32.迷宮 上
仕事探しならヴァンガード――商隊では暗黙の掟であった。"見届け人"の有資格者にして、厚い流儀を貫くからだ。
まにあうだけで、とりすぎない。まして総取りなどしない。
掲示板事情をよく知る者ほど、仕事の波を読むものである。しりふき紙にも事欠くことから、ふかふか枕に抱ける日まで。やる気の次第で片っ端から、さばけてしまえる"商隊"でも、選んで選んで、こなしてきた。冒険稼業をしりぞいて、牧場でも開くならばいざ知らず、総なめしては配慮に欠くもの。
知られたように"商隊"は、旅さなかのわり裕福なのだ。三食腹くちくして足りて、まかなう才にありふれている。
知恵、技、力とさまざまあった。もっとも裕福なのは誰か?やはりヴァンガードと言っていい。どうせ選ぶなら誰の始末にもおえない仕事で、それはたいてい高額の――しかし命とはとても釣り合わない――対価が相場となるためだ。
"境"でどうにも都合がつかねば、へそくりを掘り出したろう、大男である。根っから困る誰かが挙手して、にぎらない拳の持ち主でもない。"見届け人"としてきっと、いい仕事だって見繕ってくれる。
であれば顔をあわせないらしい。ふところをさする、今朝の彼とは。
まさしく、サルヴァトレスのことだ。
評されるのに"専心級"、武人と名乗ってはばかりなくてその人は、"料理人"としてこだわりがある。
刃を抜くのはふたつにひとつ。料理か、はたまた、それ以外か。サルヴァトレス様は大っ嫌ェだ、「それ以外」なぞ、よっぽど選ばない。
見張りや防衛、義務ならまだいい。よっぽど割りがよくたって、食うなら料理で工面する。"さなか"の屋台は上首尾だったが、なかなかめぐる機会でもなかった。
つねづね寒くて、さすっている。皿を豪勢にするために、預かる食費を使い果たし、自腹をさいてなお痛むのだ。
みなは察して口にしない。矜持にふれてえぐらないよう、できるかぎりはそおっとしている。もしも信念を曲げるようなら、ふたつ返事で手伝ってやろう。
ゼンだって承知していた――これは内緒のおしごとだ。
『儲かるんだぜ、一枚かめよ』
そうは言わない。あやしかろうとも、そういうしるしだ。香辛料を大量に仕入れたのも、ほんの昨日である。買い叩いたとはいえ、響いたにちがいない。塵もつもれば山となる。枚はかさめば大枚だ。
サルヴァトレスは気づかって、きっちり山分けの旨をしきりに言った。ゼンはとっくに仕事の算段を思っていた。
「馬たち、いります?」
「や、自前で間に合わ。ごく近場って話でェ」
"双子の山"の裏っかわ、サルヴァトレスはそう言った。つまりは町の外側だ。
宿に戻って装備を整えている。
調査主眼の依頼であった。"魔石"とやらを探すという。戦闘は、ないよりのなくもない。剣技はおまけで、耳と鼻とを買われたらしい。
「坊主の五感たァ、"刻印付き"だかんな」
大陸道を行く合間にも、ゼンは大人をうならせた。見張りは得意だ。昼番席にいながらも、御者番のヴァンガードよりはやく、先の異変に気がつきさえした。急いで駆けつけてみると、対向の馬車を襲っていたのは、群れた小猿の魔物だった。
――刻印付きね。お墨付きってところかな。
頭の中で声は途絶えない。眠っている時、誰も見ない時、危険がまさに迫る時――法則からは外れていても、ゼンは不思議さより楽しさが勝った。「彼」がついているなら、むしろ安全だ。
――迷宮については、どんな認識?
――とにかく、魔法理の異空間?なんだって。
――おおきな脅威は。
――意外とない、らしいよ。フランも呼んだし大丈夫。
――神子は必須だ。壁役も。剣士か拳士は呼び得だろう。
――……いうだけならタダか。サルヴァも言ってた。
「……僕らだけ、平気です?ヴァンとヴィクトル、いりません?」
「んあー、連中つかまらなくってよ!俺ももどきにゃ顔出したんだが」
「そうですか……」
いないのであれば仕方がない。
「ダルはどうですか?」
「……いたら声かけてみっか」
「ジニーは?」
「野暮だ。大将と観光さ」
つまり、集まるだけの戦力はあった。経験と照らし合わせても、ゼンは過少と思わない。
剣帯をはずして、腰帯を吊りおえている。足した小革袋の中もたしかめた。短剣の刃ぶりを見直して、しっかり二振りともさげる。金物くさい鎖帷子は、かぶるとへそがちょっと出た。剣を帯びなおすのに着込みとの具合をあらためて、仕上げにぴょんぴょん飛び跳ねる――無駄な音や、不快さはない。
――本格だね。
――重さはいいけど……鼻がにぶりそう。
――鏡はないの?全身を見たいな。
――ああ、通じてるから僕が眼なんだ……"魔法の居間"の姿見でいい?
――宿の広間にもある。くすんでたけど。
――はい、忘れない君に百万点。
ゼンが小突くのは女性陣の部屋の扉だ。とんとんとん。相部屋のジニーは今いないはず。
「フランー、そろそろ行ける?」
「はーいっ!いまでます!」
彼女はいつでもにこやかだ。期待通りにすぐ見れた。
「おなかはもう平気そう?」
「ええ!」
この頃くずれがちな笑顔だから、ゼンはいささか心配であった。それも誘った折に呻いていた訳は、着替えのよごして良し悪しだそう。たしかに、出仕度をして村服になっている。誰にもでもこだわりがあるものだ。
「術も明けてます!万全です」
「よかった!厩舎でダルに声をかけて……それから歩きだって」
「わかりましたっ」
――明けた……。
――"治癒"のことだね。猿に腕をもがれた人がいて。
――ははぁ、"冷却"と"冷却期間"を言うのね。
――それ、教わったよ。
――へぇ!ぼやけない?
――うん。術を連発すると"強度"が落ちるのは、冷却がどうのって……。
――ふぅん、"強度"。定義は?
――むずかしいんだ。たしか……『つくりのしっかりさ』のことで、"もろいと、見えても変えられない"……。
――溶かさぬ炎、凍てずの氷?
――そう!ちょうどそんなたとえ!"星の理"だ。
――……あっ!鏡を過ぎちゃった。
「ほんと、忘れてた!」
「忘れ物ですか?お部屋に?」
「や!平気だよ」
――こっちにはおかまいなく。勝手によろしくやってるよ。
――ごめんね。
のっぽな木造厩舎であった。一棟につき八頭が入れて、半分は初対面。奥にはダルタニエンがいる。サルヴァトレスははやかった。
「おう、こいつァ飛ばしだとよ」
「ごめんねぇ~。ちょっと、ぽやぽやしてて……」
「ぶふー!」エマは早朝の放牧が満足だったとみえる。
「もどってきたところなんだね。おつかれさま」おかげでダルタニエンは寝不足なのだ。
「わるいなぁ、サルヴァ~」
「けっ!出先ででか尻引っかけられッ方がたまんねぇ、せーぜーグースカしとけよォ」
「《サルヴァったら素直じゃないんです》」
「《ふふ。じゃあダル、またあとで。エマ、ちょっと出てくるね》」
「いってらっしゃあ~い」「ふふん、ふーん」
大門をめざす途上には馬車主夫妻の背中もみえたが、声はかけずにいた。昨日にくらべて、わっと活気が増したせいもある。見てきた中でも指折りだ。
「人で、たくさんですね……?」
「んだなぁ。どーにも兵隊ずくしだ」
「へいたい?どこのへいたいです?」
「王国だよ」
まただ、刮目すべき連邦王国。とてもおそろしい国だった。
「《ずいぶん遠いところから、こんなに……》」フランの疑問ももっともである。ここは"さなか"の向こうで弧大陸西部。東の彼方にきこえる国から、どんどん離れているはずなのだ。
「ここ、王国から果てのはずです。どうしてですか?」
「さァ……群体の処理か、それこそ果てか。西向きの用があンのかもな、エウロピアたぁ同盟だ」
政治の話はまだむずかしい。ヴィクトルの故郷の、そのまた親の、さらに仲間の「連合」は、アメイジアと仲良しなのだ。
――兵の装備は剣に馬……まるきり中世式か。機関銃に四輪駆動かとばっかり。
ゼンはぼんやりと、ヴァンガードの小銃が稼働するさまや、我らが黒馬車のはらを思い浮かべた。王国兵を観察してみる。"さなか"の兵らと一見よく似て、どこかわざとらしい異様さがある。掲旗の模様も気になった。
「へいたい、しるしがちがいます」
「あァ?昨日の話か、よく見てやがる。あっちゃあむしろ本式さ」
その星を頂くやじりがたを、「彼」はいろいろたとえるのだった。
――方位記号のアレンジに見えるな。それか科特隊、USSF……ふぅん。
すこし思案する間があって。
――……"なろうとするな、ただ君であれ。何某であるかは、歴史が下そう"。
――僕は僕だよ?
――君でよかった。
大門もだいぶ賑わっていた。防護の柵とたのもしい。ものものしい、とも言い表せる。六メルほどはあるだろうか。黒く雨露の染みている、先のとがった木製で、ところどころの物見台からは、町の自警団が見下ろしている。
ここを通るなら対価を払え、彼らはぎらぎら見逃さない。サルヴァトレスは事情を伝えた。
「すぐに戻る」
門兵にうながされて記名する。通行賃を預けると、雑に木簡を投げ渡された。へたくそなカラスが描かれている。
「合言葉は"ほうほう"だ」
通行料が財源の町だから、こうした仕組みができあがるのだ。
出た先、大陸道も混みがちである。きのうは布巻き、今日は鉄帽。余計な課税を嫌った車列で、王国軍の本陣だ。
「こンだけ仰山、そうそう見ねぇな」
三人は行った。サルヴァトレスがわらうよう、存ぜぬ王にお触れなしだ。
西沿いに、山麓の木柵が途絶えると、青々とした森だった。突っ切って、北上すると野に出るそう。落ち枝をならす。緑をまたぐ。
思い出したよう、フランが口をひらいた。
「《私、どんくさいですから、今日はとっても気をつけますね》」
「《心配ない。フランだったら敵なしだ》」
嘘を言わない少年だ。ひょっと真実よりも優れるだろうか、ヴァンガードの刻印付きでもある。
つまり、神子の"光槌"で灼けない脅威はない。
「《それに、誰にだってはじめてはある。でしょう?》」
「《ですね!》」
これまた事実だ。冒険者流、という観点で、フランにとっては初仕事だった。
ときに、定義、というのを気にするあなたへ、「戦士」のくくりを告げておこう。
俗ないわれにこそ価値があるものだ。財布に銀貨は十分だろうか?さっそく酒場にゆくことだ。一杯奢ればただちに訊けよう、"手前の尻が拭けること"さ!荒くれどもが唱和してくれる。
ケツが拭けるとはいったいなんだ。意図せぬ危険とかちあって、無理くりそれをはったおせることだ。
汝、ひとりで生き抜くか。一助も介さず、抜け出すか。底なし沼を、吹雪の夜を、荒れ狂う大河を、燃え盛る森を――徒党をくんだならず者を、迫る魔物の大群を。ならば真なる戦士だろう。
これまたゼンを悩ませたものだ。『人さらいのとき、こまったんだ……』『そりゃお嬢さんとエマがいたものな』
戦う人のかたちには、千の呼び名があるものだ。ゼンは"戦士"でいられなかった。戦士としてひとり切り抜けられても、"守手"としては足りるのだろうか。肩書きを、授かるだけしてわからない。
そして尽くす手は明快だった。
かえられないほど大切なものは、あぶない場所から遠ざけておく。
至極まっとうなやり方にして、経験則だ。『今はそれでいい!』『そうすべきだ……』大の戦士らにせよ、安直といわない。
くくり、はたまた、肩書きからして。
フラン・フラムネルは魔術師である。戦士に、ちょっとおよばない。誤解を恐れず付するなら、たしかに彼女はどんくさい。
流れ矢だって、見て避けられない
"一条"を遅々とした反省から、期を見てけなげに励んできたとも。王国人は運動科学にくわしいし、"魔法の居間"でだって、足腰は鍛えられる。森歩きくらい、今では屁でもない。
しかし、戦士の反射までは身につけない――それは科学より神秘に近しきものだ。
"誓約の森"で、少年少女の典型はみられた。
ゼンは手前のケツは手前でふいた。しかし果たすべき役割は、ヴィクトルが代行してくれた。
もしもフランが撃たれていたら。
ゼンはあとから肝を冷やした。弾丸の前で"光槌"は、どれくらい効果的だろう?フランはとんでもなく強い。けれど戦士より、はるかに遅い。
――だから君は、剣をやめられない……。
かたやフランの考えも明快だ。
――私が足手まといでいると、彼がもっと危ない目をみます。
冒険者流の稼ぎ方は、ゼンに任せきりだった。試練をわかちあうのが、神子と守手であるべきなのに――悔しい思いをこらえてきた。必死で折り合いをつけたのに、わが身可愛さなどあるはずがない。
燻ぶる向上心は、機会を、フランに渇望させていた――学べるときに学ばないと。
馬車の防衛で、神秘をふりかざすことは道々あった。しかし完全に守られていた。完全に、と断言できる。商隊の誇る五人の戦士を、ごぼうに抜ける魔物はそうそう、野っぱらで暮らしたりしない。
せめても安全な柵の向こう側から、ためらわず「撃つ」胆力はそなえた。
次だ。
隣とはいわない。もうすこし近くで。ちょっと後ろで――私も一緒にたたかいたい……。
「《ふたりでがんばろう》」「《がんばりましょう!》」
ところにふったうまい話が、サルヴァトレスの依頼であった。少年少女は飛びついた。
やらないものは上達しない。経験もせず良くはならない。手頃な仕事だ。「敵はないよりのなくもない」、これはいい。
ゼンにはまた、確信があった。ゆすげるほどの苦汁を思って。
――今ならもっとうまくできる。
――油断大敵だ。
――君もいる。
――目は開けておけ。
――もちろん。
「嬢ちゃん、あんて?」
「はい、気をつけるって。えと……おそい?から。僕とサルヴァでたりないでしょか」
「戦士二人前、後詰めは強火。訳ねぇぜ」
しばらく森はしんしんとした。ゼンには苦にもつかない沈黙だったが。
「実ァよ……」
あきらめたよう、サルヴァトレスは頭をかくのだった。
「ヴィーの旦那にゃ断られちまった。そら、"舟漕ぎ"がどうの……」
「あー。自分でこげ、ですね」
「へっ、ろくすっぽ海に出ねぇくせ連中、なにかにつけて浮かべやがる」
「ふふ」
教養の芽が笑いをもよおした。連中、とはエウロピア地方の人を言うのだ。たしかに海を敬遠するが、名湖・名河が各地にあるぶん、彼らは水と親しく暮らす。水の神の名を敬うのはまた、建国の礎となった守護剣、その始祖が崇めた歴史に由緒する。
どうせ覚える地理のついで、関連付けたら得だからと、知恵の大木はことわざをくれた。ヴィクトルはよく舟を漕がせたがるけれど、四大公国にはそれぞれの色がある。
エウロピア東部、シュワルコフなら秤の国章。名将の逸話が数多い。湖を後背しながらも、奮起し敵を打ち破った故事から、"背湖の陣"をとりたてていう。
エウロピア中部、ジガヴェスタは水瓶の乙女を掲げる。ときの大公は大局観に優れていた。他国があらそう隙をつき、またたくまに領地をひろげた史実から、"水瓶の利"をしばしばいわれる。
エウロピア南部、ダンコヨーテにはヴィクトルの故郷がある。冠をかぶる狼がしるしだ。内陸部はこと冬に霧が濃い。獲物に夢中な狼は、湖に脚をすべらすだろう――そんなかたきの挑発を、見事に戦で意趣返し。"霧中の走狼、氷水に落つ"これを笑い話に仕立てたという。
エウロピア西部、ドラッドネルトは「龍の首くらう獅子」そのものだ。衰えた、と節々でささやかれながらも、大国の威厳を保ち続けるから、"老いても獅子は獅子"と畏怖される。
――獅子だけ水とはエンがないね。
――ほんとにきちんと集中してる?
――まだ散歩だよ。先導はサルヴァの番だし。
サルヴァトレスとて戦士の端くれ。腕前だって専心級で、真っ向斬ったらゼンもわからない。
ちょっとかわった戦士ではある。料理の技なら明らかながら、腕っぷしはやや隠れがちなのだ。大立ち回りはせずにいて、さっと無駄なく仕留めてしまう。見逃しやすい。派手な拳がはたで吠えるせいもある。
不気味なほどに静かに歩けて、ともすれば「そこに居る」のさえ、どうしてだろう、ときどき見逃す。小用を足しに繰り出た夜など、ばったり出くわし粗相しかねない。
技の来歴が気になるものだ。
ゼンだって戦は大嫌いだが、我が身を守れる剣術は好きだ。サルヴァトレスはどちらも嫌いらしい。ほかの戦士らに訳を探るも。
『……ああした生き方もある』『たよりになるよぉ』『本人に聞いてみたらどうだい?なに、誤魔化された?じゃ、そのうちに期待だ。ははは』
わからずじまいだ。踏み込みすぎると、煙たがられるやも。好奇心をちょっとだけ曲げて、観察するのはいつでもやめない。
たとえば、サルヴァトレスは長物を帯びない。一度たりとも帯びてみせない。戦闘用の短剣を常なら二振り、いまは四つ振り。それで料理人流の戦装束なのだ。
「サルヴァ、今日は四本ですね」
「おあ?そうさ、放っちまっても釣りがあろ?」
「もっときいてもいいです?」
「なにをぉ」
「……長い剣、ずっと使いません。何故です」
「ん。そりゃーな、そりゃ……お、野に出やがるぜ」
森を抜けるのがはやかった。二十分そこいら歩いたろうか。目移りしがちなゼンの好奇心だった。
「入り口ァ、もーちょいふもとらしいが……」
言われて、らんらんと目を皿にした。だいぶを森に囲まれた原っぱで、むこうむかいには山のつけ根だ。
――まさか迷宮ってあれかい。
――どれ?どれ!
――視界のずっと奥。や、それよりすこし右、麓の岩くれの斜面にある……隔壁だよ。
――わかった!くりぬかれて、壁みたいになってるね。
「入り口、あれですか!」
「おーおー、あれだ!」
――迷宮に、作者はいるの?
――勝手に湧いて出てくるんだって。昔の人のケンゾーブツに、つながることもあるらしい!
――昔の人?ほんとうに。
――うん、"先史人"って言うんだ。
――……実に興味深い。
あらたな体験を前にして、ゼンはわくわくしきっていた。すっかり遠足気分だった。明日の自分がみたら、殴り倒したにちがいない。
「サルヴァ!僕たち、迷宮はじめてです!」
「目ェのつけドコロは聞いてンだろ?」
「《フラン、覚えてる?》」
「《大声を出さない!》」
「《わからないものにさわらない!》」
「《ゆらぎがあったら……》」「《踏み込みまない!》」
諳んじるのに価値はない――皮肉なことに、呪文と同じだ。
「だいじょうぶです!」
少年少女が自信たっぷり頷くと、サルヴァトレスは満足げだった。
「とくに生物探知はシロと出てる。いまんトコ魔物は棲みついてねぇってこったな。二、三あった先行組もまるきり無事で帰った。俺らの仕事は、宝のありかを調べることだけさ。もしも、もしもだ『なにか』がいたとして、おっぱじめる気は毛頭ねぇ。きな臭けりゃ引っ返す!いーな?」
「「はい!」」
仕事の話を、大人はつづけた。
「ほれ、嬢ちゃん。ぽっけに入れといてくれ。俺ぁ頭ミソにつっこんだから」黄ばんだふにゃふにゃの紙切れで、地図の覚書きだった。直線ばかりでよくわからない。「ここ二、三日の生まれたてだそーだ。"魔法理異象"もねぇような、青いケツした迷宮さ。つまり"魔石"もねぇかもしれねぇ。それで構わねぇ。とンのが仕事じゃねぇからよ。行って見て、帰るだけ。な、割りがよかろ?」
"魔石"の生まれはいつかわからないから、何度も人をよこすのだ。「俺様がとんなきゃ、ほかの誰かがかすめた依頼さ」サルヴァトレスは得意そうだった。
「そうだ。見届け人、いらないですか」
「もどきってなぁ、そういうことさな?組合の体で、組合じゃあねぇ。確認されてる最奥に、先行組が証を残してる。持って帰りゃあ良しってな"誓い"も噛ました。仕組み、仕組みでよ」
前金までも出る仕事だった。ダルタニエンにもう預けてある。
「中に入ったら、俺様の踏んだとこだけ踏めよ。坊主はもちろん、これでもかって聞き耳だ。嬢ちゃんはまず世話ねぇが、合図したんならドカンと頼まぁ……」
野をいく合間に、あれこれおさらい。既に目前である、入り口だった。
いやに大きい。ぬらりと大きい。
斜面に切り立つ化け物とびらだ。とびら、というより、ほぼ壁だ。巨人種も見上げてひっくり返れる。町の大門もかすんでしまう。ずらし戸だろうか、いかにも重そう。重そうどころか、人の手にあまる。
――高度軍用規格の防爆壁だ。十キロ圏の核だって耐えるぞ、こいつは。
お邪魔するのは見た目ほど難しくないらしい。端にはちんまりくぐり戸が、既に開け放たれていた。臨してみればそれすら分厚く、奇異なつくりで、やっとぶらさがる手鏡(?)や、もつれた毛だまり(?)を「彼」は気にした。
――破壊されてるが……網膜識別に指紋認証。どうにも西暦最後期型だ。
――ずっとぼやぼやだよ。
――この先、もっとぼやけるぞ。
――……あぶないかな?
――まだわからない。とにかく仕事に集中するんだ。
ゼンは従った。ガズの剣を引き抜いている。のぞくむこうには、暗がりが待ち受けていた。
まずは目が要る。研ぎ澄ましている。ようく凝らせば薄明り。角灯色に等間隔で、ゆらがず、足元をみちびいている――誘導灯だよ――それは下降していた。
斜面なのだ。
二番に踏み入り、ゼンは鳥肌が立つ。小石のかけらも踏めやしない。おそろしいほど整っている。
――広々と贅沢だね。チキンウォーカーで戦列も組める。
――わかるの、ここが何なのか。
――バンカー、シェルター、そういう類さ……君も好きだろう?隠れ家だ。
――じゃあ罠がある。
――否定できない。
耳を澄ませば。
こぉぉぉ、と空鳴りだ。あらぬ方向で水滴が落ちた。三人分の息遣いがある。生物のしるしは、ほかにない。
一行は立ち止まっていた。通用口をくぐってすぐだ。外光の、為した影だけ先走る。導く灯は心もとない。
ぽっかりと闇の大口が待つのだ。何がいるとも知れないそこは、往々にして恐ろしい。
「こいつぁちっとばか、フンイキあるじゃあねぇの……」
しかしゼンの五感は告げている。
「生き物いません。たしかです」
「ん、そうか」
「あの、あかり、つけ、つけます?」我や今こそ、フランが言った。
「や、ここでしばらく目ェ慣らす。ちょいと行ったら明るむそーだ」
サルヴァトレスが進むのを待ち、少年少女は後に続いた。
装具の音がやたらと響くので、ゼンは気が散る。
――出る前にたしかめたのに……。
――筒は波をよく射返すからさ。
闇の舌先に飲み込まれてゆく。踏み入ってしまえば、思うほど黒くはない。片目でうしろを振り向けば、くぐり戸のかたちで、空の光がみつかった。
――やっみにか~くれて生きるのは……。
――ふべんだろうね。半分だけしか光を見返せない。
たまたまながら、フランと目が合う。不器用につぶり返された。
――うふ、かわいいじゃない。
――うん。
くだりきるのに何事もなかった。坂が終わると、やがて行き止まる。のど元の様子は直前で知った。
化け物とびらだ。
二枚目だ。
今度のくぐり戸は閉まっていた。外光はもはや小指の爪ほどである。
「っと、行き過ぎか。ちょい手前、ちょい手前……」
サルヴァトレスが言わないうちは、罠の心配もすくないのだろう。ゼンはここまで来た壁沿いに《エアロックのハッチ》を見つけていた。
「サルヴァ、ここでは?」
「ん、おお……こいつぁおもてぇな」
戦士ふたりがかりでようやく動く。がらり、ごろりと苦労して、待ち受けるのはまた暗黒だ。導く灯もなにもなく、サルヴァトレスは訝しんだが、踏み入って。
「あ」「うおっ」
ふっと眩い。ともすれば毒々しく、見ない青さが降り注ぐ。すぐまた扉の小部屋であった。
――およそ味方の光だよ。除染室を兼ねるんだ。
――……よごれをおとす部屋?
――そう、目視できない脅威は多い。ウィルス、細菌、有毒物質、放射能……。
ぼやけていても印象がちらつく。けがれてうごめく不気味な泡、もうもうと立ち昇る胞子、噴霧され迫る緑の霧、蜂の色をした不吉な太陽。
「坊主?」
ゼンは我に返った。二枚目の扉を開けにかかるのに、サルヴァトレスは備えを問うている。すぐさま頷き、手を貸した。一枚目より小ぶりで手間がない。開き終えている。待ち受けるのは。
またも暗黒――いいや。
白昼灯より白かった。
すぐ正面に壁かと思えば、ずん、ずん、ずん、ずん。光が闇を散らしていく。左右にかけて、長い通路の一部とわかった。
つるつるの内部構造だ。床、壁、天井、どこを選んでも、宿のくすんだ鏡より、よっぽど自分が見てとれる。
――いよいよだ。ここは"箱庭"と見ていいな。
――それって、君のこきょうのこと。
――あいにくそのまた親戚だ、気まずいことに初対面のね。居住、研究……どんな区画だか知れたもんじゃない。
知れないものはおそろしい。ゼンは仕事を思い出す。鼻を鳴らして、耳をとがらせた。目まで瞑れば、森に浸るのとどこか似ていたが、匂いにしても、静けさにしても、生き物をゆるさないようだった。
――光とおんなじだ。へんに白すぎるような。
――僕はオゾン臭を思ったよ……つまり、強い光の副産物を。
「……ひょっとこいつぁ"先史の迷宮"か」
首をめぐらしたのち、サルヴァトレスが言った。
「やたらとでけぇ地下空間、馬鹿みたく晴らす照明、いかにも高級でわからん建材……かもしれねぇたぁ聞いちゃいたが」
ゼンはフランと大人を見ている。うさんくさい面が振り向いていた。
「他んと比べて、異質すぎる」
「先史、わるいです?」
「迷宮ならよ、勝手もわかンだ。だが"先史"となるとてんで知らねぇ。見つかるはじから封じられちまって……」
「だれに?」
「そら決まってる、王国に――」「「あ」」
「へいたい、たくさんいました」
「っけねぇ!抜けてやがった。連中それこそ、こいつを塞ぎに!」
「おこられる、ます?生き物……やっぱり、いません」
「んん……!」
正確すぎるゼンの五感が、サルヴァトレスを迷わせる。サルヴァトレスだから、かく考えるべきだ――ちっとでも前情報にくるいがありゃ、どんなだろーとずらかる気だったさ。先行がでまかせこいてりゃコトだ。が、ここまでひとつと間違っちゃねぇ。壁に埋まった扉の枚数、むこうの角までの見取り。ああ、どうにも確かでいやがる。罠の類もとんとみあたりゃしねぇし……すっとまじぃのはよ、俺様が"先史"を知んねぇこと。それと、長居すりゃ王国軍にとっちめられる可能性が無くもねぇってこと。
「前か後ろか?サルヴァに、まかせます。僕もフランも、行くなら、行きます。僕は迷宮に、えーと、きょうみがあります」
「……そうか」――何びびってやがる。ねぇんだろ、金がよ。預かった銭もやりくりしねぇで、どの面さげて無心すンだ。"魔法理異象"にだけ気ぃ配りゃあいい、そうさ――「よし、決めだ。とっと行って、とっとと帰る」――悪ィコトずくしじゃねぇ。俺様は知ってる、女王の兵は聞き訳がいい。出くわす傍から理不尽に斬ってかかりゃしねぇ。なおさらこちとらガキ連れときた、ちょろまかす隙だってある……――「だがな、もしも地図に間違いがありゃしまい。ちぃとでも何かの気配がありゃしまい。ほんとうにしまいだ。そんでいいか?」
「わかりました」「はいっ」
「ぜってぇ俺よか前ン出るな。ゴマつぶみてぇな異変でも、目につきゃ手あたり次第ェにあげてくれ」
とりかえしのつく今のうち、"迷宮"とはなんぞや、彼らの常識をさらっておこう。
前触れもなくそれは現れる。誰も入り口を見ないとき、誰も内部に入らないとき、ひとりでに消滅する。
ふっとみつかる山の洞、やたらと波打つ池の水面、昨日はなかった湖の小島、蓋がされていたはずの古井戸、風すさぶ野に一枚の扉、不思議なところについた窓。
むやみに手足をかけないことだ。そこは「入り口」なのかもしれない。
内部構造の多様さは、口の印象にならいやすい。
洞なら鉱山、はたまた巨大な蟻の巣。窓であるなら一軒家。むこうの所在は、物の理に従わない。夏も盛りの原野から、扉一枚で雪景色、これもありうる。
入り口とはまた出口であり、ほかに干渉は不可能だ。可能そうでも捻じ曲げられる。だから「異空間」という認識がなされる。
"魔石"が人を迷宮にいざなう。語のうえ「石」をいうだけで、必ずしも石をかたどらない。宝石状もたしかに多い。その他はしかし不定形だ。具体的には"魔道具"として、こちらの星で活躍している。言わずもがな、たいていは高価。人は、魔石を見たら"魔石"とわかる。定義にして「迷宮外への持ち出しがかなう物体」をいい、きまって"魔法理異象"のそばにある。
迷宮に、おおきな脅威は意外とすくない。それで正しい認識だ。あげるとしても、四つほどだろう。すなわち――内部の地形、人為的な罠、棲みついた魔物、そして"魔法理異象"だ。
"魔法理異象"とは、迷宮内部において特異に、行使者不在の魔法理が、もたらす現象・一帯をいう。
こちら側にも、探しつくせば似たものはある。浮かぶ岩山、空中庭園、とどまることを知らない流砂。どれも魔法理に基づくらしい。ただし因果をひもとけば、秘法や呪いに行きつくことだ。つまり行使者は何時か、ないし何処かに在る。
"魔法理異象"では不明だ。
穴かとのぞけば吹き出る火炎、肉をも引き裂くつむじ風、野犬のごとく駆け巡る紫電、剣士もくしゃくしゃの重力場、飛びかう家具が襲いくる一帯。
どうしてそれはある?とにかくわからない。
意図もつかめず死角になりがち、もっとも警戒すべきと言われる。魔物も罠も地形の陥穽も、「外」の経験で見切れるが、"魔法理異象"は、迷宮内でしか学べない。
対抗策なら単純だ。目利き、耳利き、鼻利きである。
手がかり自体はありはする。察知しにくい、それだけだ。かげろう、異音、異臭に鳥肌、鋭い者であるならば、"魔法理異象"の近傍だと察せる。
ゼンが頼りにされる訳だ。罠の看破ならサルヴァトレスの領分であった。魔物がいないなら、あとの脅威は"魔法理異象"。間違っていない。一行は、知れるだけを知っていたはずだった。
長い廊下を、三人は進んでいる。ときどき曲がる。景色はかわらない。行く道、来た道、白い光だ。
《自動扉》を「彼」は言った。たしかに扉であるのだろう。ずらずらと壁に埋まって、ほとんど模様だ。いくつかは赤いバツ印で上塗りされている。明らかに迷宮と質を異にして、先駆者が残したしるしだった。「解錠をこころみるも、お手上げ」を言っている。理屈の上では、バツが見えるなら安全で、理屈に従う三人であった。
さいしょにゼンが歩を止めた。
「あ、まって」
「どーした!?」
おおきな囁き声である。
「なにか……」
「聞こえたか?」
「いいえ、ええと……はだ、ひょうめん?」
サルヴァトレスは感知しなかったらしい。ゼンも覚えはわずかだから、フランの手をとって、やさしくひいた。
「《ねぇフラン。ここって、何かない?》」
「《……はい。結界?でしょうか》」
目には見えない蜘蛛の巣が、鼻先からかかとまでを撫でたような。
長耳ジニーが教えてくれた。"一条"にもあったそれは、おそらく"結界"なのだろう。敏くあれるかは体質や、結界の対象に依る。魔物を跳ね返すだけが能ではないのだ。"魔法の居間"の仕組みやまさに、町の警戒線や、"聖域"の原理にも結界は関わってくる。
あらたに出くわして、役割は不明だ。
「警戒線の類かァ?先の報告にゃあねぇぞ。言い逃したか、ニブちん揃いだったか……」
一行はしばらく様子をみた。とにかく"魔法理異象"なら悪い。
しかし、なにもおこらなかった。
赤バツが先へ続いている。
ひとまず安全、よし。
とっとと仕事を済ますべく、愚直に進む三人であった。
赤い印をさらに数えて、最深部までたどりつく。地図のうえでの話をしている。なにせ景色は変わり映えしない。
通路の果てで、丁字路で。ぽつん、と鉄錫の桶だけちがう。もう足元だ。
満ち満ちた塗料は、やっぱり赤い。浸かっているのが、筆と棒である。
棒が「証」になる。
短剣大に四角くて、おもてには模様が刻まれていた。"もどき"の対と符合する。持って帰れば、仕事は終いだ。
「ったく横着しやがって」
サルヴァトレスが拾い上げると、ぼたぼた塗料が滴った。腰帯にさすには不自由しよう。
「――とっくに乾いてりゃいー頃だが……」
振ってしずくをはらう間に、ゼンは丁字の先をのぞいてみた。右も左も赤バツはなかった。
「これだけ、ですか?」
「おお!これだけさ、うまかろう?」
「はい」
何事もない。よかった、よかった。そうして踵を返すのだった。もと来た道を、それなりに歩く。突きあたるから、もうそろ折れる。そのとき。
事だった。
音が鳴った。
はじめての、という意味で、内外をちっとも問わない音で。
フシューッ!
刺すように響く大音だった。行く手である。風でも急に漏れるのか。三人そろってはっきり聴いて、怯えたフランなどゼンにくっついた。
――開くぞ!左手だ。
どうにも「彼」が正しいらしい。壁と思えて、壁ではなかった。《自動扉》ともかたちがちがった。
ガシャゴショガシャ!
と片付いて、たちまち丁字路が完成だ。ゼンはとっさに躍り出て、サルヴァトレスと並び立った。
――何かいる!むこうにいる!
金属の音がいくつもあっても、聞き分けるほど耳利きだった。役立ったかは、微妙であった。
「なにか来ます!ちいさめです!」
「なんだ!?」
答えようにも、ゼンは窮する。「何」であろう、まるでわからない。おそらくひとつの動体で、奇妙だ。出すべき音を、それは出さない――息もしないで、動けてる……!?
カション、カション。
規則正しく床を打つ。ようようと軽い足取りで、それは姿をあらわした。
――ま、魔物なの……?
――違う!自律兵器だ!監視支援型のミニ・タレットだ!
ぼやけているからわからない。どうして銃がよぎるのだろう。謎の動物――動くのだから、動物だ――に、ゼンは"対魔"の知識をついやしている。
おおきなひとつ目、筒状に細長いくちばし、かくかくとした二本足――にわとりのなかま……?――けれども羽をはやさずに、おおきなたまごを背負っている。
わかるものか。ゼンは焦った。サルヴァトレスが何か言った。
「こりゃ、機械……か?」
呼ばれたとでも思ったのだろうか、にわとりは首で振り向いた。
そうとも、首と呼ぶべきだ。くちばしを、ぎゅっとこちらへ向けた。つぶらなひとみで、じっと見る。まもなく、ピピピ!とさえずって、人の言葉で喋り出した。冷たい女性の声だった。
「《Unauthorized weapon presence detected within premises. Compliance with facility protocols is mandatory.》」
知らない言葉だ。そのはずだ。しかしわかった。なにやら大事を告げている。それから。
「《Attention: Disarm immediately by placing your weapons on the ground. Take a non-threatening posture with hands raised and kneel slowly.》」
わんわんと、迷宮中が鳴り出していた。けたたましく、喇叭と鐘とが騒ぎ立てるのだ。どうして。ただ、ひたすらに。
「《Security alert: All units proceed to alert status and converge on the specified sector.》」
声は淡々と繰り返された。頭の中でも「彼」が叫んでいる――今す縺舌◎れを遐エ螢翫@ろッ!――わからない。
「《Warning: Remain stationary. Further instructions will follow.》」
――君は?∫漁繧上l縺ヲ縺?k!
「《Immediate compliance required: Present yourself for a security identification check.》」
鮮明な伝達は、次で最後だった。
「《Final warning: Failure to comply will result in enforcement action.》」
――撃たれるぞ!
ピピピ!
にわとりがまた鳴く頃に、ゼンは剣を振りはじめている。
相対およそ、七メル、八メル。自分の距離ではなくたって、何が起こるかわかったからだ。
見つめていた。ゼンには見えている。
長細いくちばしを、まさに翔けあがる弾丸だ。
回転しながら飛び出している。あたまが窪んで、ちょっと太っちょ。
小銃弾ほど速くない。
だから間に合う。間に合っていい。
――僕の真後ろには、フラン……!
戦士か守手か、どう振る舞うのか、ゼンは選んだあとだった。捌き方なら経験値もある。
――やれるッ。
しかし閃く自信は刹那に失せた。なにせ。
三連発は、はじめてだった。
戦いの自分がとうに目覚めている。
手首を利かせて斬り上げた。はぜた。
踏み込みなおして、"疾風"で受けた。割れた弾頭が頬をかすめる。
置き直すのに、間に合わない。
左の肩に嬉々とめりこむ、まるまる太った弾頭だ。
「がぁっ!?」
「坊主っ!」
ゼンはひとりで戦っていない。サルヴァトレスの投擲と、入れ違いざまの三連射だった。にわとり目がけて放られて、短剣がつき立とうとしている。
「うぅ……」
「ゼン!?」
やっと魔術師の行動順だ。苦痛によろめく少年をみて、ようやく事態を把握する。にわとりは敵だ。短剣に撃たれた。
ガション!カショション。
ひるんだようで、まだ倒れない。滲む血が黒い。火花を散らして、ぎぎぎ、ぎぎぎ、と細長い口を持ち上げようと――させてならない。
「嬢ちゃん!」
「っ!火の矢です!」
"緋矢"の必中圏内である。二本、三本と突き立つと、よたよた、ガララ。寝ついてくれるにわとりだった。いびつでも羽を手に入れたのだ、とうぶん空を夢に見るがいい。
「坊主、どこをやった!」「みせてください……っ」
案じて駆け寄る暇もない。次だ。
「《...Anomaly detected! Confirmation of A.O.R. generation.》」
迷宮中が喋り出し、白い光がすべて落ちた。塗り変わっている、暗い赤だ。喇叭はいまもはやし立てる。
「《Unregistered N.R.A. activity observed initiating A.O.R.》」
一帯が明滅しはじめて。
「《For security reasons, all sectors will undergo immediate lockdown.》」
言い終えたろうか?終わってくれない。随所で鳴るのが、
フシューッ!フシューッ!フシューッ!
聞いた不快な音だった。
振り向くといい。壁が迫るだろう。塗料のバケツも、もう見えない。
隔つ、隔つ、隔てる壁が、ぐんぐん、こちらに迫っている。十歩のそこが、いまや壁だ。
「くそッ!あんだってンだよ、ひっきりなしに!?」
無知は死である。サルヴァトレスが叫んだ。
"Don't try to be a great man, just be a man. And let history make its own judgments." ――『スタートレック/ファースト・コンタクト』
以下、改稿にあたって本文から割愛した内容。
「施設内での無許可武器携帯を検出。施設規定の遵守が求められます」
「注意。ただちに武器を地面に置き、武装を解除してください。手を挙げ、ゆっくりと膝をつき、脅威のない姿勢をしめしてください」
「保安警報。全ユニットは警戒態勢に入り、指定されたセクターへ集結してください」
「警告。現在位置にて静止してください。続く指示があります」
「ただちに従ってください。セキュリティIDチェックのため、身分を提示してください」
「最終警告。従わない場合、強制措置が取られます」
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「空間異常検出!現実改変の生成を確認」
「未登録の新現実設計者による現実改変を観測しました」
「保安上の理由により、全区画を直ちに封鎖します」
英文監修にChatGPT4を使用。




