22話 つまり本業ですか?
いつものDr.ヒラガだったらもっと怒ったり、重火器を持ち出したり、言い返せなくなって逆ギレしたりするはずなのですが……。
いきなり現れた白衣の女の人、アララギさんの前ではなぜか沈黙しています。
「ぐぬぬぬぬ……」
いったいどうしたんでしょう?
表情から察するに、『弱みを握られてる』って雰囲気でしょうか。
なにか深い事情がありそうなのです。
「では、あなたが発見したという難病の治療薬は研究所に持ってきてちょうだいね。わたしの所属はあの頃と変わってないわ。千葉ニュータウンよ」
でた、千葉!
因縁の千葉!
なるほどです。その研究所があるせいで、事あるごとにドクターに狙われるはめになったんですね! 思いっきり私怨でした!
「それにしても……」
と、ボクのほうをチラッと見るアララギさん。
ネコ型だったらキレッキレの威嚇をキメてやるのですが、残念ながら今のボクはニンゲン(女児)型ホムンクルス。せいぜい変顔くらいしかできません。
あ、これ楽しい。変顔はまりそうです。
「娘さん、4、5歳くらいかしら。研究所を追い出されてすぐ結婚していたなんて、大学でも全然モテなかったくせになかなかやるのね」
「勘違いするな。こいつらは妻子では──」
ドクターが否定しようとすると、ヒナギクさんがおふたりの間に割って入りました。
「ゲンスケさん、このままではあなたが食べたいと駄々をこねたためスーパーにて購入した冬場のアイスクリームがあと12分40秒で完全に溶解し、風味が損なわれます。早くうちに帰りましょう」
ゲンスケさん……。
ばりばりです。ヒナギクさんの対抗意識が、ばりばりです!
ああ、ヒナギクさんとアララギさんの間で火花が散ってます!
割烹着 VS 白衣の対決。
なんというか、マニアックですねぇ……。
あと怒ったヒナギクさん、正直怖い。ロケットランチャーを担いだドクターの20倍は怖いのです。
***
「ドクター、さっそくアイスクリームを召し上がりますか?」
「いや、冷凍庫に入れといてくれ。先にセメダイーンで治療薬を完成させてくる」
そう言って自室に戻っていくドクター。
台所にぽつんと残されたヒナギクさん。
ちょっぴり悲しそうなのです。
あああ、それは冷凍庫じゃなくて電子レンジです! アイスを箱ごとレンチンするのはやめてください! ボクのぶんもあるので!
「だいぶ混乱してますねぇ……ヒナギクさん。うわ、アイスうめぇ」
「そそそんなことはありません。動作に異常なしです」
どもってますよ。
アイスって初めて食べましたが、こんなに美味しいものだったんですね。
「そういえば、ドクターの名前なんてボク初めて知りましたよ〜。びっくりですよねぇ?」
「わたくしは、データ上のみならば以前から存じていました」
「えっそうなんですか! いや、めっちゃ美味いなアイス」
「はい。わたくしのデータベースに──保存されていた──というフォルダの中の──── 漏洩防止のセキュリティがかかっていたので前回はお話しできませんでしたが、緊急事態ですので先ほど無理やり侵入して解除いたしました」
うわ、アイスめっちゃ美味しい。
なんですかこれは。
ニンゲンはこんな美味しいものをいつも食べてたんですか? めちゃくちゃズルイじゃないですか。
冷たさとクリーミィさの奇跡的な融合、バニラの滑らかさに至ってはニャオちゅ〜るに勝らずとも劣らない……
「以前発見した──Dr.ヒラガの日記には──過去の研究所で──」
あ、よく考えたらボク、今ならニンゲンの食事もできるんですよね。肉でも米でも野菜でも、なんでも食べられるというわけです。
うわぁ、なんて素敵なのでしょうか。アイスも美味しいし、きっと他の食べ物も美味しい予感がするのですよ。
「──を、同じ研究をしていた仲間に反対され、追放されることに───」
野菜も気になりますが、ここはあえてネコのときも好きだった魚を食べ比べしてみたいのです。
いつも食べてたシャケが一味違うかもしれませんよね! 楽しみなのです。
「──というわけで、エレちゃん。お手伝いしていただけますか?」
「はいはい。なんでしたっけ。でもまあ、いいですよ。ボクにできることなら、なんでもするのです」
アイスに集中しすぎてよく聞いてませんでしたが、夕飯のお手伝いなら喜んで!
包丁も使ってみたいです。ネコの手なら得意ですよ。なんせネコでしたからね!
「ありがとうございます。では、さっそく出かけましょう」
「ん? どこにです? ご飯の材料ならさっきスーパーで買いましたよね」
「カチコミです。爆破対象は千葉ニュータウンの研究所。宇宙の塵になるまで、木っ端微塵に破壊いたします」
え。
えええええええ~~!?
最近ドクターの破壊衝動が落ち着いてきたと思ったら、今度はヒナギクさんが破壊行為を!?
そんな、ヒナギクさんらしくない……
って一瞬思いましたが、よくよく考えたらこの方、破壊のために造られた最強の破壊兵器なんでした。
つまり本業……なんですかねぇ……?




