59 突然の来客には食材が困る-1
起きると同時に、睦人は泣いた。
自身のこと、如奈のこと、事故のこと。様々な要因に心は悲鳴をあげ、ただなくしかできなかった。
しかし、その嗚咽も今は止み、部屋は静寂に満ちていた。
「……寝ちゃった」
弥は呟き、横たわる睦人を見下ろす。散々に泣いた睦人は、その後間髪入れずに舟をこぎ、いつしか眠りの世界に帰っていた。
規則正しい寝息を立てる一方で、泣き腫らした目は赤く、痛々しい。
濡れている目元を拭うと、不快そうに眉根が寄せられた。
「昨日から結構眠ってるよねー。眠り足りないのかな ?」
その様子を眺めつつ、弥は呟く。
「確か……吸血鬼は本来、生まれた土地の土の上で眠る、だっけ ?」
以前に聞いた情報を、実感のないままに言葉にする。
白髪で赤目の存在から聞いた情報であり、ある程度信用はあっても完全には信用していない。しかし、弥が吸血鬼について、睦人について知るには大きな手掛かりであることは確かであった。
「……」
見下ろす寝顔は、さきの泣き顔に比べればずっと穏やかである。
本来眠る場所と違うとしても、全く癒されていないようには弥には見えなかった。
「過眠によって心が病むのを防ぐ……人もいる。って、何かで読んだよなー。何だっけ ?」
過去に何かで読んだ気がする、程度の情報を口にする。曖昧なそれは出典すら思い出せないが、弥には説得力のある知識のような気もした。
「いいか、何でも」
深くは考えずに、弥は思考を打ち切る。
今の弥には自分のことより、目の前の睦人のことが大切である。
「みゃーこさんは、今なんで眠ってるのかな ?」
吸血鬼の体質だから、眠り足りないのか。人の心だから、過剰に眠っているのか。
当然、睦人は答えないし、誰も答えはわからない。
「まあ、みゃーこさんは、みゃーこさんだよね」
そう言って弥は立ち上がる。
睦人が寝ているのを確認し、部屋をあとにした。
鼻歌でも歌いそうなくらい上機嫌で、弥は台所へと向かった。
冷蔵庫を開けて、中身を物色する。その充実ぶりに満足そうに頷いた。
「みゃーこさん、昨日から食べてないし胃に優しいものがいいよね。……多分、血とか嫌がるだろうし」
物騒な物言いだが、冷蔵庫の中に入っているのは至って普通にスーパーで手に入る類のものである。
「うーん……お粥、でいいかな。卵あるし、卵粥にしよう。みゃーこさん、アレルギーとかなさそうだし」
主食は決まったが、それだけでは足りないかもしれない。一度冷蔵庫を閉じて、弥はさらに考える。
「卵粥に漬物、山菜。あ、梅干しも叩いておこう。でも、物足りないかな ?」
粥に合わせる、となると簡単だが塩気の強いものが欲しくなる。加えて、弱っているが食欲を刺激された男子高校生が相手であり、量が少なく満足感のあるものが何か必要であろうと弥は考えた。
「肉味噌とか ? いや、でも味噌汁も欲しいからなあ。……お醤油で鶏そぼろにしよう」
よし、と満足げに呟くと弥は台所に併設された冷暗所の戸を開く。
洗剤など台所周りの消耗品や、醤油などの調味料、保存食が収められている。
先ほど決めた献立に従い、必要なものを取り出していく。
その途中で、弥はハッとあることに気が付いた。
「しまった……」
失敗した、と表情が物語る。
続きの言葉を、弥は悔しそうに絞り出した。
「お味噌、足りない……」
ガクッと、弥はその場に項垂れる。冷蔵庫の充実ぶりから、調味料のことを失念していたのだ。
「いや、僕だけなら明日の夕方にでも買いに行けば足りたんだよ、うん。……いや、でもここまで減ってたら買っておこうよ、僕」
項垂れたままでは何も解決しない。
頭を切り替え献立を考え直そうとする。しかし、先に考えた献立は自分でも中々に良いものであり、代えがたいものであった。
「汁物は欲しいしな。……お吸い物 ? 澄まし汁 ? でも、それだとあんまり具材入れられないしな」
弥は悩む。一人うんうん唸りながら頭を捻った。
なお、昨晩から睦人はよく眠っているが、弥は突然に睦人が来たことにやや興奮し、あまり寝ていなかった。
「……」
弥はおもむろに顔を上げ、足早に、睦人を起こさない程度に足音を立ててその傍まで戻ってきた。
睦人は変わらず寝息を立てており、起きる気配はない。
それを見て、弥はある決断を下す。
「ごめんね、みゃーこさん……」
謝罪し、弥は立ち上がる。
「ちょっと、お味噌買ってくるね !」
半ば無理に連れてきた睦人を残し、弥は味噌を買いに家を後にすることを決めた。




