68 お風呂とご飯には癒される-3
「……ふう」
粥を半分ほど食べたところで、睦人の胃はようやく落ち着いた。
ふと視線を上げると弥がニコニコと微笑みを向けてきており、睦人は出された食事をがっついていた事実が恥ずかしくなった。
「その、悪い」
「ん ? 美味しそうに食べてもらえて、作った身としては嬉しい限りだよ ?」
俯く睦人の表情は、頬は染まっているが、寝起きに泣き出した時に比べて大分穏やかなものになっている。
落ち着いて会話ができる状態にまで回復したことが見て取れたため、弥は避けていた話を切り出した。
「さて、みゃーこさんも大分落ち着いたみたいだし、気になってるだろう話でもしようか」
ピクリ、と反応を示す睦人に弥は苦笑を漏らす。
「そんなに身構えないでもいいよ。食事中に物騒な話をする趣味もないし」
さて、と弥は話を仕切りなおす。
「まず、みゃーこさんが家にいることだけど、さっきも言ったけどこれは僕が攫ってきたからだね」
「物騒、じゃないのか ?」
「別に無体な真似はしてないしなー。みゃーこさんが倒れた後、篠崎さんが警察の方に保護されて、たまたま近くを通りかかった僕がみゃーこさんのことを任されてね。病院も考えたんだけど、外傷もないし、落ち着かないかなーって思って」
篠崎、というワードに睦人は表情を歪める。無意識であろう僅かな変化だが、弥には予想できた反応であった。
「色々と気になるだろうけど、あとで全部聞くからまずは僕の話、最後まで訊いてね ?」
「……ああ」
「じゃあ続けるね。……って、そういえばみゃーこさん、ずっと寝てたから時間わかんないよね ? 今は事故の翌日の夕方で、学校はお休みしたよー。時間的には、今頃放課後かな ?」
「ということは……っすまない、休ませてしまって」
「ん ? ああ、いいよ別に。今日これといって行事もないし。……それに、今日って午後一に数学あるじゃんか。僕、あの先生テンション高くて苦手なんだよねー。まあ、中寺君ほどは高くないけど」
暗に中寺が苦手だと言っているが、睦人はそれに気づく素振りはなかった。
学校を休ませたことについて、睦人は弥が予想していたよりも気に病んでいるようである。弥は特段に不真面目というわけではないが、優先すべきことがあるなら学校を休むことに躊躇いはない。
「みゃーこさん、結構真面目だよね。僕は寧ろ、休めてラッキーくらいの感覚なんだけど」
「……皆勤賞」
「ん ?」
「もらうと嬉しいだろ、あれ」
「……あー」
中学校や高校には、出席日に全て出席すると、年度の終わりに皆勤賞として表彰される。と言っても、教室で小さな賞状をもらう程度なので弥は特に気にしていなかった。
―――篠崎さんとか、すごい喜びそう。
弥の脳裏には、皆勤賞をもらって喜ぶ睦人、ではなく如奈とともに小さな賞状を見せ合って微笑んでいる睦人が浮かんだ。
「ええと、まあ僕は気にしてないし、みゃーこさんは来年に目指せ皆勤ってことで……続き話すね。えっと……」
話の腰が折れ、弥は何を話していたかを考える。
「ああ、そうだ。事故のことだけど、轢かれた方は無事みたいだよ」
「え ? それは、本当か !?」
「うん。中々に丈夫な方らしくって、心配する必要はないみたいだよー」
弥の言葉に、睦人は分かりやすく安堵を示す。
自分に迫って来た不審者のような相手であっても、目の前で轢かれれば気に病むものである。睦人としても、自分が逃げたせいで、と気にしていた部分があったので僅かに荷が下りたようだった。
「あ、これで最後の話なんだけど、みゃーこさんの親御さんにはまだ連絡してないよ。これは連絡先を知らないから、なんだけどねー。みゃーこさん、連絡する ? 電話貸すけど」
「……いや、いい」
「あれ、いいの ? 息子さんをお預かりしてる身としては、挨拶しとくべきかと思ったんだけど」
「弥は、その、色々と察してると思うから言うが……」
前置きし、言いにくそうに睦人は切り出す。
「俺は、その……他人の血が、美味しそうに思えるんだ」
「…… !」
弥は、その言葉に驚いた。
内容ではなく、睦人がその事実を弥に明かしたことに、である。確かに寝起きの時点で「美味しそう」と口にしていたが、そこから察するのは難しいと思われる。
―――思ったより、信頼してもらえてるのかな ?
そう思うが、その思いが僅かにずれていることに続く睦人の言葉で気づかされる。
「すまない、食事中にこんな話を。……俺は、実の息子がこんな嗜好をもっている人間だって、まだ言える自信がなくてな」
「ああ……ああ、うん」
弥は、睦人の言葉を理解するのが一瞬遅れた。そして同時に、自分が見逃していた事実に気付かされる。
―――そうか、みゃーこさんは気が付いていないのか。
血が美味しそうなのは、嗜好ではなく本能で。
そう思うのは、人間ではなく吸血鬼だからで。
その事実に、睦人は気が付いていない。だから、事態の深刻さに気が付かず、自分はただ趣味のずれている存在だ、程度に思っているのでこうして弥に打ち明けられたのだ。
無論、そこにある程度の信頼があるのも確かだが。
―――考えてみれば、そりゃそうか。
弥は吸血鬼の存在ありきで暫く活動していたので、すぐに吸血鬼の存在を受け入れた。しかし、睦人は吸血鬼という言葉を妄言だと断定し気に留めていなかったのだ。
そんな睦人が、自分が人外だと思うわけはない。そんなことに、弥は今更ながら気付かされたのだ。
「そっか。うん、じゃあ仕方ない。……言ってくれて、ありがとうね」
「本当に、すまない。あ、もちろんだが、弥に危害を加える気はないからな !!」
「はは、それはどうも」
事実は睦人が思っているよりも深刻なのだが、それを弥が教えることはしない。
自分の発言が一先ず受け入れられたことで、睦人もそれ以上取り乱すことはなかった。
「で、一応僕の話はこれで終わり。……何か訊きたいことはある ?」
「……」
瞬間、睦人はぐっと黙る。しかし、わずかな葛藤はすぐに終わりおずおずと口を開いた。
「……如奈は、無事か ?」
「うん、やっぱりそれだよねー」
予想通りの質問に弥は苦笑を漏らす。
そして、予想できていたために用意できた答えを返す。
「無事だよ。今日学校に行ってることも担任の先生に確認とってある」
「そうか……」
無事だ、と弥ははっきりと言い切った。睦人がある程度狼狽した状態であることは予見できたので、あれこれと遠まわしに言うようなことはせず、詳細よりも結論を先に述べることにしたのだ。
案の定、睦人は安堵、というよりも救われたような表情を見せたのだった。
「一応の補足として。昨日、僕がたまたま事故現場の近くを通ったんだけど、その時篠崎さん結構混乱しててね。みゃーこさんのこと、すっごく心配してたよ」
「っ、……」
「で、その後警察の方に保護されて、親御さん呼んでもらったみたいだよ。僕が知ってるのはここまで」
「そうか……」
睦人の表情は、分かりやすく苦悶を浮かべていた。




