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29話 それは、恋です

 めずらしくドクターの発明が世の役に立ったし、お母さんとも再会できたし、かつての仲間にも謝罪できて大団円だというのに──


 ヒナギクさん、やっぱり元気がありません。

 どうしたのでしょうか。


 せっかくのニンゲン型ですし、ここはひとつ飲み物でも淹れてあげるとしましょう。

 気遣いもできるホムンクルス、それがボク!

 


「はいどうぞ、ヒナギクさん。オイルです!」

「ありがとうございます……」



 あらら、本格的に落ち込んでるみたいです。ツッコミ待ちだったオイルもふつうに飲んでますよ。

 古き良きSF的ギャグのつもりでしたが、湯呑みを洗うとき油が浮いて大変そうだからちょっと反省。



「万事解決したのに、いったいどうしたんですか?」

「……結局わたくしは、ひとりで暴走しただけで、ゲンスケさんのためになにもしてあげられませんでした。わたくしは破壊兵器です。壊すことはできても、与えることはできません」



 ふむむ。

 ドクターに非があると知りつつ、どうしても味方になってあげたくて。でも結局空回りしちゃったことに意気消沈してたんですね。

 ヒナギクさんの性能なら研究所についた瞬間に建物を殲滅させることもできたと思うんですが、結局そうはしませんでしたし。

 流行りの全肯定ヒロインになるのもなかなかむずかしいものです。


 でも──


 なにがあっても、たとえドクターがこの先また道を間違えたとしても。

 あっすでに間違えまくってるのは置いといてですね。


 ヒナギクさんだけは……いえ、ボクたちだけは、ずっとドクターの味方なのですよ。

 陰ながら破壊行為を回避させつつ、ちゃんと傍にいるつもりです。


 その気持ちが、ドクターにも伝わっていればいいんですけど。



「ただの破壊兵器なんかじゃないです。そう、ヒナギクさんには立派な特技があるじゃないですか!」

「わたくしの、特技?」

「はい。美味しいご飯をつくって、ドクターの帰りを待ちましょう。家に電気がついていて、ご飯のいいにおいがして、家族が待ってくれてるって、きっととても幸せなことなのですよ。ああ見えて寂しんぼですしね、Dr.ヒラガは」


 最近ちょっとわかってきたんですが、ドクターの破壊行為は構ってちゃんの一環なんですよね。

 わ、はた迷惑な!


「家族、家族……。わたくしは家族になれたのでしょうか」

「ボクがニンゲン型になった甲斐もあって、ご近所の方々もみんなそう思ってます。きっちり周囲は固めました。既成事実ですよ!」

「わたくしはゲンスケさんの家族になりたかった。だから嬉しいです。ですが、それだけじゃない気がするんです。この気持ちがなんなのか、わたくしにはわかりません」


 ああ、ずっと悩んでいたやつですね。

 アララギさんに嫉妬したり、ドクターのために暴走したり。

 ヒナギクさんは自分の気持ちがわからなくて、混乱しているようでした。


「ゲンスケさんのことを考えれば考えるほど……。心拍数が上昇します。原因を特定できません」

「心臓あるんですか?」

「例えです。熱により情報処理速度が低下中。これは、これは……?」


 物理的に固まっちゃった。

 顔が真っ赤で、いまにも煙が出そうですよ。


「わかりません。判別不能です。脳内データベースを参照してみます。こ、の、気、持、ち、は、何、で、す、か、?……」


 あ、これ、ぜったいヤッホーお婆ちゃんの知恵袋で聞いてる。絶賛質問入力中に違いないです。

 さっき会員登録したしこっそり解答してやろ。あったあった。カタカタ。



『この気持ちは何ですか?』


『それは、恋です』



 ***



 1時間ほど経って、ドクターがお屋敷に帰ってきました。


「ドクター! おかえりなさい!」

「わっ、なんだ、エレキテル。近づくなバチバチする!」

「抱っこ、抱っこしてください!」

「なんなのだ、いったい……」


 ファミリー感を演出してみたというのに。

 父性の欠片もないですねえ、ドクターは。


「む、このにおいは……」

「今日はドクターの大好物、すき焼きなのですよ! ボクもお手伝いしました。ネコ型じゃ食べられなかったネギに初挑戦です!」

「どこからそんな資金が……」


 じつはあのあと、演出上の都合で省略しましたがアララギさんから治療薬の謝礼を受け取っていました。

 ドクターに渡したらどうせ破壊活動に使っちゃいますから、内緒にしときましょう。ヒナギクさんがきっちり生活費兼ヘソクリとして管理してくれるはずです。


「ほら、とってもいいにおいなのです!」

「……おかえりなさい。ドクター」


 台所に立っていたヒナギクさんが、こちらを振り返ります。

 まだ少し気まずそうですが、お料理をしているあいだに元気が戻ってきたみたいです。照れくさそうにドクターに笑いかけました。



「……うむ。ただいま」



 お? ちゃんと挨拶しましたね。

 無礼オブ無礼なドクターがめずらしい。



「……5年ぶりに母と顔を合わせたからだろうか。昔を、思い出した。子供のころ、学校が終わり、通学路に爆弾を仕掛け、家に帰って台所のドアを開けると……いつもこんなふうに待っていた」



 一部に変な箇所がありましたが、イイ話してるっぽいので全力でスルーします。



「しかし、なにかがおかしい。母親に対するのとはまた違う感情だ。いったいどうしたんだ、アレが……」

「アレとかそういう呼び方はよくないのですよ?」

「うむ……ヤツが……」

「ドクター。自分で名前をつけたでしょう!」

「むむむ……その、ヒナギクがだな、その。家に帰ってヒナギクの顔を見ると、無性にほっとしたのだ。なんだ、この危険な気持ちは?」



 はあ。

 ほんとうにふたりとも、世話が焼けますね。

 ホムンクルスのボクがいちばん高度な情操機能を備えてる気がしてきました。


 それも、恋ですよ。

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