44 寝落ちに抗うのは難しい-1
炭水化物は血糖値を上げる。食物繊維なども炭水化物なのだが、ここでは糖質を指す。
人間の体は、血糖値の急上昇を防ぐために膵臓のB細胞からインスリンを分泌させ速やかな吸収を促す。
すると、一時的に血糖値が下がるのだが、これが食後の眠気の原因だと言われていた。
「ん……」
下がってきた瞼をこすり、頭を振る。
それでも眠気は払われず、主の体を蝕み続ける。
「如奈、眠いのか?」
「ん、ううん。だいじょう、ぶ……」
文面に反して如奈の眼はとろけ、言葉も普段以上に間延びしていた。言葉を聞いた睦人も、今の『だいじょうぶ』はひらがなだった、と思った。
昼ご飯のうどんは、少なくとも如奈の体内で順調に分解、吸収されていた。如奈の母親と睦人は一人分を、如奈は二人分を食べたのだが、その差が関係あるかはわからなかった。
勉強を再開して三十分ほど、如奈は眠気に屈しつつあった。
「少し眠ったらどうだ?後で起こすから」
「ん……でもね、えっと……あと少し、なの……」
首を横に振り如奈は頑張ろうとするが、眠気が猛威を振るう。
如奈の言葉に、睦人は如奈のノートをちらと見る。自分よりは進んだところを解いており、確認するとあと二問で課題は終わる、といったところだった。
「……」
なお、睦人がそこにたどり着くには主観で一時間は必要だった。
「だから、おわらせる、のー……」
「……そうか、頑張れ。無理ない範囲でな」
半分以上目を閉じ、それでも意気地になっている如奈に、睦人はそうとだけ声をかけた。
船を漕ぐ幼馴染におとなしく眠ってほしかったが、あと二問、というところで止めるのも憚られた。
「……ふっ」
それ以上に、眠気に抗い駄々っ子のようになっている如奈が可愛らしく、もう少し見ていたい、と思ってしまったことがあった。
「……わらわ、ないでー」
「ああ、すまない。つい……」
それからさらに三十分ほど、如奈は眠気と闘いながら、睦人はそんな如奈を眺めながら、双方とも集中できないままに作業は進められた。
そして、ついにその時が訪れる。
「おわ、った……」
言葉とともに、如奈は机へとぺしょりと倒れこむ。広げられたノートは、崩れた文字が多くの消された跡の上を蛇行しているのだが、それでもきちんと解いたことに変わりはない。
「お疲れさま。よく頑張ったな」
「うん……むつと、ありがとー」
「どういたしまして」
「……ふふ」
睦人の労いの言葉が優しく響き、如奈は笑みを零す。
懸念事項のなくなった如奈は、同時に眠気に対して反抗する明確な理由もなくなっていた。
「むつと」
「ん?」
「まだ、かえらない、でね……」
「え?」
「かえる、まえに……ん、おこして、ね……」
それだけ言い残し、如奈は眠りの世界に堕ちていった。
「……」
その言葉を聞いて、睦人はしばらく絶句した。手元のシャーペンに亀裂が走る。
「いや、この状況で言うか。言うのか、如奈……‼」
先からあまり進んでいない課題を前にして、幼馴染の恐ろしさに戦慄し声をあげた。
安らかな寝息をたてる如奈に、その声は届かなかった。




