45 寝落ちに抗うのは難しい-2
カーテンの隙間から西日が降り注ぐ。
「……ん」
開いた瞼の先には、赤く染まる自室と誰かの背中がある。
ただ、捉えた世界は九十度傾いていた。
「……?」
「あ。起きたか、如奈」
振り返った男、睦人も九十度傾いていた。
「ベッド……?」
「ああ。……その、テーブルに伏してたら寝にくいと思って運んだんだが……余計なことだったら、すまない」
「……そう」
如奈は、世界ではなく自分が九十度傾いているのだと気が付いた。そして、それはベッドに寝ているからだと推測した。
「ん……」
のんびりとした動きで如奈は起き上がり、睦人を見上げて笑みを咲かせた。
「ありがとう、睦人」
「あ、ああ」
睦人の頬がほんのり色づくが、西日のおかげで気づかれはしなかった。
「今、何時 ?」
「五時半を過ぎたところだ」
「五時半……」
如奈の問に睦人は即座に答えを返す。そして、それを聞いた如奈は僅かに肩を落とす。
「私、結構な時間を寝ちゃったのね……」
「普段の俺に比べれば少ないだろう、気にするほどじゃない」
「でも……」
昼寝が習慣の睦人に言われても、如奈はなお気にしているようだった。眠ったのは如奈の意思だが、本格的に寝入ってしまったのは不本意であったらしい。
「何だか、もったいないなあ、って」
「あー……確かに、昼寝すると時間が速く感じられるよな。寝るしかしていない割に」
時間に対しての充足感の足りなさについて睦人が一般論を説くが、如奈はしっくりこないのか首をよこに緩く降る。
「えっと、多分、そういうのもあるんだけどね」
「うん?」
未だ眠気を引きずっているのか、拗ねた幼子のような調子で如奈は続ける。
「昨日ね、明日は睦人と一日一緒、ってそわそわして眠れなくて……。今日、睦人が部屋にいるなー、って思ったら最初も何だかドキドキしちゃったの。ようやくね、勉強したらちょっと落ち着いたのに、今度は眠っちゃうなんて……」
「……」
「情けないなあ、私」
自身に対して管を巻き始めた幼馴染を前に、睦人はただ立ち尽くす。如奈の言葉を一言一句逃さず聞き取る表情は、感情の表現を放棄し、ベッドに座り込む相手に視線を送るだけだった。
「…………」
睦人は思った。
この子、食べられたいのかな、と。
「如奈」
「……なあに?」
睦人はその場に屈み、しょげた幼馴染に視線の高さを合わせた。
「入学して一か月たつんだから、ちょうど疲れが出たんだろう」
「睦人……」
「如奈は部活もあるし、あと最近は木登りも練習しているんだろう?いくら体力があるといっても、休日に休んでおかないと体がもたないぞ」
「……うん」
睦人は宥めるように如奈に正論を説いて聞かせる。
一方で内心では自身を宥める、正確には押さえつけることに必死であり、見えないように手の平に爪を立てていた。
「そうよね、休むことも練習だ、って言われたわ……」
如奈もうなずきを返し、睦人の言葉に賛同を示す。しかし、理論ではない部分に引っ掛かりが残るのか、表情は完全には晴れない。
「如奈、あとな……」
「あと?」
睦人は、流血沙汰になっている手など知らないように、さらに優しい声色で続けた。
「如奈が、俺が来るのを楽しみにしてたって聞いて、嬉しかった。本当に。……ありがとうな」
「睦人……」
睦人の言葉に如奈の表情が明るくなる。
「睦人、嬉しかったの?」
「あ、ああ……嬉しかった」
「ふふ……そうなの。ふふ…… !」
聞き返されて恥ずかしさがこみ上げるが、それでも耐えて睦人は言い切った。
そのあとの如奈の満面の笑みが見られるのなら、ずいぶんと安い対価だった。




