61 突然の来客には食材が困る-3
「でも、轢かれたって大丈夫なのか ? いや、セカンドは体が丈夫、って聞くけどよ……」
「お兄さん、あの……」
「ん ?」
「お兄さんみたいな吸血鬼ハンターって、人を吸血鬼から守るために働いてるんですよね…… ?」
キリアは、瞬間的に返事に困った。しかし、弥が持っている情報はかなりの量になっており出所もすでに分かっているため、隠すことはせず気恥ずかしそうに頬を掻きながら返事をした。
「ああ、その通りだぜ。……お前、吸血鬼のことだけじゃなくて、俺たちのことも訊いたのか ?」
「ええ、その……僕にできることが何かあるんじゃないか、って思ったんで」
弥はぼかすように間を持って話すが、キリアはそれに気が付かない。
「気持ちは嬉しいけど、あんまり危ないことには関わるなよ ? でも、色々と聞けて助かった。お前、本当にいいやつだな」
「ありがとう、ございます」
荷が下りた、と言わんばかりにキリアは一転して気の抜け軽口を返す。
一方で、弥は一層の緊張を持ってその先を話し始めた。
「お兄さん、あの、さっきの事故の話なんですが……」
「ん ? ああ、えっと、トラックに轢かれたってやつか」
「はい、それなんですが……」
言い籠る弥の言葉を、キリアは身を入れて聴く体勢になる。
「実はその事故、彼が見てしまって」
「え !? 大丈夫なのか、それ !?」
「気分が悪くなってしまったみたいで、彼も今日は学校を休んだんですが、その……」
「その ? 何だ、何かできることとかあるか !?」
睦人の状態を聞いて、キリアは声を荒げた。その表情には心配がありありと浮かんでおり、心底、というにふさわしかった。
「美味しそうだった、みたいです」
「美味し、そう…… ?」
弥の言葉を瞬時には理解できず、キリアは鸚鵡返しに呟く。そして、呟くと同時に気が付いてしまった。
「まさか…… !」
「……」
さっとキリアの表情が青くなる。
キリアが何を思ったのか、それを予想し弥は小さく一つ頷いた。
「血が、美味しそうだったって」
「……――」
キリアは、頭が真っ白になるのを感じた。
今まさに、キリアの中で睦人の疑いは晴れたのだ。
――血が美味しそうとは何だ。だってさっきセカンドを襲ったのはあいつじゃないって、いやでも……
「……え ?」
思考が回るのを拒否し、何とか絞り出せた音が漏れる。
しかし、ハンターである頭が訴える。一目見たとき、吸血鬼だと思った。今、血が美味しそうだと言ったと聞いた。
――最初の考えは、間違っていなかったのだ。
「吸血鬼 ?」
「たぶん、そうです。……あ、でも美味しそうって思ったことを彼はショックに思ってますし、誰にも被害は出していませんよ !?」
「いや、それは、うん、でも……」
弥は訴えるが、キリアの心中は混乱と困惑に満ちている。
しかし、辿り着く結論は単純なものだった。
自分はハンターである。そして、そこに吸血鬼がいる。
ならば、答えは一つである。
「……殺、す ?」
「お兄さん」
出された呟きに対し、弥は強い口調で呼びかける。
「それは、させません」
きっぱりと弥は言い切った。
「お兄さん、人を守るためのハンターなんですよね ? 吸血鬼を殺せればあとは何でもいい、っていうことじゃないんですよね ?」
「……ああ」
混乱を一先ずよそに置き、キリアは問われた内容に頷いて見せる。
「だったら、お兄さんに彼は殺せません。殺させません」
キリアは言われている意味が分からなかった。眼前の青年ははっきりと殺させないと言っている。しかし、自分はハンターであるのだ。
そんなキリアの胸中を知ってか否か、弥は淡々と続きを述べた。
「彼が死んだら、僕が死にます」
「……」
「彼がもし死ぬようなことがあれば、僕も死にます。人である僕が、死にます」
「……は !? お前、何言って !?」
「お兄さんは、人を守るためにハンターしてるんですよね ? だったら、僕も守ってください」
「それは…… !?」
先ほどから確認されている、ハンターとは何か。
人を守るという目的のために手段として吸血鬼を殺す。ハンターは吸血鬼を殺すことを生業とするが、それは目的ではなくあくまでも人を守る手段である。
それに対し、揚げ足取りのようなことを弥は言っているのだ。
「足りませんか ?」
「そういう話じゃねえだろ、これは……!!」
キリアの中に、先までとは別の感情が沸きあがる。
しかし、それで弥は止まらない。
「わかりました。……じゃあ、僕以外の人も死にます」
弥の瞳に、薄暗い翳りが差す。
「彼が死んだら……そうですね、そこら辺に火でもつけたり、道行く人を刺したりして……できるだけ多くの人を巻き込んで、その後に僕は死にます」
「お前…… !!」
「僕は、本気ですよ ?」
流石に言い過ぎだ、とキリアは憤る。
一方で、弥も冗談を言っているつもりはない。
どうせいずれ知られてしまう。今のまま知られれば彼が殺される。
ならば、先に明かしたうえで、牽制をかけよう。それが、弥が下した苦渋の決断であった。
手元のビニール袋から、お菓子についてきたプラスチック製のフォークを取り出す。
右手に握ると、そのまま振りかぶり、
「っ、おい…… !!」
自身の左手首めがげて振り下ろした。
「っ痛…… !!」
何かに刺さった感触と、痛みを訴える声。
弥は瞠目した。
「ってえ……」
「お兄さん…… ?」
「お前なあ……」
血がキリアの手を伝う。
弥の腕に届く直前、その切先をキリアは握って止めた。咄嗟のことだったので、キリアの手にその先が刺さることまでは防ぐことが出来なかったのだ。
フォークを無理矢理弥から取り上げ、キリアは怒りの滲む声で弥に臨む。
「親からもらった体に、不用意に傷つけんなよ !!」
キリアの表情には、怒りがありありと浮かんでいる。
怒鳴り声の後、しん、と空気は静まり、弥は二、三度瞬きをした。
「……ははっ」
沈黙ののち、弥から漏れたのは笑い声だった。
「よかったー」
そして、安堵に息を吐く。
「…… ?」
キリアは、突然笑い出した弥に疑問と、不信感を隠せない。怒鳴ったことで怒りは一時的に収まったが、感情の高ぶりは未だ引きずったままである。
「よかったって、お前今何しようと…… !」
「あー、そうですね。ありがとうございます、お兄さん」
ぺこり、とお辞儀をしてお礼を言う。上げられた顔には、ニコニコと笑みが浮かんだままである。
「でも僕、安心したんです」
「安心 ?」
「はい」
頷き、弥は続ける。
「お兄さん、ハンターってだけじゃなくて、自分の意思でも動けるんですね」
キリアが弥に怒ったのは、先に述べたとおりの理由であろう。
それはハンターなどは関係ない、キリア自身の考えであった。
「じゃあ、大丈夫。お兄さんは彼を殺さないし、僕も死にません。誰も死にません」
「お前、さっきから、何言ってんだ !?」
キリアは心底意味が分からず、心中は様々な感情でぐちゃぐちゃである。
そんなキリアに、弥は優しい声で、諭すように語る。
「だって、お兄さん……彼のこと、殺したくないじゃないですか」
キリアは、その言葉に面食らう。
そして、限界を迎えて瞬間的に気持ちは凪ぎ、弥の言葉を理解しようとした。
―――殺したくない。殺したくない ?
―――だって、それは、あいつは良いやつで、こっちでできた最初の知り合いで
―――吸血鬼、で ?
「……あ ?」
「ね、大丈夫でしょう ?」
弥のそれは、確認、というよりは念押しに近い。
「ハンターとしてしか考えられない、っていうと思って色々と考えていたんですが、お兄さん、自分の考えでも動けるんですね。いや、何かこの言い方だと馬鹿にしてるみたいですね……。僕は、そういう方が良いと思いますよ。そんなお兄さんの方が好きです」
呆けているキリアに対し、弥は続けた。
「好きな相手が死んだら嫌ですよね。僕も嫌です」
「だから大丈夫です。それに彼は第三者を襲いませんし、僕がそんなことさせません」
弥の発言はふわふわとしていて、どこか浮かれたようだった。
一方で、キリアは自身が自分でわからないのか、まだ固まっていた。
「お兄さん ? えーと、何か混乱してます ?……まあ、仕方ないですよね。色々と言っちゃいましたし」
「……」
「……まあ、色々言っちゃいましたが、えーと……前向きな検討をお願いします」
そう言って、やや締まらないが弥は話を切り上げる。
「じゃあ、僕は帰りますねー。一応、帰り道を急いでたんで」
長々と立ち話に興じていたが、弥は急いで帰らねばならなかったのだ。
そして、未だ混乱に呑まれたままのキリアを置いて、弥は帰路を駆けていった。




