29.仲直り
何がたぁ言わず、そういうモンだ。
誰にでも、虫の居所の悪い日はある。サルヴァトレス・ドルトルにとっては今日がその日だ。もとより癇癪の気があった。なにかにつけては唾が飛ぶ――はなはだ、これらを自覚している。
怒鳴りちらすたび、努めはしていた。突沸を予知して、矛先だけは気にかける。正誤を取り違えたのが手前なら、素直に謝る。一度がなったら、後を引かない。理不尽でいては、けっしていけない。サルヴァトレス・ドルトルは、そうでなくてはならない。
なおもって、本日のサルヴァトレス・ドルトルは、虫の居所が悪かった。さぞかし悪くあるべきだった。
起き抜けに、馬どもの糞溜まりを踏んずけた。磨いたばっかの靴を汚した。
クソ、大鍋かかえて見えなかった。なんて間抜けをやらかしやがる。
昼飯の支度どきになって、ダルタニエンの食い過ぎに気がつく。時はもどせない、手遅れだ。
またやった!毎度考え及ばねぇ俺も俺さ。
仕事道具の洗浄にかかっては、愛用小鍋の柄を折った。
ガンコな焦げにかまけたらッ。手前の落ち度だ、情けねぇ。
全てが全てでないにせよ、手前の落ち度がつらなった。そのたび、天を怒鳴りつけた。誰かのせいにはしなかった。
けれど王国人が言うように、巡り合わせとはあるもので――はて、「時機が悪い」のもそのうちだったか。
商隊が次なる休息どころに選んだのは、大陸道沿い"麓の町"だ。恒例の観光に繰り出た幾人かは、昼をおぎなう飯屋を探した。
屋台がすぐさま目につくだろう。大門通りに居並んでいる。もっとも、店構えなどは貧相そのもの。"さなか"でだいぶ目が肥えていた。腹ペコだって、そそられない。
だのに。
おいしそう、だ?
買い食いしようた馬鹿なやつだ。
ゲロまずそうな串焼きを。
いや、いいさ。手前の金さ、
好きに買やいい。食やいーさ。
どうせゲテもん。味なんざ知れてる――堪えて、長く続かない。厨房を預かる身の上は折しも、時機悪くして、ひどく狭量であった。
聞き捨てならねぇ、俺ぁ悪かねぇ。サルヴァトレス様ならキレて然るべきだ。
なんせ食ったその舌が許せる訳ねぇ……やつぁ、うまい!とぬかしやがった。
焦がしたネズミの丸焼きだった。やつぁ、うまい!とぬかしやがった……!
はたして「馬鹿」とは誰なのか。
食いしん坊のダルタニエン?
もしも、だったら、いつものことだ。
馬鹿ヤロー!
すましてやって、しまいであった。
ならなかった。
うまい!とのたまう ダル坊ではない。
うまい!と言ったな、ゼンである。
サルヴァトレス様がこしらえてやる三度の飯に、言った試しのない、うまい!だぞ!?
よりにもよって、わかる言葉でだ。俺ァまだ耳にしたこたねぇな?毎度に聞くな、先生越しさ。それでも可愛がってやってきたのを!
なンだってェんだ!馬鹿舌坊主が!なんでもかんでもうめェのか!?
よりにもよって、三流の、お粗末な、場末の、魔物の、ゲテモノを、うまい!だって!?
おわかりだろう。誇り高き料理人サルヴァトレス・ドルトルであれば、憤怒するのが正しかった。
料理人サマは虫の居所が悪ぃ。
手前の誇りを傷つけられて、たいがいヘソを曲げちまったのさ。
ふつふつ沸き立つ怒りのついで、なんだかどこか悲しかねーか。そら悲しいさ、きまってら。
手製の料理でいてほしかったもんだ、うまい!と目の当たりにするにゃ。
サルヴァトレス様はご機嫌ナナメ――にも、関わらず、二人きりでいるな馬鹿舌坊主。てめ何だクソ坊主俺様の料理にどーたらこーたら!とさんざ叫び散らした後の祭りさ。
町の調味料屋にむかってる。
だいぶ待ちかねた店なんだ、道を聞いてから狙ってた。
味覚がよォ、馬車にゃ足りてねぇ。馬鹿にも足りねぇが、そうじゃねぇ。風味を言うんだ、俺様は。どれほどぷんすかしてようと、こなす仕事は最善さ
ガキはどうしてついてくるんだか。社会勉強を眼鏡はのたまうが、とかく料理人サマの知ったこちゃねぇ。怒鳴り散らしたのに、けろっとしてやがる、おかしなガキだ。おかしなガキなら、クソほど見てきたが、こいつはどうにもとびきりだ。
料理人様と馬鹿舌は、暗い石造りの中にいる。窓がない。日がささない。もとはた言や、こだわりの本格香辛料屋さ。ガキは入ってしばらく鼻をおさえた。
「ちッ、ウロウロすンじゃねぇーぞ」
「わかりました」
アメ公崩れの丁寧語が、調子をどーにも狂わせる。お上品ぶりやがって、ガキなら「うん」と応えやがれ。
些細なモンにもイラついた。勝手に見物してろってんだ、俺ァ手前の仕事をこなすだけだ。
「いらっしゃい、何をお探しで?」
「あァ。刻印付きの胡椒を十缶、辛子種を二瓶、黒蓋のやつだ。鷹の爪を三十房――」
「あ!少々お待ちを」
のろまな店主さ。大口の注文とみるや、あわてて台帳に数を書きつけた。
「エイグラム単位で甘恵種と釘ノ子を百、小豆香と肉桂皮を二百、芹籾、遠蕩草、黄金根、それぞれ五百……黒ノ甘草はあるか?"さなか"産のじゃいけねぇ」
「はい、北産のものが」
「じゃ、それも百」国を出ちゃないない尽くしを言う輩もいるが、あるとこにゃあるもんだ。俺はかえって頼ったね。「それから、聞いてるぜ。ここらにゃ"アレ"が入ったんだろ」
やるべきことをなしてきたから、料理人サマは当然知ってる。
「"アレ"、ですか?」
「ああ、"アレ"だ」
胡散臭ぇ、そう見えるべきだ。カウンターに肘から乗り出して、アレ、アレ、と求めるもんだから、なおさらな。だが店主は気味悪がらなかった。当座は、気風のいい客ぶりだった。
「んん。アレァ、この辺じゃなんて呼んでんだ?」
白く粒状で、きめ細かくて、見た目ばっかし塩か砂糖のアレは、多くても少なくてもいけねぇ。
「たしか、真名の由来ってぇーたら――」
アレには中毒性がある。一度会ったら、やめられねぇ。俺様がまさに虜なのさ。乗り合い連中は露ほども知らず、毎日毎晩、口にしてやがる。
まったく切らしたら、どうなることやら。やつらよっぽど泡を食うぜ。お高く留まった都会の連中にゃ、その効能ったら騒がれるようだがな。
例の白い粉、末端価格た法外ときた。この辺じゃボラれるかもしれんのも、覚悟してきてる。"境"を越えた値よりはマシなのさ……何、正体が気になる?仕様がねぇな。
粉の名は。
「うまみの髄!"味の源"」
「ああ!」
冴えねぇ中年の顔色は、さぞ明るんだ。
「よくご存じで!たしかに入荷しております。おい、アレだ、アレ!」と、四つ耳の使いッ走りを裏手へやった。
「あるだけ頼まぁ!」
「ははは、今日は店じまいかな」
「ふっかけてくれンなよ」
「もちろんですとも」
お目当てのモンが見つかったとくりゃ、俺様のむかっ腹もおさまりかけたが。
「これ、なんです?」
ガキだ。俺様のご機嫌を損ねてんのに、まるで臆さねぇ。色とりどりの香辛料より、置かれた道具に夢中ときやがる。
値の交渉中なら聞かずにいたろうが、まだモノも揃わねぇうちだった。答えてやるくらいの度量が、サルヴァ様にもあってもいい。もちろん、怒りとておさまっちゃねぇからよ。
「……そりゃ、天秤のお化けだ」ぎろり、面倒そうに唸るのさ。
「てんびん……」
お化けが伝わったかは知らねぇ。足なし幽霊、人トカゲ、ツギハゲお化けに吸血鬼、それくらい聞かぁな、王国人に。
「…………」
たしかにその秤ゃデカかった。床置きで、三つ子の赤ン坊も寝転ぶ受け皿さ。店のしるしって風格だ。その台座のまわりを、ガキはぐるぐる踵を鳴らした。挙句、もの問いたげに何度も俺を見る。サルヴァ様は内心叫んだワケだ。知ったことか!見てみぬフリだった。
じきにカウンターは各種香辛料もとより、白い粉の袋で山積みになった。王国の材料工学ってな目をみはるもンで、薄い包みが透けてやがる。品質は一目瞭然、上等だ。一キログの個包装だってことまで、サルヴァ様はよくご存知だった。
「こちら純正品の"味の源"、袋一キログあたり中央銀五!エウロピア銀なら一で、現品限り!」
「大銀一!?えれぇ安値だ」
「大量にお買い上げくださいますので」
破格だったな。海の向こう――共和国なら五倍はする。や、そもそもモノが手に入らねぇ。"さなか"もたいがい玉座の彼方だが、大陸道沿いサマサマだ。
さて、混ぜ物はありえねぇ。王国式の包装の封を、もとに戻せる奴はいやしねぇ。そいでも一応つつくのは、料理人サマの流儀だった。
「……どうにも話がうますぎらぁな」
「まさか!優良店で通ってるんですよ、ウチは。こちらだって純正です、秤に誓ってね」
「ん……」
言って店主が押し出すのは、ばね秤さ。どっこい悪い野郎だね。ばねなんざ、仕掛けがあっても見抜けやしねぇ。
「だら、あのデカい方にしてくれや。ずっと明々快々でェ」軽けりゃ浮くし、重けりゃ沈む。同じじゃ釣り合う、なかなかねぇモンだ。
「もちろんですとも!」
わけもねぇ、と店主は首をすくめると。「おい、いつまで突っ立てる!リュピン氏への配達はどうした」使いッ走りを使いへやった。
「失礼。して、秤皿など確認されますか?」
「してぇとこだが骨が折れらぁな。重しをひとッ通り組み合わせてくれや」
「承知しました」
指針は見たさ。分銅の規格も。俺様の目が曇ってるとすれば、そりゃ、冷めやらねぇ怒りのせいだった。
「いかがです」
「あァ、よさそうだ。はじめてくれ」
「では個包装一キログ!こちらの確認から――」「あの、サルヴァ」
ムカつくガキだ、まったくよ。ちょいちょい腰帯を引っ張りやがって。
「かんねぇのか、仕事中だっての!邪魔くせッ!」
「…………」
怒鳴ったところで怖気づかねぇ。じーっと、ガキは見やがった。いいのか、本当に、聞かなくて。俺様は面倒臭くなった。
「あーったよ、言ってみろ!」
「水が、欲しいです」
「水ぅ!?馬鹿抜かしやがって!」焦げたゲテモノ食うからさ。まっとうにいきゃ、そうキレるべきだ。俺様は、たしかにキレた。「ここがどこだと思ってやがる!?渇くんだッたら表へ出やがれ!手前の足で井戸まで走ンな」
「…………」
ガキは見上げて、眉をひそめるだけだった。まさか聞き取れなかった訳じゃあるめぇ。黙ったまんまで俺らは待った。見かねて店主が口を開く。おずおずと、そこまでおっしゃらずとも、だとよ。
「飲み水でよろしいですか?」
「ありがとございます」
「……すまねぇな」
「いえいえ」
店主がおっつけ奥から持ってきたのは小さな杯さ。それでも水が注がれるから、商売の命取りになりかねぇ。水気に弱ェ店内だった。
「こぼさないよう、お気をつけて」店主は杯を渡した。
「あァ。心命にかけてこぼすんじゃねーぞ、品にゃあな」俺は伝えた。
こくり、とチビは頷いた。いかにも物わかりよく、従順に。実際そうだったんだろう。途端に杯を逆さまにした。水はまるっと、石畳の床にぶちまけられた。
「てめ、なんてこと!」
サルヴァ様は泡食った。誰だってそーなるべきだろ。やるなと言ったらやりませんと、オウムに返すようなガキが、もう「方便」を覚えやがった。
「い、いけませんねぇ」
もっと泡を食ったのは店主さ。ぶちまけられた水はどこへ行く?奥へ、奥へと流れてる。見上げたガキは言った。
「この部屋、まっすぐ?ではないです」
「傾いてる、って言いやがれ!」
「はい。ここ、傾いています」言っとくが、俺はそれ以上教えなかったぜ。「くらくて、よい風通り。香辛料にやさしいです。でも水の行き先、やさしくないです。何故?」
店主は青ざめてたさ。そんな必要がどこにある?口実にしたって、もっとあッたろう。
「はは!いやはや、古い建物なもので!しかし、量るのにはなんら差し支えありませんよ……」
だろうとも。天秤た、そういう造りになってるモンだ。たとえ部屋の傾きと、目盛りの幅と、壁の模様と――ひっくるめて錯視を誘うのに絶好だとしても。だのに、どうして秤の話なんかした?
「それから、店員さん?足元で何をしていますか」
「何ィ!」「うっ!?」
穴だな。
穴がありやがる。
俺様も気づいていい頃だ。
ばっと、腹ばいになって俺は、お化けの台座の影を見つめた。ちょろちょろ水が行きつく先だ。灯んのは蝋の明かりだけ、なまじ商人じゃ見抜けねぇ。秤の根っこが居つくのは、台座じゃなくて、床下だ。
「ははーん、こりゃ大掛かりな詐欺だ」
お化けの支柱たァ太かった。デカい皿だから、釣り合ってみせる。つつくと、うつろな音がする。
「針を操る仕掛けが地下にあンな。おっと!ただの倉庫た言わせねぇ。水気に弱ェ商売だ……」
種明かしだけ、もうちょいしてやる。山と積まれた"味の源"の個包装ったら、実際は嵩のビミョーに減った小量規格品なのさ。表記の細工と、怒りのあまり、サルヴァ様は見過ごしちまっただけで。
「さーてさてご店主、どうしてくれやがる?あり得るなぁ、今日で店じまいってな」
「ひぃ……!」
こんなとき、不気味に笑むんだろうな。俺はサルヴァトレス・ドルトルだから。
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「デカしたぞ坊主!カタコトがありゃ響いたな!」
「はい」
「えれぇ傑作だぜまったくよ!」
「けっさく……ああ!傑作かもです」
からっと晴れてサルヴァトレスは、いかにも上機嫌であった。秘密を対価に香辛料を買い叩いた、その帰り路である。ゼンはちょっと試してみようと思った。もうすぐ「ゲテモノ通り」に差し掛かる。先駆けては、例の物を買って戻った。
「サルヴァ!これ」
癇癪をぶりかえすだろうか?ゼンはわからない。荷で手一杯のサルヴァトレスにさしだすのは、「クソ不味そうなネズミの丸焼き」である。
「なんだってぇーんだ」
「あげます」
「何ィ?」
「食べてください」
「……腹ぁ空いてねぇよ」
ゼンはわからない。サルヴァトレスは先ほどまで、本当に怒っていたのだろうか?たしかに機嫌を損ねたのだろうか?ともかく行く手に立ちふさがった。
見た目の悪ぃ串焼きからは、ベトベトのタレが滴っている。商隊の料理人はつきつけられて、青筋の一本や二本、ぶち飛ばすだろうか?そうでもなかった。きっと活躍したからだ。サルヴァトレスは渋々ぶりに、一口かじった。
「ん……」
よく咀嚼したのを覚えている。天を睨んだのを覚えている。それから、職業人らしい感想を垂れたのも、ゼンは覚えている。
「甘辛ダレ……鳥に近ぇな。油がのってて、無難な口触りだ。肉汁にはうまみ……牛酪に香草か?お上品にまろやかじゃねぇの。焦げの苦みと調和してくどくねぇ……外見ときたら最悪だが」
「どうです?」
「へっ、案外いけンな」
「はい。この串焼き、けっこううまいです」
「……あァ」
「でも、サルヴァの料理、もっとおいしいです」
「そうかよ!へへっ」
ゼンはどうしてか思い出せない。どんな顔だったのか、思い出せない。瞳の色は、髪の色は、肌の色は。胡散臭くて、怒りんぼうで、がなり声で、身軽そうなサルヴァトレス・ドルトルが、実際にどんな見た目の人だったのか、しるしを幾つも覚えていない。
そんな不思議さを気にかけたのは、道々、仲直りをしたこの日の限りだ。
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「――ということが、ありました……公用語で、伝わりました?」
「ええ!甚だしい上達ぶりです」
"統べ手無き土地"は、なにかにつけて油断ならない。怒りに曇った料理番を補佐せよ、とは、イトーから下った命であった。見事にゼンは役目を果たした訳だが。
「どうすれば、よかったでしょう?」
「そうですねぇ……」
ふたりの議題は「謀られた秤」についてだ。ほかに何が考えられよう?上達は定かにせよ、不公平さを素早く訴える手段として、ゼンの公用語はまだ拙かったのだ。
「今なら慌てませんから。ゼン君の考えを是非聞いてみたいですね」
「はい。えーと……」
サルヴァトレスは得をした。実に、悪事を見逃す代わりの得だった。「騙されるやつも悪ぃーんだ!」と、料理人サマは言うけれど。
「サルヴァは、僕らにわからないことを、知っています」
「ええ」
「きちょうな調味料が、たくさんとあれば……」
「たくさんあれば」
「あっ、間違えました!たくさんあれば」
「はい」
「商隊のみんなで、おいしいもの、食べられます」
「そうですねぇ」
「それと、みんなに……ちがう。まちのみんなに教えて、ひとつぶの調味料も、えられないのと、どちらがいいか……」
「うんうん」
「天秤?にかけること、僕にはできません」
「ほう!粋な踏まえ方ですね。ええ、ええ。ゼン君の仰る通り、サルヴァにはサルヴァの行動原理があります。それこそ彼の職業意識であり、僕たち"商隊"への思いやり、とも捉えられます……」
イトーはそれから道徳を言った。ゼンに期待をかけていた。
「生きる限り、選択が常に迫るでしょう。善と悪とを、するかしないか。より善い方を選べるように、しるべとして、道徳はあります。
けれどもこれは、果てしなく曖昧な概念だ。経験だとか、教えだとか、我々は有難がるけれども、東と西とで良識は異なります。法の灯火に照らされていてさえ、正しい道を選べるかどうか。況や、法無き土地では霧中の如くです。
僕らは善きことを常に伝えたい。でも過つことだってありえます。ゼン君には、ゼン君の秤を鍛えてほしい。どうかその曇らぬまなこのままで、見張っていてほしい」
「……イトーは、どう思いましたか?秤――お化けの秤のほうです」
「誓って言いましょう、僕はこの件に関してサルヴァを責めまいと。共犯と呼ばれても、彼なりの頑張りを見ない我々ではありませんから。
それに、土地柄を思って、すこしあらためたのです。僕は、この町の柵の内側で、詐欺師がどう裁かれるかを知らない。義憤に駆られた告発がもたらすのは、大門に吊るされた店主の一家やも。
どちらを選んでも灰色ならば、せめて寝覚めの良い方を……サルヴァトレスは内緒に、引き受けてくれたのかもしれない。そう考えては都合が良すぎるでしょうか?」
「いいえ。だってサルヴァの料理、いつもおいしいです。いちばんです。僕たちを、よく考えてます」
「ええ、そうですね。いつだって、一番です……」
ふたりはこっそり"薄灰色"にいた。黒馬車が道を行かない日も、少年は考えるのをやめない。




