねぇ~。ちょっと、ぽやぽやしてて……」

「ぶふー!」エマは早朝の放牧が満足だったとみえる。 

「もどってきたところなんだね。おつかれさま」おかげでダルタニエンは寝不足なのだ。

「わるいなぁ、サルヴァ~」

「けっ!出先ででか(ケツ)引っかけられッ方がたまんねぇ、せーぜーグースカしとけよォ」

「《サルヴァったら素直じゃないんです》」

「《ふふ。じゃあダル、またあとで。エマ、ちょっと出てくるね》」

「いってらっしゃあ~い」「ふふん、ふーん」

 大門をめざす途上には馬車主夫妻の背中もみえたが、声はかけずにいた。昨日にくらべて、わっと活気が増したせいもある。見てきた中でも指折りだ。

「人で、たくさんですね……?」

「んだなぁ。どーにも兵隊ずくしだ」

「へいたい?どこのへいたいです?」

王国(オーコク)だよ」

 まただ、刮目すべき(アメイジア)連邦王国。とてもおそろしい国だった。

「《ずいぶん遠いところから、こんなに……》」フランの疑問ももっともである。ここは"さなか"の向こうで弧大陸西部。東の彼方にきこえる国から、どんどん離れているはずなのだ。

「ここ、王国から果てのはずです。どうしてですか?」

「さァ……群体の処理か、それこそ()()か。西向きの(よー)があンのかもな、エウロピアたぁ同盟だ」

 政治の話はまだむずかしい。ヴィクトルの故郷の、そのまた親の、さらに仲間の「連合」は、アメイジアと仲良しなのだ。


 ――兵の装備は剣に馬……まるきり中世式か。機関銃に四輪駆動かとばっかり。


 ゼンはぼんやりと、ヴァンガードの小銃が稼働するさまや、我らが黒馬車の()()を思い浮かべた。王国兵を観察してみる。"さなか"の兵らと一見よく似て、どこかわざとらしい異様さがある。掲旗の模様も気になった。

「へいたい、しるしがちがいます」

「あァ?昨日の話か、よく見てやがる。あっちゃあむしろ本式さ」

 その星を頂くやじりがたを、「彼」はいろいろたとえるのだった。


 ――方位記号のアレンジに見えるな。それか科特隊、USSF……ふぅん。


 すこし思案する間があって。

 

 ――……"なろうとするな、ただ君であれ。何某であるかは、歴史が下そう"。

 ――僕は僕だよ?

 ――君でよかった。


 大門もだいぶ賑わっていた。防護の柵とたのもしい。ものものしい、とも言い表せる。六メルほどはあるだろうか。黒く雨露の染みている、先のとがった木製で、ところどころの物見台からは、町の自警団が見下ろしている。

 ここを通るなら対価を払え、彼らはぎらぎら見逃さない。サルヴァトレスは事情を伝えた。

「すぐに戻る」

 門兵にうながされて記名する。通行賃を預けると、雑に木簡を投げ渡された。へたくそなカラスが描かれている。

「合言葉は"ほうほう"だ」

  通行料が財源の町だから、こうした仕組みができあがるのだ。

 出た先、大陸道も混みがちである。きのうは布巻き、今日は鉄帽。余計な課税を嫌った車列で、王国軍の本陣だ。

「こンだけ仰山、そうそう見ねぇな」

 三人は行った。サルヴァトレスがわらうよう、存ぜぬ王にお触れなしだ。

 西沿いに、山麓の木柵が途絶えると、青々とした森だった。突っ切って、北上すると野に出るそう。落ち枝をならす。緑をまたぐ。

 思い出したよう、フランが口をひらいた。  

「《私、どんくさいですから、今日はとっても気をつけますね》」

「《心配ない。フランだったら敵なしだ》」

 嘘を言わない少年だ。ひょっと真実よりも優れるだろうか、ヴァンガードの刻印(お墨)付きでもある。

 つまり、神子の"光槌"で灼けない脅威はない。

「《それに、誰にだってはじめてはある。でしょう?》」

「《ですね!》」

 これまた事実だ。冒険者流、という観点で、フランにとっては初仕事だった。


 ときに、定義、というのを気にするあなたへ、「戦士」のくくりを告げておこう。

 俗ないわれにこそ価値があるものだ。財布に銀貨は十分だろうか?さっそく酒場にゆくことだ。一杯奢ればただちに訊けよう、"手前の(ケツ)が拭けること"さ!荒くれどもが唱和してくれる。

 ケツが拭けるとはいったいなんだ。意図せぬ危険とかちあって、無理くりそれをはったおせることだ。

 汝、ひとりで生き抜くか。一助も介さず、抜け出すか。底なし沼を、吹雪の夜を、荒れ狂う大河を、燃え盛る森を――徒党をくんだならず者を、迫る魔物の大群を。ならば真なる戦士だろう。

 これまたゼンを悩ませたものだ。『人さらいのとき、こまったんだ……』『そりゃお嬢さんとエマがいたものな』 

 戦う人のかたちには、千の呼び名があるものだ。ゼンは"戦士"でいられなかった。戦士としてひとり切り抜けられても、"守手"としては足りるのだろうか。肩書きを、授かるだけしてわからない。

 そして尽くす手は明快だった。


 かえられないほど大切なものは、あぶない場所から遠ざけておく。


 至極まっとうなやり方にして、経験則だ。『今はそれでいい!』『そうすべきだ……』大の戦士らにせよ、安直といわない。

 くくり、はたまた、肩書きからして。

 フラン・フラムネルは魔術師である。戦士に、ちょっとおよばない。誤解を恐れず付するなら、たしかに彼女はどんくさい。

 流れ矢だって、見て避けられない

 "一条"を遅々とした反省から、期を見てけなげに励んできたとも。王国人は運動科学にくわしいし、"魔法の居間(リビング)"でだって、足腰は鍛えられる。森歩きくらい、今では屁でもない。

 しかし、戦士の反射までは身につけない――それは科学より神秘に近しきものだ。


 "誓約の森"で、少年少女の典型はみられた。

 ゼンは手前のケツは手前でふいた。しかし果たすべき役割は、ヴィクトルが代行してくれた。 

 もしもフランが撃たれていたら。

 ゼンはあとから肝を冷やした。弾丸の前で"光槌"は、どれくらい効果的だろう?フランはとんでもなく強い。けれど戦士より、はるかに遅い。


 ――だから君は、剣をやめられない……。


 かたやフランの考えも明快だ。


 ――私が足手まといでいると、彼がもっと危ない目をみます。


 冒険者流の稼ぎ方は、ゼンに任せきりだった。試練をわかちあうのが、神子と守手であるべきなのに――悔しい思いをこらえてきた。必死で折り合いをつけたのに、わが身可愛さなどあるはずがない。

 燻ぶる向上心は、機会を、フランに渇望させていた――学べるときに学ばないと。

 馬車の防衛で、神秘をふりかざすことは道々あった。しかし完全に守られていた。完全に、と断言できる。商隊の誇る五人の戦士を、ごぼうに抜ける魔物はそうそう、野っぱらで暮らしたりしない。

 せめても安全な柵の向こう側から、ためらわず「撃つ」胆力はそなえた。

 次だ。

 隣とはいわない。もうすこし近くで。ちょっと後ろで――私も一緒にたたかいたい……。


「《ふたりでがんばろう》」「《がんばりましょう!》」


 ところにふったうまい話が、サルヴァトレスの依頼であった。少年少女は飛びついた。

 やらないものは上達しない。経験もせず良くはならない。手頃な仕事だ。「敵はないよりのなくもない」、これはいい。

 ゼンにはまた、確信があった。ゆすげるほどの苦汁を思って。


 ――今ならもっとうまくできる。

 ――油断大敵だ。

 ――君もいる。

 ――目は開けておけ。

 ――もちろん。


「嬢ちゃん、()んて?」

「はい、気をつけるって。えと……おそい?から。僕とサルヴァでたりないでしょか」

「戦士二人前、後詰めは強火。訳ねぇぜ」

 しばらく森はしんしんとした。ゼンには苦にもつかない沈黙だったが。

「実ァよ……」

 あきらめたよう、サルヴァトレスは頭をかくのだった。

「ヴィーの旦那にゃ断られちまった。そら、"舟漕ぎ"がどうの……」

「あー。自分でこげ、ですね」

「へっ、ろくすっぽ海に出ねぇくせ連中、なにかにつけて浮かべやがる」 

「ふふ」

 教養の芽が笑いをもよおした。連中、とはエウロピア地方の人を言うのだ。たしかに海を敬遠するが、名湖・名河が各地にあるぶん、彼らは水と親しく暮らす。水の神の名を敬うのはまた、建国の(イシズエ)となった守護剣、その始祖が崇めた歴史に由緒する。 

 どうせ覚える地理のついで、関連付けたら得だからと、知恵の大木はことわざをくれた。ヴィクトルはよく舟を漕がせたがるけれど、四大公国にはそれぞれの色がある。

 エウロピア東部、シュワルコフなら秤の国章。名将の逸話が数多い。湖を後背しながらも、奮起し敵を打ち破った故事から、"背湖の陣"をとりたてていう。

 エウロピア中部、ジガヴェスタは水瓶の乙女を掲げる。ときの大公は大局観に優れていた。他国があらそう隙をつき、またたくまに領地をひろげた史実から、"水瓶の利"をしばしばいわれる。

 エウロピア南部、ダンコヨーテにはヴィクトルの故郷がある。冠をかぶる狼がしるしだ。内陸部はこと冬に霧が濃い。獲物に夢中な狼は、湖に脚をすべらすだろう――そんなかたきの挑発を、見事に(いくさ)で意趣返し。"霧中の走狼、氷水に落つ"これを笑い話に仕立てたという。

 エウロピア西部、ドラッドネルトは「龍の首くらう獅子」そのものだ。衰えた、と節々でささやかれながらも、大国の威厳を保ち続けるから、"老いても獅子は獅子"と畏怖される。


 ――獅子だけ水とは()()がないね。

 ――ほんとにきちんと集中してる?

 ――まだ散歩だよ。先導はサルヴァの番だし。


 サルヴァトレスとて戦士の端くれ。腕前だって専心級で、真っ向斬ったらゼンもわからない。

 ちょっとかわった戦士ではある。料理の技なら明らかながら、腕っぷしはやや隠れがちなのだ。大立ち回りはせずにいて、さっと無駄なく仕留めてしまう。見逃しやすい。派手な拳がはたで吠えるせいもある。

 不気味なほどに静かに歩けて、ともすれば「そこに居る」のさえ、どうしてだろう、ときどき見逃す。小用を足しに繰り出た夜など、ばったり出くわし粗相しかねない。

 技の来歴が気になるものだ。

 ゼンだって(いくさ)は大嫌いだが、我が身を守れる剣術は好きだ。サルヴァトレスはどちらも嫌いらしい。ほかの戦士らに訳を探るも。

『……ああした生き方もある』『たよりになるよぉ』『本人に聞いてみたらどうだい?なに、誤魔化された?じゃ、そのうちに期待だ。ははは』

 わからずじまいだ。踏み込みすぎると、煙たがられるやも。好奇心をちょっとだけ曲げて、観察するのはいつでもやめない。 

 たとえば、サルヴァトレスは長物を帯びない。一度たりとも帯びてみせない。戦闘用の短剣を常なら二振り、いまは四つ振り。それで料理人流の戦装束なのだ。

「サルヴァ、今日は四本ですね」

「おあ?そうさ、放っちまっても釣りがあろ?」

「もっときいてもいいです?」

「なにをぉ」

「……長い剣、ずっと使いません。何故です」

「ん。そりゃーな、そりゃ……お、野に出やがるぜ」

 森を抜けるのがはやかった。二十分そこいら歩いたろうか。目移りしがちなゼンの好奇心だった。 

「入り口ァ、もーちょいふもとらしいが……」

 言われて、らんらんと目を皿にした。だいぶを森に囲まれた原っぱで、むこうむかいには山のつけ根だ。

 

 ――まさか迷宮ってあれかい。

 ――どれ?どれ!

 ――視界のずっと奥。や、それよりすこし右、麓の岩くれの斜面にある……隔壁だよ。

 ――わかった!くりぬかれて、壁みたいになってるね。


「入り口、あれですか!」

「おーおー、あれだ!」


 ――迷宮に、作者はいるの?

 ――勝手に湧いて出てくるんだって。昔の人のケンゾーブツに、つながることもあるらしい!

 ――昔の人?ほんとうに。

 ――うん、"先史人"って言うんだ。

 ――……実に興味深い。


 あらたな体験を前にして、ゼンはわくわくしきっていた。すっかり遠足気分だった。明日の自分がみたら、殴り倒したにちがいない。

「サルヴァ!僕たち、迷宮はじめてです!」

「目ェのつけドコロは聞いてンだろ?」

「《フラン、覚えてる?》」

「《大声を出さない!》」

「《わからないものにさわらない!》」

「《()()()があったら……》」「《踏み込みまない!》」

 諳んじるのに価値はない――皮肉なことに、呪文と同じだ。

「だいじょうぶです!」

 少年少女が自信たっぷり頷くと、サルヴァトレスは満足げだった。

「とくに生物探知はシロと出てる。いまんトコ魔物は棲みついてねぇってこったな。二、三あった先行組もまるきり無事で(けぇ)った。俺らの仕事は、宝のありかを調べることだけさ。もしも、もしもだ『なにか』がいたとして、おっぱじめる気は毛頭ねぇ。きな臭けりゃ引っ返す!いーな?」

「「はい!」」

 仕事の話を、大人はつづけた。

「ほれ、嬢ちゃん。ぽっけに入れといてくれ。俺ぁ頭ミソにつっこんだから」黄ばんだふにゃふにゃの紙切れで、地図の覚書きだった。直線ばかりでよくわからない。「ここ二、三日の生まれたてだそーだ。"魔法理異象(アノマリー)"もねぇような、青いケツした迷宮さ。つまり"魔石"もねぇかもしれねぇ。それで構わねぇ。とンのが仕事じゃねぇからよ。行って見て、帰るだけ。な、割りがよかろ?」

 "魔石"の生まれはいつかわからないから、何度も人をよこすのだ。「俺様がとんなきゃ、ほかの誰かがかすめた依頼さ」サルヴァトレスは得意そうだった。 

「そうだ。見届け人、いらないですか」

()()()ってなぁ、そういうことさな?組合の(てぇ)で、組合じゃあねぇ。確認されてる最奥に、先行組が(あかし)を残してる。持って帰りゃあ良しってな"誓い"も噛ました。仕組み、仕組みでよ」

 前金までも出る仕事だった。ダルタニエンにもう預けてある。

「中に入ったら、俺様の踏んだとこだけ踏めよ。坊主はもちろん、これでもかって聞き耳だ。嬢ちゃんはまず世話ねぇが、合図したんならドカンと頼まぁ……」

 野をいく合間に、あれこれおさらい。既に目前である、入り口だった。

 いやに大きい。ぬらりと大きい。

 斜面に切り立つ化け物とびらだ。とびら、というより、ほぼ壁だ。巨人(ジャイ)種も見上げてひっくり返れる。町の大門もかすんでしまう。ずらし戸だろうか、いかにも重そう。重そうどころか、人の手にあまる。


 ――高度軍用規格の防爆壁だ。十キロ圏の核だって耐えるぞ、こいつは。


 お邪魔するのは見た目ほど難しくないらしい。端にはちんまりくぐり戸が、既に開け放たれていた。臨してみればそれすら分厚く、奇異なつくりで、やっとぶらさがる手鏡(?)や、もつれた毛だまり(?)を「彼」は気にした。


 ――破壊されてるが……網膜識別に指紋認証。どうにも西暦最後期型だ。

 ――ずっとぼやぼやだよ。

 ――この先、もっとぼやけるぞ。

 ――……あぶないかな?

 ――まだわからない。とにかく仕事に集中するんだ。


 ゼンは従った。ガズの剣を引き抜いている。のぞくむこうには、暗がりが待ち受けていた。

 まずは目が要る。研ぎ澄ましている。ようく凝らせば薄明り。角灯(ランタン)色に等間隔で、ゆらがず、足元をみちびいている――誘導灯だよ――それは下降していた。

 斜面なのだ。

 二番に踏み入り、ゼンは鳥肌が立つ。小石のかけらも踏めやしない。おそろしいほど整っている。

 

 ――広々と贅沢だね。チキンウォーカーで戦列も組める。

 ――わかるの、ここが何なのか。

 ――バンカー、シェルター、そういう類さ……君も好きだろう?隠れ家だ。

 ――じゃあ罠がある。

 ――否定できない。


 耳を澄ませば。

 こぉぉぉ、と空鳴りだ。あらぬ方向で水滴が落ちた。三人分の息遣いがある。生物のしるしは、ほかにない。

 一行は立ち止まっていた。通用口をくぐってすぐだ。外光の、為した影だけ先走る。導く灯は心もとない。

 ぽっかりと闇の大口が待つのだ。何がいるとも知れないそこは、往々にして恐ろしい。

「こいつぁちっとばか、フンイキあるじゃあねぇの……」

 しかしゼンの五感は告げている。

「生き物いません。たしかです」

「ん、そうか」

「あの、あかり、つけ、つけます?」我や今こそ、フランが言った。

「や、ここでしばらく目ェ慣らす。ちょいと行ったら明るむそーだ」

 サルヴァトレスが進むのを待ち、少年少女は後に続いた。

 装具の音がやたらと響くので、ゼンは気が散る。

 

 ――出る前にたしかめたのに……。

 ――筒は波をよく射返すからさ。


 闇の舌先に飲み込まれてゆく。踏み入ってしまえば、思うほど黒くはない。片目でうしろを振り向けば、くぐり戸のかたちで、空の光がみつかった。


 ――やっみにか~くれて生きるのは……。

 ――ふべんだろうね。半分だけしか光を見返せない。


 たまたまながら、フランと目が合う。不器用につぶり返された。


 ――うふ、かわいいじゃない。

 ――うん。


 くだりきるのに何事もなかった。坂が終わると、やがて行き止まる。のど元の様子は直前で知った。

 化け物とびらだ。

 二枚目だ。

 今度のくぐり戸は閉まっていた。外光はもはや小指の爪ほどである。

「っと、行き過ぎか。ちょい手前、ちょい手前……」

 サルヴァトレスが言わないうちは、罠の心配もすくないのだろう。ゼンはここまで来た壁沿いに《エアロックのハッチ》を見つけていた。

「サルヴァ、ここでは?」

「ん、おお……こいつぁおもてぇな」

 戦士ふたりがかりでようやく動く。がらり、ごろりと苦労して、待ち受けるのはまた暗黒だ。導く灯もなにもなく、サルヴァトレスは訝しんだが、踏み入って。

「あ」「うおっ」

 ふっと(まばゆ)い。ともすれば毒々しく、見ない青さが降り注ぐ。すぐまた扉の小部屋であった。


 ――およそ味方の光だよ。除染室を兼ねるんだ。

 ――……よごれをおとす部屋?

 ――そう、目視できない脅威は多い。ウィルス(Viruses)細菌(Bacteria)有毒物質(Toxicants)放射能(Radiation)……。

 

 ぼやけていても印象がちらつく。けがれてうごめく不気味な泡、もうもうと立ち昇る胞子、噴霧され迫る緑の霧、蜂の色をした不吉な太陽。

「坊主?」

 ゼンは我に返った。二枚目の扉を開けにかかるのに、サルヴァトレスは備えを問うている。すぐさま頷き、手を貸した。一枚目より小ぶりで手間がない。開き終えている。待ち受けるのは。

 またも暗黒――いいや。

 白昼灯より白かった。

 すぐ正面に壁かと思えば、ずん、ずん、ずん、ずん。光が闇を散らしていく。左右にかけて、長い通路の一部とわかった。

 つるつるの内部構造だ。床、壁、天井、どこを選んでも、宿のくすんだ鏡より、よっぽど自分が見てとれる。


 ――いよいよだ。ここは"箱庭"と見ていいな。

 ――それって、君のこきょうのこと。

 ――あいにくそのまた親戚だ、気まずいことに初対面のね。居住、研究……どんな区画だか知れたもんじゃない。


 知れないものはおそろしい。ゼンは仕事を思い出す。鼻を鳴らして、耳をとがらせた。目まで瞑れば、森に浸るのとどこか似ていたが、匂いにしても、静けさにしても、生き物をゆるさないようだった。


 ――光とおんなじだ。へんに白すぎるような。 

 ――僕はオゾン臭を思ったよ……つまり、強い光の副産物を。


「……ひょっとこいつぁ"先史の迷宮"か」

 首をめぐらしたのち、サルヴァトレスが言った。

「やたらとでけぇ地下空間、馬鹿みたく晴らす照明、いかにも高級でわからん建材……かもしれねぇたぁ聞いちゃいたが」

 ゼンはフランと大人を見ている。うさんくさい面が振り向いていた。

「他んと比べて、異質すぎる」

「先史、わるいです?」

「迷宮ならよ、勝手もわかンだ。だが"先史"となるとてんで知らねぇ。見つかるはじから封じられちまって……」

「だれに?」

「そら決まってる、王国に――」「「あ」」

「へいたい、たくさんいました」

「っけねぇ!抜けてやがった。連中それこそ、こいつを塞ぎに!」

「おこられる、ます?生き物……やっぱり、いません」

「んん……!」

 正確すぎるゼンの五感が、サルヴァトレスを迷わせる。サルヴァトレスだから、かく考えるべきだ――ちっとでも前情報にくるいがありゃ、どんなだろーとずらかる気だったさ。先行がでまかせこいてりゃコトだ。が、ここまでひとつと間違っちゃねぇ。壁に埋まった扉の枚数、むこうの角までの見取り。ああ、どうにも確かでいやがる。罠の類もとんとみあたりゃしねぇし……すっとまじぃのはよ、俺様が"先史"を知んねぇこと。それと、長居すりゃ王国軍にとっちめられる可能性が無くもねぇってこと。

「前か後ろか?サルヴァに、まかせます。僕もフランも、行くなら、行きます。僕は迷宮に、えーと、きょうみがあります」

「……そうか」――何びびってやがる。ねぇんだろ、金がよ。預かった銭もやりくりしねぇで、どの面さげて無心すンだ。"魔法理異象(アノマリー)"にだけ気ぃ配りゃあいい、そうさ――「よし、決めだ。とっと行って、とっとと(けぇ)る」――悪ィコトずくしじゃねぇ。俺様は知ってる、女王の兵は()()()()()()。出くわす傍から理不尽に斬ってかかりゃしねぇ。なおさらこちとらガキ連れときた、ちょろまかす隙だってある……――「だがな、もしも地図に間違いがありゃしまい。ちぃとでも何かの気配がありゃしまい。ほんとうにしまいだ。そんでいいか?」

「わかりました」「はいっ」

「ぜってぇ俺よか前ン出るな。ゴマつぶみてぇな異変でも、目につきゃ手あたり次第(しで)ェにあげてくれ」


 とりかえしのつく今のうち、"迷宮"とはなんぞや、彼らの常識をさらっておこう。

 前触れもなくそれは現れる。誰も入り口を見ないとき、誰も内部に入らないとき、ひとりでに消滅する。

 ふっとみつかる山の洞、やたらと波打つ池の水面、昨日はなかった湖の小島、蓋がされていたはずの古井戸、風すさぶ野に一枚の扉、不思議なところについた窓。

 むやみに手足をかけないことだ。そこは「入り口」なのかもしれない。

 内部構造の多様さは、口の印象にならいやすい。

 洞なら鉱山、はたまた巨大な蟻の巣。窓であるなら一軒家。むこうの所在は、物の理に従わない。夏も盛りの原野から、扉一枚で雪景色、これもありうる。

 入り口とはまた出口であり、ほかに干渉は不可能だ。可能そうでも捻じ曲げられる。だから「異空間」という認識がなされる。

 "魔石"が人を迷宮にいざなう。語のうえ「石」をいうだけで、必ずしも石をかたどらない。宝石状もたしかに多い。その他はしかし不定形だ。具体的には"魔道具"として、こちらの(せかい)で活躍している。言わずもがな、たいていは高価。人は、魔石を見たら"魔石"とわかる。定義にして「迷宮外への持ち出しがかなう物体」をいい、きまって"魔法理異象(アノマリー)"のそばにある。

 迷宮に、おおきな脅威は意外とすくない。それで正しい認識だ。あげるとしても、四つほどだろう。すなわち――内部の地形、人為的な罠、棲みついた魔物、そして"魔法理異象(アノマリー)"だ。

 "魔法理異象(アノマリー)"とは、迷宮内部において特異に、行使者不在の魔法理が、もたらす現象・一帯をいう。

 こちら側にも、探しつくせば似たものはある。浮かぶ岩山、空中庭園、とどまることを知らない流砂。どれも魔法理に基づくらしい。ただし因果をひもとけば、秘法や呪いに行きつくことだ。つまり行使者は何時(いつ)か、ないし何処(どこ)かに在る。

 "魔法理異象(アノマリー)"では不明だ。

 穴かとのぞけば吹き出る火炎、肉をも引き裂くつむじ風、野犬のごとく駆け巡る紫電、剣士もくしゃくしゃの重力場、飛びかう家具が襲いくる一帯。

 どうしてそれはある?とにかくわからない。

 意図もつかめず死角になりがち、もっとも警戒すべきと言われる。魔物も罠も地形の陥穽も、「外」の経験で見切れるが、"魔法理異象(アノマリー)"は、迷宮内でしか学べない。

 対抗策なら単純だ。目利き、耳利き、鼻利きである。

 手がかり自体はありはする。察知しにくい、それだけだ。かげろう、異音、異臭に鳥肌、鋭い者であるならば、"魔法理異象(アノマリー)"の近傍だと察せる。

 ゼンが頼りにされる訳だ。罠の看破ならサルヴァトレスの領分であった。魔物がいないなら、あとの脅威は"魔法理異象(アノマリー)"。間違っていない。一行は、知れるだけを知っていたはずだった。


 長い廊下を、三人は進んでいる。ときどき曲がる。景色はかわらない。行く道、来た道、白い光だ。

 《自動扉》を「彼」は言った。たしかに扉であるのだろう。ずらずらと壁に埋まって、ほとんど模様だ。いくつかは赤いバツ印で上塗りされている。明らかに迷宮と質を異にして、先駆者が残したしるしだった。「解錠をこころみるも、お手上げ」を言っている。理屈の上では、バツが見えるなら安全で、理屈に従う三人であった。

 さいしょにゼンが歩を止めた。

「あ、まって」

「どーした!?」

 おおきな囁き声である。

「なにか……」

「聞こえたか?」

「いいえ、ええと……はだ、ひょうめん?」

 サルヴァトレスは感知しなかったらしい。ゼンも覚えはわずかだから、フランの手をとって、やさしくひいた。

「《ねぇフラン。ここって、何かない?》」

「《……はい。結界?でしょうか》」

 目には見えない蜘蛛の巣が、鼻先からかかとまでを撫でたような。

 長耳ジニーが教えてくれた。"一条"にもあったそれは、おそらく"結界"なのだろう。敏くあれるかは体質や、結界の対象に依る。魔物を跳ね返すだけが能ではないのだ。"魔法の居間(リビング)"の仕組みやまさに、町の警戒線や、"聖域"の原理にも結界は関わってくる。

 あらたに出くわして、役割は不明だ。

「警戒線の類かァ?先の報告にゃあねぇぞ。言い逃したか、ニブちん揃いだったか……」

 一行はしばらく様子をみた。とにかく"魔法理異象(アノマリー)"なら悪い。

 しかし、なにもおこらなかった。

 赤バツが先へ続いている。

 ひとまず安全、よし。

 とっとと仕事を済ますべく、愚直に進む三人であった。

 赤い印をさらに数えて、最深部までたどりつく。地図のうえでの話をしている。なにせ景色は変わり映えしない。

 通路の果てで、丁字路で。ぽつん、と鉄錫(ブリキ)(バケツ)だけちがう。もう足元だ。

 満ち満ちた塗料は、やっぱり赤い。浸かっているのが、筆と棒である。

 棒が「(あかし)」になる。

 短剣大に四角くて、おもてには模様が刻まれていた。"もどき"の(つい)と符合する。持って帰れば、仕事は終いだ。

「ったく横着しやがって」

 サルヴァトレスが拾い上げると、ぼたぼた塗料が滴った。腰帯にさすには不自由しよう。

「――とっくに乾いてりゃいー頃だが……」

 振ってしずくをはらう間に、ゼンは丁字の先をのぞいてみた。右も左も赤バツはなかった。

「これだけ、ですか?」

「おお!これだけさ、うまかろう?」

「はい」

 何事もない。よかった、よかった。そうして踵を返すのだった。もと来た道を、それなりに歩く。突きあたるから、もうそろ折れる。そのとき。

 事だった。

 音が鳴った。

 はじめての、という意味で、内外をちっとも問わない音で。

 

 フシューッ!


 刺すように響く大音だった。行く手である。風でも急に漏れるのか。三人そろってはっきり聴いて、怯えたフランなどゼンにくっついた。


 ――開くぞ!左手だ。


 どうにも「彼」が正しいらしい。壁と思えて、壁ではなかった。《自動扉》ともかたちがちがった。


 ガシャゴショガシャ!


 と片付いて、たちまち丁字路が完成だ。ゼンはとっさに躍り出て、サルヴァトレスと並び立った。


 ――何かいる!むこうにいる!


 金属の音がいくつもあっても、聞き分けるほど耳利きだった。役立ったかは、微妙であった。

「なにか来ます!ちいさめです!」

「なんだ!?」

 答えようにも、ゼンは窮する。「何」であろう、まるでわからない。おそらくひとつの動体で、奇妙だ。出すべき音を、それは出さない――息もしないで、動けてる……!?


 カション、カション。


 規則正しく床を打つ。ようようと軽い足取りで、それは姿をあらわした。


 ――ま、魔物なの……?

 ――違う!自律兵器だ!監視支援型のミニ・タレットだ!


 ぼやけているからわからない。どうして銃がよぎるのだろう。謎の動物――動くのだから、動物だ――に、ゼンは"対魔"の知識をついやしている。

 おおきなひとつ目、筒状に細長いくちばし、かくかくとした二本足――にわとりのなかま……?――けれども羽をはやさずに、おおきなたまごを背負っている。

 わかるものか。ゼンは焦った。サルヴァトレスが何か言った。

「こりゃ、機械(マシン)……か?」

 呼ばれたとでも思ったのだろうか、にわとりは首で振り向いた。

 そうとも、首と呼ぶべきだ。くちばしを、ぎゅっとこちらへ向けた。つぶらなひとみで、じっと見る。まもなく、ピピピ!とさえずって、()()()()()()()()()()。冷たい女性の声だった。


「《Unauthorized weapon presence detected within premises. Compliance with facility protocols is mandatory.》」


 知らない言葉だ。そのはずだ。しかしわかった。なにやら大事を告げている。それから。


「《Attention: Disarm immediately by placing your weapons on the ground. Take a non-threatening posture with hands raised and kneel slowly.》」


 わんわんと、迷宮中が鳴り出していた。けたたましく、喇叭(らっぱ)と鐘とが騒ぎ立てるのだ。どうして。ただ、ひたすらに。


「《Security alert: All units proceed to alert status and converge on the specified sector.》」


 声は淡々と繰り返された。頭の中でも「彼」が叫んでいる――今す縺舌◎れを遐エ螢翫@ろッ!――わからない。


「《Warning: Remain stationary. Further instructions will follow.》」


 ――君は?∫漁繧上l縺ヲ縺?k! 


「《Immediate compliance required: Present yourself for a security identification check.》」


 鮮明な伝達は、次で最後だった。


「《Final warning: Failure to comply will result in enforcement action.》」


 ――()()()()()


 ピピピ!

 にわとりがまた鳴く頃に、ゼンは剣を振りはじめている。

 相対およそ、七メル、八メル。自分の距離ではなくたって、何が起こるかわかったからだ。

 

 見つめていた。ゼンには見えている。

 長細いくちばしを、まさに翔けあがる弾丸だ。

 回転しながら飛び出している。あたまが窪んで、ちょっと太っちょ。

 小銃弾ほど速くない。

 だから間に合う。間に合っていい。


 ――僕の真後ろには、フラン……!


 戦士か守手か、どう振る舞うのか、ゼンは選んだあとだった。捌き方なら経験値もある。


 ――やれるッ。

 

 しかし閃く自信は刹那に失せた。なにせ。


 三連発は、はじめてだった。


 戦いの自分がとうに目覚めている。

 手首を利かせて斬り上げた。はぜた。

 踏み込みなおして、"疾風"で受けた。割れた弾頭が頬をかすめる。

 置き直すのに、()()()()()()

 左の肩に嬉々とめりこむ、まるまる太った弾頭だ。

「がぁっ!?」

「坊主っ!」

 ゼンはひとりで戦っていない。サルヴァトレスの投擲と、入れ違いざまの三連射だった。にわとり目がけて放られて、短剣がつき立とうとしている。

「うぅ……」

「ゼン!?」

 やっと魔術師の行動順だ。苦痛によろめく少年をみて、ようやく事態を把握する。にわとりは敵だ。短剣に撃たれた。


 ガション!カショション。


 ひるんだようで、まだ倒れない。滲む血が黒い。火花を散らして、ぎぎぎ、ぎぎぎ、と細長い口を持ち上げようと――させてならない。

「嬢ちゃん!」

「っ!火の矢です!」

 "緋矢"の必中圏内である。二本、三本と突き立つと、よたよた、ガララ。寝ついてくれるにわとりだった。いびつでも羽を手に入れたのだ、とうぶん空を夢に見るがいい。

「坊主、どこをやった!」「みせてください……っ」

 案じて駆け寄る暇もない。次だ。


「《...Anomaly detected! Confirmation of A.O.R. generation.》」


 迷宮中が喋り出し、白い光がすべて落ちた。塗り変わっている、暗い赤だ。喇叭(らっぱ)はいまもはやし立てる。


「《Unregistered N.R.A. activity observed initiating A.O.R.》」


 一帯が明滅しはじめて。

 

「《For security reasons, all sectors will undergo immediate lockdown.》」


 言い終えたろうか?終わってくれない。随所で鳴るのが、


 フシューッ!フシューッ!フシューッ!


 聞いた不快な音だった。

 振り向くといい。壁が迫るだろう。塗料のバケツも、もう見えない。

 隔つ、隔つ、隔てる壁が、ぐんぐん、こちらに迫っている。十歩のそこが、いまや壁だ。

「くそッ!あんだってンだよ、ひっきりなしに!?」

 無知は死である。サルヴァトレスが叫んだ。



 "Don't try to be a great man, just be a man. And let history make its own judgments." ――『スタートレック/ファースト・コンタクト』


以下、改稿にあたって本文から割愛した内容。


「施設内での無許可武器携帯を検出。施設規定の遵守が求められます」

「注意。ただちに武器を地面に置き、武装を解除してください。手を挙げ、ゆっくりと膝をつき、脅威のない姿勢をしめしてください」

「保安警報。全ユニットは警戒態勢に入り、指定されたセクターへ集結してください」

「警告。現在位置にて静止してください。続く指示があります」

「ただちに従ってください。セキュリティIDチェックのため、身分を提示してください」

「最終警告。従わない場合、強制措置が取られます」

---

「空間異常検出!現実改変の生成を確認」

「未登録の新現実設計者による現実改変を観測しました」

「保安上の理由により、全区画を直ちに封鎖します」


英文監修にChatGPT4を使用。

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