43 寝落ちと気絶はよく似てる
目の前が真っ暗だった。
光がない状態を『暗い』と表現するのを最近知った。道行くスーツの男が、お先真っ暗、と言いながら膝から崩れ落ちているのを見て、この国の人にも暗いことは悪い意味なのだと感覚で分かった。
光がないのを好む、自分たちの敵は相いれない存在だと、言い訳のように思いついた。
「……んあ?」
何かに視界を遮られているのを感じ、むくりと起き上がる。同時に、顔に乗っていたものがバサッと落ちた。
「……あっ‼」
落ちたものを慌てて拾い上げ、状態を確認する。僅かに汚れてしまったが、目立った傷や欠損部位は見当たらず胸を撫で下ろした。
「あー、よかった……」
汚れを払いながら、安堵を漏らす。
落とした本、『ももたろう』は相手の善意から借り受けたものである。それを無下に扱い、欠損させたとあっては『師匠』と呼び慕ってくれる相手に申し開きがつかない。
「まずいな、寝ちまってた……」
先日の失態もあって、キリアはより一層気合を入れて仕事に入れ込んでいる。具体的には、連日町中を走り回っているのだが、これといった成果はあがっていない。ただ走るだけではなく、先回りや待ち伏せも試したが結果は芳しくない。
今日も標的を見失い、一旦雑居ビルの屋上に引き上げた。そして休憩として借りた本を読んでいたら、そのまま寝ていたようであった。
「今何時だ?」
問うものの、当然だが答える者はいない。手がかりを得るためにキリアは無意識に顔を上げた。
見上げた空は真っ赤に焼けている。寝る前には綺麗な青空であったことから、少なくとも数時間は寝ていたことが伺えた。
「……」
赤は、あまり好きではなかった。吸血鬼ハンター、という職業柄、どうしても良いものが想像できないからだ。
遮るものもなく眼前いっぱいに広がる赤い空から目を逸らし、キリアはポケットから携帯電話を取り出す。内蔵された時計で時間を確認すると、夜にはまだ早い、ちょうど日の落ち始めた時分であった。
「あ、そうだ……」
キリアは電話機能を起動させ、慣れたように番号を押し始める。耳に当てると数回の呼び出し音の後に、相手につながった。
「Hello ? This is―――」
繋がった電話で、キリアの口から出たのは流暢な英語であった。
数分ほど会話、というよりキリアがほぼ一方的に話すことが続く。その間、キリアは無意識のうちに表情を崩し、脱力した様子だった。
「んー……」
電話を終えると、キリアは立ち上がって伸びをする。コンクリートに長時間寝そべっていたことで、体が硬くなっていた。
「また、頑張るかー……」
今の電話により、キリアはやる気を取り戻す。それと同時に、自分が精神的にまいっていたことに気づかされた。
「……」
キリアは足元に置いていた『ももたろう』の絵本を拾い上げ、パラパラとめくる。まだ読んでいる途中であったが、口づてに聞いた悪い鬼をももたろうが退治する話というのはわかっていた。ただ、子供向けの短い話ということもあり、その工程はスムーズに進んでいく。
「……こんくらい、迷いなくやれたらなー」
真っ赤な空のもと、進むほど深みにはまっていくような現状にキリアは苦笑を漏らした。




