24話 まだ何も起こってないのに勝手にピンチです
どうしよう。
まだ敵と対峙するどころか、出会ってもいません。それなのにボクたちだけで勝手にピンチです!!
Dr.ヒラガにお願いして追加してもらった、ボクの必殺技『electronic touch』。これを使ってかっこよく活躍する予定のはずが、ダイナマイトに着火する原因になってしまったみたいで……。
ちょっとかっこよく言ってみましたが、ただの『静電気』です。脳内に標準ダウンロードされているエキサイティング翻訳さんで英訳してもらっただけです。
というか、ボクがほしかったのはゲームとかで魔法のサンダーを撃ったりするああいうので、決して『ものすごい帯電体質』なんていう地味なうえに生活に支障のある機能じゃないんですけど!
このキャラ属性をどう活かせばいいんですか!
むむう、なんとか役に立てられないか、検索してみますか。
ふむふむ、空気清浄機には静電気を利用してゴミやホコリを吸い込む技術が使われてるんですって。
ボクも空気清浄機になればちょっとはこの力を活用できますかねえ。
って、うちに家電が増えるだけじゃないですか!
無駄にハイスペックなニンゲン型家電はルンパのアイデンティティを持つヒナギクさんだけで充分ですよ!
この間、約0.002秒。
ボクが脳内検索エンジンで必殺技の名前を考えたり自分探しをしていた間にも、手に持ったダイナマイトが両手から発生している静電気に反応して──
どかーん!
……と、なるはずが。
「と、止まった……?」
気がついたらボクは、壁際でヒナギクさんに抱きしめられてうずくまっていました。
何が起こったのでしょうか?
「もしかして、ヒナギクさんが爆発を止めてくれたんですか? どうやって?」
「脳内ヤッホーお婆ちゃんの知恵袋で静電気の抑え方を質問して対応しました。壁の素材がコンクリート製だったので、エレちゃんを押しつけたのです」
あ、ドアノブに触れる前には壁とか地面を触ったらバチッとしないとかいう民間療法的なやつですか。そんなもので止めたんですか。
そのサイト、ボク初めて聞きましたけどお婆ちゃんの知恵は馬鹿にできませんね。しかし、質問したのもすごいですけど、答えた人もすごいです。0.002秒内ですよ。
「それから……万が一爆発が起こってしまった場合に備え、エレちゃんを被爆から保護するためです。わたくしの人工スキンは耐衝撃機能が装備されていますから。でも、変ですね。防御装置を展開したほうが演算上は安全性、正確性において優れていたのに、気がついたら体が動いていました」
ヒナギクさん……。
身を挺して、ボクを守ってくれたんですね。
ちょっと感動しちゃいました。
繰り返しますが、ダイナマイトを持ち込んだのも起爆しそうになったのもボクたちなので、勝手に危機に陥っていただけなんですけど。それはそれとして。
***
「少しは冷静になりました? ヒナギクさん」
「はい。背中のジェットエンジンに付属したファン付近の冷却はさきほど完了しました」
そっちじゃない。頭のほうです。
急に千葉ニュータウンの研究所にカチコミだなんて言い出して。
ボクがちゃんとヒナギクさんの説明を聞いてなかったのも申し訳なかったですけど、アイスクリームが美味しすぎたのが悪いのです。
なんでしたっけ、『ゲンスケさんの研究成果を取り戻したい』って言ってましたね。
ここはDr.ヒラガが以前所属していた研究所らしいのですが、日記を盗み見したヒナギクさんしか知らない事情があるのです。
あ、もしかしてヒナギクさんって結婚したらスマホも盗み見するタイプですか?
ダメですよ、スマホはブラックボックスだから中には闇しか詰まってないってヤッホーお婆ちゃんの知恵袋にも書いてます。
このサイト結構面白いですね。高頻度でツッコミ本能がうずく珍回答が混ざってるのがたまりません。ぼーっと閲覧してたら永遠に時間が経過しそうです。
おっと、話逸れた。
「エレちゃん……」
「はい」
「ちょっとその姿でわたくしも『ママ』と呼んでみてもらえませんか」
「えっ、なんかヤなのでダメです!」
すぐ形から入ろうとするのやめてください!
Dr.ヒラガをパパって呼んだのは、アララギさんという人を撃退するためにしかたなくなんですからね。
どうも今日のヒナギクさんはおかしいのです。
襲撃もですが、なーんか悩んでいるような。自分でもよくわかっていないんじゃないでしょうか。
元々のプログラムにない状態が続いて混乱してる感じです。
ニンゲン的に言うなら『迷走してる』ってやつですかね。
「あのう、ヒナギクさんは」
「はい」
「ドクターのこと、好きなんですか。その、ニンゲンがよく言ってるみたいな意味で、ですよ」
ドラマとか映画で、恋人同士が言い合ってるみたいな意味でです。
「……わたくしは以前も言ったように、ゲンスケさんの家族になってあげたいのです」
「ボクはホムンクルスだから、生まれたときから血縁上の家族はいません。ですが、家族になるのは血じゃなく絆だということも知ってます」
たったいまお婆ちゃんの知恵袋で聞いたらそう回答がありました。
でも、ですよ。
「ヒナギクさん、無理してませんか?」
「……無理? わたくしが、ですか」
「はい、ボクにはそう見えるのです」
家族になってあげたい。してあげたい。
なんだか、無理に家族の形を作ろうとしているみたいです。
ドクターはどうしようもないから、世話を焼きたくなっちゃう気持ちはわかります。ボクだっていつもお世話してあげてますし。
反対に、ヒナギクさんはドクターが完璧だと称するだけあって家事でも殲滅でも何でもできる、正義のKAPPOGIウーマンです。
でも、アララギさんが現れたときに見せた顔はそうじゃない。正義感なんかじゃありません。
今だって頭に血がのぼって研究所にまでやってきてます。
これらの行動はドクターのためだけじゃなくて。ヒナギクさん自身の願望なんじゃないかなって、ボクにはそう映るんです。
だから、ヒナギクさんのドクターに対する気持ちは、もっと純粋で対等な──
「Dr.平賀が来たですって? ちゃんと例の治療薬は持ってるのかしら。今回もわたしがすべて対応するわ」
おっと、噂をすれば。
この香水の匂い。
ボクたちがいる部屋の前の廊下を、カツカツとヒールの音が通りすぎていきます。
「だいたい、生意気なのよ。性懲りもなく妻子なんか作って。一度家族を失ったのはもう忘れたのかしら。わたしには逆らえないってこと、思い知らせてやるわ。じゃ、一階に向かうから切るわね」
どうやらドクターもこの研究所にやってきたみたいで……。
ボクとヒナギクさんは頷きあって、アララギさんの後を追うことにしました。




