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ドリンクB  作者: マコ(黒豆大福)
プロローグ
57/78

57 伝える前に相手を確認するべき-1


午前八時四十八分。


時計の針が時刻を告げると同時に、ガタッと音を立てて一人の男が立ち上がった。


「……来る」


呟くとともに、ゆっくりと一歩踏み出す。その足取りは重く、裏腹に気持ちは逸り、鼓動は体を急かしていた。


「……」


焦る気持ちを抑え、目的地まで歩を進める。彼がほぼ毎日繰り返していることだが、慣れることはなく、寧ろ気持ちの高揚は日に日に大きくなっていた。


「……ふうー」


 立ち止まると深く息を吐き、目を閉じる。その瞬間周囲の雑音は断ち切られ、ただ静寂が彼を包み込んだ。


 その様子を見守る存在が、わずかに離れた位置に二つあった。


「中寺君、今日も気合入ってますね」

「……毎日断られてるけどな」


 小野寺と山寺は、教室の扉の前に立つ中寺に視線を送る。


 ほぼ毎日、中寺は睦人が来るであろう時間に扉の前に立つ。そして、扉が開くと同時に睦人に勝負を挑むのだ。それが報われた日は一度もないが、めげずに中寺は、今日も睦人を待って扉の前に立ちはだかっていた。


「…… !」


 扉を隔てて対面に、何者かが来たのを感じ取る。同時に目を開けて扉へと視線を合わせると、扉が音を立てて開かれていった。


 息を大きく吸い、扉が完全に開くのに合わせ音と共に吐き出した。


「宮古 ! 今日こそ俺と勝負しろ !!」


 大声で放たれた思いは、普段なら即座に却下される。


 しかし、今日は却下されることはなく、一方で受け入れられることもなかった。


「……え ?」


 扉を開いた人物は、驚きを漏らし、瞬きと共にその場に立ち尽くしていた。


そこに立っていた予想外の人物に、中寺も瞬間的に状況を理解できなかった。


「……篠崎 ?」

「え、えっと……うん」


 扉を開けたのは中寺が待ちわびていた睦人ではなく、その幼馴染である篠崎如奈(しのざきゆきな)であった。


 二人が状況の処理に手間取っている間に、教室の中から別の生徒が駆け寄ってきた。


「如奈ちゃん、おはようございます !」

「あ、えと……おはよう、小野寺ちゃん」


 小野寺に挨拶されて、如奈と中寺は我に返る。そして、やっと如奈は教室に入ることが出来た。


「如奈ちゃん、今日は早いんですね。朝練はなかったんですか ?」

「えっと、今日は、お休みしたの」


 普段、如奈が教室に来るのは朝練後の予鈴が鳴ってからである。しかし、今日は予鈴が鳴る五分以上前に教室の扉を開いたのだ。


 それは普段睦人が扉を開く時間なのだが、朝練を休んだ如奈が偶然にも同時刻に扉を開いてしまったのだった。


「悪い、篠崎。間違えちまった……」

「ううん、大丈夫。……睦人、来てないのね」


 中寺からの謝罪を受け入れ、如奈は睦人の席へと視線を送る。


 そこに幼馴染の姿はなく、机と椅子が行儀よく並んでいるだけだった。


 中寺達もそれに倣いそちらを向くが、如奈とはまた違ったことに気が付いた。


「そういえば、宮古もそうだけど桐生もまだ来てねえな」

「あら、本当ですね。いつもなら結構早くから来てますのに」


 山寺と小野寺によってその後ろ、弥の席も空いていることが指摘される。


「二人とも休みか ?」

「体調不良でしょうか ? 如奈ちゃん、宮古君から何か聞いてます ?」

「……ううん、何も」

「そうですか、少し心配ですね」


 二つの空席を見て、中寺たちは推測を巡らせる。


 一方で、如奈は問われたことに答えるのみでそれ以上を話すことはしなかった。


「……」


 再び視線を滑らせて、如奈は空いた二つの席をぼんやりと眺め続ける。


 普段如奈が教室に来るときは、そのどちらも埋まっていている。友人の少ない幼馴染が高校生になってからは後ろの席の男子と話しており、そのことが嬉しく、少し寂しくも感じている。


 しかし、今はそのどちらも空いており、窓際の席であるために向こうの窓を通して外が見えていた。広がるのは快晴の町並みで、昨日の雨や出来事が嘘のような、何事もない変わり映えの無い景色であった。


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