28話 残念ですが不変の未来です
すたすたと研究施設から出ていくアララギさんと、彼女についていくDr.ヒラガ。
と、さらに後ろからこっそり尾行するボクとヒナギクさん。
前のふたりが向かった先は、同じ敷地内に建っている大きな病院でした。
「あの新薬の治験は去年病院に回したの。経過はかなりいいわ。あなたは最低の変態だけれど、本物の天才だった。その証明はすでにされてるのよ」
アララギさんに褒められてる。いや、けなされてるんでしょうか。
そして『平賀』と名札のついた病室にはいっていきました。
ん?
ヒラガって、もしかして……。
その部屋ではひとりの女性がベッドから上半身を起こし、ドクターを待っていました。
「…………元気か」
「5年ぶりよ。死ぬところだったわ。やっときてくれたのね、馬鹿息子」
お母さん生きてた!!!!
すっかり他界されたものとして話を進めてすみませんでした!!
だってなんかそういう感じの空気だったんですもん!!
薬を使えるようになるまで何年もかかったみたいですが、ちゃんと間に合ってたんですねえ。
よかった、よかった。
ドクターは決まりを破ってまで独り占めしようとした治療薬を取りあげられてしまい、お母さんに持っていけなかったからずっと来られなかったんでしょう。気まずそうに黙ってしまいました。
でも、どうやら息子の性格をわかっているようですね。それ以上なにも言わず、ドクターを見あげてにこにこしていました。
ボクたちもドアの陰に隠れて、親子の感動の再会をこそっと見守っていたのですが──
ふと、お母さんがこちらを見ました。
「嫁と孫の幻覚が見えるわ……」
「なんだ、三途の川からお迎えでもきてるのか」
「あいかわらずの減らず口ねえ」
あ、やべ。はみでてた。乗りだしすぎました。
ドクターは悪い意味で周囲を気にしなくて全然気づかないので、つい油断したのです。
あからさまに覗いていると、せっかくの水入らずを邪魔してしまいますね。
「ヒナギクさん、ドクターとお母さんをふたりきりにしてあげましょう」
「はい、そのほうがよさそうですね……」
少し元気のないヒナギクさんの手を引き、病室を後にすると。
一階でアララギさんとばったり出会いました。
案外悪いヒトではなさそうですが、もしかするとまたヒナギクさんにケンカを売らないとも限りません。
念のため威嚇の準備を……。
って、ニンゲンはどうやって威嚇するんでしょうか。
ネコと同じでツバを飛ばす感じで鳴けばいいんでしょうか。ぺぺっ。
「もう、まったく……」
アイスクリームのことを考えて口内にツバをためる準備をしていると、あちらに先手を打たれてしまいました。深いため息です。女のひとに無言でやられたらすごい身構えるあれです。
京都人ばりのいけずを言われるかもしれません。ぶぶ漬けを出されたら完食するくらいの強メンタルで応戦してやるのです!
ところが──
準備万端でいけずを待ち構えていたのに、アララギさんは独り言のように遠くを見ながら呟いただけでした。
「謝りに来るのが遅すぎるのよ。ずるいわよね、自分だけさっさと妻子なんか作って。あんなことさえなければ……」
あらま、これはこれは。
もしかして、アララギさんもずっとドクターのことが好きだったのでしょうか。ドクターが薬を持って逃げたりしなければ、あるいは今頃違った未来が……?
ちらっとヒナギクさんの様子を確認すると、同じことを考えたみたいでちょっと眉が下がっています。
ドクターがこじらせ独身男じゃなければ、ボクたちはこの世に生まれなかったはずです。もちろん助手としてドクターの幸せを願っていますが、なんとも複雑な気分ですね……。
「あの男が、私に割烹着なんて着せようとしなければ……」
あ、そっちかー!
そっちの趣味は変わりそうにないので、残念ですが不変の未来でした。
ドクターがこじらせたのも、ボクたちが生まれたのも、千葉県や地球がしょっちゅう破壊の危機に遭っているのも宿命というわけなのです。
アララギさん、次はまともなお相手と出会えたらいいですね!
それから、彼女はヒールを鳴らして去っていきました。
「さて。ボクたちはおうちに帰りましょうか」
「了解いたしました。自宅までの距離は約47.9km。所要時間は7分22秒です」
「はやいはやいはやい。時速390.13574660633kmですよそれ!」
「エレちゃん、計算が速いですね」
「脳内データベースに16桁の電卓入ってますからぁぁあばばばば」
ジェットエンジンでひとっ飛びできるのは便利ですが、ボクは一応生身のホムンクルスなのでヒナギクさんの防御機能で護られてなければ息できてませんよ!?
ドクターは……まあ、電車で帰ってくるでしょう。
今日はいろいろあったので、ストレス発散に帰りがてら爆弾でも仕掛けてくるかもしれません。成田スカイアクセス線の無事を願っています。




