60 突然の来客には食材が困る-2
「ありがとうございましたー」
感情のこもらない声に送られて、弥はコンビニを後にする。
「いやーコンビニって久しぶりに来たけど、品揃え豊富だなー」
上機嫌で呟きながら、手元のビニール袋に視線を送る。
味噌を買おうと家を飛び出した弥は、時間を優先させるために普段利用しているスーパーよりも近いコンビニに入った。
久しくコンビニに来ていなかった弥はその品揃えの豊富さ、特にコンビニの独自ブランドというものの存在に驚き、味噌以外にも数点、季節限定と銘打たれた菓子類を購入したのだった。
「みゃーこさんが元気になったら一緒に食べよーっと。疲れてるときは甘いもの、って言うし」
良い収穫だった、と胸を躍らせて足早に帰路を辿る。
しかし、そのせいか前方への注意が疎かになっており曲がり角に差し掛かったあたりで弥は何者かと衝突した。
「……ぅわっ !」
「あっ !! ……と、悪い、大丈夫か !?」
ぶつかった相手はすぐさま謝罪し、よろけた弥に向き直る。
「痛たっ……いえ、こちらこそすみませ……ん ?」
弥も返事を返すが、相手を視認すると同時にその言葉は途切れた。
「あっ、……お前 !?」
「イケメンのお兄さん ?」
ぶつかった相手は、今日も変わらず町内を巡回していたイケメンのお兄さん、ことキリアであった。
「よっ ! 奇遇だな !!」
「……どうも、こんにちは」
挨拶を返しながら、弥は思った。
(この人、いつもこの挨拶だよな。どういう日本語の学び方したんだろう ?)
キリアの挨拶がいつも同じなことが気になったが、それを口にはせずニコリと笑みを浮かべる。
「お兄さん、そんなに急いでどうしたんです ?」
「あー、俺はその……相変わらず、人探し、だな」
歯切れ悪く返される言葉に、成果が芳しくないことを感じ取る。
昨晩の事故のことなど知らないキリアは、今日も今日とて白髪赤目の人物を探して町内を西に東に走り回っていた。
「へえ、お疲れ様です」
「ありがとうな。お前は ? 学校とかねえの ?」
「今日は、ちょっと、訳あって休んだんです。今は買い物に行ってました」
そう言って手元の袋を掲げる。
キリアも特に訝ることはなく、そうか、と一言返すだけだった。
(昨日の事故は、知らないのかー……)
言葉からそう読み取った弥は、ふむ、と考える。
(ばれたら、みゃーこさんのことも知られるよなー)
吸血鬼ハンターというものの情報網は、少なくともここらの界隈では弱いのだろう、というのが弥の予
想である。しかし、情報が少ないからこそキリアは東奔西走して独自の関係を築いているのも確かである。
つまり、キリアがどんな情報からどうやって、どういった結論に辿り着くかを弥は全くわからないのだ。
(中々にしつこい、ってことは確かだろうけど……)
連日同じ作業を繰り返すキリアをみて、弥がわかる唯一のことであった。
「へえ、そうなのか。……って言っても、俺、学校って行ったことねえから、休みとかどうなってるか知らねえんだけどな」
「……え、お兄さん、学校行かなかったんですか ?」
「ああ。まあ、色々と」
そう言ってキリアは視線を泳がせ頬を掻く。
提示しておきながら深く触れられたくない類の話題らしく、弥もそれ以上は問わなかった。
弥が歩き出すと、キリアも自然な流れでそれに続き始めた。
(でも、今僕が隠しても、何時かばれるかな)
弥は再び考える。
睦人は、血を美味しそうだと言っていた。明確にそう口にしたわけでは無いが、文脈から言ってほぼ確実にそうであろう。
そのことと、弥がもつ情報から出される結論は一つ。
宮古睦人は、吸血鬼である。
(みゃーこさんがある程度の自覚を持っちゃった以上、どうやって伝わるかわからないよな)
睦人が自衛の意思を持っていれば、キリアを変質者程度にしか思っていなくとも、情報が漏れる確率はぐっと減る。
しかし、現在の睦人の精神は追い詰められたものであり良好とはいえない。そうである以上、睦人がキリアをどの程度意識できるかわからない。
また、仮に意識できたとしても、キリアの出方は読み切れないし、どこで誰がどう情報を出すかなんて弥にはわからない。
(もし、ばれたら……)
起こり得る仮定に、弥は思いを馳せる。
(みゃーこさんが、僕の知らないところで、殺される…… ?)
ぞくり、と弥の背筋に悪寒が走る。
胃に氷塊を詰められたように、冷たく重い。至った結論は、ただの想像に過ぎないのだが弥に重くのしかかる。
過去のキリアの発言からして、睦人が殺される、仮に殺されずとも害を与えられることは確実であった。
「……死なせない」
弥は、無意識にそう漏らす。
情報を隠しきる方法はない。それならば―――
「お兄さん」
「ん ? 何だ ?」
沈黙を破り、弥は話を切り出す。
「お兄さんが探してるって人、僕、昨日見ましたよ」
「え ? ……え、本当か !? どこで ?」
「場所はあっちの、公園のあたりです。……ただ」
「ただ ?」
「その人、轢かれたんです。トラックに」
「……トラック ?」
「だから、すぐには会えないと思います。……まあ死にはしないでしょうが」
そう言って、弥は立ち止まりキリアに向いた。
情報を処理しきれていないキリアに、弥は更に続けた。
「お兄さん」
「え、あ……え、あのちょっと待って……」
「あの人、吸血鬼の被害者なんですよね。……確かそちらでは、セカンド、って呼ばれてる」
「……―― !!」
今度こそキリアは言葉を失った。しかし、見開かれた瞳と半開きの口は心中の驚愕を伝えるには十二分だった。
「お前、何で知って…… ?」
「そう驚かないでください。本人が、自分はそう呼ばれる存在だ、って言ってたんですよ」
「本人って、お前、知り合いだったのか !?」
「最近知り合ったんです。なので、お兄さんに嘘はついてませんよ」
そこまで言って、弥は一度言葉を切る。
(あ、あの人の情報って、ある程度は本当なのか)
直接聞いた情報にある程度の信用を置いていいことを、弥はキリアの反応から知った。
「お兄さんがあの人、セカンドを探していたのは、証拠探しですよね ? 吸血鬼が居るっていう」
「……」
「セカンドは食糧だから吸血鬼は手放さない、っていうことが多くあるんでしょう。これは僕の想像も入ってますけど」
「…………」
「で、さらに接触まで図ろうとしたのは、その人が……誰の、彼の手による被害者かを確認するため」
「……ああ」
ここにきて、ようやく落ち着いたキリアは静かに肯定を返す。
弥が吸血鬼と周辺の事情について知っている。そして、キリアの動向を気にしていることに確信が得られたためだ。
「違いますよ」
「え ?」
「お兄さんが探してるセカンドの人、襲ったのは彼じゃありません。本人がそう言ってました」
こちらの情報に関しては、弥には絶対の自信がある。睦人は過去に人を襲ったりなどしていない。
また、キリアがそのセカンドから情報を引き出そうとしていた以上、本人から聞いたという弥の言葉をそこまでは疑わないだろう、とも思った。
「そうか……。あいつじゃ、ないのか…… !!」
キリアの表情には、隠せない喜びが浮かんでいた。頬を綻ばせ、口調も明るい。
「……」
ここまでの情報を与え、弥はその先を言うか一瞬考え込む。
しかし、リスクを伴うが、これが自身の無しえる最善の選択だと弥は確信を持った。




